09
貴族というのは華やかな割に息苦しい生活だ。令嬢ならば、結婚という大きな節目をどう超えるかによりその後の人生が大きく変わる。子息ならば、生まれた家と順番、自らの能力とプレッシャーに耐えきれるだけのポテンシャルがあるかどうか。
果たして、私はどちらもこなせる力量があるのか。……いや、ない。
全部投げ出して逃げたいと思うことがあるけれど、今までのすべてを捨てるだけの覚悟がない。
虚勢だけが私をローズモンド・ヴィトンたらしめる唯一の行為。
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士官学校の図書室の本の検閲をルシアンとアルフレット三人でメインを行い、私たちの従者がフォローを行えば図書室は小さいために終わった。
今はお茶を飲みながら、最後のアルフレットの行っている検閲を待っているだけ。紅茶を傾けながら思考をめぐらす。
「……この分ならば魔法学校の検閲は私一人でできます。ルシアンとグロリア卿は明日から先に図書館の検閲を進めていてください」
「えー……姉さん、歓迎ダンスパーティはどうするの? 俺、姉さんが出ないなら図書館にこもるけど……」
「……私がいなくても出てちょうだい、ルシィ」
「嫌だよ、姉さん」
にこり、といつもの譲らないわがままの言い方で言ってくる。
図書室の見ただけの貯蔵量を計算して、図書館の貯蔵量を予測計算する。王弟が当日に来られるのならば、ギリギリ前日に終わる量だと計算が終わり頷いた。
「……わかったわ。出るから、これからも手伝ってちょうだいね」
「いいよ、姉さん。ありがとう」
「ヴィトン卿」
と、急に名前を呼ばれてアルフレットのほうを向く。
「はい?」
「抜けるのならば、俺とイーズ様と踊ってから抜けたほうが後々のために良いと思うのだが?」
終わったのかさっきまで目を通していた本をメイドに渡し、代わりにヴォルフラムから紅茶を受け取る。香りを楽しむ様子を見せて、余裕そうにほほ笑む。
「御心配には及びません。私は、婚約者を探します」
そう言えば気分を害したように少し眉を顰めるアルフレット。他のメンバーは特に表情を変えることなく黙っている。
「社交界に出たこともない、卿が? 一人で?」
年齢と領地管理の都合、叔母様の拒絶の兼ね合いで私だけ社交界には出たことがない。后妃様への謁見は疾うにすましていても社交界は出ていない。サロンだけは多く参加させていただいている。そのことを指摘してきているのだろう。
「知識はありますから、何とかなります。がんばります」
意気込めば微笑ましそうに見つめてくるヴォルフラムにランドルフ、アルフレットの従者。思わず笑みが零れた、と言うような表情で私も許すようにほほ笑む。
「知識だけでどうこうできるものではないとは思うがね」
アルフレットは紅茶を一気に煽り立ち上がる。慌ててメイドもそばに寄り、アルフレットの指示を待っている。
「……そう、ですか」
「ああ、そうだ。君は賢いが賢明ではない。ハズレくじを引くに決まっている」
見下した目が私を見つめている。その顔は笑みが浮かんでいる。
「そうだとしても、私は国にとって必要なハズレならハズレを引き続けます」
「本当に君は愚かだな。……先に失礼する」
鼻で笑って彼の人は図書室から出ていった。
「私が一番よく知っていますよ」
そう言えば部屋に残った人たちが悲しそうに視線を私から逸らした。
■□■
準備のために一度寮にもどり、支度をする。服は制服だから考える必要もない。先ほどから変わらない制服だったので、少しだけ休めると思ってソファーに沈み込む。
疲れたため目頭を押さえていると、目の端でヴォルフラムが忙しそうに何か準備をしている。
「……ヴォルフラム、何をしているの?」
「お嬢様、こちらを」
温タオルを渡してきて、また忙しそうに何かを準備している。
「ヴォルフラム?」
「お嬢様、まさかそのままで行こうなんて考えてないですよね?」
まさか、と言うような顔をしてヴォルフラムは私の前に跪く。
「他の従者の皆さんから聞きました。化粧はしてよく、髪はいじるものだと。お嬢様はそのままお休みになっていてください。私が準備をすべて行います」
「……そう。ありがとう、ヴォルフラム」
言い聞かせるようにそう言ってきたヴォルフラムに、私は頷いてから温タオルを目元に乗せる。ソファーの背もたれと背中で髪が挟まらないようにして目を閉じる。
「最善を尽くします。ゆっくり、休んでくださいお嬢様」
「ええ、ありがとう」
ヴォルフラムの準備する音に耳を傾ける。カタン、カタンと小さな音が心地よい。
ヴォルフラムがいるととても安心する。
ゆっくり、ゆっくり意識が落ちていく。




