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令嬢当主は今日も頭を抱えている  作者: 夢崎飽和
学園編
1/44

01

 品行方正、才色兼備、最大貴族の一画と揃いに揃った私の肩書。それらは私を殺している。

 これらの言葉は全部、僅かな賞賛と大きな侮蔑だと知ってる。


 全部知らないふりをして、いい子でいなければ私は救われない。頑張っていた今までの私が救われない。だから、私は我慢するのだ。


 貴族の中の貴族として。その一角を守る、それが唯一の居場所であると思っているから。




 ■□■




「新入生代表、ローズモンド・ヴィトン」

「はい」


 名前を呼ばれて返事をして立ち上がる。淑女らしく優雅に歩き階段をゆっくりと上がり、スポットライトが煌々と光るステージを歩く。

 どうせ、影では「こね」だとか「金の力」だとか「権力」だとか言われている。それに今さらこんなところに来なくったって私は別に何の問題もなかった。無理やり押し込められて、割と機嫌が悪いのを自覚している。

 権力だか金の力、そんなものを使えるのなら、全力でこんな牢獄みたいな場所に来ることを拒絶した。それにそんなことが可能だったなら、自慢げに座る理想的な家族がいたでしょう。まあ、私にはそんな理想的な家族はもういないのだけど。

 ……いや、あのパシャパシャ魔力を揺らしながら写真を撮っているのは従兄弟のルシィか。


 私が視線を向けたことが分かったのかブンブンと腕を振る彼に少しだけ嬉しくなってしまう。緩む頬をみっともなくならないように抑えながら、原稿を読む。

 完璧にこなさなければ。無事にこなして、ルシィを叱らなければ。『あなた、どうして入学式サボったの』って、それで私も怒られなければ。叔母はどうせ私が誑かしたなんて言うでしょうから。怒り狂うでしょうから気を付けなければ。


 無事に答辞を終え、席へと戻る。帰る途中に本当にみっともないぐらいに泣き出しているルシィが周りのご父兄方に慰められている。


 おねがい、うれしいけれど泣き止んで。みっともないわ。


 入学式が終わり、会場を入学者が退場する。一番傍にいた先生に「少し抜けてもいいか」と聞けば、あとは担任挨拶だけだからと離れることを許してくれた。

 入退場門と保護者入退場門は違っていて、保護者入退場門のほうへと移動する。少し探せばルシィは私が来ることを予想して待っていたよう。笑顔で手を振ってきて、ルシィがいる体育館の物陰に行けば私の頬を撫でる。


「あぁ……、姉さんすごく素敵で立派だったよ。思わず泣いちゃったよ」


 本人の性格と同じようにふわふわとゆるく波打つ見事な金糸を揺らしながら、ルシィは私をのぞき込む。深い色のエメラルドのような碧眼が潤んでいるのがわかる。


 腰を抱き寄せ身体が密着するほど近くに寄ってくる。ああ、本当にうれしそうな笑顔でそういってくれるから私から振り払うなんて拒絶できない。


 でも、本当にやめて。叔母さまが見たら発狂して殴り倒されるわ。あの人本当にめんどくさいの。あなたの前では取り繕っているのだろうけど、本当にめんどくさいのよ。


「ええ、ありがとう。でもあなた、自分の入学式はどうしたのよ。それと近いわ」

「姉さんの記録を残すほうが重要に決まってるよ。それと、近さは姉弟だから問題ないよ」

「正確には従姉弟よ。……お願い、ルシィもう少しだけでいいから離れて」


 懇願するように言えば、仕方なしにルシィは離れてくれる。


「ありがとう。……それで、あなた士官学校の入学式はどうしたの? 主席なんでしょう? ……きっと叔母様が心配しているわ」


 この子は絶対さぼったわ。主席の答辞も全部投げ出してここにいるに違いないわ。

 きゅるん、と話を逸らすように笑顔を見せたが、私の気が逸らされる気配がないのを理解したのか気まずそうに口を開いた。


「そんなことどうにでもなるよ。本当に姉さんの晴れ姿見られてよかった」

「今からでもいいから出席して、体調が悪かったとかごまかして……」


「その言い訳は通じないぞ、ヴィトン卿」


 何とか今からでも戻れと言おうとしたら、かぶせるように鋭い声がする。振り向けば呆れたような表情をしているアルフレット・グロリアがいる。

 ……ああ、そうね。この魔法学校の警備は士官学校から派遣されているのよね。

 四大貴族グロリア家の長男で次期当主アルフレット。士官学校の校長から選ばれる監督生。その中でもまとめ役、つまり魔法学校での生徒会長と同等またはそれ以上の権力を持った監督長をやっている。


「ごきげんよう、グロリア卿……私の記憶違いかもしれないのだけれど、あなた監督長ではないの?」


 なぜ歓迎の言葉をお前がやっていないんだ、と言外に言えば彼は察したように腰に手を当てながら答える。

 鈍色のまっすぐな髪がそよ風に揺れる。


「次期監督長がやるのが慣わしだ。ルシアン・ヴィトン、お前は早く士官学校に戻れ。これ以上ヴィトン家に泥を塗る気か」


 そう厳しく彼が言えば、ルシィはあきらめたように笑いながら私の頬にキスをする。


「……ごめんね、姉さん。また、会いに来るよ」


 そういいながら名残惜しそうに士官学校へと向かっていく。士官学校はグランドを挟んだ隣の校舎。士官学校は男子校、魔法学校が女子校という区切りで魔法技術教師はどちらも同じだ。食堂と図書館、グラウンドも共同だ。共同じゃないのは体育館と校舎、寮である。


「ご迷惑を、お掛けしております。グロリア卿」


 穏便に済ませようと頭を下げる。さっさとどこかに行ってくれ。持ち場に戻って、教室に帰らなければならないのに。きっと話を通した先生は私は体調不良だとか言ってごまかしていそうな雰囲気だけれども……。


「ヴィトン家も君が当主になってから地に落ちたな」


 バカにするように鼻で笑ってから、私の頤に指をあてて無理やり上向かせる。

 銀縁のインテリジェンスを醸し出している眼鏡が印象的。ルシィよりは明るい鮮やかな緑の瞳と整った顔、キチンと整えられた鈍いが力強い灰色が艶やかな髪。士官学校に入ってから細いが鍛えられ、たくましくなった身体が威圧的だ。

 宝石のペリドットのような瞳がずっと私を覗いている。


「叔母の暴走で君の婚約は解消され、次は従弟の暴走か」


 私が十歳のころ、私の両親は戦争で愚かにも死んでしまった。この国では当主の長子が家を継ぐことが多く、幼い私にもそれが適応された。そういうよりも、叔父が強引にそうした。叔父を当主にしようとする周りと、伝統を都合のいい理由に私を当主に。私の後見人として家を動かすという口約束で無理やり納得させていた。


「本当にその節はご迷惑とご心配をお掛けしました」


 口約束だからこそ、私は当主の座と権限から逃げられないのだ。

 笑って見せると彼は驚いたように目を見開いていた。


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