5章ー9 バルトールの秘策
ーアスティロン帝国ー
カルマスト砦での戦闘が始まる数日前。
「皇帝陛下。アーリントン王国第一王子 アッシュビー・アーリントンより援軍要請が矢の催促のように来ております。」
アスティロン帝国宰相 ネブルガスト・ブルームハルが皇帝 ルード・アスティロンの元へとやってきた。
ネブルガストはアスティロン帝国の実質№2であり、軍部、議会を掌握しており、皇帝と言えど簡単には彼の進言を無視することは出来ないほどの権力を有している。
「ネブルガストか。そのことならば既に報告を受けている。何でもあの馬鹿王子はバルトールの暗殺に失敗し、反逆者として討伐されそうだというではないか。」
クククッ・・。ルードは笑いながら答える。
「左様のようですな・・。よもや人一人殺すことも出来ぬ役立たずだとは思ってもいませなんだ・・。奴には資金も人も十分に与えていたのですが・・。」
「しかしアッシュビ―は皇帝陛下にご心酔で、陛下の言葉であれば喜んで従う御しやすい男です。彼を失えばアーリントン王国は一気に反帝国へと舵を切りましょう・・。」
ネブルガストはアッシュビ―に呆れながらも、彼の重要性を皇帝に伝える。
「確かにお主の申す通りだ・・。妖精族は精霊魔法を使うからな。あれが敵に回れば少々厄介だ・・。あくまで我らの力を示し、恭順を迫る方針は変えないことにしよう。」
「それよりもそろそろ〔あれ〕がアーリントン王国に到着した頃では・・?」
ルードの言葉にネブルガストは頷き、一枚の報告書を取り出した。
「はい。報告によると既に国境を越えている頃かと・・。それよりも本当に彼女らを向かわせて良かったのですか? 下手をすれば国そのものが滅ぶかもしれませぬぞ??」
ネブルガストは手に持つ報告書に目を通す。
ゲヘナ・ザヘナ姉妹・・。あの異常者どもを野に放つとは・・。
くくく、皇帝も順調にいかれてきておるのかもしれんな・・。
「滅びるのであればそれはそれでよい。潜在的な脅威が無くなるのだからな・・。」
「しかし〔あれ〕を向かわせた後にアッシュビ―の反乱が起きるとは・・。 タイミングが良すぎるというものだ。 アッシュビーには援軍はすぐそこまで来ていると伝えてやれ。」
ルードは上機嫌でネブルガストに伝える。
「かしこまりました。 しかしそろそろ〔あれ〕ではなく、彼女らと言ってあげなされ。彼女達も女性です。そろそろ傷付いておるやもしれませぬぞ?」
「くくくく・・。分かった、善処しよう。」
ルードは口に手を当て笑いを堪えながら答える。
「それと陛下にもう一つだけお耳に入れておきたいことがございます。」
ネブルガスト皇帝に近づくと、もう一枚の報告書を差し出した。
「アーリントン王国に魔族が来ているという報告が上がっております。また、その報告を上げてきたランド・イスラとはそれ以降連絡を取ることが出来ません。恐らくは既に彼の命は・・。」
ルードはネブルガストの報告を聞きながら報告書に目を通すが、その表情は見る見るうちに怒りに支配されていった。
「魔族共が!! またしても余に歯向かうか!!」
ルードは報告書を破り捨てる。
ノルド平野、南洋沖海戦・・。思い出すだけでも腸が煮えくり返りそうだ!
だがそうなるとバルトールが魔族を国内に引き入れたということか・・。
クソが! 亜人の分際でここまで余を愚弄するとは!!
「ネブルガスト! ゲヘナ達に伝えよ! 脅しではなく、歯向かう妖精族は皆殺しにせよとな!!」
「よろしいのですか?」
「この私を侮る者達は生かしてはおかぬ!! 早く伝えに行かぬか!!」
ガシャン!! ルードは自身の横に置かれているグラスを床へと叩きつける。
「・・・承知致しました。」
ネブルガストはルードに頭を下げるとその場を後にした。
バタンッ! ネブルガストは扉が閉まると振り返り笑みを浮かべる。
「これで計画にまた一歩近づいたな・・。」
ハハハハハッ! ネブルガストは笑い声を上げながら、闇夜の中へと消えていった。
ーカルマスト砦ー
「一体何が起きたのだ!!」
ダルタニアの元へアッシュビ―が顔色を変え駆け寄ってきた。
「アッシュビー様! 敵の攻撃により城壁が破られました!! こうなると数の差からも長くは持ちません。一刻も早く降伏を・・!!」
ダルタニアはアッシュビーの前に跪くと、頭を下げ進言する。
「降伏だと?! 父上が私を許すわけがない・・。貴様は私に死ねと申すのか?! それが臣下の申すことか!!」
アッシュビ―はダルタニアの腹部を蹴りつける。
「・・・っ。 しかし多くの将兵の命は救われます! バルトール様もきっとお命までは取らぬはず・・。何卒ご再考を!!」
「ええい、黙れ!! 何故私が平民のために我が身を差し出さなければならないのだ!! 撤退だ! 直ちに脱出の用意をせよ!!」
「アッシュビ―様・・・。」
ダルタニアはアッシュビ―の言動に言葉を失った。
これがアッシュビ―様の本心ということか・・・。
私は幼少の頃より実の息子の様にアッシュビ―様を育ててきた。
学問、武術・・、私の持ちうる全てのものを伝えてきたつもりだった。
なのにこのように日頃は部下を想っていると言いながら、恥もなくそれを覆すとはな・・。
こうなってしまったのも私の責任だ・・。それならば・・!!
「分かりました・・。では直ちに撤退を開始します。しかし退路はなく敵中を突破するしか道はございません。どうかご覚悟を決めてくだされ!」
「なっ・・。」
ダルタニアは頭を下げるとアッシュビーの言葉を聞く前にその場から去っていった。
「私は仕える主君を間違えたのだろうか・・。」
ダルタニアは空を見上げると、自身の過ちを悔いていった。
「いったいこれはどういうことですか??」
優一は爆発によって吹き飛ばせれた城壁に驚きを隠せない。
「はははは! これがとっておきの作戦ですよ! ハウスの奴が上手くやってくれたようですな。」
バルトールは優一の表情を見ると、楽しそうに答えた。
いや、とっておきって言ったってあんな頑丈そうな城壁が吹き飛ぶものなのか??
この世界に爆薬なんて存在していたのか???
「ですがどうやってあのような爆発を?」
優一の言葉にバルトールは部下に命じて一枚の地図を持ってこさせた。
「ご覧ください。この砦は以前集落だった場所に建設されたのです。しかもそれは今から数千年前のこと。いかにダルタニアと言えどそのようなことは知りますまい。」
「なるほど・・。」
優一はバルトールの言葉を聞きながら、広げられた地図に目を通す。
確かに以前の地図には集落の姿が描かれている・・。
この地図もかなり古い物の様だし、敵が知らないというのも理解できる。
でもそれと今回の爆発とどう関係があるんだ??
「ヴィンデル殿、この現在の地図をその地図の上に重ねてみてください。」
優一はバルトールの指示通り地図を重ねる。
「・・・ッ!! さっき爆発した場所に何か印が透けて見える!!」
「お分かりになりましたか。それは集落で使われていた井戸の場所です。この辺りは地下水が豊富でこのような井戸がいくつも掘られていたのです。」
「しかし精霊魔法技術が発達するにつれ水生成魔法が生み出され、以前の井戸は埋められるか放置されています。」
バルトールは現在も穴が塞がれていない数か所の井戸を指さす。
「これらの場所に精霊魔法 火精霊の涙と言われるこの水晶を投げ入れたのです。」
バルトールは拳大の水晶を優一に差し出した。
炎のように深紅の水晶だ・・・。それに僅かだが熱を帯びている。
「火精霊の炎は鉄をも溶かすほどの高温。数個もあれば地下水を温めるには十分です。ヴィンデル殿ならここまで言えばわかるのでは・・?」
バルトールは笑みを浮かべながら尋ねる。
井戸の跡、地下水、高温・・・。そうか!!
「まさか水蒸気を起こしたということですか?!」
「ハハハハ! 流石はヴィンデル殿、その通りです! 急激に温められた地下水は蒸気となり膨張する。それらが出口を求めて以前の井戸の後から勢いよく噴き出したのです。」
「城壁の下にあった井戸はこの辺りでは一番大きなものでしたので、あのように城壁を吹き飛ばしたのでしょうな!!」
バルトールは笑いながら答えた。
つまり水蒸気爆発のようなものなのか??
俺文系だったからそういうのよく分からないんだよな・・。
ちゃんと勉強してればよかった・・。
「これがバルトールさんの言っていたカルマスト砦の弱点というものだったんですね。」
「まぁ、弱点と言えるものかは分かりませんがな! 私も先王である亡き父から教えてもらうまでは井戸の存在を知りませんでしたので。」
そう言うと、バルトールは再び馬にまたがり、カルマスト砦へと視線を移す。
「しかしこれでカルマスト砦は裸になったも同然。全軍、一気に砦を落としこの無益な戦いに終止符を打つのだ!!」
おぉぉぉぉぉ!!! バルトールの号令で兵士達は一気にカルマスト砦へと攻め込んでいく。
これでこの戦いも決着がつくだろう。
そうなればアスティロン帝国も介入の口実を失うはずだ。
アーリントン軍の前衛が崩れた城壁から砦の中へと流れ込んでいく。
ブォォォォ!! 突如戦場に角笛の音が響き渡ると、カルマスト砦の城門が開き、兵士達が打って出てきた。
「陛下!! 反乱軍がカルマスト砦を放棄、我らの左翼を突き破り撤退を試みているようです!!」
「反乱軍の中央にはアッシュビー様の姿も確認されています!!」
「なんだと!! ここでアッシュビーとダルタニアを逃せばこの内乱は長引き、アスティロン帝国の介入を招いてしまう!! 中央、右翼を後方に動かし反乱軍を包囲するのだ。奴らを逃がしてはならん!!
砦内に攻め込んだ部隊もすぐに呼び戻せ!!」
はっ!! 報告にきた兵士は急ぎ戦場へと戻っていく。
「ヴィンデル殿! 私も急ぎ左翼へと移動いたします!!」
「では私もバルトールさんと一緒に行きます!! ジル達も急ぐぞ!!」
はい!! 優一の言葉にジル達も馬にまたがてっていく。
「かたじけない!!」
バルトールは優一達に頭を下げると、アッシュビー達のいる戦場へと馬を走らせた。




