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今夜、わたしはもう悪夢をみない(後編) 閲覧危険度★★★★★

 そうだ。

 確かに、青紫色のお婆さんが毎晩、夢の中に現れたのだ。私は、夢の中でそれを追い返そうとしていた?


 ただ私自身、あんな酷い事を言った覚えはないが――実際にアプリに録音が残っているのだから、言い逃れしようもない。



『 赦せない 赦せない 』


『 殺 し て や る 』


 

 何度聞いても、いつも通りの私の声だ。


 暫くの間、ショックでベッドの上から動く事が出来ずに居た。栞ちゃんと恋ちゃんから、LINNEの通知が来て。結局、その日学校に行けたのは正午を過ぎてからだった。



 ――――

 ――



 いつものことだが、栞ちゃんは午後の授業をサボっていた。友人クラスメイト八尋やひろちゃんに誘われて、廃墟探検に出かけたらしい。オカルトマニアの八尋ちゃんのアドバイスを少しあてにしていた私は、シュンと落ち込む。

 あの悪夢の話を誰にも打ち明けずにいるのが怖かった私は、休み時間に恋ちゃんの教室を訪れた。


「珍しいじゃないですか、真面目だけが取り柄の瑞姫たま先輩が午前中まるっと無断欠席なんて。肩でも凝ったんですか? 胸が垂れ落ちればいいのに」


酷い。

私を出迎えたのは慰めではなく、辛辣な罵倒だった。


「あ、えっとね。LINNEありがとうね。心配、してくれたんだよね?」

「いえ別に」

 

 ちなみに恋ちゃんは昨日の話を忘れていたらしく、私が寝不足で体調を崩したと思っていたらしい。こういうことって、本人以外からすればわりとどうでもいいことだったりするのだ。


「あー、悪夢ね。そんな話もありましたね」


 ただ、昨日よりかなり機嫌が良さそうだ。紙パックに入ったミルクティーを美味しそうに飲んでいた。多分、今日はモズ子ちゃんが来ていたのだろう。


「えっと……ね、お祓いとか、してもらった方が、いいのかなあ……?」

「たかが夢でしょうに。どこぞの寺に駆け込む気ですか。先輩トロいんだから騙されてしこたま踏んだくられてポイですよ」


 ひ、酷い……。……でも一応心配してくれてるんだよね? 恋ちゃんも不器用なトコあるし。そうだよね??

 録音の内容は――とてもじゃないけど聞かせられなかった。あんな言葉が自分から出て来たなんてショックだし、あまり聞かれたくなかったからだ。


 夢の内容がわかって居れば、ある程度、覚悟もできるかもしれない。


それに――思った程、怖い夢じゃなかったかも。私が殺されちゃう夢とか曰く付きの呪いの品が登場したりとか、そういうのじゃないもんね。お婆さんが話しかけてくるだけだし。


 恋ちゃんと話しているうちに、少しだけ気が楽になった。後輩に頼りっきりじゃダメだよね。軽くお礼を言うと、私は自分の教室に戻った。



 ――――

 ――



 そして。

 また、夜が来た。


 その日の受験勉強を終えた私は、灯りを消してベッドに仰向けに倒れると薄手の布団を胸まで引っ張り上げる。今夜は昨日よりは良く眠れるだろうと――だが、その考えは大甘だった。


 頭が冴えてなかなか寝付くことができない。

 夢の正体が見えて来たということは、考える材料ができたという事だ。考える材料ができたという事は、つまり、考えなくてもいい事まで考えてしまうという事だ。


 あの青紫色の老婆は、誰なのか? 


 私に、何を伝えようとしていた? 


 そして私は、どうするべきなのか?


 あの寝言――夢の中の私は、あんなに凶暴な言葉を使っていた。いったいどうして――


 アプリに録音されていた自分の寝言を思い出す。私は、この部屋を守ろうとしていた。

 ――だけどいくら怖いからって、ちょっと酷いこと言い過ぎだよね……ちゃんとお話を聞いて、あのお婆さんに謝ったほうがいいのかな……。


 そもそも、アレは私の意思で動けるような夢なのか……?



 ――――――まるで、出口の無い螺旋の迷宮だ。

 いくら考えても、納得できる答えに辿り着く事はない。

 そうこうしているうちに、深夜を回ってしまった。


 そして。

 そうやって考え込むと、別のことで気を紛らわせようとしてしまうのはよくある事で。気がつくと私は、容量の大きくなった写真やムービーを整理しはじめていた。


「……えへへ、懐かしいなあ……」


 頭上にスマホを構え写真をスクロールする。青い海、白い砂浜……そういえば、前にみんなで海水浴に行ったんだっけ。

 スマホを防水ケースに入れて、そういえばいくつかムービーも撮ったなあと何の気なしに再生する。


鮎喰あー ……アンタ、これ、スイカいくつ買うてきたんや……』


 あ、八尋ちゃんだ。

 オカルト好きの同級生。いつもは眼鏡だけど、この日はコンタクトをしている。

 確かこのムービーを撮ったのは、浜辺でスイカ割りをしてたときだっけ。


『や。八尋ヒロが人数分のスイカ買って来いって言ったろ?』

『そーそーそー、五人、るからな。ひとり一個ずつってな、――って喰えるかーい!!』


 あのときは結局、栞ちゃんが食べた分のお金払ってたなあ……。


 次のムービーを再生すると、八尋ちゃんが見事なフォームでスイカ割っていた。小さい頃、剣道をやっていた、って言ってたな。すごいな八尋ちゃんは。


 次のムービーを再生する。みんなでビーチパラソルの下に集まり、スイカをいただいていた。


『ねぇ、いっこゆっていいかな? レンちんが食べてるのってさ。スイカじゃなくて、ほぼほぼマヨネーズだよね。量の問題でもないんだけどさ』

『ふふ。ひとくちいかがですかモズ子さん』

『ナシよりのナシだわ。インスタにはあげてもよい?』

『では二人で写りましょうか』


 モズ子ちゃんと恋ちゃんだ。ほぼスク水の恋ちゃんに対して、モズ子ちゃんはかなりキワどい水着だ。恋ちゃんはマヨネーズをシェアできなくてちょっと悲しそうな顔をしている。

 画面の奥側では栞ちゃんがカブトムシさながらに大量のスイカを貪っていた。


 あ……そういえばこの後、ちょっと揉めたんだっけ……。


『あっ、しーちゃんさん! 口元にスイカついてますよ。はむっ』


 モズ子ちゃんが栞ちゃんのほっぺたにふざけてキ、キスして……。


『ん。あんがと。でも口じゃなくて手で取ればよ――』


『うぎゃああああああああああああああああああ!!!! なに誘惑してやがんだテメえぇええええあああああああああああああああああ!!!!』


『ちょっ、やめーやアホ恋! マヨネーズかかるやろが!!』


 そうそう。恋ちゃんが栞ちゃんに掴みかかろうとして…………



 いや恋ちゃん、なにやってるの本当に。口調おかしくなっちゃってるし。


 それでこの後、確か私が、恋ちゃんを宥めたんだっけ。


『だ、駄目だよ恋ちゃん! 食べ物持って暴れたら……』




 ………………?



 ………………?



 ……………………え…………?



 あ、あれ…………?

 今の、って……?




『ほら、ね。みんなで仲良く食べよ……?』




 これ。

 この声。




 ……………誰?


 誰の、声……?



『どーどーどー。恋、どーどーどー』

『ふしゅー……がるるー……』

『あ、えっとね……まっマヨネーズついてるよ!』




 ……………違う。


 間違っていたのは、私の方だ。



 最初は、ムービー内に知らない人の声が混ざっていると感じた。


 ――けど、違う!

 この声は、知らない人のものじゃない。



『ちょっ、何するんですか! 口で取らなくていいですよっ! その重い乳を退けてください!』

『お、重い!? だだだ、だって、羨ましいのかなって……ご、ごめんね恋ちゃん!』



 これ……。


 『録音された私の声』だ。



 私は、とんでもなく根本的なことを忘れていた。

 自分が普段聞いている自分の声って、録音して聞くと――全然、違う声に聞こえるはずなんだ。




 背中から首筋に、ぞぞっと嫌な感覚が広がっていく。



 じゃあ、待って。


 あのアプリで録音した寝言。

 普段聞き慣れている私の声と、まったく同じだった。



 裏を返せば、あれは、私の寝言じゃない。



 私じゃない『なにか』が私の部屋に居て、スマホの傍で喋っていたんだ。

 つまり私は、毎晩、悪夢に魘されていたわけじゃなくて。




 あの青紫色のお婆さんは、ずっと、実際に私の目の前に居て――




「 いったのに 殺してやるって 」






 ――――

 ――




挿絵(By みてみん)

遅ればせながら、ブクマ、感想、評価ありがとうございます!

とても励みになっています!


水着回とかもそのうち書きたいですね。

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