表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

今夜、わたしは悪夢をみる(前編) 閲覧危険度★★☆☆☆

 此の所、毎晩、不気味な悪夢を見る。

 いつもいつも、同じ夢。


 どうにかして目を覚まさなければと?いても、それは、私を逃してはくれない。


 朝陽が昇るまで、心臓が握り潰されそうな恐怖に耐えるしかない。



 そして。


 全身にびっしょりと汗を掻き、肩で息をしながら飛び起きる。

 胸に手をあてて、深呼吸をする。

 ――夢で、良かった。


 いつまでも、夢ばかりに囚われてはいられない。

 鳥の鳴き声と供に現実に引き戻され、思考は朝の忙しさで塗り潰される。


 髪を溶かし、セットする。

 お化粧だってしなきゃいけない。

 朝ご飯もしっかり食べる派だ。


 そうだ。

 あんなものは、ただの夢だ。

 起きれば消えてしまう、夢なのだ。


 ――けれど。


 珈琲を啜りながら考える。


 ――また今夜の私も、同じ悪夢を見るのだろう。

 それを思うだけで憂鬱になる。


 本当に。



 本当に――いったい、どんな夢だったのだろう。




挿絵(By みてみん)




「ああ、だから授業中ウトウトしてたんですね」


 私が悪夢の事を打ち明けると、右側に座るちんちくりんの少女―― 鷹都たかみやこ れん ちゃんは腑に落ちたように頷く。


 N県G市、K学園高校、学食。

 食べ盛りの生徒の為か、『安くて早くて多くて旨い』と謳い文句を出すこの学食は、お昼どきになると多くの生徒でごった返す。中でも200円で食べられる親子丼とカレーは絶品だ。


 恋ちゃんは冷やし中華にマヨネーズを山のようにこんもりかけると、空になったボトルを調味料入れに戻す。彼女は高校二年生で、ひとつ下の後輩だ。


「うん……あ、あの、えっとね! ご、ごめん! 変に、心配させるようなこと言っちゃって……」

「構いませんよ。クソほども心配してませんし」


 うう。言葉の棘でぐさりとやられた私―― 夢枕ゆまぐら 瑞姫たまき は、俯き気味に親子丼を口に運ぶ。口撃を放った本人は特に気にする様子もなく、スプーンにたっぷりとマヨネーズを掬って頬張っていた。

 ツンツンしてるのはいつもの事だけど、今日は特に仲のいいモズ子ちゃんがサボりでおやすみなので、ご機嫌斜めみたいです。


「れーん、カレー食ってるときにクソとか言うなよー。食欲無くなるだろ?」

「栞先輩は少し食べる量を減らすべきです。太りますよ」

「ははっ。笑わせてくれる」


 左側に佇むカレーのエベレストがマヨネーズのチョモランマに苦言を呈する。K学園の腹ペコ、鮎喰あくい しおり ちゃんがカレーの陰から顔を出した。栞ちゃんは私と同じ三年生だ。授業はよくサボるが、学食には必ず顔を出してくれる。


「寝不足は肌荒れるし大変だよね」


 栞ちゃんはカレーをがふがふと飲み込みながら、低血圧ボイスで私の心配をしてくれる。


「あ、うん。肩も凝るし、えっとね、身体も重くて……」

「やー。それはー……」

「それココが無駄にデカいからじゃありませんか瑞姫先輩!?」

「ひあっ!?」


 小さな手で胸を鷲掴みにされる。恋ちゃんは憎しみの篭った笑顔で私を睨みつけていた。こ、こわいぃ……なんでえぇえ……。

 助けを訴える私に、「とりま、原因《悪夢の正体》を特定しないとねー」という気怠げな、どこか面白がっているような声が返される。そうして目の前に、緑色のアプリ画面が差し出された。


「たまちゃんさ――コレ、使ってみる?」

「怪しい薬みたいに勧めるのやめてくださいよ。それでこの女の駄乳が治るんですか?」

「や。それは治んない」


 ひどい。

 私達はまじまじとアプリ画面に顔を近づける。


「あ、えっと……『あなたの睡眠記録帳』……?」


  なんだろ、よくみると年齢身長体重や、食事に睡眠時間なんかの記録もできるみたいで、ヘルスケア系のアプリっぽいけど……。


「日本人って働き過ぎじゃない? それで『睡眠の質』が下がってるんだと。それを改善したい人向けのアプリなんだけど」

「あ、聞いたことあるかも。えっとね、確か寝てるときのイビキなんかも、録音できるっていう……?」

「そ! まさにそれだよ、たまちゃん!」


 栞ちゃんが、ドヤ顔(?)っぽい表情でビシッと人差し指を立てる。これで私の睡眠の質を改善するのかな? と思ったけど、違うらしい。

 栞ちゃんの説明によると、携帯端末のマイクと連動していて、アプリを起動した状態で置いておけば、スリープモードでも鼾などの『人が発する音』を拾ってくれるのだという。


イビキ をかくのって、睡眠の質が低下してるかどうかのバロメーターになるらしんだけどさ。自分のイビキって人に指摘されないとわかんないじゃん? 本来の使い方は、コレでその鼾を記録して、睡眠の質を改善しようってシロモノなんだけど――違う使い方が蔓延はやってるんだ」


 なんでも、自分の寝言を記録して公開するという、少し恥ずかしいチャレンジがプチブームなのだという。


「あ、わかったかも。これを使って、私の寝言をとって、そしたら、えっと、夢の内容がわかるかもしれないって……こと?」

「ん。まだ誤作動も多いらしんだけどな」

「いいんじゃないですか? 瑞姫たま先輩一人暮らしだから、他の人の声が入る心配も無さそうですし」


 悪夢は、現実のストレスが元になっている事が多い。夢の内容が分かれば、ストレッサーに対策ができるかも知れない。


「じゃあ頑張ってね」

「あの、ありがとう、二人とも」

「大袈裟な」


 私は二人の両手をとり、深く頭を下げる。ほんとうに、いい友人を持った。


「ふふ、たいした事は何もしてませんよ」

「や。れんは本当に何もしてないだろ」



 ――――

 ――



 その夜。


 汗をシャワーで流し薄着のパジャマを着込んだ私は、すぐにベッドに潜り込んだ。時間はまだ11時を回ったところだが、赤本を解く気にもなれない。……寝不足のせいで受験勉強が捗らないのは、ほんとうに困る。


 今夜。

 私はまた、悪夢ゆめをみる。


 だけど、逃げてばかりじゃダメだ。

 それがどうしようもなく恐ろしい悪夢だとしても。

 LINNEで友人に早めのおやすみを言うと、忘れないように『あなたの睡眠記録帳』を起動させる。胸を勇気で満たし、二つの眼を瞑った。



 ――――

 ――



「はぁっ…… はあぁっ……」


 そして。

 ちゅんちゅんという、鳥の声が窓をうつ。


  私は肩で大きく息をして上半身を起こし、布団を払いのけた。身体の中と外を這い回る不快感と恐怖感。間違いない、あの、思い出せない悪夢を見たのだ。


 急ぎスマホに手を伸ばすと、『あなたの睡眠記録帳』を起動する。果たしてそこに――


「あ……ある……っ」


 入っていた。『一件』の音声が。


 これで、あの悪夢の中身が、わかるかも知れない。真実を知るのは怖い、けれど、知らないままにしておくのは、もっと怖い。


 私は、震える指を再生ボタンに伸ばす。


「……っ!! なんで――」


 そこに記録されていた音声を聞き、私は竦み上がった。それは、あまりにも聞き慣れた声で。あまりにも、聞き慣れない言葉だった。




『 赦せない 赦せない 』


『 どうして 毎日 毎日 私の部屋に現れるの 』


『 赦せない 赦せない 赦せない 赦せない 』


『 はやく はやく出てけ 今度入ってきたら 絶対に 』


『 殺 し て や る 』

 


 毎日のように耳にしている私の声が、恐ろしく物騒な事を呟いている。ぶつぶつと聞き取れない箇所もあるが、私の声は、一時間以上も呪詛を呟き続けていた。


 「な、なんで私、こんな――」


 なんで、寝言でこんな事を、口走っていたのか。

 私は、その理由を、徐々に思い出し始めていた。

 毎晩のようにうなされている、あの悪夢の内容を。



 ――そこは、吸い込まれるような、暗い暗い闇の中。

 横たわる私の目線の先に、青紫色の老婆の顔があった。老婆は哀しそうな顔をして、鼻と鼻がくっつく程に皺くちゃの顔を近づけると、唇をモゴモゴと、申し訳なさそうに動かす。


 そうして、私に何かを訴え続けていた。

長くなったので前編です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ