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仮想通貨 閲覧危険度★★★☆☆

 あれよあれよと言う間に利得が積み上がっていく。為替変動チャートを眺めているだけで笑いが止まらない。金の稼ぎ方は彼女に教われ! N県で暮らすこの女―― 鮎喰アユクイ ――は最高の仮想通貨デイトレーダーだ!


 信じられないって? そうだろう、そうだろう! 黄色いシャツに汚れたジーパン、安いヘアゴムで髪をまとめた見窄らしいアラフォー女。なんたって彼女は、数日前まではただのしがない貧乏高校教諭!


 そんな彼女がどうして、たった数日でデイトレードの神と呼ばれる迄に至ったか? 頭が良かった? ノーノーノー! 経済なんて無縁な世界で生きてきた、健康だけが取り柄の保健&体育教師だぜ? チャートの読み方や予測はまるでド素人ときた!


 では彼女はどうやって『成功者』への道を歩き出したか? その答えは、皆さんの目の前、ディスプレイの中にある! 今日はコイツを見て、暗いニュースを吹っ飛ばそうぜ!


 そう――彼女はただ、信じただけなのさ。

 その、欲深き隣人の事を。



挿絵(By みてみん)



『やあ、日本の皆々様! はじめましての人は、はじめまして。私は、鮎喰アユクイ と言います』


 ディスプレイの向こう側で、髪をひとつに束ねた女がペンネームを名乗る。豊満な胸部を強調するタンクトップに、ぴっちりとシルエットに張り付いたジーンズ。どう見ても資産家とは程遠い格好をしていた。

 人というのは、急に大金を手に入れても使い方が分からないものなのだろうな。


『今日は皆々様に私の神様を紹介しようと思います。……ははっ! なーんてね! 怪しい教団への勧誘などはイッサイないのでご安心を!』


 小皺をメイクで隠した顔を嫌というほどカメラに近づけて、ウインクを決める。そのメイクも滲んだ汗で落ちかけていたが。そして、彼女は前方の景色を撮影しながらジープを運転し始める。


 砂の巻き上がる黄色い空。何処までも土くれの続く雄大な大地には、所々に巨大な岩が鎮座し、バオバブが威風堂々と生えている。暑いのだろう、地表近くの景色はユラユラと揺らめいている。

 鮎喰はリュックサックから水筒を取り出すと、中のドリンクを一気にぐぴりとやる。――見ているだけで旨そうだ。


 彼女が居るのは、日本から遠く離れた、とある国。国名までは極秘事項と教えてくれなかったが、赤道付近の乾燥地帯であることは、700万画素に広がる光景から、容易に想像がつく。


『さあ見えてきましたよ!』


 観ると画面の奥に、布と藁で作ったテントのようなものがぽつぽつと見え始めた。発展途上国の、小さな、小さな集落だ。


『アレこそが、私がセレブの仲間入りをした秘密です! 動画をご覧の皆々様だけに! 本邦、初公開!』


 ジープは、傍迷惑な爆音と排ガスを撒き散らしながら、その村の平穏を侵略する。何事だと出て来た村人達に向かって、彼は和かに手を振った。



 ――――

 ――



『こんにちはジミェンくん!』


 鮎喰がテントのひとつに入ると、中にはひとりの男の子が居た。座って、縄を編んでいるようだった。当然日本語は通じないわけで、そのうえ英語も通じないようなので、基本的にコミュニケーションはジェスチャーだ。鮎喰は身振り手振りで挨拶をし、親愛の情を示す。


 ジミェンと呼ばれた少年は笑顔を見せない。が、歓迎していないという訳ではない。性格か環境のせいなのか、彼は表情が乏しいだけだ。

 その証拠に手をぶんぶんとおおきく振り、鮎喰を招いている。彼女が近くによると、ジミェン君は鮎喰を指差して何か言葉を投げかける。


『あぁ ぐぃ』


 現地の言葉なのか意味はわからなかったが、その言葉を聞き、鮎喰は鼻の穴を膨らませて自慢気にカメラに語りかける。


『私はここに何度か来たことがあるんですがね。始めてジミェン君に会ったときから、この歓迎の言葉をいただいて居るんです。意味はわかりませんがね(笑)。この言葉が【アユクイ】と聞こえたため、じゃあそれを私のPNにしてしまおう、と思ったんです! センスいいでしょう?』


 歴史も浅い自分のPNの誕生秘話を、まるで重大な発表のように語る鮎喰。ジミェンを始めとした他の村人達は特に気にする様子も無く、無表情で鮎喰を取り囲んで居る。


『――と、そろそろ皆々様お待ちかねでしょうし、本題に入りましょうか!』


 鮎喰は慣れた手つきでタブレットを操作すると、アプリを起動する。よくある仮想通貨の売買アプリと似ているが、鮎喰が知り合いに頼んで自作させたもののようだ。コインの名前をタップし続けるだけで簡単に売り買いが発生し、数秒あれば数百万が動かせる。


『さあ! ここからが面白いところですよ!』


 鮎喰はその生命線とも言えるタブレットを、なんの躊躇いもなくジミェン君に――数字の学もない未開の土地の少年に――渡すと、自由に遊ばせ始めたのだ!

 ジミェン君は、彼にとってはボタンを押せば音が鳴り絵柄が動く不思議な板でしか無いそれを、ペタペタと触り、鮎喰の全財産の数倍の額を転がしていく。


 いくらなんでもリスキーすぎる。


 正気の人間なら、即座に金切り声を上げてタブレットをひったくり上げるだろう。しかし、鮎喰はにこにこと張り付いたような笑顔を晒し、少年の『遊戯』を見守っている。


 数刻の後、ジミェン君は遊び飽きたのか、タブレットを鮎喰に返した。鮎喰はそれを余裕綽々と受け取ると、ジープに戻り大きなクーラーボックスを持ってくる。その中からよく冷えたフルーツやドリンクを取り出すと、お礼とばかりにジミェン君にを差し出す。


『さぞ驚かれたでしょう? しかし、ご安心を! 私はこの方法を使って、莫大な資産を手に入れたのです!』


 無表情でフルーツを貪るジミェンと、笑顔でハイタッチを交わす鮎喰。


『きっと彼には、私たちには見えないものが見えているのでしょう……しかーし! 私もまた、彼には見えないものが見えている!』


 それは、目の前にあるこのイラストや数字が、とてつもない額の金になるという事実だ。そう言わんばかりに、鮎喰はその日のジミェンの売り買いの履歴をディスプレイの前の視聴者に見せつける。


『それでは、明日の結果をお楽しみに! 皆々様方、よい夢を!』


 そう言って鮎喰は、その日の配信を終了した。



 ――――

 ――



『おはようございます皆々様! 鮎喰です。さあさあさあさあ昨日の売買の効果が早くも出始めていますよ!』


 今日の配信は、テントの中から始まった。鮎喰はでんとクーラーボックスに座り、後ろで結んだ髪を揺らしている。はやくタブレットを見せたいのだろう、うずうずそわそわと落ち着きがない。背後にはジミェン君と、その家族と思しき村人達が、やはり表情を変えずに鮎喰の事をじっと見ている。


『結論から申し上げましょう――ジミェン君の第六感は素晴らしい! 凄まじい!! はいがっぽり!!!』


 パッと画面が切り替わり、昨日のジミェン君の売り買いの結果とチャートの比較画面が表示される。確かに彼女の言う通り、ジミェン君の売却したコインの相場は下がり、購入したコインの相場は上がっている。


『――しかし、ジミェン君には仮想通貨を換金することはできません。彼はこれがお金になることを知らないでしょう!』


 鮎喰はやれやれと頭を振り、またジミェン君にタブレットを渡す。ジミェン君はタブレットを受け取ると少しだけ遊び、昨日より早く鮎喰に返した。

 鮎喰は今日もフルーツをジミェン君に渡し、ハイタッチを決めた。


『彼の才能を再び眠らせておくのは惜しいですが……仕方ありません。私は明日あたり帰国して、頃合いを見て稼ぎをリアルマネーに変えますよ。私にデイトレードの才能はありませんから!』


 小粋なジョークだろう? と言わんばかりに、カメラに向かって二回ウインクをキメると、鮎喰はジミェン君に右手を差し出し、握手を求める。


『ありがとうジミェン君! これでまた大金持ちだ!』


 ジミェン君は差し出された手をまるで意に介さず、無表情のまま鮎喰を指差し、口を大きく横に引攣らせて言った。


『ぐぃいいいい』



 ――――

 ――



 それから数日が経ったある日。

 再び、鮎喰の動画が配信された。またひと儲けしたのか、それとも調子に乗って破産したのか。あんな方法が続くわけない――だがもしかしたら――とにかく興味の尽きなかった俺は、いそいそと配信動画を開く。


 だが、映し出されたそれは、俺の予想を裏切るものだった。


 太陽の届かない薄暗い屋内で、あの村人達が円を組んでいた。立って居る者、地べたに座って居る者。そのすべてが、歓喜に満ちた笑みを浮かべている。


 彼等の中央にはいくつかのクーラーボックスが置かれ、その傍に小さな男が居た。男はひとつひとつクーラーボックスを開けて中身を確認していく。あるときは頷きながら箱の上部に文字を書きとめ、あるときは首を振って大きなバツ印を書いた。


 村人達の背後には、無人のバンや車両が停められていた。すべてのクーラーボックスを確認し終えた男は、文字を書いたボックスをバンのひとつに詰め込む。そして、村人達に汚れた革袋を渡した。彼は運転席に乗り込むと、ヘッドライトをつけて走り去っていった。

 村人達は革袋の中身を見ると、諸手を挙げて歓喜の意を示していた。



 そして、画面は暗転する。



 次に映し出されたのは、バックリと口を開けた深い穴だった。朗らかな笑顔の村人達は、バツ印のクーラーボックスを次々と穴に投げ込んでいく。

 乱暴に扱われたからだろう。その箱のひとつが穴の底でバウンドし、勢いで開いてしまう。すると中から、ごろり。と、サッカーボール大の何かが転がり落ちた。


 眼球を抉り取られた髪の長い女性の首だった。


 カメラを覗き込むようにして、撮影者――ジミェンの顔が現れる。茶色い歯を剥いて、満面の笑みを浮かべて。唇をがちゃがちゃと動かして。


 ――コレガ オカネニ ナルコト シラナイデショ?


 彼は、そう言っているようだった。

 動画はそこで終わっていた。



 ――――

 ――



 俺、カンだけはいい方でさ。

 その動画見て、気付いちゃったんだ。



 あのクーラーボックスには、きっと、バラバラになった鮎喰の身体の部位が入っていたんだ。鮎喰は――臓器を抜き取られ、売られて、殺されたんだ。

 健康だけが取り柄と言っていた彼の身体もまた、村人達にとっては『お金』だったんだ。


 けどさ。

 鮎喰の方だって、ジミュレを『お金』として見ていたじゃないか。鮎喰も本当は、ジミュレをあの村に置いておくのが惜しくなって。



 それでもしかしたら、この国に連れ帰ろうとしたんじゃないか?



 あの最後の映像、車が、たくさん並んでいた。

 それで、ヘッドライトに照らされて、見えたんだよ。車のナンバーが。


 すべて日本のナンバーだった。


 なんて事はない。

 あの場所さ、パーキングだったんだ。




 あの最後の配信だけは――日本で撮られていたんだよ。

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