むすんでひらいて 閲覧危険度★★★★☆
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むすんで ひらいて
てをうって むすんで
またひらいて てをうって
その て を ――
N県G市、NH総合病院。
携帯電話使用が許可された待合室で、私―― 鷹都 恋 は、電話口に向かって愚痴を零す。
「ああヒマ、退屈、入院なんてかったるいです……」
まさか虫垂炎でこんな病院にぶち込まれるなんて。そりゃまあ最初のうちは学校も塾もサボる口実が出来た~ヒャッホウ! くらいに思っていましたがね。
飲食も外出も制限されては、カフェもショッピングも映画も行けやしない。入院しているんだから当然なんですけどね。私にオタク趣味でもあれば別なんでしょうが……やる事なさ過ぎて放置していたソシャゲを久々に起動しましたよ。
「手術もしなきゃいけないらしいし……正直不安です」
『んーだいじょぶだいじょぶ心配ないっさー! 暗いコト考えるより治った後の事だっゼー! 俺がスイーツでもディナーでも好きなもん奢ってヤルヨー! んでんでんで本題だけどさ、ラブちゅわんって、どこ住みー??』
「教えません」
軽薄な電話相手の声にイラつき、通話終了ボタンを押す。罪悪感は無い。出逢い目的のクソ野郎っぽかったし、恨まれたところでどうせお互いに名前も知らない相手ですし。
そう。これは、ランダム通話系アプリの『結んで開いて!』だ。電話口の相手は知り合いではなく、全世界のアプリ登録者からランダムで選ばれマッチングさせられる。『人を結んで、心を開いて』というコンセプトらしい。
因みに【ラブ】というのは私のアカウント名ですよ。本名を名乗る者は稀でしょうね。
誰でもいいから愚痴りたい、中身の無い話をしたい時なんかは、なかなか使えるヤツだったりします。
「最後がアレでは気分も晴れませんしね。あと一回くらい行ってみましょうか」
次はもう少しマシな相手に当たってくれればいいが、と。自分の事は棚に上げて、本日最後の通話相手を探す。
――ピロンピロン。
マッチングは数秒でした。けど、相手のアカウント名を見て――私は凍りつきました。
【モズ子】
『ハロー? アイムファイン! ラブちゃんさん、は日本の方かな? 彼氏系? 彼女系? どっちでもいいかぁ、あたし今どちゃくそエモくってぇ、秒でいいから、かまちょ~?』
「モズ子さんっ!?」
『えっえ、何!?』
私は取り落としそうになったスマホを慌てて持ち直す。アカウント名だけなら偶然の一致かと思いましたが、このクソ腹立つ話し方、間違いありません!
同級生の、百舌蔵 映利 。数週間前に――失踪した少女。
「私です! 恋です! 鷹都恋!!」
『え!? レンちん!? すご! テンアゲ! マジ運命じゃーん!』
「そーそーそーです、私達は運命の赤い糸で結ばれて――じゃ、ありませんよ! 今どこで何してるんですかっ! LINNEも既読にならないし電話掛けても繋がらないし! 実家まで行ったらご両親も心配なさってましたよ! 警察の人もどうせプチ家出だろうってまともに取り合ってくれなくて! それもこれもモズ子さんの日頃の行いが悪いせいですよ!!」
『ちょちょちょ、落ち着け? な?』
「落ち着いていられますか! 身元不明の惨殺死体が見つかったってニュースを聞く度に心臓が締め付けられて、わ、私……もう、も、モズ子さんに、あ、逢えない、かも……って……」
ぼろぼろと涙が溢れてくる。なんで、なんで泣いてるんですか私は……あんな奴のために泣く必要なんて無いのに……!!
『レンちん………………風邪?』
「泣いてんだよこのクソモズク!!」
『ご、ごめん! ……なさぃ』
馬鹿。まあ、でも少しだけ、ホッとしました。何か凶悪な事件に巻き込まれたとかでは無いんですね。……結局、プチ家出が正解だったのか。警察の方々、食ってかかってすみませんでした。
「まあ、元気ならいいんですよ。多感な時期ですしね。親御さんにはちゃんと連絡するんですよ?」
『……ハイ』
「積もる話はありますが、それは直接聞くことにします。じゃあ、切りま――」
『あ、待ってレンちん! 秒! 秒で済むから!』
「……はぁ。なんですかもう」
通話終了ボタンに伸ばした指が止まる。話したいことがあるならLINNEを使えば……あ。もしかしてこの馬鹿、家出後にスマホ壊して買い換えたとかじゃ無いでしょうね。
呆れている私に対して、クソモズクは予想外の言葉を掛けてきた。
『レンちんさ、ぽんぽんぺいんで、手術受けるかもなんでしょ』
「……え、なんでモズ子さんが知ってるんですか、だって……」
だって、モズ子さんは数週間、高校の誰とも連絡が取れなかった筈。そうでなければ、未だに行方不明扱いにはなっていない。彼女は私の手術の話どころか、病状も、入院のことすら知らない筈です。それなのに何故――
『しーちゃんさんに聞いたんだ、学食で会ってさ』
しーちゃんさん、というのは、モズ子さんが矢鱈と慕ってる、鮎喰 栞 先輩の事だ。女子高生のくせに力士みたいな量の食事を食べているのを見て、あの馬鹿が爆笑して写真を撮りに行ったのがきっかけで仲良くなったらしい。
別に苦手というわけではありません。前に海でふざけてモズ子さんにキスしたときは沈めてやろうかと思いましたが。ああいう人と居るから純粋なモズ子さんの貞操観念が緩くなってしまうんですよね。
……っていうか。
は? どういう事ですか? 私とは連絡取らなかった癖に、なんで栞先輩とはちゃっかり連絡してるんですか……?
『それでそんときにしーちゃんさんが教えてくれたのさ! 病気の治りが早くなる御呪いをね!』
「え……なんですかそれ……」
胡散臭いです。そんな御呪いで治れば苦労はしません。ですが……栞先輩って妙にそういう霊力ありそうというか、妙な雰囲気のときもあるし……。
もしかして、本物の――。
『ワビっちゃなんだけど、その御呪い、教えたげるよ』
「……わかりました。お聞きしましょうか」
ゴクリと唾を飲み込む。緊張したかのように、全身が強張るのを感じる。……来るなら来いです。一瞬の沈黙の後、モズ子さんは、ゆっくりと御呪いを唱えた。
『痛いの痛いの~、飛んで行け~』
私は黙って通話終了ボタンを押した。
「まったくモズ子さんは……」
深く溜息を吐く私だったが、自然と?が綻ぶのを感じる。きっと私が手術を不安に思っているのを察して、緊張を解くためにワザとふざけてくれたんでしょうね。栞先輩の入れ知恵かも知れないというのは気に入りませんが。
なんていうか、ちょっと楽になりました。友人の無事も確認できましたし。私はアプリを終了させようと、親指ホームボタンに指を伸ばした。
――ピロンピロン。
――ピロンピロン。
あれ? マッチング?
私、間違えてマッチングの開始ボタン押しましたかね?
このまま切ってしまってもよいのですが……うん、流石にそれは相手にちょい失礼ですね。通話開始のボタンを押して、電話に出る。
しかし、電話の先は、これまた予想外の相手でした。
「こんにちは、ラブと申します」
『むーすぅーんーで…… ひぃーらぁーいぃて……』
「えっと、あの。貴方、名前は」
『てぇーをーうって…… むぅーすんで……』
こちらの話も聞かず、一方的に童謡の『むすんでひらいて』をリピートしている。それも、いやに低速で。
なんだこいつ。
アカウント名を確認してみると、【ヒーリング効果のある音楽】というものだった。
『まぁーたひらいて…… てぇーをーうって……』
もう一度声をよくよく聴くと、どうも人間じゃなさそうです。少し前に流行った……ボカロ……とかいうやつですかね。機械で作った合成音声っぽいというか。それに耳を澄ますと、裏で小さく、ゴスペルのような演奏が流れているのがわかります。
なぁんだビックリさせやがって、プロモーション用のアカウントか何かですね多分。
『そぉーのぉーてぇーを……』
くすり。と笑ってしまった。『むすんでひらいて』――アプリ名と同じですが、久し振りに聴きましたね。小さい頃を思い出してなんだか懐かしくなりました。
何故かわかりませんが、そのボカロ(?)の声が妙に気に入った私は、録音して偶に聴かせてもらうことにしました。……痛いの飛んでけより、こっちの方が科学的根拠もありそうですし。
そうして、手術の日がやって来ました。
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手術台の上で、私は、夢を見ました。
暗い、降りしきる雨の中――あの、むすんでひらいての歌が聞こえる。声の方へ行くと、一台の救急車があり、そこに女の子が乗っている。
導かれるように救急車に乗り込むと、女の子は『私が治してあげるね』――と。
そう言って、私の身体にずぶりと、紅い手を差し込むのでした。
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「――暫くは予後経過の観察の為に入院してもらいますが、数日もすれば退院できますよ。おつかれさまでした」
看護師さんの声に、こくんと頷く。心配していた手術は、呆気なく成功しました。所謂、峠は越えたというヤツ。虫垂炎も綺麗サッパリ無くなったそうで、退院したら我慢していたものを沢山食べようと思います。
小耳に挟んだところによると、今日の手術、本当はもっと難航する可能性があったそうです。オペを担当した先生の話では、自分でも信じられないくらいスムーズに治療ができたと言っていました。
まるで、何かに導かれているように。
「むーすーんーで、ひーらーいーて、ふんふん」
結局、あのアカウントの事は何もわかりませんでした。ダウンロード音楽の販促かなと調べてみたのですが何処にもそんな情報は無く、そもそもあの童謡にヒーリング効果があるということ自体、誰も聞いたことの無い話でした。
「ひとこと、お礼を言いたかったんですがね……」
あの歌のおかげかどうかは知りませんが。勇気を貰えたのは確かですし。
「……そういう意味じゃ、モズ子さんもですね(あと一応、栞先輩も)」
ぽつりと呟く。あの馬鹿が帰って来たら、元気になった身体でお礼の鉄拳を食らわせてあげましょうか。ふふ。その日が今から楽しみです。取り敢えず待ち受けのモズ子に、デコピンを食らわせます。
待合室のベンチで、目を瞑る。――もう、夕方ですね。
術後の身体を静かに癒すように、イヤホンから流れる『むすんでひらいて』が、全身を包み込んでいた。
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――先生! 先生!!
――何かあったのか?
――それが、409号室の患者さんが
『止血んで』
『切開いて』
『手術って』
『縫合んで』
――待合室で倒れていたんです! 肌がサツマイモ色になって、全身掻き毟るほど苦しそうに血を吐いていて!
――予後不良か……!? そんな兆候なかったのに……
――とにかく緊急で再手術を……!
『再 切開いて』
『手術って』
――先生、これは……
――こんな事があるのか……内臓が、無理やり引き裂かれてぐちゃぐちゃに結ばれている……こうまで酷いと、我々では――
『その てを ――』
オ テ ア ゲ ダ