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異世界転移 閲覧危険度★★★★☆

「――じゃあ行ってみる? 異世界」


 藪から棒に何を言い出すんだ。ライトノベルの読み過ぎで、ついに現実と創作の区別がつかなくなったのか。

 私は狐島こじま きみ。K学園高校に通う、極々平凡な高校二年生。女子だ。座右の銘は『何事も程々が一番』。ラノベ好きの友人Aと、もし自分があの異世界に行けるとしたらという議論が白熱していたのだが……あくまでそれは、妄想の域を超えないとお互い理解していた筈だ。

 それが、冒頭の様な台詞を吐くことになるとは……私が引き気味に答えずに居ると、友人Aは慌ててスマホを取り出す。


「ちょっ、引くなって傷つくわ! これだよこれ! いま話題になってる!」

「ああ、有名な小説投稿サイトの」


 私は画面に映った小説をぼんやりと斜め読みしていた。『最強スキルを神から授かった私が匣庭ハコニワ異世界でチーレム無双!』内容は、異世界に通じる扉にふとした事で入り込んだ主人公が、ファンタジーの世界で無双しハーレムを築くというものだ。


 別段、おかしなところは無いが……


「この作品の『鮎喰シオリ』って作者がさ、失踪、してるんだよ」

「は? エタったってこと?」

「ちげえよ! リアルガチの失踪事件! ――ほらこれ、作者のツイ垢な」


 友人Aに言われるままに呟きを追ってみると、確かに数ヶ月前からツイートもリプライもしていないようだ。彼(彼女?)の最後の呟きは『現実に飽きたので異世界に転移します。さようなら』というシンプルなものに、写真が一枚添えられていた。


「問題はこの写真だよ」


 友人Aは声のトーンをわざとらしく落とす。写真には、壊れそうな木の小さな扉と、撮影者の影のようなものが写っていた。そして、写真の撮影場所は――


「このN県G市B駅ってウチの高校の最寄りじゃん」

「そう。けどさ公ちゃん、こんな扉、見たことないよね?」


 確かに。話の流れからして、この扉がその『異世界に通じる扉』とやらなのだろう。

 投稿された小説の中では、深夜二時、人に見られてはいけない、音を立ててはいけない、お金は持って行ってはいけない、など、扉を見つけるまでの手順がざっくりと記されていた。


「けど流石に合成だろ」

「ともーじゃん? 他にも根拠があんだな、コレが」


 それは、扉の中に入れていた植物とか食糧とかが消えたという証言だった。他にも、最近ウチの市で行方不明の失踪事件が相次いでいることから、異世界転移説が囁かれているらしい。


「ほら、お前のクラスの居なくなった、モズク……だっけ? その子も家出とか言われてるけどさ、私は異世界に行ったんだと睨んでる」


 そして友人Aは、ウチらもつまらない現実なんか捨てて異世界に行こう、と誘ってきた。半信半疑だったが、私は二つ返事で快諾した。なにもトラックに轢かれろとかいう話じゃないし、高三になったら深夜に抜け出してこんな馬鹿な遊びをする事も無くなるだろうしな。


 それが、間違いだったのだ。



 ――――

 ――



 マジか。


 深夜二時。私は、たったひとりでその扉の前に居た。

 カラオケボックスで深夜まで時間を潰していた友人Aの携帯に、母が倒れたと連絡があり、急いでタクシーで帰ったのだ。Aの事は心配だったが、そのまま何もせず帰るのも癪だった私はB駅を訪れた。

 小説を読みつつ手順を踏むと、果たして、その扉は現れた。しかし――


「どれに入ればいいの?」


 扉は、いくつも並んでいた。サイズは人が通るには小さく、肩がつっかえる大きさから、身体を折り畳めばギリギリ入れそうなものまであった。中を覗いてみると真っ暗で先が見えない。小説を読み直しても、どの扉に入ればいいかは書かれていなかった。


「……行ってみるか」


 ここで尻尾を巻いてもつまらないしな。私は入るのが楽そうな大きめの扉を選ぶ。小柄で童顔と嫌味を言われて来たが、今はその事が有難い。頭を打たないように身を屈めながら、そこに足を踏み入れた。




挿絵(By みてみん)




「お、よく来たねマドモアゼル」


 落ちてしまいそうな程の暗闇の中、女神様は、ボロい木の椅子に腰掛けて踏ん反りかえっていた。金髪に紫色のドレス、気怠げな態度。歳は私と同じくらいに見える。小説にあった女神の姿とまったく同じだ。……あと、スマホ弄ってるけど。大丈夫なのこの人。


「本当だったんだね。あの扉が異世界に通じてるって」

「高校生の癖に、やけに落ち着いてるね」


 そりゃそうだろ、死んだとかじゃなくて自分から入ったんだし……呆れ顔でそう呟くと、女神はどこか満足気に微笑んだ。そして私を異世界に送り込み、そこでの生活を見守らせて欲しいと告げる。

 小説にも書かれていたが、異世界に飛ばされた人を観察するのが、この黒い空間での唯一の道楽らしい。


「直ぐに死んじゃってもつまらないからね。ふたつほど加護をあげるよ」


 サクサク々と事務処理が進んでいく。加護のひとつは不老不死。(ただし死にたくなったら死ねるものらしい)もうひとつは、身体能力の大幅な強化だった。これも小説にあった内容と同じだ。


「ここまでしていただいて――」

「いいんだ、ここに来た全員にやってる事だからさ」


 ……これまで何人来たかは知らんが、それは逆に目立たなそうで嫌だな。いや、別に私は目立ちたい訳じゃないからいいのか。


「いってらっしゃい」


 女神がそう呟くと、私の身体は地面に開いた穴に呑み込まれる。そのとき視界の端に捉えた女神は、カチカチと手の甲を合わせて、私の門出を祝福していた。



 ――――

 ――



 ゴウゴウという激しい音が頭上を通り抜ける。冷たい石畳の床で目を覚ました私は、当惑していた。


「何処よ……ここは……」


 物言わぬ暗い古城は、崩れた壁から月明かりが差し、不気味に佇んでいる。私は煌びやかな城に勇者として召喚され、魔王討伐の依頼を受ける筈だ。こんな廃墟のような場所、小説の展開には無かったじゃない。


「ステータスオープン」


 兎に角、先ずは状況整理だな。私は自分のステータスを確認する。ゲームのように目の前にウインドウが開き、ステータスが表示された。


 ◆狐島こじま きみ

 ◆種族 ・ヒト族、女性


 ◆レベル・1

 ◆体力 ・98909

 ◆筋力 ・1756

 ◆耐久 ・2315

 ◆俊敏 ・65

 ◆運  ・89

 ◆成長 ・666


 ◆スキル・不老不死

 ◆称号 ・世界から棄てられた者、女神の観察対象


 加護スキルなんかは女神の言っていた通りだね。

 ステータスウインドウの開き方も、過剰ともいえる初期ステータスも、小説にあったとおりだ。

 

 しかし私はそのステータスよりも、ウインドウの下のスペースに、どうぞとばかりに置かれたボタンに釘付けになっていた。


   【死ぬ】


 背筋に冷や汗が流れる。死にたくなったら死ねるってこういうシステムかよ。触らないように気を付けないと。と、さっさとウインドウを閉じる。


「先ずは人に合わないとね……」


 どうやらここは大広間のようだ。扉をぎいと開き、廊下に出る。廊下は長く、ひんやりとした生臭い風が吹き抜けていた。


「す、すいませーん、誰か居ませんかー?」


 割れた窓や壁から差し込む月明かりを頼りに足を運ぶ。危険な生物が潜んでいるかも知られないが、別に構わない。なんたって私は無敵の不老不死なんですから。

 その愚考は、すぐに改める事になった。



 くちゃっ。ぐちゃ。



「……え?」


 妙な音に目を凝らす。廊下の奥で何かが蠢いていた。小さな生き物、影の形からして、ゴブリンか? 何か食べているようだけど――。

 武器を持っていないことを思い出して急に怖くなる。怖気付いた私は、口元を抑えて、摺り足で後退あとずさる。


 ガシャン!


「きゃ!!」


 風で背後の壺が倒れ、石造りの廊下に金属音がこだました。それ自体は私の落ち度では無いのだが――廊下の奥の生き物は、はっきりと私の方を見た。


 べた――


 べた べた べた べた べた――



 べたべたべたべたべたべたべたべたたたたたたたたたた――


「いっ……ひぃやぁああああああ!!!」


 その小さな人型の何かは、猛スピードでべたべたと這うように此方に向かってきた。ゴブリンとかじゃない、なにアレ!?

 不死スキルなんてもう関係無かった。恐ろしさに悲鳴をあげ、すぐ横の扉から部屋に飛び込んだ。扉を閉め、近くにあった箪笥を倒して、バリケードにする。その直後、バンバン! ガリガリ! と物凄い力で扉を叩きつけ、引っ掻く音が聞こえて来た。


「なに、なにアレ……」


 へなへなと力無く膝をついた私は――背中に、違和感を感じた。部屋に入ったときだろうか、ドアを塞ぐのに夢中で、気付かなかった。


 ――何かが、私の背中に貼り付き、少しずつよじ登っている。


 やだ、やだやだやだやだやだやだやだ。あいつ、一匹じゃ無かったの!? まるで心臓から冷水が吐き出されているように、全身がガクガク震え、寒気で動くことも出来ない。私は涙を目に溜めながら、狂ったようにひゅうひゅうと呼吸を繰り返していた。ソイツは私の肩まで辿り着くと、べたんと顔を覗き込んだ。



「ぎゃば」


 それは、眼を爛々と輝かせた、人間の赤児だった。大きく開けた口は血で赤黒く染まり、喉の奥はごぼごぼと泡立っている。ソイツは私の鼻に齧り付くと、喰い千切って旨そうに飲み込んだ。


 私の意識は、そこで途切れた。



 ――――

 ――



 眼を覚ましたのは、朝の雑踏の中だった。通勤ラッシュか、扉の隙間から行き交う人々の脚が見える。

 結論からいうと、私は元の世界に帰ってこれたのだ。灼けるように熱い鼻と、シャツにぼたぼたと広がる血溜まりが、あの出来事が夢ではないぞと如実に語っていた。

 安心したら、涙が溢れてきた。


 扉に手を伸ばそうとした私は、身体と鉄の壁に挟まって動けない事に気付く。どうやら私の身体は、四角い小さな鉄箱に押し込まれているようだ。

 そうだ、ここは、駅に設置してあるコインロッカーの中だ。異世界に続いていたあの扉は、コインロッカーの扉だったのだ。


 それに気付いたとき、ある恐ろしい仮説が頭に浮かんだ。


 あの異世界にいた赤児達ってさ……このコインロッカーに棄てられて、転移したんじゃないか? 女神によって身体強化されて不老不死になり、赤児のまま、あの世界で『無双』していたんじゃないか? 植物や食糧が消えたっていう話――それって、誰かが花やお菓子をお供えしていた話が歪んで伝わったんじゃないか?


 ゾッとする考えに首筋が冷える。本当に、帰って来れてよかった。


 もうこんな所には一秒だって居たくない。

 通勤ラッシュの人混みに助けを求めようとしたが、身体が折りたたまれているせいで、声も出せない。なんとか身体を捩って外に出ようとすると、カラオケ店のお釣りで貰った百円硬貨がポケットから落ちた。

 硬貨はロッカーから出て、雑踏の中にちゃりんと音を立てて転がり込む。通行人のひとりが足を止めて、ロッカーの前でその硬貨を拾い上げた。

 ツいている、こっちに気づいてくれた。


 ほっと息を吐き安堵する私の脳裏に浮かんだのは――何故か、あの小説の導入だった。



 人に見られてはいけない


 音を立ててはいけない


 お金を持って行っては――



 ――ぱたん。


 ちゃりん。

作中で女神がやっていた手の甲を合わせる拍手は、裏拍手といいます。絶対に真似をしないでください。検索は自己責任でお願いします。

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