スマートホーム(後編) 閲覧危険度★★★★☆
私は狐島 公。K学園高校に通う、極々平凡な高校二年生。女子だ。座右の銘は『何事も程々が一番』。
「まったく趣味が悪いですよ……わりと怖かったんですから……」
「それについてはすまん……」
あの翌日、私はRに頭を下げることになった。
あの後Rはマンションから半泣きで逃げ出してしまったので、マヨネーズを拭き取った私はなんとかかんとか追いついて誤解を解き、彼女を家まで送り届けたのだった。
だって、そこまで怖がるとは思わなかったし――なんて言ったら平手打ちが飛んで来そうだ。私は黙ってお詫びのマヨネーズを差し出した。
「まあ私もすみませんでした。パニックになったとはいえ、マヨネーズぶち撒けてしまって」
貰ったばかりのマヨネーズを啜りながら謝るR。私は気まずくなり目を背ける。
「それは気にしてないよ。ちゃんと掃除したし」
本音いうとあの攻撃はかなり参った。帰ってからも掃除に追われたし。
管理会社の人にも謝ったが、気にすることはないと言って貰えた。モニタリングで借りた部屋なのに、申し訳ないことをしたな……。
「スマートホームってCMなんかで見たり、聞いたりしたことはありますけど――ああいうタイプのもあるんですね。驚きました」
あれが機械でプログラムされた音声だなんて今でも信じられない。そう言ってボトルを置く。
「発音も滑らかだし、ちゃんとこっちの動きに対応してるしね」
「なんの話だー?」
机の下から、ひょこっと頭が生えて来た。隣のクラスの友人、MMだ。Rはまだ昨日のイタズラを引きずっているのか、びくっと硬直していた。
「昨日この人でなしの家に呼ばれてですね、ほいほい着いて行ったら弄ばれたんですよ」
「あらぬ誤解を生むような言い方はやめろ」
「ああ、スマートホームだっけ? 凄いよなコキミ! 最先端じゃないか!」
「なんだ知ってたんですか……」
「引っ越し初日に話したからな」
MMはARゲームの対戦で知り合った友人だ。こう見えてPCやIT技術なんかには私より詳しい。
それで真っ先に誘ったのだが、残念なことに私用が重なってしまっていたのだ。
「でも今度の週末は空けておいたぞ! お邪魔していいかな、コキミ!」
「勿論歓迎するよ。みどみどの好きなお菓子買っておくね」
「マヨチップス」
「みどみどの好きなお菓子っつってんだろ」
そして、次の週末。
「おお! レンから聞いてたとおり立派なマンションだなー! ふっ、ボクのライバルの拠点に相応しいぞ……」
「あと一ヶ月くらいで立退かなきゃいけないけどな」
私とMMの二人は、並んでマンションを見上げていた。私の部屋はここから見ると豆粒くらいの大きさだ。Rもお詫びにと誘ったが、今度は向こうが忙しいらしく来れなかった。
「立退くくらいならいっそ買ってしまえ!」
「いくらするんだよ!?」
ツッコミを入れつつ、正面扉の前に立つ。
――ピピッ。
『おかえりなさいませ。狐島 公様。本日はお客様をお連れですね。どうぞ、お入りください』
そのとき。
MMは小さく「えっ……」と呟いた。
「驚いた?」
「……あっ……いや!ビビッてなんかない! レンから色々聞いてたからな! さあゆくぞコキミ!」
MMはぐっと胸を反らせてずんずんと歩いて行く。私は慌てて彼女の後ろを追いかけた。
――――
――
『ようこそお越しくださいました。ごゆっくりおくつろぎください』
「……凄いなコキミ。……これ、本当に機械音声なのか……?」
「うん。そうみたいだよ」
「……そう思うと、なんだか逆に楽しくなってきたな!」
何が『逆に』なのかは、わからないが。
部屋に到着してからも、MMはソワソワと落ち着きがなかった。技術屋肌の彼女のことだ。最新式のスマートホームに興奮しているのだろうか?
「おう! このシステムキッチンも新型じゃないか! なあコキミ、後で使ってもいいか!?」
「いいよ。一緒に何か作ろうか」
「えへへっ! やった!」
とりあえず今日は、退屈させないで済みそうだな……。
『今日は暑かったですね。最高気温は37度だそうですよ。シャワーを浴びられますか?』
「!」
「そういえば汗でベトベトだね。お風呂沸かしてくれる?」
『かしこまりました』
スマートホームが喋る度に、MMはピクリと身体を強張らせる。突然話しかけてくるあの声だけには、なかなか慣れないようだった。
「ボクもちょっとヘンな汗掻いちゃった。コキミの後でシャワー浴びてもいい?」
「いや。バスルーム広いし、一緒に浴びちゃおうよ。女同士だし」
「なっ…………」
『お風呂が沸きました』
「な、なな、なななにをいってるるんだ!? ここ、コキミと一緒にお風呂なんて!?」
MMは耳まで真っ赤になって両手をわたわたと振り回す。
「え、嫌だったか? なら順番に」
「いいい嫌なワケ無いだろおっ!? ふっ、不束者ですが、受けて立ってやるぞ!!」
かなり意味不明のことを言いながら、MMは私の胸元にびしりと指を突きつける。私達はそのまま連れ立って脱衣所へと向かった。
――
「……ぶくぶく……」
バスルームに入ったMMは速攻で湯船の中に浸かり、壁の方をじっと凝視したり、チラチラとこっちを見たりしていた。んん、やっぱちょっと恥ずかしかったのか?
「そんな浸かってるとのぼせるぞー」
「おっ、おかまいしないでくれっ!」
『お湯加減はいかがですか?』
「そんな脅しには屈しないんだからなあっ!!」
なんか……あんまり意識されると私までこっぱずかしくなるな……。私も彼女から背を向けるようにしてシャワーを浴び始めた。
『お風呂上がりに冷えたドリンクはいかがですか?』
「ぼっ、ボクはそんなの知らないぞ!!」
MMは気を紛らわせるためか、無駄に声を張り上げスマートホームと会話を始めたようだ。ついでに頭でも洗ってしまおうか。
『冷蔵庫に冷たい麦茶が入っていますよ』
「いい加減にしろ! ボクはオマエなんかにやられないぞ!!!」
…………?
なんか、さっきから違和感はあったが……。
……会話、噛み合ってなくないか?
誰と、話しているんだ?
「あのさ、みどみ――」
「殺せるもんなら殺してみろよっ!!!」
『畏まりました』
――ぱちん。
次の瞬間、浴室は暗闇に包まれた。電気が消されたのだ。停電か? それとも、誤作動?
「電気をつけてくれ!」
『かしこまりました。点灯いたします』
――ぱちん。
「みどみど、大丈夫だっ――――みどみど……?」
バスルームの電気が再び灯ったとき、MMは――そこに居なかった。
――いや。
居た。
彼女の身体は、仰向けでバスタブの底に沈んでいた。
髪の毛はゆらゆらと海藻のように漂い、手足はぶらぶらと不規則に蠢いている。
口をだらんと開き、両眼を見開いたまま。
「みどみどッ!!」
電気が消えたとき滑って頭でも打ったか!?
私は両手をバスタブに突っ込み――
「熱ッ!!?」
見ると浴槽に溜まった湯はボコボコと泡を吹き沸騰している。
表面の水がシュウシュウと蒸発していき視界が白く濁る。
私は火傷の痛みに歯を食いしばりながら彼女の身体を掴み、助け出そうとする。
だが、何かに引っかかっているかのように彼女の頭は持ち上がらない。
バスタブの排水口が開き、自動で排水が始まっていたのだ。
彼女の髪の毛は束になって、勢いよく排水口に引きずり込まれている。
「うああああああああああっっ!!!」
両腕の皮がめくれるような痛みに耐えながら、彼女の頭を必死で引っ張り上げる。機械に絡まっていたのか、髪が何本かブチブチと頭ごと剥がれ落ちた。
私はどうにか、彼女をバスルームの床に横たえた。
「みどみど……返事してくれ、みどみどっ……」
茹でられた魚のように眼球は白く煮えて全身が赤く爛れている。
彼女の全身に冷水をかけ、救急車を呼び、また冷水をかけ、何度も人工呼吸を試みる。
救急車のサイレンが、空しく鳴り響いた。
彼女が息を吹き返すことは、無かった。
――――
――
両腕から肩にかけて酷い火傷を負っていた私は、病院に運ばれて治療を受けた。マンションに戻ってきた私を出迎えたのは、荷物の引き上げに来た引越し業者のトラックだった。
MMの死は、プログラムの誤作動が重なったことによる事故だろうと言うのが、警察の見解だった。
だが、私は彼女の死が、事故死でないことを知っている。
これは、見舞いに来たRから聞いた話だ。
彼女は私の部屋に来たとき、ずっと、つきまとうような女の声が聞こえていたらしい。
私が「それはスマートホームだよ」と説明をしたので、そういうものかと無理やり納得させられてしまったのだ。
――おそらく、あのときのMMにも、私とは違う『声』が聞こえていたのだろう。
私は抜け殻のようになって、もともと住んでいた安アパートに戻った。
「……ただいま」
染み付いた癖で、ぽつりと呟いた。
『おかえりなさいませ』
『おかえり、コキミ』
全滅☆




