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スマートホーム(前編) 閲覧危険度★☆☆☆☆

 がちゃり。

 私が扉の前に立つと、出迎えるように玄関の鍵が開き、暖かい照明が灯る。ドアノブを捻り中に入ると、空調によって部屋の空気が快適にかき混ぜられる。

 部屋に入ると、私の頼んだ通り荷物は綺麗に整頓されて置かれていた。


 まるで、優秀なメイドさんでも雇ったみたいだな。


 私は手荷物をベッドの上に放る。

 緊張をほぐすように、こほん。と咳払いをすると、私は『彼女』に挨拶をした。


「た、ただいまー」

『おかえりなさいませ。本日はお疲れ様でした』


 照明が、少しだけ嬉しそうに瞬いた。




挿絵(By みてみん)




 私は狐島こじま きみ。K学園高校に通う、極々平凡な高校二年生。女子だ。座右の銘は『何事も程々が一番』。


 ある日、まとめサイトを見ていた私は『次世代スマートホーム』のモニタリング募集を見かけた。マンションの一室をモデルルームのように整えてあり、そこに二ヶ月住んで欲しいというものだった。


 高校に通える距離だったこともあり、何の気なしに応募したところ見事当選。半ば冷やかし気分だった私は、案内された部屋を見て目を丸くした。


 高層マンションの13階。3LDKの120平米。天井は高く3メートル以上はある。バストイレ別でオール電化のシステムキッチン付き。広いルーフバルコニーは木目調が美しく都会にいることを忘れさせてくれる。

 海外から取り寄せた調度品や高級家具、インテリアなんかは、気に入ったら持って帰ってもいいと言われた。さらに引越し代も向こうの全額負担ときた。


 これだけでも破格の高待遇なのだが、何より驚いたのはこの部屋の目玉とも言える『スマートホーム』の機能だ。


『今日は暑かったですね。最高気温は38度だそうですよ。シャワーを浴びられますか?』


「そうだね。お風呂を沸かしてもらえる?」


『かしこまりました。御夕食はどうされますか?』


「今日は家で作って食べるよ。折角だからシステムキッチンも使ってみたいし」


『では、キーマカレーなど如何でしょう。冷蔵庫にある材料で作ることができますよ』


「じゃあそれで」


『かしこまりました。只今、お風呂が沸きました。ごゆっくり汗をお流しくださいませ』


「ありがとう」


 ――こんな感じだ。

 因みにシャワーを浴びながら音楽を流してもらうことも出来るし、料理のときは講師のように手順を丁寧に教えてくれる。

 単なる『声で動かすデバイス』ではない。こちらの期待値を人工知能が読み取り、接続した家電を最適に稼働させ、主人を持て成してくれるのだ。


 さらに恐るべきことに、声の抑揚から感情のポジティブネガティブを汲み取って、静かにして欲しいタイミングでは何も話しかけてこない。

 つまり、まるで人間のように空気を読むこともできるのだ。


 SF漫画に描かれたような、近未来の生活。


「何も知らずに人を呼んだら、事故物件だ! 幽霊だ! って騒がれそうだな……」


 私はシャワーを浴びながら、そんなくだらないことを呟いた。




『この部屋は――――ではありませんよ』




 ――――

 ――


 モニタリング開始から、最初の休日。

 私は同じクラスの友人Rを、そのマンションに呼び出していた。なんでも最近M子と喧嘩したらしく、教室でもずっと落ち込んでいたので励ましてやろうと思った。


 ――と言うのは建前の話だ。


 私は、誰でもいいからスマートホームを見せびらかしたくて仕方がなかったのだ。

 よく連んでいるMMや他の友人達は私用がある日が被ってしまい、偶に話す仲のRに白羽の矢が立ったというわけだ。


「それでですね。聞いてくださいよ本当に……モズ子さんったらなんて言ったと思います?」


 隣を歩くRはいつになく不機嫌だった。いつもなら、M子の話をするときは大抵側から聞いていてもわかるくらい声のトーンが弾んで居るのだが。今日は苛立ちを隠しきれずに低い唸り声を絞り出す。


「『ゴメン。悪いけど、ちょっと一週間くらい話し掛けないでくれる』――って。酷くありません!?」

「そうだな。言い過ぎだよな」


 こういうときは波風立てないのが一番だ。二人の喧嘩の原因にはあまり興味ないしね。

 話を聞いて居るふりをしながら、適当に同調する私に、Rはちんちくりんの身体を震わせ、赤い顔で更にまくし立てる。


「私はただモズ子さんの指についたマヨネーズを『勿体無いから舐めさせてください』って頼んだだけなのに……いいじゃないですか減るもんじゃなし」

「……え、お前何言ってんの気持ち悪」


 駄目だ。もうプランが崩れた。

 が、Rは特に気にしていないようだった。

 よくそれで一週間で赦されたな。


「最終的に土下座までしたのに、逆にヒかれて……」

「馬鹿?」


「はあ……瑞姫たま先輩なら何も言わず指を差し出してくれるのに……」

「屑?」


 ……え?

 今から私、コレを家に上げるの?


 いや……誘ったの私だけどさ……


 私はこの時点でもうRを置き去りにしてさっさとこの場から逃げたかった。


「ああ、でも今ネットで書いてる小説にサイコレズのキャラ出そうと思ってたんだけど。れんれんを参考にしてもいい?」

「サイ……? よくわかりませんが好きにすればよいのでは……?」


「そっか。――着いたよ」


 マンションの正面エントランス前に到着する。Rは首を傾けてマンションを見上げ、その立派さと高さに驚いているようだった。


「12……13階ですか。結構いい場所に住んでますね」

「え!?」


 驚かせようと思って部屋番号は伝えなかったんだが……。


「なんでわかったんだ?」

「いえ、まあ。他の部屋には洗濯物も無いしカーテンも掛かっていないようですから」


 ……気がつかなかった。


「このマンション、今はきみさんが住んでいる部屋以外は空き部屋なんじゃないですか?」


 言われてみれば確かに、マンションの敷地内で他の人もすれ違ったことはない。管理会社の人は何も言っていなかったが、モニタリングのために私だけが先に住まわせてもらって居るのだろうか。


 しかし……度肝を抜いてやるつもりが、一本取られるなんて。

 流石はストーカー。観察眼は優れているようだ。


 ふっ。まあいい。このマンションが凄いのは此処からだ。私は、エントランスの扉の真正面に立つ。


 ――ピピッ。


『おかえりなさいませ。狐島こじま きみ様。本日はお客様をお連れですね。どうぞ、お入りください』


「っ!?」


 正面扉が静かに開く。

 カメラによる顔認証が、住人を判別しているのだ。


 れんれんは漸く驚いてくれたのか、呆然と固まったまま動こうとしない。


「ほら行くよ、れんれん」


 このまま突っ立っていて、ドアが閉まっても困るしな。私はRの手を取るとそのままエレベーターホールに連れて行く。

 エレベーターは、すでに到着していた。


『お部屋までご案内いたします』


 エレベーターに乗り込むと、ボタンを押す必要もなく13階まで上がって行く。


「あ……あの……今の、声……聞こえましたか……? 女の……」


 震える声に視線を横に落とす。Rは私の手をぎゅっと強く握りしめ、蒼い顔で唇を噛んでいた。

 ははあ。もしかしてRのヤツ……このスマートホームの声を地縛霊か何かと勘違いしているんじゃ……?


 ――少しからかってやるか。


「いや? 何も聞こえなかったけど」

「!!! …………で、では私のソラミミなのでしょうね、ふふ……」


 Rはそう言いながら俯き、ますます強く手を握ってくる。いつも生意気だったり頭がおかしかったりするけれど、なんていうかこういう顔は……新鮮だ。ちんちくりんの身体がますます小さく見える。


 私は悪いと思いながらも楽しくなり、部屋に戻ると元気よく挨拶をした。


「ただいまー」

『おかえりなさいませ。本日はお疲れ様でした』


 靴を脱ぎながらチラリとドアの方に目をやると、Rは「……やっぱり……気の所為じゃない……」「……なにか……居る……」とブツブツ呟きながら、部屋の中に入って来ようとしない。


「どうしたんだ? 遠慮せずおいでよ」


 ?が緩みそうになるのを必死で堪えつつ、Rに部屋に入ってくるように促す。Rは意を決したように玄関に足を踏み入れる。


「お……おじゃま、しまーす……」

『ようこそお越しくださいました。ごゆっくりおくつろぎください』


 その言葉を聞いた刹那、Rは弾かれるようにバッグから白色のチューブを取り出す。

 そして――


「あああ、悪霊たいさぁーん!!」


 私の全身と、玄関のスペースに、大量のマヨネーズがぶち撒けられた。

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