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わたしの怨みを買ってください(後編) 閲覧危険度★★★★★

 ――――――――――


 商品名・怨み

 出品者・鮎喰シオリ


 『購入しました。』


 購入者・鮎喰栞


 ――――――――――


 スマホに表示されたままの購入画面を見た八尋ヒロは、びくっと硬直し息を呑んだ。


「おまっ……!」


 私は大声で騒がれないように、八尋ヒロの口を手で塞ぐ。


「――! ――!」

「や。あのままたまちゃんが買ったら変な空気になるかなって」

「~~~~!!」


 モゴモゴと何か言いたげに口を動かす八尋ヒロ。私は、皆と距離が開いたのを確認して手を離す。


「――プハッ!! だからって、ようそんな危なそうなもんに手出せるな……」

「や。別に危なくないでしょ。っていうかオカ研の旅行の方が普段危ないことしてるだろ? 心霊スポット行ったりするじゃん」


 さっきは予想外の流れに慌てて「やばいやばい」って感じになっちゃったけど、実際にはいつも調べている都市伝説の方が危ないものだったりするのだ。


「……まあ……言われてみればそうなんやけどな」

「それに私別にこういうオカルトとか信じてないしな」

「――ってそれはオカ研としてどうなんや!」


 あっけらかんと言ってのけると、弱めのチョップが飛んできた。


「や。私、八尋ヒロと一緒に遊べるからオカ研やってるだけだし」

「あっ……アホ! 何ゆーとんねん、アホ!」


 八尋ヒロは顔から湯気を出しながらそそくさと足を速めた。……ふ。愛い奴。



 

挿絵(By みてみん)




 それから、何事もなく数日が過ぎ。

 とある休日のこと。私達5人は、フタバに集まって勉強会をしていた。


「――っと。もうこんな時間か」


 私は時計を見ると、飲みかけのベンティアサイズのカリガネ茶フラペチーノを一気に啜る。冷感が頭にキンときて少し涙目になった。


「そんな焦らんでも、まだ3時過ぎやん。なんか用事でもあるんか?」

「ああ。友人と会う約束をしてるんだ」

「……ほんまか。鮎喰あーってうちら以外に友達おったんや……」

「失礼だな八尋ヒロ


 しかし、待ち合わせの相手が普通の友人ではないというのも確かだ。……さてどう説明したものか……。


「うーん、八尋ヒロはさ、バーチャルユーチューバーって知ってる?」

「ああ、ユーチューバーって言ったらあれやろ? 飯食ったりゲームしたりして、動画あげて金稼ぐ感じの……それがどうかしたん?」


「や。それを私がってるんだけど」

「大食いを?」


 八尋ヒロは微妙にわかっていないようだった。


「す、凄いわね栞ちゃん。テレビに出てるの? 有名人なの?」


 たまちゃんは……なんか更にわかっていなかった。

 といっても、よくつるんでるメンバーで知ってそうな娘、居ないしなあ……。


「違いますよ八尋ヒロさん。バーチャルユーチューバーっていうのは二次元のモデルに演じさせる3Dアニメみたいなもんです」


 まさかの方向から助け舟が出た。私はちんちくりんの少女に向かって身を乗り出す。


「知っているのか、れん」

「オタク趣味の友人くらい居ますから。初音ミケみたいなのに声をあてて動かすんです。そですよね?」


 や。微妙に違うんだが……。

 まあ、でもいいか。この際、その解釈で。


「それで何度か共演した相手の人が居て、今日会う事になってるんだよ」

「いわゆるオフ会じゃないっすか! しーちゃんさんマジ卍! で、お相手は?? 医者!? 弁護士??」


 ……モズ子はモズ子で、婚活パーティー的な何かを想像しているらしい。



「ねね! どんな人なんですか!? 教えてくださいよー」

「日本人形さん」

「――は?」



「日本人形さん、って言うんだけど」


 私はようつべの動画を見せる。




挿絵(By みてみん)




 白い肌。長い黒髪、生気のない瞳。

 それはそれは見事な日本人形がそこに居た。


「え? え?? 今からコレに会うの? ……自分、正気なん? なんか憑いてへん??」

「や。これは3Dモデルで、中のひと――演者の方は普通にいい人だから」



「私が以前見たヤツと、なんか雰囲気違うんですが……」

「個性豊かなのがバーチューバーの魅力だからね」



「あの、あたし……ガッツリ見ちゃったんすけど……夜中に出たりとかは……」

「だから、見たら呪われる系の動画じゃないって」



「可愛いお人形さんね。えっと、栞ちゃんはこのお人形さんを見に行くの?」

「………………うん、まあ、ソンナトコロ」



 だんだん面倒になってきた私は適当にあしらうことにして、席を立つことにした。そのまま三人の心配そうな視線を躱し、フタバのドアを潜り抜けた。




 ――――

 ――




 とあるオフィスビル街の一角。

 そこは設備というにはあまりにも薄暗く、目鼻を刺すような埃とカビの臭いが充満していた。


「ここかー日本人形さんのスタジオ……なんか雰囲気あるな」


 念の為断っておくが、決していい意味ではない。

 どちらかといえば八尋ヒロ達が言っていたような、都市伝説のひとつやふたつ生まれてそうな廃ビルだ。


 だからといって帰ろうとするのは相手に失礼だ。地図の示す位置に間違いはない。私は勇気を振り絞って、自動ドアを通り抜ける。


 ぞわり。と、冷えた空気が首筋を通り抜ける。

 嫌な印象を振り払うように歩き続ける。が、長い一本道の廊下を進む程に、気温はどんどんと急下降していく。


「冷房効きすぎだろ……」

「――鮎喰栞さん。?」

「うわ!」


 高く、掠れた声。

 背後から不意に声を掛けられた私は、思わず飛び退く。いつからそこに居たのか、長い黒髪の少女が、ぽつんとそこに立ち尽くしていた。


「もしかして、日本人形さん? 直接お会いするのは、初めてですよね」


 できるだけ和かな表情をつくり、丁寧に挨拶をする。黒髪の少女はにたっと唇を歪に広げて嗤う。


「初めてじゃないよ。」


 開いた口の隙間から、ケタケタという笑い声が漏れていた。……妙にホラーな雰囲気があるの、動画だけのキャラ作りじゃなかったのか……メッセージでやり取りしたときと印象違うな……。


 この時点で私は、なんかもう、かなり帰りたくなっていた。


「それで、きょうは――」

「買ってくれるんでしょ。」


 …………買う?

 何の話だ?

 全く心当たりがないんだが。


「え? や。なんです? ……CDでも出されるんですか?」

「買ってくれたじゃない。」


 日本人形さんは、すっと目の前にスマホをかざす。

 そこには、見覚えのある、そして、見覚えの無い画面が、くっきりと映し出されていた。



 ――――――――――


 商品名・怨み


 『購入されました。』


 購入者・鮎喰栞


 ――――――――――



「買ってくれるんだよね。?」


「わたしの 怨みを」


 そう言った彼女に目線を戻すと、彼女は真っ赤に染まった鎌を振りかざしていた。


「うっ……」




「うわあぁっ!?」


 驚きのあまり腰がすとんと落ちる。間一髪、振り下ろされた鎌は私の鼻先スレスレをかすめていった。


「冗談だろ……!?」


 怨み。


 私は、彼女の怨みを買ってしまったのか。

 殺意を抱くほどの、誰かへの怨みを。


 ――八つ当たりにもほどがある!!

 ひゅんっ。

 首を狙って横向きに振られた鎌を、大きく後ろに飛んで躱す。


 死んでたまるか。

 それも――誰かの代わりにだなんて!


「うわっ!?」


 カランカラン。

 着地点に落ちていた何かを踏みつけ、バランスを崩す。


 金属パイプだ。

 ――先端が折れて、鋭く尖っている。


「ねえ。」


「買うんでしょ。」


「わたしの。」


「怨みを。」


 少女は真っ赤な口を三日月のように開き、血走った眼で鎌を振り下ろす。


 ――ぶぢゅっ。


 肉が裂け、なかみの飛び散る音がした。




 ――――

 ――




「ハァ……ハァ…………」


 あれからどうやって家に帰ったのかも、よく覚えて居ない。扉を開け、がくりと膝をつく。


「――正当防衛だ。あれは」


 何度も頭を振り、必死で自分に言い聞かせる。


 ――

 私が突き出した金属パイプは、凶刃が振り下ろされるより前に日本人形さんの喉を刺し貫いた。彼女は数回痙攣して後、手をだらんと下げてそのまま動かなくなった。


 憎しみに満ちた眼がガラス玉のように輝きを失い、責めるように私を睨みつけていた。


 彼女は、間違いなく死んでいた。

 ――私が、殺してしまった。

 ――


 鶏肉に包丁を突き立てるような、嫌な感触が残っている。両手を開いてみると、彼女の返り血で真っ赤に染まっていた。


「うえぇっ……」


 鉄臭さにえづきながらバスルームに駆け込み、洗剤をつけたスポンジでゴシゴシと洗う。だがいくら洗っても、滑りのような気持ち悪さがこびりついてとれない。


「どうして、どうしてあんなことに……」


 理由は、わかっている。

 日本人形さんの怨みを、私が軽率にも買ってしまったからだ。


 ――

 商品情報・誰にぶつけたらいいのかわからない怨みを抱えて苦しんでいます。誰か、わたしの怨みを買ってください。

 ――


 日本人形さんは、殺したい程に誰かを怨んでいた。そして私は、その誰かの身代わりとなって、日本人形さんの怨みを晴らす為に狙われたのだろう。


「……痛っ!?」


 激痛に思考が中断される。

 気がつくと両手の皮がめくれ、血が滲んでいた。恐る恐るタオルで拭くと、染みるように痛い。


「……手当てしないと」


 救急箱は二階にあったはずだ。

 薄暗い階段をギシギシと踏み鳴らしながら上っていく。


「手当てが終わったら……警察に行こう」


 ――彼女の怨みが、どんな怨みだったかはわからない。虐めにあったか、はたまた、乱暴されたのか。

 ――けれど、壮絶なものだったのは間違いない。


 だって彼女は、あんな鬼のような形相で死んで――



「違う」


 ――違う。



 ――確か、日本人形さんは、愉しそうに笑いながら私を殺そうとした。


 ――最初は。わらっていたんだ。


 ――怨みの篭った表情になったのは。


 ――私に 殺された か ら だ 。


 臓腑の凍えるような悪寒に、脚が止まる。

 私は、誰かに対する怨みの肩代わりをさせられたんじゃない。


『わたしの怨みを買ってください』


 あの一文の本当の意味は、


『わたしを殺して その怨みを買ってください』


 彼女は、最初から私を殺す気なんて無かった。

 自殺志願者……いや。他殺志願者だったのだ。



 つまり彼女の私への怨みは、これから――。



 べたりと冷たいものが足首に触れる。

 見おろすと、脚の間から日本人形さんが此方を見ていた。


「殺してくれてありがとう」

「それから」



挿絵(By みてみん)



「よくも 殺したな」

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