わたしの怨みを買ってください(前編) 閲覧危険度★★☆☆☆
青い夏。白い砂浜。眩しい太陽。
あと山盛りの焼きそば。カキ氷。冷房の効いた海の家。
店内でいちゃつくカップル供を恨んではいけない。どうせアレはひと夏の過ち。夏が過ぎればシャボン玉のように消える関係なのだから。
私――鮎喰 栞は、そんな彼らを横目に無心で焼きそばを掻っ込み続けていた。
「うーん。びみょだけどコレでいっか。しーちゃんさんはどう思います?」
隣で自撮り棒を振り回しセルフ撮影会に勤しんでいる派手な少女は、モズ子こと百舌蔵 映利 。ひとつ下の後輩だ。
露出度の高い桃色のパレオが肌に吸い付き、滴る水滴が眩しい。
「モズ子また新しい水着買ったのか。それはそうと随分と撮るんだな、インスタ用?」
「フォト付けて狩に出すんっすよ。したらまた新しい水着が買えますし」
そういえばこの子、会う度に違う服着てるもんな。男に貢がせて服買って即売って――と、相当遊び慣れている感じだ。まあ当人達が満足ならいいんだけど。
モズ子の水着は、適当な写真をつけてコレでいっかとメル狩に出品した、次の瞬間にはもう落札されていた。
「秒で売れましたわ、逆に怖っ!」
「人気のブランドですからねえ。欲しい方も居るんでしょう」
これまたスマホをいじりながらたこ焼きにマヨネーズを山盛りにしているのは、鷹都 恋。モズ子の同級生だ。
ちんまい身体に白スク水がよく似合う。ただ、下腹が少しだけ出ている気もする。マヨネーズでも妊娠したんだろう。
ちらっと見えたが、モズ子の出品した水着と同じものを落札していた。その体型じゃ着れないだろうに。
「あ、えっとね。恋ちゃん。なんで私の胸の上に頭乗せてるのかな……?」
「この駄肉がクッションに丁度いいんですよ。動かないでくださいね瑞姫先輩」
「ひ、ひどい……」
れんに枕にされている気弱な少女は、夢枕 瑞姫 。同級生だ。私は、たまちゃんと呼んでいる。
緑のふんわりしたワンピース水着が、はち切れそうなほどたわわな胸を包み込んでいる。悪い男に騙されないかちょっと心配だ。
「あ、そうだ八尋先輩。こないだメル狩で面白いもの見つけたんですよ」
「え? うちに?」
「はい。オカルト馬鹿の八尋先輩くらいしかこんなの食いつかないだろって思ったので」
「誰がオカルト馬鹿やねん!?」
オカルト馬鹿と呼ばれた関西弁は八尋――鹿島 八尋だ。
いつもは眼鏡なのだが、海水浴のためにコンタクトにしてきたらしい。濃色のビキニをスポーティーに着こなしている。
彼女も同級生で、二人しかいないオカルト研究会の仲間でもある。この中では一番付き合いが長い。
「ハッ! そこまでいうんなら見せてもらおうやないか! このオカルト馬鹿を唸らせるほどの逸品をな!!」
「そこまでハードル上げられても困りますがね……これです、こいつ」
「ほぉ、どれどれ……?」
商品名・怨み
出品者・鮎喰シオリ
商品情報・誰にぶつけたらいいのかわからない怨みを抱えて苦しんでいます。誰か、わたしの怨みを買ってください。
販売価格・6円
「鮎喰、アンタ何売っとるんや……」
「や。私は知らんけど」
カキ氷を貪りながら否定する。怨みを買うというのは洒落が効いているが、メル狩で出品した覚えはない。
「栞先輩は違うらしいですよ。昨日コレ見つけたとき、最初に聞きましたからね」
「でもでも~こんなレアってる苗字、他に居るんですか~? しーちゃんさん、最近誰か怨んだりしてません?」
モズ子が茶化してくる。まあ確かに珍しい苗字ではあるし、名前まで同じなんて偶然の一致とは思えない。
だが、心当たりがないのは事実だ。
「や、知らんけど。モズ子は無いの? 怨みとか」
「怨みありますよー。既読無視? あたし既読無視だけはマジ赦せんし。末代まで祟る」
「だめよ祟ったら。忙しい中、頑張って読んでくれたのかもしれないでしょ?」
たまちゃんがちょっとズレた窘め方をする。モズ子も「お、おう」といった様子で引っ込んだ。
「許せないといえばやけど、うちもたこ焼きに通ぶって醤油とか塩とか言ってるのは許せへんわ。粉もんにはソースとマヨネーズやろ」
「わかります!! それ凄くわかります八尋先輩!!」
「おお! 生まれてはじめて気があったな!!」
八尋とれんも、何かちょっとズレていた。そして、勝手に意気投合していた。
「……かーらーのー?」
「えっ? ええ、私っ!?」
モズ子がたまちゃんに意地の悪い振りをかます。この娘のこういうノリにはいつまでたっても慣れないらしい。慌てふためく様が可愛らしい。
「わ、私の許せないもの……あ、えっとね。ゴミのぽい捨て、とか……?」
「たまちゃん先輩か~わ~い~い~」
「ええっ!?」
モズ子もそれを知って、あえて仕掛けているのだが……落として上げるというか、なんというか。当のたまちゃんはいつものようにドギマギしている。
……が、この和やかな空気を切り裂く者がいた。
「猫被ってんじゃねーですよこの乳牛がァ!!!」
「ひぅうっ!?」
「レンちん! スタップ!! スタップ!!! 先輩だぞ!!」
れんはモズ子に対して強い独占欲があるようなのだ。枕にしているたまちゃんの胸に顔を埋めて揉みしだいている。
「ふしゅー……ふしゅー……」
「なにやっとるんやアンタらは……」
「やばたにえん……」
……面倒臭い奴だが……まあ、悪い子ではない。……と思う。
「そういえばさ――」
私は口に手をあて、こほんとわざとらしい咳払いをする。そして声のトーンを落とすと、こう続けた。
「私にも……あったよ。どうしても、赦せないもの……怨んでること……」
五人の間の空気がシンと冷え込んだ。
「ど、どうしたの栞ちゃん……」
「しーちゃんさん、顔、怖い…………フォトジェニック」カシャカシャ
皆が、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。れんの手は相変わらず動いていたが。
「――カキ氷のシロップが足りなくて、底の方……ほぼ無味」
「それは五つ食う前に気付かんかい」
――――
――
軽い昼食を終えた私達は、ビーチに戻ることにした。午後はスイカ割りをする予定が入っている。楽しみだ。
「うぅん……」
……?
どうも、前を歩くたまちゃんが、まだ浮かない顔をしている。れんが持ってきたメル狩の出品を見てからというもの、どうも様子がおかしい。
モズ子が心配そうに駆け寄る。
「どしたんですか、たまちゃん先輩? 浮かない顔して」
「あ、えっとね。この出品者の人、可哀想だなって……」
どうやら、『誰にぶつけたらいいのかわからない怨みを抱えて苦しんでいます』という言葉を受けて、恐怖ではなく心配な気持ちになってしまったらしい。
自分のことでもないのに、このお人好しはかなり真剣に悩んでいた。
「……私、買ってあげようかな……」
「「「「え!!?」」」」
流石にこっちが驚かされた。何を言いだすんだ。
「いやいやいや普通にヤバみ案件でしょコレ! 駄目っすよ!」
「え、ええっ……でも6円くらいなら……」
「金額の問題やないやろ!」
反対されると思ってなかったのか。たまちゃんはおろおろとしている。そんな募金感覚で都市伝説に飛び込まないでほしい。
「そうですよそうですよ! 探してみたら似たようなので喧嘩ってのもありますから、そっちにしときません?」
「恋はマヨネーズでもしゃぶっとれ!」
「……言ってる間に売れたな」
私は四人に、『SOLD OUT』の画面を見せつける。三人は「マジか」という顔をしていたが、たまちゃんはホッとした顔になる。
「よかった……これで、その人も少しは気が楽になりますね」
たまちゃんの言葉に、三人も漸く肩の力を抜く。
「物好きも居たもんですねー」
「はは、せやな」
そう言って、ビーチに向かって歩き始めた。
「八尋」
「ん? なんや」
私は八尋だけを小声で呼び止めると、こっそりとスマホの画面を見せた。
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商品名・怨み
出品者・鮎喰シオリ
『購入しました。』
購入者・鮎喰栞
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