ドローン 閲覧危険度★★★★☆
N県G市、IIショッピングモール
カランカランと、小気味好い鐘の音が響く。
「おめでとうございまーす! 五等、シェ・タベルの中華ビュッフェペアご招待チケットでーす!」
「ありがとうございまーす」
福引きの景品を受け取ったボク―― 海土路 砂絵 は、ササッと列を離れる。
ショッピングモールで休日の買い物を終えたボクは、レシート交換制の福引きを見かけてちょっと並んでみたのだ。
一位の新作ARゲームが狙いだったんだけど。世の中そんなに甘くはできていないようだ。
「中華ビュッフェかあ……でもボク今、ダイエット中だしなあ」
列から少し離れた場所で小さく呟く。ペアチケットだし、隣のクラスの狐島公を誘ってもいいんだけど。……でも中華って量多そうだし、コキミも食は細い方だからな。
「うーん……お父さんとお母さんにあげるか、サイアク金券ショップに……」
「お困りかな? 御嬢ちゃん」
「――へっ?」
不意に声を掛けられ振り向くと三人組の女性が立って居た。歳の頃はボクと同じか、いっこ上くらいだろうか。ボクが戸惑っていると、最初に話し掛けて来たと思われる金髪の女性が口を開く。
「実は私達もシェ・タベルの中華ビュッフェチケットを狙っていたんだけど」
「いやいや、狙ってたの鮎喰だけやろ……巻き込まんといて」
「う。ま、まあそれは置いておくとしてだな……」
友達だろうか、黒髪眼鏡の女性に突っ込まれて、一瞬だけしどろもどろになる。
「その様子だとあまり中華ビュッフェには乗り気では無いんだろう? だったら私の獲った景品と交換しないか?」
「……交換……?」
見ると彼女たちの足元には紙袋の山が積まれていた。……何回挑戦したんだろうか。これ普通にお金払ってレストラン行った方が良かったんじゃ……。
……いや。なかなか予約の取れないレストランらしいし。半年先まで予約が埋まってて、その順番待ちをクリアできるチケットなら、値段以上に価値があったりするのかも。
「あ……えっと、ごめんね。やっぱり困らせちゃったよね」
沈黙を悪い流れと受け取ったのか、膨よかなお姉さんがおずおずと前に出る。少し屈んでボクと目線の高さを合わせると、潤んだ瞳で手をぎゅっと組み申し訳無さそうに謝罪を繰り返す。
「ほんとごめんね。この子にはちゃんと言って聞かせるから……」
「うっううん! ボクもこのチケットは使わないしっ! なんならただであげても……!」
っていうか顔近いぞ! 息かかる! なんかいい匂いするしっ!
「くれるの? サンキュー」
「鮎喰、ちょい黙っとれ」
豊満なお姉さんの背後で金髪の人と眼鏡の人が何やら戯れていた。お姉さんは少しだけ困った顔をすると、足元の重そうな紙袋をひとつ持ち上げてボクに差し出す。
「えっとね、これ。あの福引の2等なんだけど……よ、よかったら貰ってくれると、お姉さん嬉しいな!」
受け取った紙袋は重く、中を覗くと四角い厚紙の箱が入っていた。
「……まさかビュッフェチケットがドローンになるとはね」
家に着いたボクは、ぽいぽいと乱暴に包みを破く。ドローン――それなりに興味はあったが手は出せていなかった。説明書を流し読みして、広角カメラをスマホに接続してみる。
フィーン……
部屋の中で少しだけ飛ばしてみると、中空からの映像がスマホに転送されてきた。
「おおー! 映ってる映ってるー! へへっ」
スマホを掴んだボクの姿が、斜め上から映し出された。まるで三人称視点のゲームの世界だ。カーテンやクローゼットも、いつもとどこか違って見える。
なんだか新鮮だ。初めてARゲームに触れたときのことを思い出す。
「家の中でもこれだけ興奮できるんだ、外で飛ばしたらきっと凄く楽しいぞ!」
すっかり舞い上がったボクは降りてきたドローンを両腕に抱え、うきうきと近所のS公園に出かけた。
S公園は家から歩いて数分の距離にある。公園に着いたボクは、早速広場の中央に陣取った。カーンカーンと、何か金属を打ち付ける音が聞こえてくる。
この公園は近くの工事現場の所為で日中は煩く、数年前に遊具が撤去されて以来子どもも寄り付かない。快適にひとり遊びができる、オタクにとっては絶好の穴場なのだ。
「飛べ! ブラックドラゴン号!」
ブラックドラゴン号をふわりと浮き上がらせると、ぐるりと公園を一周させる。木々の間を抜いたり、頭上を何度も旋回させたり。
そうやってしばらくの間、ボクは、仮想飛行を楽しんだ。
――――
――
「うーん……」
ブラックドラゴン号を手元に戻す。小一時間もしないうちに、ボクはドローンを使った撮影会に飽きていた。
確かに普段見ている景色を、上空からの角度で眺めるというのはなかなか新鮮だった。けど、新鮮だったのは最初だけだ。
この公園、遊具は撤去され、あるのは木々と砂場、今ボクが立っている広場くらい。つまり撮影して面白い被写体が何も無いのだ。
「観光地とかに行かないとダメかな? でも旅行はお金かかるしなあ……」
それに、結構な荷物になりそうだ。他にこのG市で、ドローンを飛ばしたら面白そうな場所はあるだろうか? しかしそんなもの直ぐには思いつかない。
溜息をつく。
「――そうだ! レンなら何か知ってるかも!」
レン――同じ高校に通う、鷹都 恋。確か以前、ドローンを飛ばして街中で色々撮影していたと話していたことがあった……気がする。
レンなら面白そうな遊び方やオススメのスポットなんかを教えてくれるかもしれない! ボクは早速、LINNEで電話をかけてみる。
――テテテテテテン
――テテテテテテン
――テテテ『どうかされましたか砂絵さん。今マヨネーズを身体に――』
「ドローン師匠っ!」
『ドローン師匠!?』
ボクは電話口でまくしたてるようにこれまでの経緯を話す。レンはなにかゴソゴソと物音を立てながら、ボクの話に相槌をうってくれた。
『……へえ。それはアレですね。変なのに絡まれましたね』
「すっごくいい人だったぞ! ドローンくれたし!」
『あの先輩も苦労人ですね……』
「え? レンの知り合いなのか?」
『いえー。知らない人ですねー』
レンは否定したけど、なんかちょっと棒読みだった気もするぞ。
『それで、この近くでドローンの撮影に向いてる場所でしたっけ?』
「そうそう! どっかイイトコ無いかなーって」
『ええ。それでは私が撮影したことのあるポイントをいくつかお教えしましょう。前にパソコンを直していただいたお礼もまだでしたし』
「やったっ! さすが師匠!」
『ふふ。褒めても何も出ませんよ。そうですねえ、まずは――』
――――
――
それからボクはブラックドラゴン号と一緒に、レンに教えて貰った場所をいくつか巡ってみた。
山の上の神社。
灯台のある岬。
使われなくなったトンネル。
閉園したテーマパーク跡。
気がつくとすっかり陽も落ちて、空は茜色に染まっていた。
――――
――
『――結構沢山撮りましたね』
「だろー? いい場所教えてくれてありがとな!」
ボクはS公園に戻ると、それまでに撮影した動画から上手に撮れたものを厳選してレンに送った。カーンカーンと、どこからか工事の音が聞こえてくる。
家に帰っても良かったが、なんとなかブラックドラゴン号をふよふよと旋回させて遊んでいた。ラジコンみたいで、これはこれで面白いな。
『……えっと。それで、砂絵さんは今、どちらに?』
「ん? 近所の公園だぞ。もう家に帰るけど――」
『帰っちゃ駄目ですっ!!』
「うわっ!?」
突然大声をあげたレンに驚き、ブラックドラゴン号のコントローラーを落としてしまった。ブラックドラゴン号はそのままフィーン……と直進すると、高い木の枝に引っかかってしまった。
「あああーっ!! ボクのブラックドラゴン号があ!!」
『え、ど、どうしたんですか!?』
「高い木に引っかかっちゃったんだ……どうしよう……」
無料で手に入れたものだが、名前をつけて半日連れ歩いているうちにすっかり愛着が湧いてしまっていた。ボクはすっかりしょげていと。
「ゆすったら落ちてこないかな……」
でも、キャッチに失敗したら壊しちゃうかもしれない。ボクがまごついていると、またレンが声を荒げる。
『駄目です!! その木からなるべく離れて!』
「う、うわっ! なんだよっびっくりさせないでよっ!」
『すみません――順番に説明します。公園の出口は、木と反対の方にありますか?』
「あるけど……」
『では出口に向かってください。それと、大声を出さないようにしてください』
大きな声を出しちゃったのはレンが驚かしたからじゃないか! と、ボクは内心で頬を膨らます。けど、師匠だし仕方ない。言われた通りに出口まで向かう。
「ついたぞ。なあレン、さっきは急にどうしたんだよ」
ボクはブラックドラゴン号をひとりで置いて行くのは心配なので、遠くから木の生えている方を眺めていた。レンは声のトーンを落として、努めて冷静に話し始めた。
『――落ち着いて聞いてくださいね。砂絵さんのドローンが撮った映像を見たんですが、』
「ドローンじゃないぞ。ブラックドラゴン号だぞ」
『……ええ。そのブラックドラゴン号が撮った映像に――映ってはいけないモノが映っていたんです』
映っちゃダメなもの? それって、誰かの着替えとか顔とか、そういうのかな?
しかし、レンの口から出た言葉は、此方がまったく予期していないものだった。
『最初に行った神社で、ですね。白い服を着た、血走った目の女が、金槌で藁人形に釘を打ち付けて居たんですよ』
「ええっ!?」
確かに、それが本当なら見ちゃいけないものだ。誰かが人を呪っているところなんて、ボクも見たくないしな。
「けど、それでなんでブラックドラゴン号を置き去りにしなきゃいけないんだ? 気持ち悪い動画なら消せばいいんじゃないのか?」
ふと疑問を口にする。レンは、少し躊躇いがちに続けた。
『その女――次の岬にも居たんです』
「えっ――!? 追いかけられてたのか!?」
『わかりません。金槌と釘を持って、最初と変わらず藁人形に釘を打って居ました。その次のトンネルでも。その次のテーマパークでも……』
レンの声は、少し震えていた。
『……信じてもらえないかもしれません、もう一度、動画を確かめて見てください。女が映っている再生時間を教えますから――』
「……いや。信じるよ。レン」
あたりはもう薄暗い。
ボクはコントローラーを足元に置くと、そのまま回れ右をして家に向かって走り出した。
あの、カーンカーンという、何かを叩く音。
昼間にこの公園に来たときから、ずっと、鳴っていたんだ。
――今も。




