カプグラ(中編) 閲覧危険度★★★★☆
前編からの続きです
「……俺達って、ここに……何人で来たんだっけ……?」
「何人って……私達は最初から」
「――四人だったじゃないですか」
「な! そうだったよな!」
佳子の言葉に、未助はうんうんと頷き周りに同意を求める。しかし言葉とは裏腹に、その顔は、死人のように蒼白だった。自分の思い違いと言われた方がマシだったとでも言うように。
気付いてはいけないことに気付いた皆の表情も、次第に強張っていく。
「確かに、俺達、4人だったハズだよな……なんで5人居んだよ!?」
「え!? 嘘! だって私と、三ちゃんと……」
慌てふためく郷太。双美は怯えた様子で指折り数えていく。皆の視線が、彼女の白く細い指先に集まる。
「……四ちゃんと……五ちゃんと…………」
ごくり。と、固唾を飲む。
双美は不出来な人形浄瑠璃のように、ガクガクと顔をあげる。
「この人…………って、誰だっけ?」
その視線は――俺の両の眼を捉えていた。
「…………は?」
思考が追いつかない。
俺が誰か、だって? 何を突然言いだすんだ。
新手のイジメか?
それとも……そういうギャグ?
「ま、またまたー、何巫山戯てるんだよ双美! 未助も……」
「ひっ……!」
双美と未助は、恐ろしい化け物でも見るように俺の事を見て固まっている。――違う。巫山戯ているわけでも、演技して居るようでも無い。
まるで本当に俺の存在を、忘却してしまったかのように。
二人だけでは無い。気がつけば郷太と佳子も、俺を奇妙な目で見ていた。
「ま、待てって! なあ郷太、それに佳子も!」
どうなってるんだ!?
まさか俺は、あの祠に祟られて――!?
「……俺達、オカ研のメンバーじゃないか! いつも未助の運転でさ、旅行とか――」
「いや、オカ研はずっと4人だったぜ。オイ、なんなんだよテメーは!! いつから付いてきてやがった!!」
郷太は恐怖を打ち消すためか、怒号を響かせる。ヤンキーっぽい郷太に凄まれて、俺の身体もびくりと緊張を見せる。
「いつからって、車に乗ってここに来て、写真を撮って、祠に行って――」
今日起こった事を順繰り説明していた俺は、ある事を思い出す。
――――
――
………………
……笑って笑ってー! いちたすいちはー?……
………………
……ホラ見てよ壱っちゃん!……
………………
――
――――
あのとき撮影した、写真のことを。
「そうだ! 双美、石垣の上で写真撮ったよな! まだ持ってるか!?」
「……い、石垣で撮った写真なら三ちゃんに渡したけど……なんでそんなこと」
「その写真の真ん中に、俺がみんなと写っている筈なんだよ! ……おい未助!!」
「……ひ、ひいぃっ!」
俺は未助に詰め寄り写真を出せと言う。混乱と焦りから、脅しているみたいな口調になってしまった。未助は短パンのポケットから畳まれた写真を取り出すと、皆の目の前で広げる。
白枠に囲まれた山裾の景色。
石垣の上で撮った、五人の写真――
そこに、俺は写っていなかった。
俺の居た筈の場所には、俺に成り替わるように、黒い頭がぼこぼこと醜く肥大化した手足の長い化け物が、巨大な口を開き凶暴に嗤っていた。
時が静止させられたかのように、全員が恐怖写真を見据え硬直していた。
「――ぎぃいいやあああああああああっ!!!?」
たが未助は違った。直ぐに写真を投げ棄てると、なりふり構わず背を向けて駆け出そうとしていた。
「お、落ち着けって! 何かの間違いなんだって!!」
俺は未助の腕を掴んで必死で引き止める。未助はもうパニックになって俺を殴りつけ、蹴りつけ、
「ああああああ!!? ああああ!!」
「いてっ!! 止めろよ! ちゃんと話をすれば!」
こういうときは、俺しか知らない思い出や隠し事なんかを話せばいいんだっけか? しかし果たして、こんな場面で、そんなものを、都合よく想起できるものだろうか。
「離して!! 助けて、助けて郷太! ばっ、化け物が! 祟りが!! 殺される!!」
郷太は動かない。残念なことに俺を信じてくれたわけではない。恐怖と混乱に目を見開き硬直しているだけだ。
未助は助けが来ないのが分かると、益々激しく、狂ったように暴れる。
駄目だ。これ以上は、未助の腕を掴んでいても逆効果だ。冷静さを戻しつつあった俺は未助を引き留めるのを諦め、腕から手を離した。
大きくバランスを崩した未助は、そのまま仰向けで田圃の中に転倒する。バシャンと水を弾く音が鳴り響いた。
「未助っ!!」
俺達は弾かれたように未助の足元に駆け寄る。
未助は――ぴくりとも動かない。
「みす――きゃあああっ!?」
田園の水に、絵の具をぶちまけたような朱色が広がっていく。運悪く硬い石でも埋まっていたのだろうか。
未助の遺体は頭部だけを赤い水の底に浸からせたまま、目をカッと見開いて俺を凝視していた。
「ひ、ひ、人殺し!!」
双美の甲高い絶叫で我に帰る。声に驚いたのか、林道からぎゃあぎゃあと烏が羽搏いていった。
「ちがっ、そんなつもりじゃ……!」
「やだやだやだ!! 来ないでえええええっ!!」
双美は数歩後ずさると、転げるように来た道を逃げていく。俺は慌てて重心を戻す。
「に、逃げろ……逃げろおおおおおっ!!」
「いやあああああああ!!」
郷太と佳子も、躓きながら、双美とは反対方向に走り出した。
「た、頼む! 話を!! 俺は!!」
俺の声はただ虚しく、灰色に澄んだ空に飲み込まれていった。
「俺は! ××××××××××××だ!!」
後編に続きます




