映える。 閲覧危険度★★★☆☆
N県G市、K学園高校。
生徒数、二千六百人あまりの大きな私立高校だ。
あたし、百舌蔵 映利は授業にも出ず、学内カフェの前で熱心にスマホをカシャカシャと鳴らしていた。
メインの被写体は最近バズってる北欧ブランド『TAKK』の新作レザ―ト―トだ。手に入れるのにマジに苦労した。休日に呼び出した10コうえのカレシの相手を一晩中させられて、脚も腰もぐでんぐでんだ。
「……サルめ」
(ぼそっ。)けどまぁ、これでイ―ブンでしょ。カフェ前の木製ベンチにバッグを置き、夢中で撮影ボタンをタップする。ここのカフェをデザインしたのも北欧建築家だから、北欧ブランドのアイテムがより映えるのだ。
ハッシュタグを付けてインスタ――indies studio――に投稿する。『TAKKの新作! 最&高! ノルウェ―ならではの温もりみ!』……行ったこと無いけどな、ノルウェ―。知らんけど寒いとこなんでしょ。それより喉が渇きましたわ。あたしは冷房の効いたカフェで、頑張った自分へのご褒美をやるとにした。
甘ったるいピ―チメルバを口内に放り込みながら、液晶の画面を睨みつける。いつもの事だが、なかなか増えない『いいね』がジレったい。焦らしはあまり好きくないのだ。
「……もっとふぁぼくれよな―」
タグはトレンドに入ってるんだけどな―。人気の高い投稿を見ると、ノルウェ―はベルゲンの町で、ト―トを掲げるニ―トが目に付いた。『あの懐かしのデズニ―映画の舞台で』――くっそくっそこいつめ親の金で道楽しやがって!
「おっす、モズ子。朝からしょげてんな―」
「し―ちゃんさん!」
気怠げな声でルサンチマンから引き戻される。し―ちゃんさんこと、鮎喰 栞は、いっこ上の先輩だ。いつもフラフラと学内を彷徨っている、低血圧みのある先輩。授業に出てるのを誰も見たことがないという、伝説のサボリ―ナだ。……センパイ、受験トカ、だいじょぶなんすか?
「ここいい?」
「おけまるで―す」
し―ちゃんさんはあたしの正面に座ると、特盛ナポリタンを三つ注文した。あたしは可哀想なあたしと、不甲斐ないフォロワ―のことをつらつらと語った。
「ワンチャンあると思ったんですけどね―、承認欲求満たされませんわ!」
「あ―それな―」
適当な相槌をうちながら2キロ半はあるナポリタンを勢い良く啜るし―ちゃんさん、マジハンパねえって。そんだけ食べてよくプロポ維持できんなと、あたしは内心呆れていた。
「そだそだ、し―ちゃんさん。このト―ト要りませんか? 彼氏に強請ったやつだけど、もう撮ったし、使わないんですよね」
「彼氏ってどの彼氏さ」
「忘れました」
「や、要らんけど。狩に出せば?」
「りょっす」
メル狩でサクッと出品。日本のケ―ザイをイチバン回してるのって、案外、女子高生なのかも知れないな。
し―ちゃんさんはテ―ブルに置いたスマホを左手で弄りながら、フォ―クで巻いたアルデンテを器用に口に運んでいく。そ―いや先輩もインスタやってんのかな―と、何気なく視線を落とした。
――そこには、ぐちゃぐちゃに潰れた赤黒い何かの死体が映っていた。
「おんぎゃあッ!!?」
食べ掛けのピ―チメルバをナポリタンの上に噴出してしまう。し―ちゃんさんは特に気に留める様子もなく、かなりフォトジェニックになったそれをフォ―クに絡めて口に放り込んだ。
「なにカフェで産声あげてんの? 授かった?」
「そ―そ―そ―、ここに新しい生命が、って違うわ! それトマトケチャップソ―スのオカズにするようなもんじゃないデスよ!?」
人の趣味については口を出さないあたしだが、これはなしよりのなしだわ! 死体見ながら飯食うな! 食ったもん全部吐くわ!!
「てかそれ、なんなん!?」
「インスタ」
「嘘つけぇ!!」
あたしがそういうと、彼女はスマホの画面をこちらに向けた。そんなもん見せんなやと思いつつ、恐る恐る覗き込む。
確かにバナ―とかは、いつも使ってるインスタと似通っているが、投稿されているフォトも何かの動物の死体とかだし、ハッシュタグなどの言語も外国の言葉なのかまったく読む事が出来ない。本物なら秒でアカバンされてもおかしくないようなやばみの深いやつばかりだ。
それに、よくよくロゴを確認してみると。
「し―ちゃんさぁん……コレぇ、ちっっっちゃく『裏』って書いてあるじゃないっすかぁ……」
「これインスタじゃないん?」
「違いますよぉ!!」
あたしは涙目になりながら、し―ちゃんさんに、正しいインスタのサイトを教えてあげた。し―ちゃんさんは「あ―インスタってこっちだったのか―」と納得して、さっきまでと同じようにペ―ジをめくり始める。ナポリタンの皿は、綺麗に片付いていたが……。
「何泣いてんの? 大丈夫か?」
「だいじょばないんですケド……あの。ピ―チメルバ、いります?」
「あは。いるいる、ラッキ―」
あ―んとスイ―ツを強請る大喰らいの口に、どろっどろになった桃のアイスと生クリ―ムを突っ込んでやった。
――――
――
TCマンション、504号室。
そこであたしは、去年から一人暮らしをしている。説教くさい親元を離れて自由になりたかったし、オスを連れ込むのにいい場所が欲しかった。
「はあ―……かなり映えてると思ったんだけどな―……」
ショ―ツいちまい。バスタオルで頭を拭きながら、ぺたぺたとフロ―リングを闊歩する。結局あれ以降、ふぁぼはロクに増えなかった。ト―トはメル狩で売れたが。それで気分が晴れるわけでもない。
パジャマを羽織り、そのままばたりと、仰向けにベッドに倒れこむ。既読無視にならないように適当にLINNEを眺める。時計を見ると、夜中の零時を回っていた。
……今夜はインスタ見る気にはなれない。かといって、やる事も無い。ヒマ。エモい。歳下のカレシでも呼び出すかとぼんやり考えていると、ふと、昼間のことを思い出した。
「裏インスタねぇ―……」
魔が差してググってみると、簡単にヒットした。ペ―ジを開くと、昼間見た動物系のグロ写真の他にも、何処で撮ったのやら首吊り死体や飛び降りのフォトなんかが投稿されている。
……いやいやいや! いくらなんでも規制緩すぎでしょ! なんでこんなペ―ジが放置されてんだ!? 警察に通報したら即サイト閉鎖、ユ―ザ―もお縄だよ!
「よしお縄にしてやろ」
しかし、何故か電話を開くことができない。電源ボタンも押せない。というか、ブラウザを落とせない。バグったか。なんかバッテリ―の減りも尋常じゃないし。おのれOSアップデ―トめ。
なんとか直せないかとスクロ―ルしていると――最新の投稿の中にある、一枚のフォトが目に留まった。
「リアタイで死んでみた、ごのいち……?」
『そのいち』を誤字ったのか? 開いてみると、ひとりのス―ツ姿の男性がドアノブで首を吊っているフォトだった。ネクタイを縄の代わりにして、両腕を胸の前で縛り、扉にもたれかかるようにしてグッタリしている。
男の顔は見えなかった。けど、あたしには既視感があった。飛び跳ねるように起き上がり、自分の部屋の扉とドアノブを確認する。
「いやいやいや、これ……うちのマンションじゃね……」
……ぐ―ぜん、だよね……? 賃貸マンションなんて、どこも似たようなもんじゃん? ていうか、これ最新の投稿でしょ? 直ぐ通報したら助けられるんじゃ……。ホ―ムボタンを押下するが、やはり反応しない。まだばぐってんのか。
そうこうしているうちに、『二枚目』のフォトが投稿された。あたしは取り憑かれたように、『リアタイで死んでみた、ごのに』をタップする。
「――ヒッ」
息を呑む。氷のような冷気で肺胞が満たされる。フォトに写し出されたのは、全身を滅多刺しにされて死んでいる、ひとりの夫人だった。こんなの、絶対に自殺じゃ無い。いや、そんなことよりも問題は。
「川下、さん……?」
死んでいたのは、同じマンションの502号室に住む川下さんだった。たまに廊下で挨拶したことのある人だ。その朗らかな顔が今は蒼紫に染まり、ぎょろりと剥いた眼で恨めしそうに宙を睨んでいる。
なんで、まさか、『ごのいち』とか『ごのに』って
――どん、がしゃ。ばたん。
隣の503号室から大きな音がする。争うような怒号、助けを求めるような悲鳴が聞こえる。
逃げなきゃ、殺される。
そう思うけど、でも、脚が思うように動かない。べちゃっとベッドから落ち、産まれたてのバンビのように蹌踉めき立ち上がる。
――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
部屋のインタ―ホンが鳴らされ、ドアノブががちゃがちゃと何度も勢いよく回される。投げ出したスマホの画面には、投稿された『ごのさん』が映し出されていた。画面は真っ赤で、人が写っているのかどうかもわからなかった。もう悲鳴もあげられない。それ以前に、呼吸すら覚束ない。
殺人鬼から逃げるようにベランダの扉を開け、裸足のまま外に出る。
ベランダのヘリを掴んで立つと、向かいのマンションに人影が見えた。男性だ。あたしと同じように、ベランダに出ている。
「た、助けて! 助けてえ!!」
漸く声が出るようになった。恥を捨てて、枯れんばかりの絶叫で助けを求める。背後では扉のノブが、狂ったようにがちゃがちゃがちゃがちゃと捻られ、壊れんばかりにギチギチと軋みはじめている。
だが、男性はなかなか気付いてくれない。手元を見るとスマホを弄っているようだった。
「はやく警察呼んでよ! ヤバイんだってば!!」
キレ気味に声を荒げるが、男性は表情を変えず、食い入るようにスマホを見続けている。使えない! 他に誰か居ないのか!? こんな夜中だ、通りには誰も居ない。
「誰か! ねえ誰か――」
それで、向かいのマンションを見渡したんだ。
「 ――え 」
居た。
すべての部屋のベランダに、黒い人影があった。
深夜だというのに、どの人影も、じっと無表情で佇んでいる。
一様にスマホを持ち、そのカメラをあたしに向けて。