ハロー、スーサイド・ユーチューブ
「金がない!」
俺の部屋の半分はゲーム機やよく分からない機械で埋め尽くしている。それらはどれも良い値段のするアイテムであったりするのだが、乱雑に積み上げられたそれらは不法投棄されたガラクタの山と見分けがつかない。
しかし、それらのガラクタ達はある領域には存在しない。存在してはならない。それは彼がユーチューバーで、その収入で生活をしているからだ。
いくら実態がどうであろうと、動画を撮る時に暗いところを見せてはならない。ボロい証明、大量の空き缶、未洗濯の服……とにかく動画内では綺麗な場所だけを見せる。顔も綺麗に、服も綺麗に、とにかく綺麗にしなきゃならない。
ユーチューバーとは世界に楽しみを提供するエンターテイナーだ。誰がそんなこと言ったんだ? 俺だよ俺。そんな風に考えて一人うんうんと頷いて勝手に納得する。つまりこうだ、楽しい空間に汚らしいものは存在してはならないのだ。ボロボロの和室とか、裸の電球とか、暗い表情とか、そんなものは論外なのだ。
だが、現実はそうは行かない。非情なものである。
ユーチューバーは貧乏人でも出来る。始める時にはそう思っていたのだが、実際は案外そうでもない。ネタの収集のために家電屋に行って変な家電を探したり、今流行りのソーシャルゲームをプレイして、課金で爆死してその様子を撮ってみたり、最新ゲーム機を余計に買って視聴者プレゼント企画として視聴数を稼いでみたり、とにかくネタ元と、それらを準備するための金が必要なのだ。しかも、ゲームはともかく家電などは大体一度使ったらお終いなのでスペースは食うし、大体実用性もイマイチだ。絵面だけは良い、今流行りの言葉でインスタ映えすると言うような、そんなものが大体で、多分家電メーカーも狙ってやっているのだろうと思う。
そういうわけで俺は今、金がない。とにかく、金が、ない。
「どうしよう……」
ソシャゲーのガチャの爆死や動作中の機械が爆散するような派手な故障は絵になるが、貧乏というのはとかく絵にならない。というより、貧乏で困ってますなんてそんな街中のカンカン置いてるホームレスじゃあるまいし、やったところで金なんて入らない。ああ駄目だ、こんな発想をしてたら良い動画など出来るはずもない。良い動画を作れなければ金は入らない。金さえあれば良い動画が作れるはずなのに、それがないからますます金は減っていく。
俺は早急に考えなければならない。つまり、金になるような、物凄い数の人に再生してもらえるような、そんな動画を。
「そうだ!」
思いついた。そうだ、つまり俺は再生数を稼げればいいのだ。一再生で手に入る金は大体0.1円ぐらいだが、視聴者数はともかく一定以上の再生数さえ出ればとにかく金が入る。言ってしまえば、多少ショッキングな内容で、それこそ炎上したりしても、犯罪行為でなければ金がしっかり手に入る。そう、どっかの奴がやった詐欺とかそういうのでなければ、何でもありなのだ。ついでに、その動画内での行動そのものでも金が手に入れば尚良しだ。
善は急げ。俺は早速ネットで検索したある会社へと電話をかける。
「あ、アヒル保険会社の番号で合っていますか?」
* * *
その動画は明るい部屋の中、マッシュルームカットの男性がカメラに向かって話しかける場面から始まる。
『ヤッホーハローユーチューブ! どうも、タケシです! 今日はですね……お金がない! そう、お金がないんですよ。困っちゃいましたよねー。やっぱ世の中金です金! というわけでですね、タケシは今回、お金のためにですね、保険に入りました! そう、みんな知っているアヒルの保険会社です! そこで契約した内容なんですけれど、怪我とか……ないとは思うけれど、死んだりとか。そういう場合にはね、これぐらいお金が入るんですよ!』
男はそう言って、保険会社の契約書類をカメラに見せる。
『なのでぇ、今後この動画シリーズでは、どうやったらこの保険金が手元に入るのか、一つ一つ試してみようと思います! え、タケシのことが心配? 大丈夫です。タケシは死ぬ気はありません。死んだらだってお金貰えないじゃないですかぁ! だから、心配っていう人も、そうじゃないって人も、タケシの動画を見ていって下さい! じゃあ、シーユーネクストユーチューブ! バーイ!』
第一弾のこの動画は、案の定とてつもない再生数を叩き出した。悪い反応もかなりあり、ネットでも叩かれているらしいが、俺はそもそもそういうのは嫉妬に狂った凡人共がやることで、俺みたいな天才はそんなものを気にする必要はないと思っていたので、まるで気にもならなかった。というか、見なかった。
さて、次の動画はもっと派手にしなければならない。シリーズ動画というのは一本目のインパクトも重要だが、それ以上に二本目、三本目の動画のインパクトも重視しなければならない。例え三本目以降が傑作だったとしても、二本目がイマイチだと再生数は伸びないのだ。そうなったら俺はまた手持ちの金がなくなってしまうし、何よりエンターテイナーとしての自分のプライドがそれを許さなかった。
そこで、次は遠征ロケを行おうと俺は考えた。ショッキングでインパクトのある絵面……そうだ、崖だ。崖から飛び降りるのだ。昼ドラとかそこらへんっぽいし、実際に人が飛び降りるところを写真で取ればかなりインパクトのある絵が撮れるだろう。それに海に飛び込めば、そうそう死なないだろうと俺は考えた。海はどうせ水なのだから、俺は泳ぎは得意だし、溺れることはないだろう。
さあ、そうと決まれば遠征の準備だ。一回目の動画で金も入ったし、新幹線なんか予約しちゃって、ささっと動画を撮ってしまおう。
* * *
その日は唐突にやってきた。永く連絡をよこさなかった私の息子、タケシが死んだのだと言う。私はその知らせを聞いた時、耳を疑った。警察の人が言うには、タケシは飛び降り自殺をしたのだと言う。
「このたびは、ご愁傷様です」
そんな形式ばった言い方が、その言葉に信憑性を持たせた。
私は、夫と共にタケシが生活していたという部屋へ向かう。遺品整理のためだった。
その部屋はユニットバスのワンルームで、台所はロクに掃除もされずに手付かずのままで、沢山のカップ麺の残骸が積み上げられていた。風呂場も同じように、全く掃除がなされておらず、浴槽にはゴキブリの死骸が放置されていた。
部屋の中にあるのもガラクタだらけ。ゆで卵をレンジで作る機械とか、コーヒーメーカーみたいなものが乱雑に、まるで廃棄所のように捨て置かれていた。
「この子、一体どんな食生活をしてたんでしょうね……」
私は思わず、夫にそう問うた。夫は答えなかった。
結局、部屋にあるものの殆どを捨てることになった。何か写真とか、そういうものはないかと思ったのだけれど、人間味が感じ取れるような物品は何一つなかったので、私達は肩を落とした。
実家に戻ると、幾人かの猫背のサラリーマンが家の前で立っていた。彼らは消費者金融に務める人だったようで、息子の借金の取り立てに来たのだと話していた。彼らは脅すようなことは何一つ言わず、書類を持って淡々とその額を伝えてきた。今はとにかく、時間を下さいとだけ言うと、彼らは帰っていった。
しかし、その金額は信じられない額だった。タケシはギャンブルでもやっていたのだろうか……。
「そうだ。タケシの部屋に、こんなのがあったぞ」
夫はそう言って、部屋の何処かで見つけたらしい保険会社の書類を私に見せた。
「もしかして、借金返済のために自殺を……?」
私はその保険会社に電話を入れたが、返答は冷淡だった。
「あなたの息子さんなんですけれどね、動画サイトで保険金詐欺をやると堂々と宣言されていましてね、私共としては、そういうので保険金を出すわけには行かないんですよ」
動画サイト? 保険金詐欺? 飛び込んでくるキーワードがあまりにも突飛で、私には程遠いもので、よく理解出来なかった。
ああ、そうだ。動画と言えば、警察の方が現場の近くに放置されていたというタケシのカメラを渡してくれた。私達夫婦はそれを再生して見た。
そこでは、タケシがよく分からない語調でもって言葉を発しながら、崖へと向かっていく様子が撮られていた。動画の最後では、タケシがカメラに向かってこう言っていた。
「この動画を撮って俺が死んだら、動画サイトにアップしてください!」
その一言を聞いて、夫は思わずカメラを殴りつけた。私も、涙さえ出てこなかった。