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振り下ろされた腕は私を叩き潰す直前で『光の盾』によって遮られました。
あらゆる攻撃を遮る最強の盾と呼ばれる光魔法です。
「なっ!」
みことの目があらん限りの大きさに見開かれます。
私は鈍い痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がりました。
「後先、考えずに魔法を使うところは、変わってませんね。みこと」
そっと光の盾に触れると、それは輝きをより増して『覇界王』を呑み込み、跡形もなく消し去りました。呪術にも闇魔法にも光魔法は絶対的影響力を持つのです。
みことは声もなく立ち尽くして居ます。自分の最強の術が破られるとは思って居なかったのでしょう。
「集中力も乱れてます。そんな状態で魔法を使えば、術が不完全になるのも当たり前です」
私は追い討ちをかけるかのように矢継ぎ早に話を続けます。
「時間をかけて緻密に積み重ねた物ほど、出来は良い。なんだって同じです。魔法も例外ではありません」
「な、に……?」
「貴女、私一人に構いすぎです。一人にかかりっきりになって他をおざなりにするのはいかがなものかと思います。まあ、貴女がそうであったからこそ、私はこうして命を張ることが出来たわけですが。
――ところでみこと。貴女、盾を張るほどの魔力はほとんど残って居ないのでは?」
私が言うと同時に、みことはばっと後ろを向きました。
後ろには、エリネンスが居ます。
「あ……」
みことの口から小さな呟きがもれました。
傷口が全て塞がり魔力も完全に回復したエリネンスは、大空に舞い上がりながらその鋭い牙の並んだ口を大きく開き、人には理解できない言語を唱えます。
「燃えろ」
そしてはっきりとそう口に出しました。
目の前が橙色の光に呑み込まれ、何も見えなくなります。
「っ……」
未だ壊れていない光の盾ごしにも衝撃が伝わってきました。
凄まじい衝撃波と耳をつんざく轟音の後、視界を覆ったのは砂埃です。
そのせいでどうなったのかが全くわかりません。
しばらくして砂埃が収まり始めた頃、なんの前触れもなく盾が消えました。
魔力が尽きてしまったようです。
私は強力な盾をずっと保ってくれていたふくよかさんにお疲れ様です、と心の中でお礼を言いました。
私が立てた作戦は至極簡単なものでした。
みことは私に異常なほどの執着を持っています。だから気付きさえすれば、彼女は絶対に私を無視しないでしょう。
うまくいけば、気を引くことだって出来るはずです。
そこで私が囮となってみことを引きつけ、その間にこわがりさんにはエリネンスの治療を、ふくよかさんには光の盾を張るための魔力を練ってもらいました。
そして回復したエリネンスのために時間稼ぎをし、魔力が放てるようになったところで攻撃を仕掛ける。
それがみことをこの場から退散させるために考えた作戦の全てです。
予想以上に功を奏したようで、もしかしたらみことを倒せたのではという考えが過ぎりました。。
しかし、簡単には行かないようです。
視界が晴れて大地を穿つ大穴が見え始めました。そしてその真ん中でうずくまるみことが姿を現します。
彼女は生きていました。気を失っているわけでもありません。。しかし、左腕を押さえたまま身動き一つせずに居ます。
服代わりの包帯は解れてもはや服の役割を果たしてはいません。しかし、負傷しているのは全体的に左側だけで、右半分はなぜか傷一つない状態でした。
「ぐあっ!」
するとエリネンスの巨体が空から落ちてきました。その体はまたも傷だらけで、ところどころ火傷のような後が見られます。
「なん……」
驚きのあまりなんでと口をついで出そうになりましたが、その瞬間に私は答えを導きだしていました。
「貴女、もしかして……!」
「ひひ、ひひひひひ!」
返事はありませんでした。代わりに響いた笑い声に異様な何かを感じて思わず後ろに下がります。
す、と彼女の右腕が私に向けてあげられました。
形は、親指と人差し指を立てた、銃の構え。
「ばぁんっ」
そんな声がして、同時に腹部に何かを押し当てられたような感覚がしました。
「あ……」
それは風を閉じ込めて前に押し出す魔法です。魔術を習う者なら誰でも出来る簡単な物で、空気砲と呼んでよく子供達が遊んでいるのを見ます。
これを放つのに魔力はそこまで必要ありません。消耗しきったみことにも容易に扱うことが出来るでしょう。
それに押されて崖端まで追いやられていた私の体は簡単に空中に投げ出されてしまいました。
「お姉さん!」
こわがりさんの悲鳴に近い声とふくよかさんの珍しく緊迫した声が聞こえました。
エリネンスが目を見開いて動けない体を動かそうとしているのも見えます。
そして、みことの高い笑い声も。
けれどそれら全ては一瞬で遠く彼方に見えなくなって、聞こえなくなってしまいました。
叫ぶことすら私は出来ませんでした。
地面に向けて急降下していく。そんな時だというのに、死の恐怖はありません。ただ、何も出来なかったことが悔しい。
囮になって、落ちて、私が出来たのはそれだけです。
こわがりさんやふくよかさんのお願いもまだ果たせていません。
悔しくて、申し訳ない。
泣いているのでしょうか。視界がぼんやりとしてきます。
人は死ぬ直前に過去のことを思い出すのだそうです。
けれど私の頭を占めるのはひかるさんに対する謝罪ばかりでした。
こんなことになるなら一言声を掛けておくべきでした。
でもあんな姿のみことを見なくて良かったと、そうも思うのです。
どちらにしても話し合うべきだったのでしょう。
私はそれから逃げてばかりいました。
本当は言いたいことがたくさんあるのです。
だから、私は余計に泣きそうになります。
「ひかる、さん……っ」
私は無意識に空に向かって手を伸ばしていました。
「ひかるさんっ!」
その名を呼ぶと、大きな手が私を捕らえます。
「この、馬鹿助手!」
響いたのは聞きたいと願ってやまなかった、貴方の声でした。




