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みことに会えば、エリネンスは彼女と戦う。そんなことはわかりきっていました。彼女がそれに応じるであろうことも。
しかし、それでエリネンスが勝つとは微塵も思えませんでした。エリネンスの力を見限っているわけではありません。彼女の魔力の大きさと進化のスピードの速さ、そして呪術と闇魔法を扱えるという技量の高さを知っているからです。
彼女と一対一で戦って勝てる者なんてそう居ないでしょう。だからこそ、私はずっと考えていました。
彼女を倒す方法ではありません。彼女が逃げざるを得ない状況を生み出す方法を、です。
結果として、私が思いついたのは-――。
「お久しぶりです」
声の震えが隠せたのは私にとって奇跡に近い出来事でした。
私の声に反応してか、何処か彼方を見ていたみことの目がようやくこちらに向けられます。
ぎょろっと見開かれた目は驚きを隠せずにいるようでした。
「まさかこんなところで会うことになるとは思いませんでした」
「あ、な、ん……、なんで、お前がここに居るッ!」
悲鳴にも聞こえるヒステリックな声にびくっと体が震えます。彼女への恐怖が高まる一方で、彼女の意識が徐々に私に向くのがわかりました。
あと少し。祈るような気持ちで大きく息を吸います。
「それは私の台詞です」
私が一歩前に出ると、みことは一歩後ろへ下がりました。縮まらない距離は、まるで私達の関係を表しているようです。
その距離を保ちながら横に移動します。
みことの目は私を追いかけてきました。
「どうして、こんなことするんですか?」
少しずつ、でも確実に私は横へと足を運んでいきます。
「誰のせいだ! 誰の、誰の誰の誰の誰の誰の! 誰のせいだあああああああああッッ!! 」
しかし、みことの絶叫が動きを鈍らせます。
「お前が、お前が居なければ!!」
思わず体を竦ませた私に向けて、彼女の手に突如として生み出された黒い塊が放たれます。
「っ!」
放たれた魔法を無我夢中で横に跳んで避けました。かなりぎりぎりでしたが、これくらいでやられるほど私もやわではありません。
一度地面に倒した体を素早く起こして私は駆け出します。
彼女が生み出す黒い塊が次々と私に向けて放たれ続けているからです。休んでいたら私の体は穴だらけになってしまいます。
私を見て頭に血が上っているのでしょう。打つところが滅茶苦茶で避けるのは容易でした。
走りながら私はあと少し、ともう一度心の中で呟きました。
「あああああああああああああああああああああ!!」
しかしそう思うと同時に、みことが繰り出した黒い雷が私の足を掠めたのです。
「っう――!?」
声すら上げられない程の痛みが全身を駆け巡りました。立ってることもままならず、勢いそのままに私は地面に倒れ込みます。
闇魔法の恐ろしいところは多少掠っただけなのに、大怪我を負ったと痛覚に錯覚を起こさせるところにあります。
傷自体はたいしたことないのに、ひどい痛みに襲われるのが闇魔法の特徴の一つなのです。
立ち上がろうと足に力を込める度に激痛が襲います。しばらくは立ち上がれそうにありません。私は悲鳴をこらえてみことを見ました。
みことは魔力を無駄に使いすぎたのか、肩で息をしています。それでもその顔は狂喜に彩られていました。
「痛い? 痛いよねぇ。でも、そんなのじゃまだ足りないんだよぉ!」
しかし、ここで怖じ気づくわけにはいきません。
「もう、誰かで呪術を試すのを、やめて、くださいっ」
せめてもの抵抗としてそう言葉を搾り出しました。痛くて痛くて堪らないけれど、どうしてもそれだけは言いたかったのです。
「お前がここで死んだら、良いよ」
届かないと、わかっていても。
「死んでよ!!」
呪術と魔法の融合とでも言うべきでしょうか。瞬間的に彼女の両手に集められた魔力は漆黒の塊となって一匹の巨人へと形を変えました。首から上がない、体だけのずんぐりとした漆黒の生き物です。
『覇界王』。彼女の最強の魔法にして最強の呪術。彼女の憎しみの象徴が私を殺そうとその重たい手を上に振り上げました。
それを眺めながら、私はぼんやりと思います。
終わった、と。




