4 グラート
「では、本当によいのだな?」
レオニア国王グラートは、可愛い末娘に念を押した。
レナータは、来年に法定結婚年齢である十六歳になる。
一国の王女ともなれば、簡単な結婚式を挙げるわけにもいかない。そろそろ準備をと、周囲が騒がしくなってきた。
結婚をやめるなら今しかない。
準備が進んでから取り止めとなれば、フェデル公爵の顔に泥を塗ることになる。
「大丈夫です、父上。私、アーレンに何人恋人がいようとも、王家のために耐えてみせますっ!」
レナータは緑色の瞳を輝かせ、握りこぶしまで作って力説した。
いや、そうではなく。
グラートは、頭を抱えたくなった。
レナータには、どんなことであれ、耐えてもらいたくないから言っているのに。そして、アーレンには女の影などありはしない。むしろあった方が健全だと、グラートは思う。
レナータはこれを政略結婚だと信じているようだが、それが全てではない。
確かにフェデルとの縁組みをグラートは望んだ。ただし、三人いる姉姫の誰かを、との考えだった。
まさか、アーレンが十歳の子供を選ぶとは思いもしなかった。
夢見がちで頼りないレナータを心配していた王妃は、『フェデルならば国内ですから安心ですわ』などと言うが、グラートはそんな呑気な気分にはなれない。
あの日、池に落ちて風邪をこじらせたレナータは高熱にうなされていた。
医師はできる手は全て打ったと頭を垂れ、母であるエリザベータ王妃は半狂乱になり、レナータに何かあれば自らを傷つけそうだった。
そんな時、フェデル公爵アーレンが顔を出した。
曰く、王女が池に落ちた時、側にいながら止められなかった自分にも責任がある。
「ですから、これを――」
差し出されたのは、門外不出とされるフェデリス家の秘薬だった。
グラートは藁にもすがる思いで薬を受け取った。
きっと、悪魔が相手であってもそうしただろう。
しかし、アーレンは悪魔よりも質が悪かった。
レナータが快方に向かった時、エリザベータ王妃はアーレンに礼をしたいと言い出した。
「では、姫君を私の妻に。よろしいですか?」
アーレンはグラートを見た。
「異論はない」
フェデルと縁続きになるなど、こちらとしても願ったりかなったりだ。
「どの姫がよいのだ?」
「四の姫君を」
「は?」
「レナータ姫をもらい受けたい」
「おいおいおいおい、待て待て待て! あれはまだ十歳だぞ!」
「存じております。あと六年待てばよろしいのでしょう?」
「いや、他にも妙齢の姫がおるだろうがっ!」
「すぐに結婚することはないと考えておりますれば」
なんだ。縁談避けか。
確かに幼くとも王女が婚約者となれば、娘をごり押ししてくる者もいなくなる。アーレンはレナータを隠れ蓑に、望みの娘を探すつもりなのだろう。
グラートは腕を組んで唸った。
「陛下は『異論はない』とおっしゃったではありませんか」
グラートは内心で舌打ちをしながらも、アーレンの望みを受け入れた。フェデルに貸しを作るのも悪くないかと、思わされた――そう、思わされたのだ。
アーレンは他の結婚相手を探そうとはしなかった。
まんまとレナータの婚約者に収まったアーレンは、暇さえあればレナータのもとに入り浸っていた。レナータにかける言葉は甘く、うっとりとした眼差しは恋する男のそれだった。
まさかの幼女趣味か!
慌てるグラートに対し、エリザベータは鷹揚なものだった。
「おかしな好みは無いようでしてよ。婚約前に公爵が付き合っていたのは、大人の女性ばかりですわ。試しにレナータの遊び相手として同じ年頃の美少女を集めてみましたけれど、公爵は目を留めることもありませんでした」
いつの間にそんな事をしていたのだ。女は恐い。
「よくご覧なさいまし。公爵はレナータをとても大切にしています。望まれて嫁ぐなんて幸せなことですわ」
ああ。相手が普通の男ならな。
あの狡猾な若者が、本気でレナータを愛しているなどということがあり得るのだろうか?
「レナータ、本当に、本っ当ぉにっ、フェデル公と結婚しても嫌ではないのだな?」
グラートが力を込めて再確認すると、レナータはきょとんとして首を傾げた。
「はい。アーレンは結婚の贈り物に、妖精の洞窟を作ってくれるのですって。本物そっくりのドラゴンも作るって約束してくれました。とても楽しみです」
グラートはその場に突っ伏しかけた。
あの悪魔に完全に手玉にとられているではないか。
娘よ、そのドラゴンの名は『アーレン』だと、父は思うぞ。




