3 アンナ
アンナは、第四王女レナータ姫の、新参の侍女だ。
自分より二歳年下の女主人は、少し変わっていた。
普通、貴族の娘というのは、感情を表に出さないように育てられる。女性は従順で、物静か――それが気品だとされているからだ。王女だとて例外ではないはず、いや、王女であればなおのこと気高い言動が求められると思うのだが……
「あなた、とても綺麗ね。これは、やっぱり、あれ?」
初対面の時、レナータ姫が口にした言葉に、アンナは面食らった。
やっぱり、何だろう?
「アーレンが余所に行かないため対策なの?」
はい?
「ほら、他の美人な令嬢の元に行かないように、綺麗な侍女を揃えて、南国の後宮のような状態に――」
すると、王女のすぐ横に控えていた黒髪の先輩侍女ルイーザが、間髪いれずに『違います』と言った。
「そう?」
レナータ姫は、しばし無言で遠い目をしてから、ニッコリと笑った。
「でも、アーレンは喜ぶと思うわ。綺麗なものが大好きですもの。あ、アーレンって、私の婚約者よ。画家なの」
存じ上げております。と言うか、知らない人っているんですか? そして、あのフェデル公爵を表す言葉が『画家』ですか?
アンナの、心の中での、盛大な突っこみなど、王女は知る由もない。
「アンナは、自然科学学者のサルドーレ男爵の子女でございます」
ルイーザが口を挟んだ。
「アンナ自身も大変な才女との評判も高く、姫様の話し相手にちょうどよいかと」
「まあ! 美人なのに頭もよいの? そうね……実はアンナが本物の王女で、赤ちゃんの時にすり替えられたのよ。私は悪大臣が市井から拐ってきた子供。本当のお母様がどこかにっ!」
レナータ姫が感極まったところでルイーザが止める。
「それ、やめて下さい。王妃様が泣きます。本気で泣きますからね。それに、悪大臣って誰のことですか。勝手に悪者にしてはいけません。アンナも驚いているではありませんか。まったく!」
「はぁい。ごめんなさい」
聞けば、レナータ姫は空想癖があり、時々とんでもないストーリーを組み上げるのだという。
王宮に上がる前に聞かされた話と、激しく違うと、アンナは思った。
レナータ様は末っ子姫ゆえに、ご両親の教育も甘く、とてもわがまま――
どこが? レナータ姫は少し変わっているけれど、素直でとても可愛らしい少女だ。
早々に決まった政略結婚の相手であるフェデル公爵も、レナータ姫のわがままには辟易している――
だから、どこが?
レナータ姫を訪ねて来たフェデル公爵は、聞きしに勝る美形だった。
彼は一瞬だけアンナに目を止めて、『新しい侍女かい?』と、レナータ姫に訊いた。
「そうなの。綺麗でしょう? 頭もよいのよ」
姫が自慢げに胸を張ると、フェデル公爵は見ているこちらが赤面してしまうような甘い笑みを浮かべた。
「それはよかったね――で、今日は何をしていたの?」
「竪琴の練習。来週、お母様のお茶会で演奏するの」
未成年のレナータ姫は公式の場に出ることはない。王妃様のお茶会も内輪のものだろう。
「どれ、練習を見てあげよう」
「アーレン、竪琴もできるの?」
レナータ姫は笑顔を見せた。
確かに、そう確かに、フェデル公爵は竪琴演奏の上級者と思われた。
が――
「公爵様、くっつきすぎです」
ルイーザが青筋を立てて注意する。
「どこが?」
後ろからレナータ姫を抱き締めるように竪琴の手ほどきをしているフェデル公爵が、冷たい目差しでルイーザを見た。
「不埒なことはしていない」
ええ、そうですね。でも、凄まじい色気が全身から出ていますよ? 取り締まっていいレベルだと思うのです。しかも、今確かに髪にキスしましたよね。レナータ様は気づかれておられぬようですが。
――フェデル公爵はわがままな子供に振り回されてうんざりしているはずだ。好機があれば、お前がお慰めするのだ
アンナを王宮に送り込んだ大伯父は、そう言っていた。
ええと……無理だと思います、大伯父様。
フェデル公爵様は、とろけるような表情でレナータ様にくっついております。慰めは不要みたい。
フェデル公爵とルイーザのにらみ合いは続いていた。二人ともレナータ姫の動揺を避けるためか、口調は静かだ。
「お忘れだといけませんから申し上げておきますが、姫様は未成年ですからね」
「いまいましいほどよく知っている。来年のレナの誕生日を一番待ち望んでいるのは私だからな」
「でしたら、節度を持ったお振る舞いを――」
「姫の練習の邪魔だ。いちいち口を挟むなら、退出を命じるぞ」
伝家の宝刀のようにフェデル公爵がそう言い放った。ルイーザが悔しそうに唇を噛む。
今知った。
噂など、当てにならない。わがままなのはフェデル公爵で、振り回されているのは、我々侍女なのだと。




