花魁道中牡丹の花 園二
手鏡を持ち口紅を引く。白粉を軽く塗り髪の毛を整える。簪を指して、部屋で待つ。これがわっちの習慣。変に外に出ず、窓から見えるお客様と目を合わせ、誘う。
たぶんここが他の子と違うところなのだろう。他の子たちは、店先で客を誘ってる。でも、なんというのやろ。哀愁感が漂ってる方が客は来やすい。
今夜、ふすまを開けたのは男の方。ぷくぷくしてる。
変な笑みを浮かべているけれど、こんなもんはいつものこと。
にっこりと笑って、座布団に座らせる。必ず私は左につく。そうじゃないとわっちは彼より偉くなってしまうから。右に出る者はいない。それがこの部屋の絶対の掟。
「お客様、初めてでありんすねぇ」
「さっき君と目があったんでね。来てみただけだよ」
妾が注いだ酒を飲みながら話し始める。
「にしても、君綺麗だね。名前は?」
「妾の名前など、すぐに忘れてしまいますでしょう?」
「いやいや、君みたいな綺麗な人の名前は忘れぬさ」
首を振りながら彼は言った。
「そうですか。では・・・妾の名前は、この店の牡丹の花に位置します清音 美夜と申します。よろしゅうお願いします」
「へぇ、君がこの店の一番か。道理で・・・」
彼はわっちの肩を触ってくる。もう慣れているけれど、こういう時に肩を震わすと喜ぶ。
「お酒のまわりがはようくないですか?」
「まさかぁ、俺は酒に強いんだ。君こそ、そんなに震えて快楽に酔いたんじゃないかい」
そんなわけがない。
「ご冗談がお上手で。妾からはお客様を誘えません」
「そんな容貌で、誘ってないと?」
そう言って彼は妾を褥へ押し倒してくる。
「や、やめ・・・」
「駄目だよ、この俺を誘ったんだから」
無理やり接吻をさせられる。お酒臭い。舌を押し込まれる。でも、妾は感じてない。こういう時、わっちは感じないことができる。毎回のように感じていたら疲れてしまう。
彼は店の掟を守って中には射精しなかった。したら、二度とこの店に入れなくなってしまう。なぜかは、わかるでしょう?
横たわっていると、男性は「ありがと」と言って札束を5束落とし帰って行った。百円札だった。こんなにも大金を持っているとなるとおそらく、どこかの医者なのだろうとおもった。でも、しばらくは動けなかった。あんなに激しくやられたのは久しぶりだったから。
這ってふすままで行き戸に閂をかけた。こうすれば誰も入れない。格子も閉め、眠りについた。
どれくらい寝ただろう。
痛みがだいぶ引いたからだを起こして、格子を開けたら蝶々が止まっていた。キラキラに輝いている、鱗粉がよく見える。久しぶりに外の景色を見た気がした。もちろん、本当は店の外に出たいんだけど私はとらわれの身。外には出れない。出れるとしても食事の時だけ。だからまともに外の景色を眺めたことはなかった。
もともと妾は、田舎人だった。そんな妾は本来ここにいてはいけないはずなのに・・・江戸はそれを許さなかった。
部屋の閂を外し、食事をしようと広間へ向かう。
広間には多くの遊女がいた。花魁は遊女の最高に位置する位。それも、妾はこの店の一番だから・・・
「・・・ほら来たわよ」
「あら、ほんと。・・・憎たらしいわね・・・」
なんで悪口が飛び交い始める。妬みだろうが、わっちにはそれが辛い。
「あ!清音様!」
なんて叫んでくるのは、先日入った新しい遊女。
「こんにちは、幸さん」
彼女の名前は、幸 菜佳 (こう なよ)という女の子。確か年齢は妾の5歳下?だから19歳。
「これから食事なんです。よかったら一緒に行きませんか?」
幸がそう言うと、周りがざわつき始める。
「・・・あの子命知らずなの?」
「まさか、清水と一緒に行くとはね」
「・・・ま、骨を抜かれるといいわ」
妾の悪口を言うのはいいけれど、何故その矛先が幸に向かうのかわからなかった。
「皆の者、よく聞きなさい」
妾は声を出した。
「妾の悪口を言うのはいいとしましょう。しかし、幸の悪口を言うのはやめなさい。・・・骨抜きますよ?」
そういうと、彼女らは目を見開き床に伏しすみませんでしたと謝罪し始める。
「では、幸。行きましょうか」
「・・え?あ、はい!」
相当驚いた様子だったけれど、少し短めな着物を振りながらついてくる。
店の店員に、食事に行ってくると伝え外に出た。
外は、雨上がりのようで水たまりができていた。行き交う人々はわっちを見て頰を、赤くする。肩が露出しているせいだろう。
でも、そんな様子を気にせずに歩く幸でよかったと心の底から思った。
着いたのは妾のよく通ううなぎ店。
「清音様も、うなぎがお好きですか?」
「えぇ、とっても。この商売にはいい食べ物ですしね」
「あはは!私もうなぎ大好きなんですよ!」
しゃべりながら暖簾をくぐる。らっしゃいませ!と店に響く大きい声。
「特上うなぎ、2人前でよろしゅうお願いします」
「かしこまりましたぁ!うなぎ特上2人前!」
ありがとうごさいます!と他の店員も叫ぶ。
気の配りが良さそうな女店員は席へと案内してくれる。
席に着くと、幸は驚いたように口を開いた。
「こ、ここ清音様の通う店なんですか?」
「えぇ、そうよ」
「ね、値段は・・・?」
「心配しないで。妾が払うわ」
「そんな、駄目ですよ。わたしもはらいます!」
「幸は優しいのね。でも、うなぎ代で新しい着物が買えると思うわよ?」
「・・・出世払いで返します」
「楽しみしてるわね」
そう微笑むと、幸は頰を赤くしてうつむいた。それと同時にうなぎが届く。
「はい、特上うなぎ丼だよ!熱いから気をつけてね」
「ありがとう」
早速箸をうなぎの蒲焼へ向ける。
「あっつ!」
幸は冷ましもしないで口に入れたからか悶えている。
「あら、大丈夫?」
「ら、らいじょうぶてふ」
手で扇ぎ始める。ほんとに、可愛いのね。
妾も、うなぎを口に入れる。
ほわほわして、甘辛いタレによく合う。
ここのうなぎはわっち好みの味、そう、あの時一緒に食べたうなぎの味と似てる・・・。
食べ終わり、お会計が終わるとわっち達は花魁道中牡丹の花へ向かう。
「あの、清音様」
「何かしら」
「明日の夜、一緒にお客様を接待してもーー」
「駄目ですよ」
「え、何でですか」
「あなたも、花魁を目指しているのでしょう?ならば、1人で頑張るしかないのです。そのかわり」
「そのかわり?」
「明日、着物を買いに行きましょう。日曜日だからね」
「ほんとですか!?おねがいします!」
幸にはどんな着物が似合うのか、今夜考えなくては。そう思いながら、歩き続けた。
しかし、幸と買い物はできなかった。
その夜、わっちは彼との再会を果たした。