危険な部屋、貸し出し中かも
この辺の地価上がるって、言ったって、まさかの倍なんてひどい。
体良く追い出される書類にハンコ押した後、気がついたが、後の祭り。
簡単に部屋が見つからないなんて、想定外。
引っ越し代、貰ったけど、アパート代を考えると、とても住めない。
引越し期日は、今月末。
再契約は、出来ないって言われるし、次の人が待ってるって。
あー、もう。
泊めてくれる友人はいるけど、荷物ごとは、引越せないよ〜。
携帯からSOS発信。
誰か、助けて〜〜。
仕事の関係で、この近辺からは離れたくないのだけど。
同期の香川君から、メール。
「ヤバイ物件、見ます」
見ます、見ます。
待ち合わせして、ついてく。
香川君は、別部署だから、研修以来だけど、なんかスラッとしてて、手足が長い。
もっと、モッサリしてたのに。
最近の同期の話なんかしながら、そのヤバイ物件に到着。
不動産屋さんが待ってる。
デザイナー的外見、ステキ。
積み重なった箱の上に円柱形のガラスの塔が綺麗。
で、悪夢かいって、突っ込み入れました。
ここは、メゾネット方式の建物で、つまり、五階部分が、三階の下の部屋に、当たるのだが、今、エレベーターが、取り外されてるのだ。
不遇の多いエレベーターだったので、外してつけ直すのに、1年はかかるのだが、問題は、その三階。
下の部屋の玄関部分の3階までの階段がある。
下の2部屋は階段ではいられるので、問題はない。
ガラスの塔だけは、別だったのだ。
外付けのエレベーターがないと、入るのは、なんと壁に作り付けられたハシゴだけと言う理不尽さ。
二部屋分の高さをハシゴ〜〜。
「登山用の安全性の高いロープを、つけて頂けます。
エントランスの灯り普段は、2分で消えてしまいますが、人感センサーのに、かえてあります。
もちろん、はしご用のライトも同じですので、ご安心下さい。」
不動産屋、ニッコリ笑う。
悪魔〜〜って、叫びたい。
香川君に促され、仕方なく、先に上がった不動産屋が落としてくれたロープの輪の部分を肩と腰に回し、命綱にして、上がるさ、今から。
元バーレーボール部の底力。
諦めてサッサと上がると、仮の玄関前の小さな張り出しに付く。
一応腰高に柵がある。
でも、部屋は広くて素敵。
円形のガラスからの明るい室内と、スケルトンの階段からの、上階部分。
真ん中に半円の仕切りがあって、キッチンがある。
その裏にトイレと風呂と洗面台の水回りが、それぞれ独立してある。
部屋の隅に、変な扉。
あれが、エレベーターホールに、続いているのだが、今は閉められてるそうだ。
「引越しは、こちらの業者を使ってください。
ガラス拭き用のゴンドラ使いますから。」
それで、なんか、ホッとした、自分が怖い。
上階は、8畳ほどの一部屋で、大きめのクローゼットが、ついてるのが嬉しい。
三日月型のベランダがついてる。
「どうです。ヤバイ物件でしょ。」
香川君が、ニヤニヤしてる。
今住んでるアパートより、1万円も安い上に、敷金礼金なし。
引っ越し料金も五万で、話がついてるって。
3階まで上がってあのハシゴを登れば、良いだけ。
それも、意外と楽だったし。
五分悩んだけど、吹き抜けの部屋が、気持ち良い。
特別製の縦型ブラインドもついてるし、上階のベッドも使って良いそうだ。
入り口の前には、部屋が全部見えないように、乳白色の衝立もあるし。
白を基調にした室内で、思わず頷く。
こんな物件、もうこの辺じゃ見つかりっこない。
契約はサクサクと進み、次の休日、引っ越しになった。
色々探してたから、時間も無いんのだ。
チョイ、時間かけて、3人、下に降りた。
香川君が、引っ越しまで、手伝ってくれて、引っ越し完了。
この部屋に、三年半居たんだな〜〜って、感傷。
掃除してから、新居につくと、もう荷物は、ついていて、セッテングも終わっていたのには、ビックリ。
オール電化なので、手続き完了してたから、水も電気もバッチリ。
あの不動産屋、抜け目無い。
香川君に、お茶を出してひと休み。
浄水器つきが、嬉しい。
たまたま持っていた、白の丸テーブルとイスのセットが、部屋に合う。
テレビは、そこにしか置けないって、場所にあるし。
左手から、夕焼けが、ほんのりさしている。
照明は、壁と高い天井から下がった、7つの球体で、キラキラしてる。
「あの照明は、電気代食いますよ。
あまりつけない方が良いし、壁の間接照明で、十分じゃないですか。」
確かに、切れたら、業者呼ばなきゃ、かえられない。
サッサと消したらマジで笑われた。
「久しぶりに会ったけど、研修時代と変わってないですね、山本さんって。」
頑張ってくださいの言葉を残し、香川君が、アッサリと帰って行った。
上の階のクローゼットに、服を下げ、布団をベッドに引く頃には、疲れていた。
前の日に頼んであったので、温水器も満タンで使えたから、サッと今日はシャワーで済ました。
確かに、壁の間接照明だけで、充分な、明かりがとれる。
香川君の発案で、重いものは、なるべく今回の引っ越し荷物に、入れといたから、米とか根野菜とかは、しばらく困らないはず。
玄関横の縦長の物入れに、色々ぶち込んだし。
で、起きると、朝だよ。
別世界での、目覚めって、感じ。
縦長のブラインドを少し開けておいたから、幾筋もの光が、柔らかい縞模様を作っている。
右から上がる朝日は、三日月型のベランダからも、光を入れている。
ここに、カーテンを買ってこよう。
今は、間に合わせのシーツが、ひるがえってるけどね。
着替えて下に降りると、まだ6時。
昨日仕込んだご飯が、炊きあがった匂いがしてる。
会社まで、歩いて20分弱。
前よりずっと近い。
鮭を焼き、大根の皮と揚げのおつゆを作る。
皮をむいた大根は乱切りにして、高野豆腐と玉ねぎとさつま揚げで、煮物にする。
大根をレンジで加熱しておくと、時短になるし、後の材料は、煮立ったら、すぐ食べられる。
味付けは、白だしを使うから、失敗無し。
なるべく、生ゴミが出ないように、気をつけている。
生野菜のサラダは、袋から出せば、すぐ食べられるのにしてるし。
一人暮らしで、色々材料を買って、食べていたがロスが多いのが悩みだったから、パックサラダは、助かる。
余った分をキッチンペーパーに包んでからチャック式パックに保存して、新鮮さをキープしてる。
コンビニで手に入る物で作るのも、生活の知恵でしょう。
お弁当を作り、余った煮物はパックに入れて、冷蔵庫に。
もちろん、余ってる大根は千切りにして、サラダでもおつゆでもなんでも使えるようにしておく。
キャベツも、千切りにしてから、塩昆布と混ぜてから、冷蔵庫。
余りは、乱切りにして、冷凍した。
とにかく、なんでも冷凍して、成功したら、安い時に買って入れておく事にしている。
さて、今日からリュックだ。
両手の自由が、大事だし、靴はスニーカーで、リュックにパンプスを、入れた。
普段からパンツスーツなので、服は問題ない。
ストレッチ性の高いスーツが、すきだったから、取り付けハシゴも楽。
でも一応、安全ロープは、しっかりね。
落ちれば、かなりの高さだ。
下について、靴を履き替える。
パンプスは、今度からロッカーに置いて来た方が、楽かも。
下の郵便受けを覗いてから、出勤。
いつもより、30分も早く着いた。
これなら、朝、洗濯も出来るかも。
帰宅すると、香川君が、待っていた。
引越し祝い、持ってきてくれたって。
2人で部屋に上がると、まさに上がったんだけど、不思議な気分。
もうすぐエレベーターの工事が始まるけど、9時から6時なので、障害にはならないでしょって、香川君。
なんと香川君の叔父さんの会社が、工事を受け持っていたのだ。
「それでこの部屋、知ったんだよ。
はい、引っ越し祝い。」
香川君の背中の荷物は、たたんだ柔らかい真ん丸のラグだった。
白にパステルグリーンのラクダが、ぐるっと縁に並んでて、真ん中に淡い黄色の三日月が。
広げると、間延びしてた部屋が引き締まる。
もう、ご馳走しちゃう。
夕飯を食べてもらった。
男の子だから、ガッツリ肉。
テフロン加工のフライパンにみりんを直焼きしてからの、豚肉。
生姜は刻んで冷凍したのだけど、醤油は、こだわって千葉の実家から、送ってもらってるのだ。
隠し味で、香りをアップ。
パックサラダに今朝の大根を混ぜて、胡麻ドレで、合える。
キャベツも、塩昆布と混ざって水が出てるから、絞ってポン酢をかける。
後は今朝の煮物を温める。
早炊きのご飯が炊きあがった頃には、オカズは全部揃った。
「あり合わせだけど、どうぞ。」
「では、遠慮なく頂きます。」
研修以来の食事だね〜、と、話す。
研修施設は、昼ごはんだけ、3〜4種類から選ぶ形式だったんだけど、良く同じメニューを食べていたことを思い出して、笑いあう。
香川君がカレーで、私がカレー。
ラーメンもウドンも、チキンカツとかも、かぶってたよねって、思い出し笑いが止まらない。
私の生姜焼きの隠し味は、最後に入れるバターなんだけど、香川君はすぐに気づいてくれて褒めてくれた。
それから、重いものをお土産に、香川君が、来るようになった。
エレベーターの工事で、外見は半分足場や幕で塞がれてるけど、中は変わらず、素敵な部屋だった。
それに、あの壁付きハシゴを超えて遊びにおいでと、女友達には言い辛かったし。
香川君のお土産は、ビール一箱とか、ジャガイモや玉ねぎ大袋とかで、こんなに力もちだったなんて。
なるべく小さくてかさばらない物で、部屋を整えてるけど、円形の部屋自体が、ドラマチックなので、あまりいじらない方が、空間が気持ち良い。
小さな額縁をあちこちに飾り、アクセントにした。
オーガニックな色が好きなので、ユニセックスな感じに収まっている。
ソファは置くのをやめて、大きめのベージュのクッション2つにした。
下の部屋は、完全なメゾネットで、玄関、居間、キッチン、風呂トイレで、上部分が、ふた部屋の個室になってるそうだ。
ここは防音がしっかりしてるので、戸の閉まる音が遠くでするぐらい。
香川君は、時々泊まっていくようになったのは、必然かな。
話が弾んで、ついつい。
私の時短料理を良く食べてくれる。
気のつく人で、材料の補充も考えてくれたし。
お米は、本当に助かる。
楽しい半同棲が、半年続いた。
本気で、付き合いだしてから、香川君の部署がデカいプロジェクトをやることになった。
河川の再開発だ。
役所とのすり合わせが、大変。
朝の7時に、お弁当持って香川君が、出る。
私は、色々してから、8時半に、出ても、間に合う。
何もなければ5時半には、帰宅。
工事の人達も帰り支度してるから、もう、静かだ。
本当に猿並みに、ハシゴを登り、部屋に着いたけど、香川君は、遅い。
晩御飯を作り先に食べ、風呂をすましたら、一回寝る。
開発部と違って、総務部は、こんなもん。
10時の目覚ましで起きると、すっかり夜。
香川君は、まだみたい。
下で音がする。
でも、変。
入り口じゃない、反対側みたい。
ジッと身体を硬くして、闇を見つめる。
ブラインドから、月明かりが漏れているけど、かなり暗い。
何かの明かりをつけておけばよかった。
ソッと動くと、ベッドがきしんだ。
下の物音が止まる。
下を覗くけど、誰もいないみたい。
下の部屋の音だろうか。
階段の電気をつける。
自分の影の黒さが背中をザワザワさせる。
階段の上からのぞく。
ヤッパリ誰もいない。
香川君が最近遅いから、チョッと神経質になっちゃってるのかな。
しばらく待ったけど、物音はしなくなったので、下に降りて、壁の明かりを点ける。
なんだ。
なんの変化もない。
壁の明かりを消して、携帯の明かりで、トイレに。
ブラインドの隙間から漏れる、月明かりが、部屋を薄っすら染めているのが、大好きだったから。
トイレで、又何かの音を感じた。
水を流すのを止めて、ソッとドアを、開けて様子を伺う。
乳白色の衝立に影。
香川君だ。
脅かそうって思ったのが、動機。
7つの天井の照明のスイッチを、押した。
つい立から出たばかりの香川君と、知らない男が、見合ってる。
声が出ない。
動けない。
後は夢の中みたい。
頼んでた三日月型のベランダ用物干し竿が、侵入者に突きをくらわす。
スロービデオを見てるように、男がクッションの上に倒れてく。
警察が来て、ビニール紐で、縛られた男を連れて行ってくれた。
で、事情徴収。
香川君が、剣道二段なんて、初めて聞いた。
部屋を壊さないように、振りかぶらず、腹に突きを入れたのも、同じく剣道仲間の刑事さんに、褒められてる。
同じ道場出身なんですと、挨拶されてしまった。
目がまわるし、頭が回らない。
「ぶら下がった灯りが目に入ったからね。」
もう、凄い。
入ってきた男は、エレベーター工事の下請けの人で、女性の一人暮らしを狙った前科があった。
エレベーターからの扉、鍵が、かけ忘れられていたのだ。
そこからやすやすと、侵入。
あの不動産屋、ヤッパリ悪魔〜。
2ヶ月後、エレベーターが、着いたけど、香川君はここに帰ってくる。
ここは、新婚にもぴったり。
そう、私たち、結婚します。
壁付きハシゴへの扉には、しっかり鍵して、ロープを上に引き上げたのは、言うまでもないけどね。
今は、ここまで。




