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長編プロローグ

異世界召還にやあらむ ~プレ~

作者: 神埼あやか

     ● 魔術師の望むことにや ●



 くるり、と地面に描かれた文様に力が満ちる。


 国一番の魔術師の魔力と、その弟子たちの魔力―――そのほとんどを注ぎ込んで発動した陣は、異界から客人(まろうど)を召喚するための魔方陣だった。


 くるりと魔力が舞う。


 強力な―――限界いっぱいにまで注ぎ込まれた魔力は、いたるところからこぼれ出ては火花を散らしていた。魔方陣がもたないのではないか、と魔術師達が危ぶんだその時、狂ったように陣内を舞っていた魔力はあっけないほど簡単にほどけて消えた。かわりに現れたのは、美しい白いローブに身を包んだ若い女性―――それこそが魔術師たちが召喚しようとしていた聖女であった。


「おぉ、聖女様」

「「「「召喚が成功したぞ!」」」」


 魔術師は力の入らない体を動かして、彼が呼びだした奇跡の前に膝まづいた。弟子達もあわててそれに倣う。


「わたしどもの召喚におこたえくださって、ありがとうございます。聖女様」

「……ここは……?」


 聖女は困惑したように、その美しい眉をひそめた。


「ここは、クラバルクの王宮の一室です。聖女様にとっては異世界となります」

「……異世界……聖女?」

「はい。御身は最高神オラファーブより、この世界に招かれました。どうかこの世界をお救いください」


 聖女が身にまとう美しいローブが揺れる。そのローブには聖なるものの加護が幾重にもかかっており、糸の一本一本が内から輝くかのようであった。それだけで、目の前の聖女にかけられた加護の強さ―――つまり、彼女の属性の強さがわかる。


 だからこそ、期待をする。


 基本的に”聖なるもの”にはお人よしが多い。他者の頼みをほいほいと引き受けてくれる―――それは愚鈍と称してもよいほどであった。とりあえずの礼を尽くし、哀れな現状を訴え、不自由のない生活を保障する準備があると言えば、聖なるもの(かれら)は喜んで困難をひきうけてくれるのだ。


 だから、このたび召喚されたのが”聖属性”の生き物だったということは、困難が解決されたも同然だということだった。


「現在、この国は魔族に侵されております」


 魔術師は簡単な仕事とにやける顔を押し殺して、現状を切々と訴えた。


「―――かようにして、魔族たちは無慈悲な行いをしております。先だっては、たったひとりの世継ぎの姫を国から攫いまして―――」

「……」


 ぽつり、とおとされた聖女の声は魔術師には届かなかった。


「どうか、姫君を助け、魔王を倒し、この国をお救いくださいませ」

「さてもさても……他力本願がすぎるようだ」


 伏した魔術師を見つめるのは、あきれたような聖女の目であった。


「今は救世の旅の途中であった。わが国の王子らを救うため、経験を積み、知力を尽くしてきた。いざや、という時であったのだ。なにゆえにこの夢幻の世に呼ばれたのか理解しかねる。―――が、汝らの苦難は理解した。ゆえに、救世を行い、わが王子の道を糺した後ならば、考えぬわけでもないぞ? どれほどの先かはわからんが」

「なっ……そ、そんな」


 聖女の冷たい言葉に目の前が暗くなる。


「それでは間に合いません。今、今の助けが必要なのです!」


 魔術師と弟子達が聖女ににじり寄る。血の気の引いた青ざめた顔、魔力不足でふらふらの揺れる身体―――それがじりじりと近寄ってくる様は恐怖をおあおるかのものだった。


「救世を要するのはわが世界も同じこと。汝らは、己が世界を救うために、わが世界には犠牲になれと申しておるのだな? ―――この、痴れ者どもがっ」


 聖女の一喝に魔術師達は打ちのめされていた。確かに、先ほど彼女は”救世の旅の途中”だと宣言していた。けれど、その言葉を理解はしていなかったし、異世界を救うことなど、自分たちには関係ない事と判断していたのだから。しかし、聖女にとっては―――異世界の聖女にとってみれば、己の属する世界を救うことこそが第一の目的で、この世界を救うことは二の次、三の次のことにしかならないのだった。


「で、ですが。こうして召還してしまったので―――こ、このように魔力が不足しては、御身を還すこともかないません。ですから、せめて、姫様をお助けいただくことだけでも・・・」

「その魔力とやらが回復するのにどれほどかかる」

「に……いえ、一ヶ月ほどいただきたく」

「ムリだな。それほどの猶予はないし―――そもそも、汝らが気に食わぬ」

「で、ではお還しいたしません」


 魔術師は震える声で、聖女への切り札をきった。聖女のいた世界と、この世界を結び道をつくったのは魔術師である。それは、魔術師だけが聖女の世界の座標を知っているということであり、彼だけが聖女をもとの世界に還すことができるのだった。だからこその切り札であった。

 だが、その言葉を聞いた聖女はおかしそうに笑い声を上げた。


「く……くくくく、あははははッ。そうやって、簡単に他者を恫喝することが気に食わぬといっておるのだ。どうだ? われの人を見る目は確かであろう―――片腹痛し」

「ぐ、ぐぐ愚弄なさいますかっ。いくら聖女様でも、そのような―――」

「「「「お師様おちついてください」」」」


 怒りに立ち上がりかけた魔術師を気遣って、弟子達が周囲をささえようと近づく。案の定、魔術師は立ち上がった勢いのままバランスを崩して、後方にひっくりかえっていった。弟子たちが一糸乱れぬ動作で魔術師を抱き起して、声をかける。そのシンクロされた動きは、まるでモブ―――同一の行動をプログラムされたモブのものだった。

 しりもちをついて、弟子達に介抱されている魔術師の眼前に、聖女は杖を突きつける。滑らかに整えられた白木の杖の先端には、万色に輝く宝石が填められている。魔術師を脅すように目の前で揺れるその杖と、集められる魔力にもはや言葉もなく、魔術師は恐怖に固められた顔で聖女を伺う。


「おろか、おろか。まことおろかなり。夢幻()の世界をでるなど、なんの労力もいらぬこと。―――では、な」


 その言葉を最後として、聖女の姿は幻のように消えていった。後には何も残っていない―――ただ、呆然とした魔術師と弟子達が、召還陣のほうを見たまま固まっていた。


「そんな……ば、ばかなことが。まさか……どうして……」

 

 信じられないと呟く魔術師の声だけが響いた。





     ○ 聖女様の言うことにや ○




 それは、夢だとわかっている夢だった。なぜなら認識できる自分の姿が、目下絶賛プレイ中のゲームの主人公になっているのだから。このキャラクターを作るのには苦労した。百近く用意されたパーツを組み合わせ、カラーリングにこだわった今年の最高傑作―――の一人だった。そのおかげで、誰が見ても美人と呼べるような儚い美少女が完成したのだ。職業として賢者(セージ)を選び、サブに錬金術師(アルケミスト)をつけたため、気に入った外見の装備を心行くまでカスタマイズすることができた。ゆえに完成したのが、低レベル(かわいい)装備を徹底的にカスタマイズして、耐性をガチガチにした(外見)聖女様のフレイアだった。その、フレイアになっていたのだから、夢としか考えられない。


 そんな乙女の夢の前で、しょぼくれたローブを着たひょろひょろの、気味の悪いおじさんが歓喜の声をあげたのだった。


「おぉ、聖女様」

「「「「召喚が成功したぞ!」」」」


 はぁ? とフレイアは首をかしげた。おかしな夢を見るものだ。だが、何かひっかかるものがあった。


「わたしどもの召喚におこたえくださって、ありがとうございます。聖女様」

「召還陣?……あれ、ここは? 見たことがあるようなないような?」

「ここは、クラバルクの王宮の一室です。聖女様にとっては異世界となります」

「あぁ~、夢幻(クラバルク)戦記か。たしか異世界召喚系の主人公だったっけ。って、女主人公?」


 ん~、と引っかかっていた記憶に思い当たり、スッキリする。いわゆるアハ体験であった。


「はい。御身は最高神オラファーブより、この世界に招かれました。どうかこの世界をお救いください」


 ただし、フレイアは夢幻(クラバルク)戦記をプレイしていなかった。購入はしたのだが、同時期にもっと引かれるゲームが発売され、ついつい放置してしまって―――積みゲーとなってしまったのだった。しかし、店頭でエンドレスで流されていた販売促進用動画は見ている。この場は間違いなく夢幻(クラバルク)戦記のオープニングだった。

 スキップ。と小さく呟いた。現実ならばキャンセルでもシーンスキップでもしたいところなのだけれど、ファーストプレイ時はシーンスキップ不可能と決まっている。なので、できるだけ時間を短くするために、会話を跳ばす。スキップ~、スキップ~と呟くが、途中途中のゲームクリアのキーになりそうな部分だけはスキップできずに、耳に残った。


「現在、この国は魔族に侵されております。―(中略)―魔族たちは世継ぎの姫を国から攫いまして―(後略)―どうか、姫君を助け、魔王を倒し、この国をお救いくださいませ」

「ちょ……まるなげがひどい」


 ここまで丸投げされるとは思わなかった。なにより、女主人公なのに、ヒロインは姫なのか。そこは王子にするとかなんとか、融通を利かせて欲しいところであるが。


「それにさぁ、今はメルリア物語をプレイしてるところだし。ちょーど、囚われの王子様を救出にいくところだったんだよ? レベル上げもして、アイテムもコンプして、さぁこれから―――って時に。なぁんで忘れていた積みゲーの夢なんかみるのかなぁ?? わけわかんないし。まぁ、ラスボスを倒して、王子スチルをコンプしたら、―――考えても好いよ?」


 ただ、わたしの作った最高の美少女―――フレイアの姿になれたのはちょっと嬉しかった。目の前のしょぼくれたおじさんも、こんな美人を見られてうれしいでしょ~と目をやると。土下座していたっぽいおじさんズが、じりじりとにじりよっていて―――キモイ。それ以上近づくな~、という威嚇をこめて、おじさんをにらみつけてやった。


「「「……そ、そんな」」」

「それでは間に合いません。今、今の助けが必要なのです!」


 ひっしにおじさんが言い募るのだけれど、切実にやめて欲しい。どこのホラーゲームですか、銃もってこい銃。


「だいたい、世界を救う系のゲームなんて山ほどあるじゃない。メルリア物語だってそうだもん。クリア前まできてるのに、なんで他のゲームしないといけないの? 信じられない。ばっかじゃないの」


 どうして夢の中で放置したゲームのキャラクターに怒られているのか。―――別に怒られているわけではないのだが、”放置している”という後ろめたさが、フレイアの語尾を強めさせることになった。「やりもしないゲームばっかり買ってどうするの。こんなに無駄遣いばっかりして」という母親の小言が思い出されたからでもある。いいじゃないか別に。自分のバイトで買ったソフトなんだから、ほっといて欲しいと切実に思う。たとえプレイすることが無いかもしれないソフトでも、手元にあるという現実が大切なのだから―――未来は流動的である。たぶん。


「で、ですが。こうして召還してしまったので―――こ、このように魔力が不足しては、御身を還すこともかないません。ですから、せめて、姫様をお助けいただくことだけでも……」

「へー、つまり体験版ってことね。で、お姫様の回収までにはどれほどかかるわけ」

「に……いえ、一ヶ月ほどいただきたく」

「ないない。―――なんかおじさん嫌だし、一ヶ月とか、ないわぁ~」

「で、ではお還しいたしません」


 なんと、おじさんがふざけたことを言い出した。


「はぁ?」


 語尾は上がり気味にはぁ? である。気に食わないおっさん―――そう、おっさんへの友好度はすでにゼロであり、表記だっておじさんではなくおっさんで十分である。


「あははは、何? このくそおやじ。へー、ほー、はー、ふ~ん。やっぱり権力をかさにきて悪いことをするキャラだったわけね。やだなぁ。あぁ~やだやだ―――信じらんない」

「ぐ、ぐぐ愚弄なさいますかっ。いくら聖女様でも、そのような―――」


 か~っと、頭に血が上ったのだろうか、おっさんはいきなり立ち上がり―――頭に血が昇りすぎて立ち上がった勢いのまま、まっすぐ後ろに卒倒した。


「「「「ああっ、お師様」」」」


 取り巻きズがおっさんの介抱に向かう。そのとき、おっさんのローブがめくれて、年の割に端正な青ざめた顔が見えた。その顔を見て、少し考える。地位が高くて、もしかしたら仕事もできて、取り巻きズがいて、美形ならばそりゃぁ天狗になるだろう。むしろならないほうがおかしい。美形であったおっさんへの友好度は絶対零度をぶっちぎっていた。ならば、フレイアが選ぶ報復はこれしかない。

 手にした杖をおっさんに向ける。この杖はフレイアがゲーム内で装備していた杖であり、夢の中でも気がついた時にすでに持っていた、世界樹の杖である。どんな魔法にも親和性がある、使い勝手の良い強力な杖―――それに、魔力を送り込んで、美形おっさんの目の前でちらちらさせる。これは脅しだった。今後、フレイヤの睡眠時間をくだらないことに消費させたらどうなるか、の。

 美形おっさんが、恐怖の視線を上げてきたとき、術を完成させた。


「ばーっか、ばーっか、ばーっか。夢の中でも美形なんか大嫌いサ。夢のばーっか。レム睡眠ばんざーい―――美形おっさんなんか」


 ゆらゆら揺れる杖が力ある言葉に答える。美形おっさんの頭に光のカケラがまとわりついて、はらりと髪を散らしたのを見てにやりと口をゆがませて―――美形なんか美形なんかぁ、ハゲロモゲロキライだーっ、と絶叫しようとしたところで意識を失った。




―――ぴぴぴぴぴぴぴ、と枕元で鳴る電子音で目が覚めた。なんだか変な夢を見たきがするなぁ? と無意識に沈みゆく夢の記憶を引きとめようとして、浮上してきた言葉「ハゲロ」と呟いたのだった。

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