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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

OthersーBirthDAY

作者: 櫻井レイヤ

 『…コーヒー…』

 ベッドの中でまどろんでいた裕樹はコーヒーの香りで目を覚ました。両手をついて枕に突っ伏している体をゆっくりと上半身だけ持ち上げる。

 「起きた?」

 ちょうどその時、高山が静かに寝室のドアを開け優しく声をかけた。

 「うん…」

 まだ半分開いていないような目を高山に向ける。

 「まだ寝てるんじゃないの?」

 そう言いながら高山はクスクスと笑って寝室のドアを開けたままで朝食の仕度へ戻っていった。


 「ん~……」

 ひとつ大きく伸びをしてキングサイズのベッドからひょいと飛び降りる。さすがにこのカッコで出てくのはマズイかなぁ…。裕樹は何も身に付けていなかった。とりあえずベッドサイドにある高山のシャツを着ることにした。

 今日は土曜日。学校は休み。裕樹は昨日の夜から高山と一緒に過ごし彼の部屋に泊まったのだった。もちろん今日も一日一緒に過ごす予定。


 「おはよ~。」

 自分のサイズより大分大きいTシャツ一枚で寝室を出てきた裕樹が裸足でペタペタと歩きながら高山に声をかける。シャツの丈は裕樹の膝上くらいまであった。ちょっと見ただけでは下に何も着けていないなんてわからない。


 「おはよう。」

 ダイニングキッチンのカウンターの向こうで食器を出していた高山がこちらを向いて微笑みながら続ける。

 「バス使う?それとも食事?」

 「う~ん…ちょっと風呂入ってくる。」

 カウンターの前で立ち止まり、視線を上げて少し考えてからそう答えた。

 「お湯はってあるよ。」

 「あ、サンキュ。」

 バスルームへ歩き出していた裕樹は、その足は止めずに顔だけを高山に向けて言った。


 この部屋で高山に抱かれると疲れきってそのまま意識を失ってしまう。…失神してそのまま眠ってしまうようだ…。だから目がさめるとバスを使う。高山はよく心得ていて必ずバスの用意をしておいてくれる。裕樹はキッチンの高山を横目で見ながらバスルームへ向かった。

 軽くシャワーを浴びてからバスタブに体を沈める。どちらかと言えばぬるめのお湯が心地いい。

 「ふぅ。」

 脚を伸ばしてもまだまだゆとりのある大きなバスタブに背中を預けて天井を仰ぐ。

 高山の部屋のバスは背中の部分が緩やかな傾斜になっているタイプの『寝ながら入れるお風呂』である。

 「…ったく、いい暮らししてるよな…風呂なんてうちより広いんじゃねーの?」

 バスを使うたびに思うことだがつい口にしてしまう。

 「さて!」

 そう言って立ち上がると、裕樹はバスルームの中にあるシャワールームへ向かった。

このバスルームはかなり優雅でバスタブとシャワーの他にガラスで仕切られたシャワールームがある。いわゆる『洗い場』もきちんとあるのだが、高山はボディーソープなどをシャワールームに置いていたので裕樹はいつも『シャワー→バスタブ→シャワールーム』という手順をふんでいた。


 バスルームのドアが開く音がした。キッチンから高山が顔を出すと腰にバスタオルを巻いただけの裕樹が歩いてきた。それ以外は何も着けておらず、アタマも濡れたままだ。

 「!!またそんなカッコして!!着替え、あったでしょ?」

 慌てて新しいタオルを手にし、裕樹に駆け寄る高山。

 「あ~…いいじゃん、別に。」

 『ニッ』と笑う裕樹の髪を拭きながら、少しあきれた顔でため息をつく。

 「ダメ。風邪でもひかれたらたまんないよ。」

 そう言って寝室へ向かうとクローゼットから黒の大きなTシャツとダボダボのハーフパンツを持ってきた。これも黒。裕樹がこの部屋でくつろげるように…万が一の為、というのもあるが…高山が裕樹の為に買ったもののひとつだ。

 「とりあえず、これ着て。」

 「ん~。」

 子供にするようにTシャツを着せてやる。

 「ちゃんと着たら座って。」

 裕樹はパンツをはいてダイニングの椅子に腰掛けた。

 テーブルの上にはトーストとサラダ、それにスクランブルエッグとコーヒーがあった。

 「…マメだよね…和哉。」

 呆れたような顔でテーブルを見ているが実はかなり嬉しいようだ。

 「そう?」

 裕樹のセリフを軽く流してテーブルについた高山が笑う。

 「さ、どうぞ。」

 「いただきます。」

 高山は料理も上手い。だからこうして高山の部屋で彼と食事をするのが裕樹は好きだ。

 「で、今日は?」

 口をモコモコさせながら裕樹が尋ねている。

 「どこ行く?」

 「ん?ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど。」

 食事の手を止めて肘をつき、顔の前で手を組んで高山が裕樹を見る。

 「買い物?」

 「ん~…そう、だね。」

 「?」

 意味ありげに笑う高山を不思議そうに裕樹が見ていた。



 「どこ行くの?」

 地下鉄の駅をでた2人は人ごみの中を歩いていた。

 「もう着くよ。」

 さっきから高山は行き先を教えない。とりあえず裕樹は高山についていくだけだった。しばらく歩くと、とある店を高山が指差した。

 「ここ。」

 そう言われてその建物を見た裕樹は息を呑んだ。

 「…ここって、あの、本店…」


 2人の目の前にあるのは超有名店だった。主に若い男性のファンが多い、シルバーアクセや革製品をメインとしているが、家具なども多く扱っているブランド。値段も品質も超一流。その日本本店が目の前にある。

 一介の高校生である裕樹にとっては憧れであり、また『恐れ多くて入れない』店である。

 「なんだよー。こんなとこ来るんだったら言ってくれよ~。」

 なんだか情けない顔で裕樹が高山を見上げる。

 「?なんで?」

 高山は裕樹の言う意味がさっぱり解らなかった。

 「ここ来るんだったらこんな安い指輪してこなかったのに~。…そだ!外せばいいんじゃん!」

 文句を言いつつ一人で納得している裕樹を見て高山は笑いをこらえていた。裕樹は「ちょっと待ってね」と言いながら両手につけた指輪〈計3個〉を外そうとしている。

 「だいじょうぶだよ。」

 クスクス笑いながら高山がその手を制止する。少しムっとしたような顔で視線を上げる裕樹。

 「だいじょうぶだって。」

 優しく言うとようやく裕樹が手を止めた。

 「ほんと?」

 不安げに見上げる裕樹の表情は少し硬く、子供のようにも見える。緊張しているのだろうか?高山はそんな裕樹がたまらなく可愛かった。

 「ほんと、ほんと。」

 なだめるように言うと裕樹は少しだけ安心したようだった。


 店は混んでいた。

 「高山様。」

 店に入って少し歩くと女性店員が声をかけてきた。

 「こんにちは。」

 にこやかに高山が答える。横にいた裕樹が少し驚いた表情で高山を見上げる。

 「いらっしゃいませ。ただいま店長が参りますので。」

 そう言って店員は店長を呼びに店の奥へ行った。

 「…なぁ…」

 去っていく店員を目で追いながら裕樹が高山に声をかける。

 「ん?」

 「和哉って…」

 「高山様。いらっしゃいませ。」

 裕樹の問いかけは目の前に現れた店長と思われる男性の声にかき消された。

 「こんにちは。お願いしていた物、できてますか?」

 「はい。二階の方へどうぞ。」


 店長はそう言うと近くにいた店員に何事か告げ高山と裕樹を階段へとうながした。店は一階がアクセサリーや小物、二階に革製品全般という造りになっていた。

 『名前を覚えられていて、しかも店長直々に対応する客』ということで、店内にいる客達の視線を感じつつも裕樹は店長と高山の後をついて階段を上がって行く。

 二階に着くと客は2、3組しかいなかった。下の混雑が嘘のようだ。


 「どうぞ。お掛けください。」

 そう言って勧められたのはフロアのほぼ中央にある黒い革張りのソファー。1人掛のものが2脚と2人掛のものが1脚、ラタンのテーブルを挟んで置いてある。

 勇気は高山にうながされて1人掛の奥に座る。そして左隣に高山が座った。高山の前に店長が座ると、さっき階段のところで店長に声をかけられていた店員が何かを持ってやってきた。

 「失礼します。店長、お持ちしました。」

 「あ、ありがとう。コーヒー入れてくれる?」

 店長は小さなケースを2つ受け取ると店員にそう指示した。店員は「はい」と返事をしてフロアの奥のスタッフルームへ消えた。

 「まず…こちらですね?」

 2つのうち少し大きな方のケースの蓋を開けて高山の前に置く。

 「ええ。間違いありません。」

 高山が嬉しそうにケースから取り出したもの……それは指輪だった。

 その様子を見ていた裕樹は少し意外な気持ちになった。高山が指輪をしているのを見たことがなかったからだ。

 「サイズは13でお間違えないですよね。」

 「ええ。」

 指輪から視線を上げて高山が微笑む。

 「念のため、お付けになっていただけますか?」

 「あ…これ、僕のじゃないんです。」

 「贈り物でしたか。」

 「はい。」

 2人のやり取りを見ていた裕樹が凍った。

 『…贈り物……?』

 こんな高い店の、シルバーの最新作。大ぶりで重厚なデザインは人気のラインだが、そうそう手に入れられるものではないし、気軽に人に贈れるものではないはずだ。

 『誰に…?』

 裕樹が嫉妬のような不安にかられていると右上の方から声がした。

 「失礼します。」

 視線をやると先程の店員がコーヒーを持って立っている。

 「どうぞ。」

 店員はそう言って高山と裕樹の前にコーヒーを置いた。

 「どうもありがとう。」

 高山が笑顔でそう言うと店員はペコンとお辞儀をしてその場から去っていった。

 「もう一点がこちらですね?」

 店長が小さい方のケースを開けて差し出す。見ると小さなピアスが一組入っていた。店長が続ける。

 「指輪と同じモチーフのもので、よろしいんですよね。」

 「ええ。」

 「こちらも贈り物ですか?」

 「いえ、これは僕が。」

 そう言って嬉しそうに微笑む高山を見た裕樹が思わずコーヒーをあおった。胸が痛い。指輪と同じピアス…ピアスは自分が?…誰…?指輪……

 「裕樹?どうかした?」

 「え!?」

 高山の声にドキッとした。気がつけば高山と店長が心配そうにこちらを見ている。

 「大丈夫?具合悪い?」

 いつもと変わらない整った顔が心配そうに覗き込んでいる。優しい声…

 「あ…うん。なんでもないよ。大丈夫。」

 裕樹は普段どおりに笑って見せた。

 『聞けばいいんだ。そうだよ。後で直接聞けば…』

 そう思ってみてもやはり不安が頭を掠める。裕樹は必死で悪い予想を振り払おうとしていた。

 「では、こちらの指輪は贈り物用にしますね。」

 「お願いします。」

 店長は席を立ちカウンターへ向かうと、カウンタースタッフに指輪とピアスを渡した。裕樹はとりあえず平常心を取り戻そうと、まずはさっき聞きかけたことをもう一度尋ねることにした。

 「和哉。」

 自分の左側に座っている高山を少し見上げるように見つめる。

 「ん?」

 高山はコーヒーを飲みながら視線だけを裕樹へ落とした。

 「和哉って…『お得意様』なの?」

 「え?」

 コーヒーを置くと、高山は嬉しそうな笑顔のまま、『え?』という風に裕樹の方へ顔を向けた。

 「だって、そうじゃん。」

 「?」

 「普通こんな風にしてくれないだろ?」

 「あぁ、そういうこと?そういうことなら…」

と、高山が言いかけたとき店長が箱を2つと、小さな手提げ袋を2つ持って戻ってきた。

 「お待たせしました。」

 店長は再び高山の前に座ると2つ箱をそれぞれ小さな紙製の手提げ袋に入れ、高山に差し出した。ピアスの入った方の手提げ袋に紙袋は薄く小さい紙袋も入れた。

 「ありがとう。」

 高山が袋を受け取ると、店長は何か思い出したように口を開いた。

 「そういえば、高山様。先日ご注文いただきましたソファーとテーブルなんですが。」

 「はい。」

 受け取った袋をテーブルの端に置いて高山が顔を上げる。

 「ロスの方へ問い合わせましたところ、後1ヶ月ほどかかるということなんですが…」

 「そうですか。では、いつ入るのかはっきりしたら連絡いただけますか。」

 「はい。」

 「店長さん。」

 裕樹が口を挟む。2人が一斉に裕樹を見る。店長が笑顔で対応した。

 「はい?」

 「こいつ…高山さんってVIPなんですか?」

 「え?えぇ。ごひいきいただいています。」

 あまりに突拍子もない質問に少々面食らったようだったが、笑顔で店長が答えた。

 「……そうなの?」

 いぶかしげに高山を見ると、高山は下を向いてクックッと笑っていた。

 「今日お召しのベルトとピアスは当店でお買い求め頂いたものですし、ファブリックや、家具などもよく…」

 そういえば高山はここのベルトをいくつも持っている。部屋には革物が多いし、とにかく高そうなものが多い。

 裕樹はふと思い立って店長に聞いてみることにした。…アクセサリーのことだ。

 「アクセサリーは?良く買うんですか?」

 高山はなぜそんなことを聞くのかと不思議そうに裕樹を見たが、すぐに視線を移し笑顔で店長に「答えてもらっていいですよ?」と言った。

 「アクセサリーはそれほど…ピアスを時々お求めいただきますが…」

 「そう…」

 店長の言葉を聞いて息が止まりそうになった。表情がこわばる。やっぱり指輪なんて買わないんだ…

 「裕樹?あ、じゃあこれで。また連絡ください。」

 裕樹の様子がおかしいのを察知して高山が席を立つ。裕樹もフラっと立ち上がった。

 「あ、はい。お連れ様、大丈夫ですか?」

 店長も続いて立ち上がり裕樹に声をかける。裕樹はうつろな顔で頷くだけだ。

 「裕樹、大丈夫?」

 そう言って高山が裕樹の顔を覗き込んでみると焦点が合っていない。とりあえず腕を引いて歩かせる。どうも足つきが危なっかしい。高山はごく自然に裕樹の腕を抱いて階段を降りていった。後ろから心配そうに店長がついてくる。階段を降りたところで店長が高山に声をかけた。

 「もしサイズが合わない様でしたらお持ちください。」

 「あ、はい。」

 少しだけ振り向いて答えるが高山に笑顔はない。

 「ありがとうございました。」

 店の入り口で深々とお辞儀をする店長と店員たち。裕樹は『店員総出で見送られる上客』ということで階段を上った時以上に店の客達から注目を集めていることにさえ気づかなかった。


 「裕樹…裕樹!」

 店の裏の路地。人通りは無い。高山は裕樹の両肩に手をかけてその顔を覗き込んだ。

 「…え……あ…」

 「どうしたの?」

 裕樹は夢から覚めたような顔をしていた。そして慌てて高山から視線を逸らすと少し口篭もった。

 「あ、ごめん。俺、もう帰んなきゃいけなかったんだ。」

 「そうなの?」

 肩から手を離して不思議そうに裕樹を見つめる。裕樹は目を合わせようとしない。

 「うん…忘れてて…じゃ。」

 そう言って立ち去ろうとする裕樹の手を後ろから高山が捕まえる。

 「駅まで送るから。」

 「いいよ。まだ予定あるんだろ?」

 少し振り向いて、裕樹がぎこちなく笑う。『…様子がおかしい…?』そう思ったが高山には何も思い当たることはなかった。

 「じゃ。」

 そう言って手を振り払った裕樹を高山が呼びとめる。

 「あ!待って!!」

 立ち止まったもののこちらを向こうとしない裕樹の正面に高山が回りこんだ。

 「はい、これ。」

 笑顔で手提げ袋の一つを裕樹に差し出す。俯いていた裕樹がゆっくりと顔をあげる。目の前にあるのは、指輪が入っているはずの袋。

 「……え…?」

 「お誕生日おめでとう。はい。」

 そう言って高山が裕樹の右手に袋を持たせた。少し驚いたような表情で裕樹が高山の顔を見る。

 「…たん、じょうび…?…これ……俺に…?」

 「?自分の誕生日忘れてた?」

 肩をすくめて高山が言う。いつもどおりの優しい笑顔。

 「…和哉…」

 裕樹がゆっくりと高山の胸に顔を寄せる。そして両腕を背中に回してギュっと抱きついた。

 指輪は自分の為だった。

 自分のためにわざわざ今日に合わせて注文しておいてくれたのだ。なのに高山を疑い勝手に嫉妬して帰ってしまおうとした自分が恥ずかしく情けない。

 どうして気づかなかったんだろう。いつもあんなに自分を大切にしてくれているのに。『裕樹だけだよ』って言ってくれるのに。

 「ごめん、和哉…ありがとう…すげー嬉しい…」

 高山は右手で裕樹を抱き左手でポンポンと頭をなでてやる。こんな時の高山の顔はマリア像のように優しい。

 何が『ごめん』なのかは聞かなかった。裕樹の中で何かが解決したのならそれでいいと思っていた。

 「…嬉しいけど……もらえないよ…俺…」

 そう言って裕樹の体がスルっと離れた。思いがけない言葉に高山の表情が曇る。裕樹は少し俯いて自分のみぞおちあたりで右手にさげた紙袋を見つめていた。

 「…どうして……」

 「だって俺、和哉のこと…」

 『勝手に誤解して』という言葉は声にできなかった。自分がとても嫉妬深いようで恥ずかしかった。

 「……迷惑…?」

 高山の声にハッとして裕樹は顔を上げた。哀しそうな高山の顔がそこにはあった。裕樹は慌てて弁解した。

 「ち、違うよ!だって、こんな高いもの…だめだよ…。俺、和哉に何もしてあげられない…」

 そう言って裕樹はまた顔を伏せた。高山は安心したようにフッと微笑みを浮かべた。

 「…左手、貸して。」

 ゆっくりと不思議そうに裕樹が顔を上げる。そして祐樹は高山の差し出した右の手のひらに左手を置いた。

 「いいんだよ、裕樹は。いてくれれば、それで。」

 穏やかな声でそう言いながら裕樹の手を取り左手で裕樹の人差し指からシルバーの指輪を抜き取る。

 「あ…」

 少し戸惑いつつも裕樹は抵抗しなかった。ただ自分の指から抜き取られていく指輪をみていた。高山は抜き取った指輪を大事そうに握り締めてニコッと笑った。

 「トレードしよう。」

 「え?」

 裕樹は改めて高山の顔を見た。少しおどけた様な顔。裕樹の手を離して新しい指輪をつけるように右手で促す。握られた左手の中には裕樹の指輪。

 「でも…」

 高山はまだ少し戸惑っている裕樹をクスっと笑うと左手の中の指輪をパンツの後ろポケットにしまった。そして裕樹の右手にぶら下げられた紙袋から指輪の箱を取り出し、中から指輪を取り出す。裕樹の左手はまだ宙に浮いたままで、視線は高山の手を追っている。高山は再び右手で裕樹の左手を取るとその人差し指にさっきの指輪を滑らせた。

 「…本当は…」

 そう言って裕樹の左手を握る手に少し力を込め自分の親指を裕樹の薬指に絡める。

 「この指につける指輪を贈りたかったんだけど…さすがにしてもらえないかと思って。」

 二人はほぼ同時に顔をあげ視線を合わせた。高山は少し笑っていた。裕樹はなんだか真剣な顔で高山の目を見つめている。

 「よかった。ぴったりだね。」

 高山が嬉しそうに笑って裕樹の手を離した。裕樹が人差し指に視線を落とす。

 憧れのブランドの指輪。重厚で手の込んだデザイン。大ぶりなのにイヤミにならない。しっくりと肌になじむのは手作りだからだろうか。指輪は本当にぴったりだった。サイズはもちろん、デザイン的にも自分の左手に良く映える大きさ。高山のことだからそれも計算して選んだのだろう。

 「すごい…」

 指輪に見惚れていた裕樹から思わず言葉が漏れた。

 「気に入ってくれた?」

 高山の声に弾かれたように裕樹が顔をあげる。嬉しそうなその顔はまるで子供のようだ。

 「うん!!すごいよ!」

 「よかった。」

 「……でも…」

 裕樹がもう一度指輪に視線を落とす。高山は首をかしげて尋ねた。

 「…さっきのこと、気にしてるの?」

 「うん。」

 すねた子供のように上目遣いで高山を見る。

 「もう気にしてないよ。」

 少し呆れたように高山が笑う。

 「けど、値段も、さ。」

 「あー…値段ねえ。」

 高山は天を仰いで軽く息を吐いた。そのままの姿勢で少し考えた後、もう一度ため息をついてから裕樹の方へ顔を向けた。

 「…これは僕が自分で稼いだお金で買ったんだからいいんだよ。」

 そう。これは高山が稼いで買ったものだ。高山の実家は赤坂の料亭で、相当裕福だ。だから大学生の高山にも広いマンションを用意し、多額の小遣いも渡している。けれど、これだけはその金ではない。

 「そういう問題じゃ…」

 裕樹が眉をひそめるが高山はまったく気にせず続ける。

 「気持ちと値段は関係ないでしょ?」

 そう言って高山は少し身をかがめて裕樹の顔を覗き込んだ。めずらしく人をからかうような笑いを浮かべている。

 裕樹に反論の余地はなかった。この展開では高山に勝てるはずがない。例え何を言っても丸め込まれてしまうのは目に見えている。今度は裕樹が天を仰いで一つため息をついた。そして満面の笑みで高山を見つめて言った。

 「…ありがとう。」

 高山はいつもどおりの優しい笑顔に戻っていた。

 「どういたしまして。よろこんでもらえて嬉しいよ。」

 「あ。」

 裕樹が何かを思い出したように呟いた。

 「ん?」

 「俺の指輪、どうすんの?和哉がするの?」

 「あぁ。」

 高山は少し笑ってピアスの入った紙袋からちいさな袋をとりだした。

 「それ、なに?」

 高山は質問には答えず、ただ笑顔で袋の封を開けた。

 袋から出てきたのはボールチェーン。そしてポケットから裕樹のしていた指輪を取り出しチェーンに通し自分の首に着ける。ちょうど鎖骨にかかるくらいのペンダントの完成だ。ペンダントトップになっている指輪の部分をそっと左手で押さえると嬉しそうに微笑んで言った。

 「こうしておけばいつも裕樹と一緒にいる気がするでしょ?」

 「…ば~か。」

 裕樹は少し照れながらわざと乱暴に言った。

 「なぁ。なんか食いに行こうよ。腹減った。」

 スルッと高山の左側にまわって彼の顔を覗き込む。

 「?用事があるんじゃなかったの?」

 ちょっと不思議そうに高山が尋ねたが裕樹は全く気にせずに高山の手を引いて歩き出していた。

 「あ?いーの、いーの。」

 「…ふ~ん。」

 フクザツな笑いを浮かべながら裕樹に引っ張られるように高山も歩き出す。裕樹はやたらと上機嫌だ。


 「なぁ、なぁ。ホントにこれいくらだったの?気になる。」

 「しょうがないなぁ…。ん~…よくある細身のやつの10倍ってとこかな。」

 「…え?」

 裕樹の動きがピタっと止まる。眉をひそめてゆっくりと高山の顔を見上げると重そうに口を開いた。

 「…そんなに、するの…?」

 「……」

 すました顔で高山が視線を逸らす。裕樹は高山から視線を外さずに彼の正面へ移動した。チラッと視線を戻した高山が困ったような笑顔で軽いため息をつく。

 「だから教えたくなかったのに。」

 「…シルバーの指輪ひとつで30万以上…ひえ~。」

 改めてマジマジと自分の人差し指を見る。しばらく見ていたが『ニッ』っと笑って顔を上げた。

 「な。」

 「ん?」

 裕樹は高山に指輪を見せるように肩の前で左手を広げて右の人差し指と親指で左の薬指の先をつまんだ。

 「今度はこの指につけるやつ買って。」

 「え…」

 「そうだなぁ…卒業祝いか入学祝いか…ダメなら今度の誕生日。」

 裕樹は子供のように楽しそうに笑っている。高山も思わず笑顔がこぼれた。裕樹に言われたセリフが嬉しかった。たぶん、どんな高価なプレゼントよりも。

 「いいよ。クリスマスに贈るよ。」

 「ホント?!」

 子犬のように裕樹がはしゃぐ。高山は目を細めてそれを見ていた。

 「さて。食事はどうする?」

 「ん~、中華!!飲茶しようぜ!」

 「いいよ。」

 2人は並んで表通りへ向かった。

 「嬉しいな~。でもよくサイズ知ってたよね。」

 「あぁ、それは触診で。」

 シレッとした顔で高山が答える。

 「触診~?…なんかヤラシイぞ。」

 笑いながら祐樹が高山を見上げる。

 「じゃあ…いつも触ってるから、なんとなく。」

 「……それもヤラシイ。」

 「でも本当のことだからなぁ…」

 楽しそうに高山が空を見た。

 祐樹は指輪をみながら、

 「…クリスマスの時には俺も行こうっと。」

 と元気に言った。

 「なんで?」

 不思議そうに高山が訪ねる。

 「『なんで?』じゃなくて!サイズとか!」

 「…わかるけど。」

 当たり前、という風情だ。

 祐樹は、少し顔を赤めながら、「!!自分で欲しいの選ぶ!」と反論した。まるで駄々っ子だ。

 高山は『そんなはずはない』と確信した様子で「これは気に入らない?」と聞いた。

 「もちろん気に入ってるよ。でもこれはこれ。今度もスゲー高いやつ選んでやるから!」

 ニヤッと笑って、祐樹が毒気付く。

 「はいはい。覚悟しておきましょう?」

 意気込んで言った言葉をサラッと返されて、祐樹は毒気が抜けたようだ。

 「本気なんだけど。」

 「いいよ。」

 高山は飄々としたままだ。

 「後悔すんなよ~。」

 そう言って、祐樹がニヤッと笑った。





終わり



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