僕ピカチュウ。?歳
「さぁ行くぞ!ピカチュウ!」
サトシがそう言って僕の方を振り返った。
チッ!サトシのくせに…。僕は心の中で毒づき、黙って付いていく。
もう、悪と戦うことはない。世界はすっかり平和になり、サトシも大学生になった。僕は基本は毎日家でゴロゴロしているだけだが、時々サトシの通う大学に連れて行かれる。
理由は分かっている。オタクで友達もいないサトシが僕を連れていけばその時だけは話題の中心になれるからだ。オタクで、人間としてもクズのサトシ…。屑、屑、屑。
でもまぁ、クズはサトシだけではない。見せ物のように僕を見て笑う人間たち…。どちらを向いてもクズばかりだ。ヘドが出る。
「ピカチュウ!10万ボルトだ!」
「ピッカ!!」
サトシの叫び声に条件反射のように叫んでしまう自分が悲しい。周りがワッとざわめき、笑いに包まれた。いや、嘲笑というべきか…。これは生まれた時から僕に絡みついている呪いのようなものなのだ。もちろん電撃など、この身体からはもう出やしない。
サトシとはいつの頃から一緒だったのか分からない。物心ついた頃からずっと一緒だった。二人で野山を駆け巡り、冒険をした。僕たちはいつも一緒だった。もう、遥か昔の事で、記憶も曖昧になっているが、あの頃は僕の電撃も出ていた…はずだった。
僕の記憶の中で、「やられた〜!」と叫び、倒れる大きな大人達の姿と、それを見て笑うサトシの姿がおぼろげに残っている。たぶん僕も一緒に笑っていた…んだと思う。
サトシが小学校の高学年の頃だろうか…。
連れていかれたゲームセンターで僕たちは近所に住む不良達に絡まれた。どうやら僕を連れて調子に乗っているサトシが癇に障ったようだ。
しかし、無敵の僕たちに絡むなんて…全く馬鹿な連中だ。
「ピッカ!!」
僕の大きな声に不良達は一瞬怯んだようだが、次の瞬間、辺りは爆笑に包まれた。
……僕の電撃は出なかった。
なぜだ!僕の電撃をくらえば大の大人ですら気絶し、しばらくは立てないはずなのに…。
この前も、サトシの父親に冗談でくらわせてしまった時、倒れこんでしばらくは立って来れなかった…はず…。
「ピカッ!…ピカッ!…ピッカッ!!」
僕は声も枯れんばかりに叫び続けた。
しかし、目の前の不良達は倒れる事もなく、爆笑しつづけるだけだ。
そして僕たちはボコボコにされた…。
「もう調子に乗るんじゃねえぞ!」
ボロボロになった僕らに吐き捨てる様に言うと、不良達は笑いながら去っていった。
なぜ、電撃が出なくなってしまったのか…?
そもそも電撃とは何だったのか…?
薄れゆく意識の中で僕は考え…、そしてすべてを悟った。
その後、サトシはその時の恐怖から家に引きこもりがちになり、僕はサトシと外に出かけることはほとんど無くなってしまった。
そんなサトシも、なんとか高卒の認定試験に合格し、大学に通うようになった。しかし、長年の引きこもり生活で、今や立派なオタクのコミュ障になってしまっていた。
友達が出来ず、いつも一人だったサトシが思い出したのは僕の存在だ。
時々、思い出したように家でゴロゴロしている僕を連れ出してクズどもに紹介する。誰もが知っている国民的キャラクターのまさかの登場に、クズどもは大興奮だ。その後、今や鉄板ネタとなったいつもの一発芸を披露する。
「ピカチュウ!10万ボルト!」
「ピッカ!!」
あぁ…、また周りが嘲笑に包まれる。クソが!クソが!クソが!
そんなに嫌なら行かなければいいじゃないかって?
いい質問だ。
確かにその通り、家にいれば笑われる事もない。クズどもの顔も見ずにすむ。
でも、僕はたとえオタクでクズであってもサトシの事が心配なんだ。サトシは僕にとって初めてで、一番大事で、たった一人の友達。それはいつまでも変わらない。僕が怪我をして入院したとき、サトシは泣いていた。ずっとずっと泣きながら僕の側にいてくれた。僕たちは最高の友達なんだ。
ほら、サトシの周りに人が集まってきた。サトシも嬉しそうに笑っている。僕はこの笑顔がみられればもう十分なんだ。
僕はそっとその場を離れた。
あんなサトシでも、これで友達の一人や二人出来るだろう。今日はなんだか気分がいい。昔サトシとよく遊んだ河川敷まで足をのばしてみよう。
懐かしい思い出にしばし浸り、満ち足りた気分で家に帰る途中、サトシと女の子が喫茶店にいるのに気づいた。サトシのくせにデートだろうか?僕は後でからかってやろうと、そっと二人の側に座り、耳を澄ました。
「でもピカチュウくんってさぁ…」
案の定、僕の話題で盛り上がっている。世の中に僕たちの名前を知らない人間はいない。近々また映画もやるようだ。辛くなるので決して見る事は無いが…。
「そうなんだよ!ピカチュウってさぁ…」
サトシが嬉しそうに話す。そうだよ、僕たちは最高の友達!さぁ、言ってくれ!
「最高のペットなんだよね。」
えっ……何だって…?
僕の視界が黒く染まる。
……ペット
僕たちは最高の友達じゃ…
……ペットって…?
そんな僕の思いを置き去りにしてサトシはペラペラと喋り続ける。
「あいつはさぁ、僕の言う事をなんでも聞く最高のペットなんだよ。そういえば昔不良に絡まれた時なんかさぁ…」
……ペット、またペットって言いやがった!
しかも、僕の事をペット扱いしただけじゃなく、封印している僕の黒歴史までネタにしようというのか!!
許せない、許せない、許せない、許せない、許せない許せない許せない許せない許せない!!!
オタクでクズのサトシの癖に!僕がいないと誰とも話せないクズのクセに!
正真正銘のクズ。クズ屑クズクズ屑クズ!!!
気がつくと、サトシと一緒にいた女が悲鳴をあげていた。僕の手には観葉植物が入っていた植木鉢が握られ、足下には血だらけのサトシ。
僕は無言のままサトシの身体を殴り続けた。
何度も何度も何度も…。
あぁ…、憎い…憎い…憎い…、このクズのサトシも、僕の名前を聞いた瞬間に笑うクズどもも、そして、生まれた瞬間に僕の人生を台無しにしたクズ親も!
憎い…憎い…憎い…。全てが憎い!!
サトシの身体が壊れていく音と女の叫び声だけが僕の耳には聞こえていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ピカチュウの反乱」
「ピカチュウがサトシを撲殺!原因は積年の恨みか?」
「ピカチュウついに暗黒に堕ちる!」
翌日の各種スポーツ新聞の一面及び、ネットニュース等のトップページには僕らの名前が踊り狂っていたらしい。
そりゃそうだろう。タイトルだけ見れば、誰もが知る国民的キャラクターの起こした事件に見える。ただの殺人事件を面白おかしく報道するのは三流マスコミがいつも使う手だ…。以前に何度か取材を受けたこともあるが、その場では神妙な顔で僕の話を聞いているくせに、いざ記事になると、いつもゴシップネタとして掲載されている。
そして、そのニュースに呼応して2チャンネルのクズどもも騒ぎたてる。奴らも一週間はネタには困らないだろう…!
テレビでも特集が組まれ、アナウンサーが訳知り顔で語っていたそうだが、奴らも所詮三流マスコミと同じ。僕の苦しみなど全く分かってなどいない!
「調べでは、田中 光宙 容疑者(20)と殺害された近藤 智さん(20)は幼馴染だったそうです。20年もの間、幼馴染として過ごして来た二人に一体何があったのでしょうか?痛ましい事件ですが、私達はいろいろな角度から真実に迫っていかなければなりません。子供にとって、人生で初めてのプレゼントである『名前』が、どれだけ大事なものなのか、この事件をきっかけにもう一度考えようではありませんか。」
最後までお読み頂きありがとうございます。
子供というのは空想の中で特別な能力を持ち、いつも何かと戦っています。よい大人として、そんな彼らにはトコトン付き合って、やられ役の悪役を演じなければいけないのですが…。
あの頃の僕らは…一体何と戦っていたのでしょうね?