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RIGMAROLE -Vernal Days-  作者: 雪山ユウグレ
第1章:vernal breeze
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2nd. -exam fight- <中>

「静かにしろ、始まるぞ」

 横の騒ぎには我関せずを貫いていたゼルスが、厳かな声で告げた。途端に皆口を閉じ、眼下の訓練場を見守る。そこではリガルと青髪の少年――ヴィーリがある程度の距離を取って対峙していた。

 リガルは何も持たず動きやすい姿で。ヴィーリは使い込まれた赤い杖を手にして。学院で教える元素魔導は杖を使わないが、地域や民族によっては使うこともある。ということは、ヴィーリはすでに魔導士としていくらかの経験を積んでいるのだろう。だからこそ特例試験を試合形式にしたのだろうが……。

「では、始めてください」

 脇に控えた教官のおっとりした号令の直後、ヴィーリが杖を振るった。

 巻き起こった風に驚きつつも、リガルは簡単な結界でそれを防ぐ。防御されることを想定していたのか、ヴィーリは一旦構えた杖をサッと横に薙ぎ、別の魔導を放った。目には見えない巨大な空気の刃が一直線にリガルへと向かう。

「くっ」

 リガルは小さく呻き、しかし同じ風の魔導を用いて刃を叩き潰した。このまま防御に徹していては勝機はない。リガルはヴィーリと距離を取る方向に跳び、着地の直前に呪文を唱えた。

「フローズン・ウェイヴ!」

 板張りの床を氷の波濤が駆け抜ける。避ける間もなくヴィーリの足元が凍りついた。着地したリガルはすぐさまヴィーリへと走り、次の呪文を解き放つ。

「ブラック・アロウッ!」

 弓を引き絞る構えから撃ち出された黒曜石の矢を、避けようのないヴィーリは防ぐしかない。しかし彼は口元にニヤリとした笑みを浮かべると、杖を掲げて今日初めての呪文を叫んだ。

「俺に応えろ、火界王(ファイアリィ・キング)! プロミネンス・バースト!!」

「!?」

 突然の真っ赤な炎を伴う大爆発。身を乗り出して眺めていたカータが「ひっ」とのけぞり、ヌダル達までもが息を呑む。これほどの魔導をあれほど簡単な呪文で操るなど、“入学希望者”のやることではない。

 リガルは間一髪結界を張って炎から身を守ったが、すでに自由になったヴィーリがさらなる攻撃を仕掛けてくる。今度は単純な風の刃。リガルが呟く。

「“風が得意”は本当らしいな。だったら……」

「遅いよ。メガ・プレッシャー!!」

「スフィア・クラック!」

 ヴィーリが放った強大な空気の塊は、リガルに届く前にかき消える。リガルの魔導によって生じた真空に阻まれたのだ。狙いを読まれていたことに気付き、ヴィーリはチッと舌打ちする。

「リガルに傷をつけるのは至難の業だからね」

 楽しそうに言うティアに、ゼルスが一瞬険しい視線を向けた。

「ん……何?」

「気を抜くな。あの少年は」

「“かなり実践慣れしている”? 分かってる。でも、私達のリガルだって強いからね」

「……」

 見守る仲間達の目の前で、リガルとヴィーリの戦いは続く。ヴィーリの使う魔導には風属性のものが多いが、先程見せたように他の属性も使いこなせるらしい。これといった決め手のないままリガルは防御を続けることを強いられていた。対するヴィーリもあらゆる攻撃をうまく阻まれてしまい、決定的な一撃を与えられずにいる。それでも攻撃の手を休めないのは、隙を見せた瞬間に狙いすました反撃を食らうことを予測しているからだろう。

 リガルの戦闘スタイルを防御主体とするなら、彼は攻撃主体。正反対のスタイルであるが故に、戦いは苛烈ながらも膠着状態になっていると言えた。

 その均衡を、1つの声が破る。

「リガルーッ! 負けんじゃねー!!」

「ちょっと、カータ先輩!」

 慌ててキオンがカータを止めたが、リガルの集中は一瞬確かに途切れた。その一瞬をヴィーリは決して見逃したりしない。

「切り裂け!!」

 杖をかざし、放ったのは無数の風の刃。防御の間に合う距離ではなかった。

「リガル先輩ッ……!」

 思わず叫んだキオンだったが、次の瞬間彼の耳に甲高い破裂音が届く。まるで杖と杖とを打ち合わせたような。

 ハッと眼下を見回すと、リガルは先程の位置ではない場所にいた。ヴィーリの真後ろ。そして彼の黒い石の剣がヴィーリの持つ赤い杖によってすんでのところで受け止められている。どうやらリガルは予め目眩ましか何かを仕掛けておいたらしい。となると、先程の気の乱れも見せかけか。

「惜しいッ!」

 カータが心底悔しそうに叫び、見かねたヌダルがその頭を上から押さえつける。

「カータ、試験なんだぞ。手を出すな」

「だってさー、キリねーじゃーん!」

「一歩間違えばリガルがやられていたよ」

「リガルに限ってそれはねーって」

 どうやら事前に何か打ち合わせしていたということではないらしい。状況を無理矢理動かそうとしたカータもカータだが、それを咄嗟に利用するリガルもリガルだ。そしてその不意打ちを受け切ったヴィーリも只者でないどころではない。今更ながら“とんでもない試合だ”とキオンは思った。

「……やるね」

「君もな」

 短い言葉を交わした後、リガルとヴィーリは互いに魔導を叩きつけ合って飛び退る。リガルは風、ヴィーリは炎。どちらにもダメージはない。

 すぐにヴィーリが次の攻撃に移る。この辺りの素早さはヴィーリの方が上だが、速攻を仕掛けたからと言ってリガルに勝てるというわけではない。

 魔導戦はひどく心身を疲れさせる。このまま試合が長引けば今まで体力・精神力を温存していたリガルの方に状況は有利に傾くだろう。ヴィーリはそろそろ決めなければ厳しいはずだ。

「遥か大地の奥底より、あらざる疾風出でし時」

 唱えながらヴィーリは次々と風の刃を放つ。普通なら詠唱中に他の魔導を使うことなどできない。しかしヴィーリは淀みなく呪文を唱え続ける。

「我が同胞(はらから)たる風界王ウィンディ・キング。その力最大にして昇天し、愚かなる者は天より留められ、瞬時に圧殺せられん」

 次々と降りかかる風刃を防ぎつつ攻撃の機会を窺っていたリガルの顔色が変わった。同時に観覧スペースのヌダル・カータ・ティアもサッと青ざめる。表情を変えないのはキオンとゼルス、そして審判役兼試験官をを務める元素魔導科主任教官。

「全て生ける者の礎となりし頑強なる力、地界王アースィ・キング―――――!!」

「紅雪、あたかも滝の如し」

 リガルの呪文は強力な結界。果たして間に合うのか、どうか。

 ヴィーリの声が、子どもらしからぬ底冷えする響きを持って最後の詠唱を終える。

「ブラッド・フォール」

「――――――――――ッ!!」

2007年執筆

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