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RIGMAROLE -Vernal Days-  作者: 雪山ユウグレ
第1章:vernal breeze
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2nd. -exam fight- <前>

 翌日。朝一番の講義が始まる一時間も前に教室に来たキオンは、手元に置いた紙に並ぶ記号と数字を必死になって計算していた。

 昨日ヌダルに頼まれた、元素魔導式の検算である。引き受けたときには一晩でできるなどと大口を叩いてしまったが、例の集まりに加えて夕食までご馳走になったために帰宅がすっかり遅くなってしまったのだ。多少遅れたところでヌダルは何も言わないだろうが、これはキオン自身のプライドとの勝負である。

 さすがに預かった資料そのものを広げるわけにはいかないので、必要な部分だけを抜き書きした紙を元に計算を進める。こういう作業は苦手ではないが、いかんせん量が多く、容易には終わりそうになかった。

 そしてそこに、さらに余計な邪魔が入る。

「あーっ、キオン! 今日はやけに早いじゃない!」

 来たよ……と内心げんなりしつつ、キオンはその明るい声の主に視線を向けた。

 フワフワした短めの金茶の髪に気の強そうな茶の瞳を持つ、元気の良さそうな少女である。

「おはよう、ノルシャ」

「何呑気に挨拶なんかしてるのよ。大ニュースよ、大ニュース!!」

 その台詞は昨日カータから聞いた。何となく予想はついたが、一応尋ねる。

「何? ニュースって」

「だから、“大”ニュースだって言ってるでしょ!? なんと、魔導部ウチが創立以来初めての特例入試をやるって言うのよッ!!」

 そう言ってビシッと自分に指先を突きつけてくる級友に、キオンはやれやれと溜め息をついて「知ってるよ」と答えた。途端、ノルシャは1メートル程後方に飛び退った。

「なんで知ってるのよッ!? 今さっき掲示板に貼り出されたばっかりの情報よ!?」

「貼り出されてたのか。じゃあいよいよ本当か……」

「……そう言えばアンタ、カータ先輩と繋がりあったわね」

「正解。でもその言い方は人聞き悪いからやめてくれ」

「はぁ――っ」

 ノルシャは少女らしからぬ盛大な溜め息をついて、キオンの前の座席に座った。

「やっぱりカータ先輩……いいえ、カータ様には敵わないわ」

「様……。別にいいけど。そりゃあ、普通誰も敵わないだろ」

 どうやらここでこれ以上作業を続けるのは無理らしいと判断して、キオンは紙を鞄に戻す。ノルシャは顔を伏せてうーっと呻いた。

「ううう、どうしたらあんなに早く最新情報が手に入るのかしらッ!? アンタ、知らない?」

「どうしたら、って言われてもな」

 建物の外から4階によじ登ったり、音も立てずに天井裏に忍び込んだり、いずれも人におすすめできるようなことではないし、多分この少女には不可能だろう。大体、“学院の情報通”と“クラスの噂好き”では立っている場所からして違う。そう説明したところでノルシャが納得するとは思えないが。

 しかしキオンは1つ気になることがあったので、敢えてこの“クラスの噂好き”ノルシャに尋ねてみる。

「なぁ、その特例の入学希望者ってどういう奴か、分かるか?」

「そんなのまだ分からないわ。これから調べるのよ」

 調べる気らしい。とにかく、まだ機能の推論が正しいかどうかは分からないということだ。思案顔になったキオンに気付いてノルシャが聞いてくる。

「何よ、気になるの?」

「そりゃあな。あぁ、そう言えばそれって元魔科?」

「そうよ。試験は9時からだって」

 あと40分ね、とノルシャは言い、キオンも教室の壁に掛けられた時計の針を確かめる。8時20分。そろそろ他の生徒も教室に入ってくる頃だろう。

 色々と考えた末、キオンは鞄を手に席から立ち上がった。

「ノルシャ」

「何よ?」

「病欠だ」

 きっぱりと言い切って、キオンはさっさと教室を後にする。背後からノルシャの賑やかな声が聞こえてきたが、無視だ。人目につかない廊下を選んで通り、入学試験が行われるはずの検査室の近くの曲がり角に身を潜める。

 魔導部の入学試験は魔力測定と、ごく簡単な口頭試験。規定以上の魔力があれば絶対に落ちないと言われるものだが、この“特例”はどうなるか分からない。何しろ史上初めてなのだ。

 それでもキオンは、昨日の推論が正しいのか知りたかった。正確には、昨日会った少年が学院に入学してくるのかどうかを。

 もっと単純に、もう一度会ってみたいというのもあった。だから講義も頼まれごとも何もかも放り出してこんなところまで来たのだ。

“先輩たちと知り合ってからは、サボりなんて考えたこともなかったのにな”

 思わず苦笑が漏れる。いくら印象的な相手だったとしても、これではまるでストーカーだ。そんな下らないことを考えていたためか、いつの間にか背後に人が立っていたことにも気付かなかった。不意に後ろから伸びてきた手がキオンの口を塞ぐ。

「!?」

「暴れないで、私」

 冷ややかで、それでいてどこか人を惹きつけるややハスキーなその声には覚えがあった。キオンが抵抗の意思のないことを身振りで示すと、相手は彼の口を塞いでいた手をすんなりと離した。キオンは後ろを振り返って相手の名を呼ぶ。

「ティア先輩……なんでこんなところに」

 相手は昨日も会った、薄紫の髪の召喚魔導士だった。魔導部の学生なのだから校舎にいること自体は何もおかしくないが、いきなり背後を取られたとなると話は別である。はっきり言って心臓に悪い。

「なんでって言われてもね。むしろこっちが聞きたい」

「……そうですね」

 言われてみればその通りだ。まだまだ未熟なグレードCのキオンと違い、ティア達のようなグレードAの学生には必須の講義というものがほとんどない。大抵は与えられた自室で自習したり、生徒同士手合わせしたり、暇そうな教師を見付けて質問攻めにしたり、逆に暇そうなところを教師に見付かって下位クラスの講義を手伝わされたりして一日を過ごしている。よってこの場合問題となるのは、もうすぐ講義が始まるというのに鞄を持ってこんな所に隠れているキオンの方で間違いなかった。

 ところがティアは以外にもフッと笑みを漏らして言う。

「まぁ、理由は聞くまでもないけどね。入学希望者が気になった?」

 キオンは正直に頷いた。

「その通りです」

「それでサボり。感心しないね。でも……折角だからついておいで」

「え?」

 何を言われているのかよく分からずにきょとんとするキオンに、ティアは妙に色っぽい微笑を向ける。

「特例試験だから。内容も特例ってことで、ね」

「あ……そうなんですか」

「だから、ついておいで。皆も集まってるしね」

「……」


  *  *  *


「あ、やーっぱりサボったなー。キオン! この不良めー!」

 ティアに連れられて辿り着いた魔導訓練場で、キオンはカータからそんな言葉で歓迎を受けた。どうやら彼の行動パターンなど先輩方にはお見通しだったらしい。ティアはわざわざキオンを迎えに来てくれたのだ。

 証拠に、ヌダルはしたり顔で「やっと揃ったな」などと言っているし、ゼルスはやや呆れ顔ながらも追い返したりはせずに黙っている。

 と、そこでキオンはこの場に足りない1人の存在に気付いた。

「あれ、リガル先輩は来ていないんですか?」

「ああ、リガルなら下だよ」

 キオンの問いかけにヌダルがそう答え、自分達の足元を指差す。彼らが立っているのは壁の高い位置からせり出すような形で設けられた観覧スペースであり、その下に広がる大きな部屋は魔導を用いた実践に近い訓練を行うための魔導訓練場だった。

 特例試験がここで行われ、かつ元素魔導科グレードA所属のリガルが“下”にいる、ということはつまり。

「まさか、特例入試って先輩相手の模擬戦ですか!?」

 上ずったキオンの声に、「そういうことだね」とティアが頷き、「今朝一番で調べてきたんだぜー!」とカータが胸を張る。相変わらず無表情に近い仏頂面のゼルスは軽く下方に視線を向けて言う。

「昨日の推論の正否、入学希望者の実力。見ておいて損はないはずだ、キオン」

「あ……はい」

 ゼルスにそんなことを言われると恐縮してしまう。普通ならばその整った威厳ある顔に不快感を滲ませながら浮ついた気持ちを叱責されそうなものだが、やはり今回は“特例”ということか。

 ところがそこでヌダルがふと気付いたように言った。

「そうだゼルス。キオンが欠席した分の講義、お前が後で代わりにやってやればいい」

 ゼルスはん、と顔を上げ、「そうだな」と何でもないことのように頷く。脇にいたカータがえーっ!?と声を上げた。

「そりゃーゼルスなら余裕だろーけどさッ! ちょっとキオン、可哀想すぎねー?」

「え、どうしてですか? 俺はむしろ嬉しいですけど」

「んなぁッ!?」

 当のキオンが平然としているのに、何故かカータが慌てている。

「だってキオン、ゼルスの講義だぜー? 厳しいぜー!?」

「集中できていいじゃないですか」

「うわー……もしやキオンってクソ真面目-?」

「クソ真面目だったらサボらないですって」

 苦笑いするキオンに、カータは「それもそっかー」と頷く。一連の会話を聞いていたゼルスは何だか苦い表情で、他の2人は声を押し殺して笑っていた。呑気な見学者達の足元で、扉の開く音がする。

「あ」

 気付いたカータが観覧スペースの転落防止柵から身を乗り出して下を覗き込んだ。足が床から浮いてかなり危なっかしい姿勢になっているのだが、誰も止めたりしない。彼なら絶対に平気だと分かっているからである。しかし訓練場に入ってきたばかりの教官――紫の髪に灰色の目、大人しそうな顔立ちながら右の頬から目元にかけて奇妙な刺青を持つ男――は驚いて言う。

「うわあ、危ないですよ君」

 台詞の割にはのんびりとした口調だが、その後ろからさらにのんびりした調子の声が掛けられる。

「先生、あいつなら平気ですよ。いつものことですから」

「リガルー、その言い方なんかひどくねー?」

 教官の後に続いて現れた灰色の髪の男に、カータが上から文句を垂れた。

 そんな緊張感の欠片もない所に、溜め息でもつきたそうな表情で入ってきた最後の1人。男というには幼く、どう見てもまだ12・3歳の少年である。

 キオンは思わずあっと声を上げた。

 少年の鮮やかな青色の頭が動き、鋭い光を宿す黄緑色の瞳がキオンを捉える。しかしすぐに少年は前を向いてしまった。触れれば切れそうな雰囲気は昨日の通りだが、たまに辺りを見回してみたりと、やや子どもらしい態度も見られる。

 そんな少年を見ながらヌダルがキオンに尋ねた。

「彼が、昨日お前が見た少年で間違いないんだね?」

「はい」

 キオンは迷いなく頷いた。見間違いようがないだけの存在感を、彼は持っている。そういう意味ではゼルスやティアに似たところがあるとも言えるだろう。

「じゃあ、昨日の推論の半分は正しいと証明されたね。キオン君が昨日会ったというあの少年がヴィーリ=ユヴェニス。学院創立以降初めての魔導部特例入学希望者」

 ティアがそう言って面白がるように微笑む。彼のこうした笑顔は普段の薄い笑みとは異なり、とても無邪気で自然だ。ただ、その内心はあまり平和とは言えないに違いない。

「次に気になるのは……その実力。リガル相手にどんな戦いをしてくれる?」

「ティアが言うとより物騒だな」

 ヌダルがチクリと言うと、ティアは軽やかにあははと笑った。その辺りの神経がキオンにはまだよく分からない。

2007年執筆

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