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RIGMAROLE -Vernal Days-  作者: 雪山ユウグレ
第1章:vernal breeze
3/33

1st. -a gust of wind- <後>

 最終講義をやや上の空で終え家路につこうと門を出たキオンを、横手から誰かが呼び止めた。見ると、ヌダルである。夕刻だというのにゴーグルをつけたままだ。

「先輩」

「やぁキオン。お前を待っていたんだよ」

「どうかしたんですか?」

 先程頼まれた元素計算の件かと思ったら、そうではなかった。

「あの後、カータがまた新情報を入手したらしくてね。リガルの家に皆を集めて、これから発表会をするそうだ。よかったらお前も来ないか?」

 この誘いに、キオンは即答をためらう。

 リガルというのもヌダル達の仲間で、所属は元素魔導科のグレードA。同じ学科で学ぶキオンとしてはヌダル以上に近付き難い、雲の上の人のような感覚がある。本人とは何度か会っていて気さくな人物だということは知っているが、家に招かれるとなるとまた別だ。正直言って、キオンは怖じ気づいた。

 そんな後輩を見て、ヌダルは笑う。

「そんなに緊張する必要はないよ。俺達が外で集まる時にはリガルの家、と決まっているようなものなんだから。あいつだってお前なら歓迎するさ」

 ちなみに、彼らの集まりにリガルの家が利用されるようになったのは単に消去法の結果である。ヌダルの家は彼の学院私室同様ひどい散らかりようで、とても落ち着いて話など出来ない。本人にも片付ける気はさらさらない。

 ゼルス、ティアは貴族出身であり、その家となると大きな屋敷。2人は友人を自宅に招くことに異存はないらしいが、赴く方としてはやはり気軽にというわけにもいかない。

 そしてカータに至っては自宅がなく、リガルの家に居候しているのだった。

「別に急いで帰らなくてはならないわけでもないんだろう?」

「はい、それは別に」

「なら決まりだな」

 決められてしまった。ヌダルはいい先輩であるが、時々強引だと思う。それともキオンが押しに弱いだけだろうか。

 ともかく、こうしてキオンはリガルの家で開かれる先輩たちの集まりに参加することになった。暮れゆく街をヌダルについて歩きながらキオンは内心“大変なことになっちゃったなぁ”と呟く。しかしその表情は明るい。緊張しながらもやはり光栄と感じているのだ。

「さぁ着いたぞ。ここだ」

 そう言ってヌダルが示したのは学院から30分程歩いた所にある古い家だった。屋敷という程ではないものの大きく、庭も綺麗に手入れされている。居間と思われる所の窓からは光が漏れており、それを見たキオンはなんだかホッとした。彼自身は1人暮らしをしているのだ。

 ヌダルが慣れた様子で玄関の呼び鈴を鳴らすと、中からトタトタと足音が聞こえ扉が開いた。出迎えたのはカータである。

「ヌダル、遅かったじゃーん! あ、キオンも来てくれたんだ」

「構わないだろう?」

「もっちろーん!」

 お邪魔します、とキオンが言うと、カータはにっかり笑って遠慮は要らないと答えた。居候のはずなのにまるで自分の家であるかのような口ぶりだが、今更誰も気にしないらしい。相手を否応なく自分のペースに引き込む。カータにはそんな力があった。

 外観同様年代を感じさせつつも綺麗に掃除された廊下を歩いていくと、リガルの母親らしき女性が台所で食事の支度をしていた。キオンとヌダルが挨拶すると、いらっしゃい、と優しい笑顔が返ってくる。それを見てキオンはなるほどと思った。やはりリガルの母親なのだな、と。

 カータの案内で2階のリガルの部屋に入る。そこにはすでに他の3人が揃っていた。

「やぁ、いらっしゃい。あれ? キオン、久し振りだな」

 窓に面した机の前の椅子に腰掛けてこちらに顔を向けたのが、この部屋の主であるリガル=ハーメイジア。灰色の長い髪を背中に垂らし、先を軽く束ねている。普段はさらに額に白いヘアバンドをしているが、自宅にいる今は外していた。瞳は綺麗な紫色で、髪色と共にトルム人にはよく見られる色合いだ。昔からここに住んでいる家系なのだろう。顔立ちは穏やかながら眉はきりりと引き締まり、両の耳には何故か合わせて4つもの金色のピアスが輝いている。色々な意味で只者ではない雰囲気を持ち合わせている18歳の青年だった。

「キオン君?」

 リガルの言葉でこちらの存在に気付いたのか、床のカーペットの上で背を向けて座っていた1人が顔だけを振り向かせる。

「こんばんは」

「こんばんは、ティア先輩」

 キオンが挨拶を返すとティアは薄い笑みを浮かべて頷き、またすぐにそっぽを向いてしまった。この通り愛想が良いとは言えないものの、召喚魔導士ティアもまたカータ、ゼルスと並ぶ学院の有名人であり、実はファンが多い。

 薄紫色の柔らかな髪を顔の横にだけ一房ずつ垂らした独特の髪型が、一時校内の女子の間で流行したこともある。青い瞳は鋭利な冷気をたたえるものの、本人の意思とは関係なくどこか蠱惑的で、それもまた周囲を騒がせる要因となる。魔導士としての腕も一級で、学院でのグレードはA。今日も傍らに置いている愛用の杖を使って行う召喚はまるで舞のように華麗と称えられるが、そんな声にも本人はやはり冷淡だった。

 大抵皆ティアと呼ぶが、本名はウィスティア=ディラヴェール。王城にて書記長を務めるディラヴェール伯爵の、驚いたことに長“男”。今年16歳になった紛れもない少年なのだが、見た目といい物腰といいとてもそうは思えず、声や喋り方も決して男っぽいとは言えない。よって彼を知る者のほとんどが彼の性別を勘違いしているのだった。本人もどうでもいいと思っているのか、敢えて訂正しようとはしない。キオンもカータに真実を告げられた時には驚いたものだ。

 そしてそのティアの隣に座って僅かに俯いているのがゼルス=ウェイワード、17歳。3人の有名人の中でも突出して名の知れた剣士にして魔導士。現在のトルム王立学院において教官を含めて考えても最強は彼であると噂されるほどで、しかしティア同様本人はその名声に全く関心を示さない。

 また身長こそヌダルに少し及ばないものの、手足の長さと姿勢の良さから風格と言っても差し支えない程の雰囲気が溢れ、そのある種荘厳な気配に一般の学生は彼が近付くと思わず道を譲るという。加えて彼の家は元を辿れば王族の傍系にあたるウェイワード公爵家であり、そのことがさらに彼を近付き難い存在としていた。

 いざ近付いてみると、割と普通なのだが。

「……おいゼルス、寝ているのか?」

 ヌダルに尋ねられ、ゼルスは目を開けて顔を上げる。やや伸び気味の茶の髪に、額には黒いヘアバンド。開かれた瞳は赤みがかった紫。形の良い口唇が短い言葉を紡ぐ。

「いや」

「……そうか。皆、今日はキオンにも同席してもらおうと思うんだが、構わないな?」

 全員を見回しながらヌダルが言うと、まずリガルがああ、と簡単に頷いた。次にティアも無言ながら頷き、最後にゼルスがキオンを見て口を開く。

「青い髪に黄緑の目の少年と会ったそうだな」

 低い声。詰問しているような口調だが、彼はこれが普通だ。そう知ってはいるもののやはり少し気圧されながらキオンは答える。

「はい、正面校舎の前の道で」

「歳はどれくらいだった?」

「そうですね……12・3歳だと思います。あくまで見た目の印象ですけど」

「そうか」

 呟いて、ゼルスは何事か思案するように目を伏せる。その間にリガルがキオン達2人にも座るように勧めた。カータはと言うと、いつの間にやら机の手前にあるベッドにごろんと寝転がっている。ヌダルはゼルスの隣に座り、キオンはさらにその隣に腰を下ろした。そこでようやくゼルスが再び切り出す。

「カータが聞いたという魔導部の入学希望者“ユヴェニス”と、キオンが会った青い髪の少年はおそらく同一人物だろう」

「何か根拠があるのかい?」

 リガルが問い、ゼルスは頷いた。

「ある。もう10年も前だが、この町にディノトス=ユヴェニスという男が来たことがあった。その男も青い髪に黄緑の目をしていた」

「10年前と言うと、お前もまだ7歳だな。その男を見たのか?」

 ヌダルが尋ねる。ゼルスはこれにも頷いた。

「祖父に連れられて観に行った、新年の全国闘技大会でのことだ。その男は並みいる強者を次々と倒し、呆気なく優勝した、ように見えた」

「それまた……すごいね」

 思わずといった調子でティアが呟く。他の皆も一様に驚いた顔をしていた。全国闘技大会とはその名の通りトルム王国中の猛者が一堂に会して力量を競い合うというもので、年に一度開かれる祭りのようなものでもある。他国の者でも事前に登録さえすれば出場できるため、新年には世界中から“我こそは”と思う猛者がここトルモアに集うのだ。当然、そこで優勝するのは困難を極める。呆気なく、などありえないと普通は思う。

 しかしいくら子どもの頃の記憶とはいえ、ゼルスが必要以上に大袈裟な表現をするような男でないことはここにいる誰もが知っていた。ということはつまり、そのディノトス=ユヴェニスという男はそれ程に圧倒的な強さを持っていたのだろう。そして彼は青い髪と黄緑の目も持っていた。

「……じゃあ、俺が会ったのはその人の血縁である可能性が高いってこと、ですね」

 キオンが言って、ティアが“そう言えば”と声を上げる。

「青髪に黄緑の瞳。その色の組み合わせなら、イオル(びと)かも知れない」

「イオル人?」

 首を傾げるヌダルの後ろでカータがああ、と起き上がった。

「そーだそーだ、イオル人! 精霊界(エリプソイド)風輝精(アイオロス)の血を引くって言われてる、半精半人(ハーフエリプス)の部族のことだ!」

「今はもう普通の人間との混血が進んで、力は昔の10分の1もないって言うけど。精霊の血統なら、飛び抜けた強さも納得いくものではあるね」

 カータの説明をティアが引き取り、それを聞いたヌダルはふむと頷いてゼルスを見やる。

「だそうだが、どう思う?」

 ゼルスは一度頷いて。

「ディノトス=ユヴェニスは風の魔導を得意としていた。風輝精というのは頷ける」

 そう言って新たに浮上した可能性を支持した。リガルが顎に手を添えて言う。

「確かに、そんな大層な人物に縁ある者が入学希望者として来たとなると、学院側も対応を考えるだろうな。カータ、他に何か新しい情報はないのか?」

「ん――」

 他人のベッドの上をごろごろと転がりながらカータは答える。

「あー、あんまりたいしたことじゃねーけど、名前が分かったぜ。入学希望者の。“ヴィーリ=ユヴェニス”だってさー」

「……ヴィーリ」

 キオンはその音を、あの少年に相応しいものだと感じた。

 これまでの情報が全て確かだとするならあの剣のような印象の少年はヴィーリ=ユヴェニスという名で、明日この学院の魔導部に入学するための試験を受けに来るのだろう。昼間のカータの話では学部長と元素魔導科主任教官との会話を盗み聞いたとのことなので、ヴィーリ=ユヴェニスの入学希望先はキオンの所属する元素魔導科である可能性が高い。

「……予感がするね」

 不意にティアがそんなことを言ったので、皆一斉に彼を見る。ティアは少し驚いたようだがそのまま続ける。

「きっと私達の推論は間違っていない。そしてその子はここに新しい風をもたらす。そんな気がするのだけどね」

「“ここ”とは?」

 うっすらと笑みを浮かべながらヌダルが尋ねた。返る答えをある程度分かっているという表情だが、ティアは構わず、やや挑戦的な目つきで答える。

「トルモアの街、トルム王立学院。……私達の日常、だね」

「お前の“予感”は大抵当たる」

 ヌダルはそう言って全員の顔を見回した。一瞬部屋の空気がピンと張り詰め、キオンは今まで以上の緊張を感じた。手の平が汗ばむ。

 しかし、その緊張は控えめなノックの音によって破られた。

「? はい」

 部屋の主、リガルが答えると、扉の外からおっとりとした女性の声で夕食の誘いを告げられた。折角だからお友達も一緒に、とリガルの母親は言う。あまりの気前の良さにキオンは少々呆気に取られたが、他の先輩達が苦笑いしているのを見るとどうやらよくあることらしい。

「そういうわけだからみんな、食べていってくれよ」

 リガルがそう言って、キオン達は食堂に移動した。


  *  *  *


 あんなに緊張する食卓は初めてだったと思いながら、キオンは家路についていた。辺りはもうすっかり暗い。大きな通りはまだしも少し横道に入れば真っ暗だ。

 それでもキオンの注意は散漫で、頭は先程の集まりのことばかり考えてしまう。何しろキオン以外は全員グレードA、有名人が揃い踏みという状況だったのだ。校内で何度か話したことがあるとは言え、自宅に招かれて食卓まで共にするなど畏れ多いにも程がある。それでなくともゼルスやティアはどこか人を緊張させるオーラじみたものを常に放っているのだ。

 しかも、本人達はそれに気付いていない。気付いていても、気にしていない。自分が優秀であることに慣れているのだろうが、あれ程の高みに昇れる人間は決して多くないのだということを知っておいて欲しいとも思う。もっとも、これはキオン自身がグレードAまで上り詰めれば解消される問題なのだが。

「……はぁ」

 険しすぎる道のりに溜め息をついたキオンだったが、そこでふとある疑問に気付く。

 ディノトス=ユヴェニス。10年前の全国闘技大会でゼルス曰く“呆気なく”優勝したという1人の男。それはつまりゼルス達より遥かに強いということに他ならない。

 圧倒的な強さ、そして珍しい髪と目の色。

 噂にならないはずがない。有名人として語り継がれるくらい当然の成り行きだろう。にも関わらず、昼間カータから“ユヴェニス”の名を聞いたヌダルはそれを“聞かない響きだ”と言った。キオンの認識では、彼の記憶力は半端でなく良かったはずだ。頼まれて貸した元素魔導科の教科書を1日後に“全部暗記したから”と返して寄越すくらいに。さらにゼルス以外誰もその名に心当たりがないようだった。

“なんだか、おかしい”

 キオンは夢から覚めたような心持ちでその疑問について考えたが、答えは出なかった。

2007年執筆

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