第六話
取り敢えずはしり書きです(汗)
誤字脱字等ありましたら御一報いただけたらと…
全身全霊で逃亡していた小龍と、これまた全力で追跡をしていた灰狼との一人と一匹の死闘?は、幕切れを迎えようとしていた。
「こ、殺せ……。いっそ殺せ。」
息も絶え絶えに、生い茂る草地の上で大の字に倒れこみ、小龍は身動き一つとれずに空を見上げている。
灰狼はそんな小龍に尻尾をブンブンと振り回し、やや息を弾ませながら近付くと、小龍の傍らで伏せをするような形で寄り添う。
何をするでもなくそのまま時間は過ぎていき、気が付けば当たりは真っ暗になっていた。
「ほんとに何がしたいんだよ…。もう餌はやらんぞ。でも…俺を食べるのは辞めてね。」
「ゥオン!!」
「はぁ…。どうでも良いけど、精霊は一体何処に行けば会えるわけ?」
状況が状況なだけに寝ることもできず、只々空を覆い尽くす木の葉を眺めていると、灰狼は小龍を包むように丸まるり、寝息をたて始める。
「人の気も知らないでこいつは…。」
警戒していた自分が馬鹿馬鹿しくなり、小龍は灰狼のお腹を背凭れのように寄りかかって自分も寝ることにする。
小龍が動いた際に、灰狼は僅かに此方を伺うように一瞥するが、またすぐに寝息をたて始めた。
魔力も殆んど空、体力も限界という状況は小龍を眠りへと導くが、しかし、灰狼が側にいる状況に慣れはしたものの、元来他人が居たら眼が冴えてしまう習慣のせいで眠れない。
(明日は精霊見つかれば良いんだけど。……取り敢えず明日、この狼の朝御飯にはなりませんように。)
そうそっと呟き、取り敢えず眼だけでもと瞳を閉じる。
どれ程時間が過ぎただろうか。
不意に左手の甲に熱が籠り、小龍は片方の目を薄く開け視線を送る。
【完了した任務が一件あります。達成されたことにより、報酬が渡されました。御確認ください。】
【新たな任務が二件追加されました。】
うっすらと浮かんできた文字を読み終え、確りとその続きを見るために未だ眠気眼の両目を擦っていると、不意に背中の背凭れが消え、後頭部を強かに打ち付けた。
「ぅ…いってぇ。何すん!?…って、え?あの、フイラン君?」
「ヴゥゥゥゥゥヴゥヴゥゥゥゥゥ。」
小龍は何が起きているのか把握できないまま、全身の毛を逆立て、殺気を発ち昇らせながら低く唸る灰狼を何とかして宥めなくてはと考えていると、凶刃を宿した両顎が小龍に喰らい付く。
「ちょっ!?痛い痛い痛い!!」
灰狼は小龍の胴を挟む形にくわえこみ右後方へと飛び退くと同時に、先程まで居た場所から轟音が轟き、地面には灰狼と同程度の大きさもある武骨な造りの石斧が突き刺さっていた。
「見ぃーづげだ。」
蒙々と発ちこむ砂埃のなか、妙にしゃがれた野太い声が辺りに響く。
灰狼は依然と臨戦態勢を取りつつ、小龍をそっと地面へ下ろすと小龍を庇うように前に立つ。
相変わらずその場から動こうとしない小龍を、灰狼は逃げろと言わんばかりに尻尾で後ろへと追いやるが、小龍はその場から動かない。いや、動けないで居た。
何故なら「ぁ…はぁっ、ん…ぁ。」(息が―――。)
小龍は前方から近づいてくる気配に身動きはおろか、息を吸うことすらままならない状況だったのだ。
「王様、見づげだ。おれだち、導く。でも…気配弱い。なんで?…まあ、どりあえず、連れでがえるする。おれのしごど!」
男の中心から突如として強い突風が吹き荒れ砂ぼこりは瞬く間に霧散する。
それを合図にしたのか、灰狼は地面に突き刺さった石斧へと手を掛けているブクブクに肥った背丈二メートルほどの巨躯を持つ男へと駆け出した。
男は剥げた頭を空いた左手で撫でると愉しげにニヤリと笑う。
「おまえ、まだ生ぎでる。殺しだ思っだ。おまえ、やるな、弱いのに。」
隙だらけの男の喉元を灰狼は食い破らんと必殺の牙を剥く。
「ギャン!?」
「っな!?」
これ以上にないほどのタイミングで飛びかかり、間違いなく男の首に食らいつくであろうと思われたが、男は小龍には目視することすら叶わない程の速度で地面にめりこんでいた石斧を素早く振り上げることにより、あっさりと灰狼の奇襲を防いでいたのだ。
「弱いのに、頑張っだ。でも、おしまい。」
男は振り上げた斧を肩に担ぎ、完全に体制を崩して宙から落ちてきている灰狼に一撃を見舞おうと殺気を膨らませる。
「っ!?やめろぉぉぉぉぉ!!」
男の石斧が灰狼を両断せんとするその瞬間、連続する甲高い金属音と共に激しい衝撃が斧に走り、斧は軌道を逸らされ灰狼には当たることなく地面を抉った。
「はぁはぁはぁ…。なんだってんだよ、全く。」
石斧の軌道を逸らしたのは五本の剣。
小龍は男から漏れ出る威圧を気合いで脱し、灰狼へ最悪の一撃が振り下ろされる前に、青い丸薬を飲み込むと、魔力が溢れる前に即座に剣を生成し出来上がると同時に前方に持てる最大の力を込めて打ち出したのだった。
そして灰狼はというと、男が石斧を振り下ろす直前に空気を固め、それを足場に離脱はしていたものの、たった一撃で少なくないダメージを負わされ、少し男から距離をとり隙を伺っている。
「王様、なんで、邪魔しだ?それに…………これ変…剣消えない、変。」
男は此方を伺うように小龍へ視線を送った後、自分の攻撃を防いでみせた剣を怪しいものでも触るかのように石斧でつつく。
男が疑問は2つ。1つは精製した剣が手元から離れての攻撃だったこと。もう1つは剣が未だに形を保ってその場に存在していることだった。
本来、手元から離れた精製された武器というものは大量の魔力で覆っていない限り、投擲には到底向かないほどに脆くなる。
しかしこの剣が放たれた際には、それほど強力な魔力は感知しなかった。
そして、精製された武器は最後には魔力の粒子となって消え去るのだが、小龍が創りあげた剣達は魔力を既に失っているにも関わらず未だ確りと形を残しその場に散らばっている。
これ等は本来有り得ないことであり、だからこそ目の前の男はこの異常な剣を警戒しているのであった。
というのも、男は小龍のこの能力が異能であると考えているからだ。
此の世界には種族に限られた能力というものが存在し、獣人であれば《獣化》、龍人であれば《龍化》というように、それぞれが進化の過程で受け継いできたことによる能力、固有能力を持つ。
それとはまた異なり、種としてではなく、個々人がそれぞれ特定の能力と異なる能力の事を異能と呼ばれている。
異能を使うものは数が少なく、その特異な能力は必ずといって何らかの特性を秘めていることから、多くの者はその力を恐れられ迫害にあい、虐殺されてきた歴史がある。
つまり男はこの剣が何らかの特殊な能力を秘めているのではないかと警戒し、動きを止めていたのだった。
「何なんだよ、お前は!!何でここに来たんだ!?って言うか王様ってなんだよ!?」
「王様、いっばい、質問。おれ、あだま悪い。こたえる、なに、わからない。」
「えーっと…要約すると取り敢えず一つずつ質問してねってことかな?」
しょんぼりと落ち込み始めた男の様子に犇々と罪悪感を感じてしまい、先程の事も忘れたかのように小龍はついつい口調を優しくしてしまう。
その状況はさながら何気ない行動で幼子を泣かせてしまい必死に宥めすかせる大人といった構図だった。
「名前は何て言うのかなー?よかったら知りたいなーなんて。」
「名前…みんな、おれのごどぐず、どか、ハゲ、どが、ぜいにく、呼ぶ。王様、好きに呼ぶ、いい。」
名前と言われ、男は少し困った顔を見せるが、直ぐに満面の笑みを浮かべ小龍の質問に答える。
「……………。ごめん、ちょっとタイム。」
男のあまりにも無邪気な笑顔に、敵を前にしているにも関わらず思わず目頭を押さえ、上を向いて涙をこらえる事になった小龍を責めれる者はある人物(聖龍)を除いていないだろう。
(パラメーターで名前すら確認できないと思ったら…。悲しすぎる。悲しすぎるよこれは。)
「なんか丸々っとしてて愛嬌がある顔をしてるし、『マル』って呼ばせてもらおうかな、うん。…と言うか、君は今日からマルだ!!」
自分ながらなんとも安直なと思わなくもなかったが、先程述べられた愛称、いや、哀称と比べたら遥かにましなので小龍は良しとした。
「名前?おれの、名前?」
「うん。今日からお前はマルだ。宜しくな!」
「おれ、マル…。王様、やっぱりおれだちの王様。おれ…………っ!?グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「え?何かこれどっかで見たことあるんですけど…。デジャブ?」
突然胸の辺りを掴み苦しそうに膝をつくマルに、現在絶賛混乱中の小龍は先程の灰狼に噛みつかれたときの事を思い出していた。
徐々に表情が虚ろになっていくマルの胸元は、それに伴い黒い靄のようなものが胸の中心に現れる。
《殺セ》
「だめ、おれ…王様つれでがえる、いわれた。」
《殺セ》
「いやだ。王様…名前……くれた…。あったがいのぐれた。むねが、ポカポカする…くれた。おれ、王様、すき。」
《怒リ、絶望、憎悪、恐怖、妬ミ、嫉ミ。ソレヲ糧ニ寄越ス代ワリノ契約ダ。障害ハ消セ。》
「い、いやだ…にげる。王様…にげ―――。」
マルが黒い靄を抱え込むように蹲ると、それを好機とみた灰狼がマルの腕に爪を振るう。
動きを完全に止め、震えるマルに対し灰狼は本能のままに猛攻を続けた。
一撃一撃はわずかな傷しかつけることが叶わなかったが、傷を負う毎に黒い靄は一層色を濃くし、マルの意識を容赦なく侵食する。
「馬鹿!?やめ――――」「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
幾十と素早く攻撃を繰り広げるなか、無防備に晒されている頸椎に灰狼の牙が届こうとした時、マルの全身から黒い魔力が迸り、灰狼はマルの放った魔力の余波をまともに受けてしまい十数メートル弾き飛ばされると、意識を失ったのかその場に倒れ伏したまま動かない。
「我ガ糧ヲ奪ワントスル者ニ死ノ制裁ヲ。」
ゆっくりと立ち上がったマルの瞳は濁りを宿し、口からは涎を垂らしながらマルでない何かはそう口にした。