第三話
鳥の囀りが響き渡り、射し込む朝日と、頬を撫で付けるような風が小龍を眠りから目覚めさせる。
「あ、後五分…。」
目を開けることなく、間の抜けた声をあげ、再び眠りにつこうと寝返りを打つと鋭い痛みが全身に走る。
「ぐあ!?………何これ。身体中が死ぬほど痛…」「魔力を使用した反動でしょうね。」
「なっ!?………て、何で勝手に入って来ているのかは、もう敢えて聞かないでおく…。」
着実に聖龍に対しての経験値を稼ぎつつある小龍は、反動についての意味を追求する。
「使い慣れていない筋肉を使用した場合、筋肉痛になりますよね?
それと似た原理です。今の兄上には魔力回路に魔力の残滓があるため痛みがあるというわけです。
使い慣れれば痛む事はなくなりますよ。」
「それは裏を返せば、使わなければまた痛い思いをする事になるってことか…。」
大きく溜め息を吐くと、痛いながらも身体をなんとか起こす。
寝間着から着替え、ゆっくりと土間へと歩を進めると、土間にはフリエが忙しそうに立ち回っていた。
「おやおや、小龍様、聖龍様、おはようございます。朝食の準備はもうできてますよ。
準備致しましょうか?」
土間にて着々と調理を進めていたフリエは、二人に気付くと、洗い物の手を止め人懐っこい笑顔で笑う。
「ええ、お願いできますか。兄上、此方にどうぞ。」
二人は席に着くと、フリエは慣れた手つきで朝食を二人の前に並べていく。
「うまー…。匂いだけじゃなくって、味まで懐かしいな、この味噌汁…。
すっごく美味しいです!フリエさん?も一緒に食べましょうよ!みんなで食べたほうが美味しいと思いますし。」
優しく微笑みかけてくる小龍を直視し、フリエは年甲斐もなく顔を赤らめてしまう。
「い、いえ。そんな、私のような一介の使用人風情が…」「兄上がこう申していることですし、御一緒しましょう。」
「し、しかし…。」
「駄目ですか?良かったら作り方とかのコツも知りたいし…ね!一緒に食べましょうよ!!」
二人に勧められるまま席の輪に加わり、食事を始めることになったフリエは未だ頬を紅く染めたまま、気恥ずかしそうに席に着いている。
「そう言えば兄上。修行の方は順調ですか?」
「修行…ていうと、相手のパラメーターを見る魔力の使い方のこと?」
ええ、と聖龍が頷くと、小龍は視線を泳がせる。
「…それが、さっきから聖龍のパラメーターを観ようと何度か試みてはいるんだけど…。」
魔力回路の疲弊により痛むものの、何度か聖龍のステータスを確認しようと試みた小龍だが、見えたものは全て『?』だけであった。
「それで間違いはないと思いますよ。」
食後に出されたお茶を軽く口にすると、聖龍は微笑みを浮かべ、続けた。
聖龍が言うには、いくら魔力操作を極めたとしても、今の小龍が聖龍のパラメーターを見ることはできないとの事だった。
力の差がありすぎる場合は精々名前を見ることができる程度らしい。
つまり、現状名前すら見えていない小龍の魔力操作の技術は=もう少し頑張りましょう=といったところであった。
小龍は小さくため息を漏らすと、食後にと出されたお茶に手を伸ばすが、話の合間にもちびちびと飲んでいたこともあり、いつの間にか空になっていた。
「気づきませんで…申し訳ありませんでした。」
と、横から急ぎお茶を注ぐフリエにふと視線を移すと、小龍は思わず思考停止状態に陥ってしまう。
氏名=フリエ
字= なし
性別=女
タイプ=料理人(色んな意味での)
性格=温厚(二面性あり)
身長=160
体重=??
パラメーター
力=??
器用=??
知能=??
魅力=83
加護=??
称号=不明
ギギギギ、と機械音に似た音をたてながら聖龍の方へゆっくりと振り返るが、小龍は相変わらず恐慌状態から抜け出せないでいる。
「どうされました、兄上?」
「料理人って…何を?何を料理するの?ねえ!?」
「それは…文字通り色々なのでは?」
「嫌ですよ、聖龍さまったら。ただ[食材を料理する]って意味であって、深い意味はないんですよ、小龍様。」
席に着いてからというもの、自分から会話に加わろうとしなかったフリエが慌てて会話に参入した。
「そ、そうだよね…あは、あははは…。」
「まあ、食材調達のために、魔獣等を色々と料理する必要があるのは確かですね。」
「…やっぱりそういう意味かよ…。」
この大陸には家畜のようなものを持ち合わせている家は数少ない。
家畜は魔獣にとって格好の獲物となり、害しかもたらさないからだ。
最も、最低条件である二つの内の1つでもクリアしていれば話は違ってくる。
1つは、魔獣の襲来にも十分に耐えうる設備だ。
そしてもう1つは、家畜を護るための人材の確保。
まず、最初の条件である設備は、この大陸の技術力からまず不可能に近い。
もう1つの条件である人材の確保は、集落程度の人数しかいない村が多いこの大陸では、やはり難しいのだ。
南の大陸の住人は、一人一人が魔獣にも劣らない能力を携えているとはいえ、家畜という餌が目の前にいる限り、魔獣は朝晩と絶えず襲ってくることが容易に考えられる。
これを少ない人数で警護に着く事を考えれば、やはりデメリットの方が大きいために、小龍の住む地域には家畜を飼っている家は一軒しかない。
つまり、[食材調達]とは、魔獣を狩る事とほとんど同義と言えるこの大陸で、目の前の女性は、さも些末事のように言ってのけたのだ。
この事を瞬時に理解した小龍は、内心戦々恐々としながらも「凄いんですね…フリエさんは。」と愛想笑いをすることしかできなかった。
その笑顔を見て、フリエは嬉しそうに破顔する。
「そんな大したものではほんとうにないんですよ。
…小龍様さえよろしければ、今度食材を採りに御一緒されてみますか?
聖龍様の御兄様にあられる小龍様であれば、直ぐに一人で狩れるようになれると思いますよ。」
フリエがそう言い終えたと同時に、小龍の左手に小さな痛みが走る。
不思議に思い、左手を一瞥すると、この世界に来てからというもの、きれいさっぱり消えていた鬼火のような模様がゆっくりと浮かび上がってきた。
「えっ…。何?」
「どうやら請けられる任務が新しく追加されたようですね。」
困惑する小龍に対し、聖龍はそう告げると、小龍にパラメーターを見るのと同じ要領で左手の模様を見るよう促した。
<新しいミッションが追加されました。>
NEW:はじめての狩り(イベント発生条件:フリエと共に食材を採りに行くこと)
領主になりたくて(イベント発生条件:この集落の人達に集まって貰い、宣言すること)
死者の歓待(イベント発生条件:このクエストは自動で発生します)
魔法を使いたくて(イベント発生条件:精霊の住む樹海に入ること)
───
「なんか見てはいけないものが混じっているような気がするんだけど…。」
「…確かに、今の兄上ではあの(死者の歓待)任務が発生した時点でほぼ間違いなくおしまいでしょうね。」
「御愁傷様です。」とでも言わんばかりの発言に、小龍は完全に思考が停止し、瞬きも忘れ、その場に固まった。
「…あの。差し出がましいようで申し訳ありませんが、何のお話をされているんでしょうか?
それと小龍様は…えっと、大丈夫なんですか?」
「秘密です。兄上はああやって考え事をする癖があるんです。心配には及びませんよ。」
フリエには小龍の左手の模様は見ることができない。
故に、聖龍達の言う「任務」の話についてこれず、二人の会話に割って入ったのだが、優しくも、妖しく笑う聖龍にやんわりとかわされた。
「さて…では、後片付けをお願いしてもよろしいですか?
私達はちょっとこれから出掛ける用事がありますので。
…そうそう、お昼はそこで食べようと思うので、お弁当でも拵えていただけたらと。」
「あ、はい。かしこまりました。」
フリエの気を然り気無く他へ向けさせ、呆然自失の小龍を外へ連れ出す。
「さて、とりあえず兄上にはサックリと魔力操作の応用を覚えていただいて、任務の方に行っていただきます。」
「ほえ!?あ、ああ。そう…だね。うん。マジで早急にお願いします。」
「時間がない。」そう言われずとも理解した小龍は、素直に頷き聖龍の指示に従い、黙々と修練に励んだ。
小龍が修練を始めてから小一時間もしない内に、フリエがお昼の弁当であろう包みを持って来た。
聖龍はそれを受けとると、お礼を言いながら風呂敷を次元空間に納め、次の瞬間には鞄のようなものを手にしていた。
「では、ちょっと出掛けてきます。」
「夕食の方はどういたしましょうか?」
「そんなことより、今日は…。お願いできますか?」
聖龍はフリエに何やら耳打ちをすると、フリエの表情は一瞬氷のように冷たくなる。
「かしこまりました。」
ゆっくり頷くと、フリエはにっこりと笑い「では行ってらっしゃいませ。」と二人に頭を下げ、足早に戻っていった。
見てはいけないもの(フリエの二面性の証明とも言える表情)を見てしまった小龍は、やや表情をひきつらせ、手を振ってフリエを見送ると、聖龍に何を話していたかを聞く。
「…秘密です。さて、では鎮守の森に行って精霊と契約に行きましょうか。
無事契約が終わると[魔法を使いたくて]をクリアとなりますから頑張ってくださいね。」
「ん?頑張ってくださいねって…聖龍も一緒に行ってくれるんだろ?」
「そうですね。入り口まではお連れ致しますよ。」
「入り口までって、何でまたそんな…。」
「精霊は我々と違って『見る』ということを殆んどしません。
人や物質の持つ固有の魔力から滲み出る光のようなものを感じとります。
だから私が兄上と一緒に入れば精霊は私と契約を交わしには来るでしょうが、兄上にはまず来ません。
私がどんなに力を押さえたところで、精霊にはその者の本来の力が見えています。
私が兄上の近くに居ては、私の光に埋もれて兄上を精霊が感知できないので、ここは兄上一人で頑張っていただかねば。
そのためのさっきの修練なのですから。
それに、こちらに関しては、昨日のパラメーターの確認よりはセンスを感じれましたから、中に入られてから色々お試しになられてはいかがですか?」
「試すって言ったってな…。どちらにせよ今のままじゃあヤバイんだろうからやれるだけの事はやってみるけど、魔獣に出くわしてチャンチャン、なんてエンディングになる未来しか見えてこないんだけど…。」
「精霊が住まう森は清浄な気で満ちていますから、力の強い魔獣にとっては住みがたい環境です。よっぽど運がないなんて事がない限りはまず出くわすことはないでしょう。」
「なんかフラグにしか聞こえないんだけど…。」
「気のせいです。」
清々しいまでにあっさりと答える聖龍の言葉に、嫌な予感しかしてこない小龍は不満を口にしようとし、グッとそれを堪えた。
どちらにせよ、それを乗り越えることができなければ死ぬしかないと云うことは言われなくても理解できていたからだ。
理解はできている。だが、自身が死ぬ可能性が濃厚にある場所に一人でと云うのはやはり怖い。
小龍はグッと拳を握り、震える身体にささやかな抵抗を試み、ゆっくりと口を開いた。
「…なんか今日はもう眠いし、また明日から頑張ろうかな!」
「ほう…。それは構いませんが、恐らく今日この家に留まられるとした時の今後の兄上の生存率ですが、いきなり0に」「行ってきます!!いえ、行かせていただきます!!!!直ぐ行こう、今直ぐ行こう!!」
―――――
「ちくしょー…。なんかはめられた気がする。しかもこの樹海に入る直前に修行内容まで増やしてくれるし…。ってまた割れやがった!!」
小龍は忌々しげに、自身の周りを所在なげに浮かんでいた球体が割れるところを確認すると思わず毒づいてしまった。
追加された修行内容。それはまさに樹海に入ろうとした時の事。
『そうそう。兄上には道中これをやってもらいます。』
聖龍は一言そう言うと自身を包むだけの魔力を一旦放出させると、一気にその魔力を野球ボール程度の大きさに圧縮する。
『戻って来られるときにはこの程度は動かせるようにしてくださいね。』と、一言残すと魔力で作った球体を縦横無尽に走らせた。
それから数十分が過ぎ、今現在に至るのだが、小龍は依然としてその球体をうまく扱えないでいた。
「何なんだよこれ!?ちょっと木葉や草に触れただけで壊れるし、集中力を乱せばそれだけで球体を維持できずに壊れるしで…。もうやらないからな!!次壊れたらもう辞めだ!!絶対やらない!」
そう言いつつ、既に何十回と小龍は同じ作業を繰り返しているのだが、今もまたその球体を割ってしまい、再びその球体を造り出さんと呼吸を整える。
一回また一回と失敗していくうちに、小龍は球体の変化を些細ではあるが感じ始めていた。
(なんか少しずつではあるけど割れる時の音が大きくなってきてる気がする…。木の葉はまだ無理だけど柔らかい草程度なら触れた程度なら割れなくなってきたし。)
はぁ、と盛大に溜め息をつき、顔を左右に勢いよく振ると「よし!」と一言誰に言うでもなく叫ぶと、小龍は再び歩を進めるのだった。