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プロローグ

世界には緑が消え、至る所に鉱物や鉱石で作られた建物が建ち並び、海と地面の比率が反転しなければならないほどに人口は増え、今尚人口の増加は留めることができないでいる。


以前は多くの国が存在していたが、海や緑といった自然が減少を続けていくなかで、世界は遂に1つの国に統一をせざるを得ない状況にまで陥っていたのだった。


その国の名前はネバーランドと名付けられ、いつしか言語も統一言語というものが生まれた。


といっても多少の名残は残り、現在では[統一言語]つまり標準語と、かつて使われていた言語の2ヵ国語を皆が話せるのがこの世界の常識となっている。


増え続ける人と、様々な需要に、既にこの世界の資源では支えることが不可能だった。


そんな中、国の研究の粋である、ある発明がなされた。


その発明とは[仮想空間を現実に変える]という眉唾なものだった。


政府はこの発明を世界中に公表すると同時に、国民全体にある事を告げる。


『この世界に資源がないのであれば、資源の有る所から貰えばいい。』


つまり、簡単に言えば、現実へと具現化させた世界から拝借してこようというのであった。






**********






「…あと三ヶ月もしない内に高校生活も終わりか。」


元々日本と言われていた位置にある、こじんまりとした家から一人の青年の大きな溜め息と、愚痴にも聞こえる独り言が響いた。


「もうさすがに進路を決めなきゃな…大学に行くか、どっかに就職するか、はたまたハンターになるか。…はぁ。」


[ハンター]とは、資源の取り尽くされたこの世界ではなく、現実化された仮想空間で資源を持って帰ることを生業とした職業の事を指す。


かの研究が発表されてからというもの、[ハンター]を職として選ぶ者は増加の一途を辿り、今では社会人の半分以上がこの仕事に就いている。


「大学や就職は俺の頭じゃあ三流はおろか五流でもギリギリなラインだしな…でもハンターになったとしても、俺なら即死ねる自信があるんだよな…」


仮想空間を現実に変える発明は確かに革命的な発明であった。


しかし、現実に変えてしまったその世界(仮想空間)で万が一命を落とすようなことになればゲームのようにコンテニューにはならない。


その世界での死は即現実での死に直結する。


これは既に何千何万という人々が体験した変えようのない事実なのだ。


それでも、この国の資源不足から、ハンターになる者は増えている。


だからといってハンターが確実に儲かる仕事というわけではなかった。


何故なら、一口に具現化するといっても、仮想世界を具現化するに当たっての制限があったからだ。

その中でも、幼子でも知っている、今や常識とされている有名な制限が2つある。


1つは、向こうの資源を自由に持って帰れないという事。


もう1つは、決められた条件を達成しなければこちらに戻ってこられないという事だ。


2つ目の決められた条件というのが難しければ難しいほど1つ目の制限である資源の持ち帰りの絶対量が増えるらしい。


他にも細々とあるらしいのだが、学ぶという姿勢が御世辞にもまともとは言えない標準以下の彼には興味の対象外であった。


そんな彼の唯一標準以上と言えるものは親譲りの容姿ぐらいであった。


街を歩けば男女問わず、思わず目を向けてしまうほど整った端正な顔に加え、黒く真っ直ぐな髪、青空の一部を切り取ってきたかのような透き通った青い瞳。


そして、普段は家でごろごろしている上に、帰宅部である彼の肌は女性なら誰でも触りたくなるほどの白いもち肌をしている。


しかしながら、外見が百点に近ければ近いほど、内面のニート気質が際立ち、学校での評価は『見てる分には申し分ないんだけど、付き合うのはちょっと…』という理由で今まで恋人らしい恋人ができたことがなかった。


「さすがに高校卒業して進学も就職もしませんなんて迷惑は兄貴にかけれないからな…。両親が亡くなってから今までずっと迷惑かけてばっかりだったんだし、五流大学に進学するくらいならやっぱり就職かな。」


両親を早くに亡くした彼は歳の離れた兄と二人で一軒家に暮らしている。


家は両親が既にローンを払い終えているので今では兄の持ち家だ。


兄は彼と違い成績も優秀で、国立の大学に進学する予定だったのだが、高校を卒業する年、ちょうど今から約十年前に両親が交通事故で他界してしまい、まだ幼い弟を養うために進学を諦め、就職に就いたのだった。


そんな兄にこれ以上迷惑をかけまいと、自立は同年代の子達と比べてずいぶん早かったのだが、勉強よりも家事の方が彼には楽しく、なにより疲れて帰ってくる兄が自分の作った料理を美味しいと嬉しそうに食べてくれるのが嬉しくてしょうがなかったのだった。


「…就職か。今の御時世、どこも就職するには就職試験をクリアしないといけないんだけど、これがネックだよな。どっかに良い話が転がってないかな。」


そんなことを一人呟きながらベットでゴロゴロしていた彼だが、「あっ!!」っと大きな声をあげてベットから飛び起きた。


「ある…あるじゃん良い話が。というかもうこれしかないって!」


そう叫びながら、彼は自室から急ぎ足で出ていった。

その足ですぐ隣にある兄の部屋に入ろうとドアノブに手をかけると、鍵がかかっているらしく、扉は開こうとはしない。


男は少し息を漏らすと、ポケットから鍵を取り出し鍵穴に差し込む。が、鍵が一致しないため扉が開くことはなかった。


「また鍵を交換したの?好きだねー兄貴も。えーっと…あったあった。」


目的の物を探し当てたらしく、再度ポケットに突っ込まれていた手を勢い良く引き抜くと、その手には針金が握られていた。


「ちょっと今までとは違って時間がかかりそうだな…」


「兄貴もそういう年頃なのはわかるけど、これはちょっとやりすぎだよな。」なんて軽口をたたきながら、いつのまにか二本になっている針金で鍵穴を弄っていると、カチャ、と音をたてて鍵は外された。


不用意に触っては危険な物もあるので、兄は弟に無断で部屋に入られたくないと何度も鍵を交換してきた。だが、ここまでしても言葉無きささやかな抵抗は男の手によってあっさりと破られる。


誰から見ても<やりすぎ>ではなく、もっと増やして然りといったところだろう。


「こんな時のために、扉の開け方を学んできていてよかった。」


どんな時のためだ!?っと、誰かがそこに居たら突っ込みをいれていたであろう。


男はまるで自分の部屋に入るが如く、当然のように部屋へ侵入、いや、お邪魔していく。


「えーっと…確かこの辺の本棚に…あったあった。」

部屋の一面に立ち並ぶ本棚の中から数枚のディスクを取り出した。


そのディスクの表面には、昔懐かしい、かつての母国語である日本語で『危険』と書き記されていた。


懐かしいといっても男からするととっくの昔に廃れた文字なので簡単な単語程度なら解読できるが、文となると既にちんぷんかんぷんだ。


もちろん喋ることはできるのだが、読み書きは既にこの世界の者は、少数を除き習う事のない過去の遺物となっている。


「『危険』ていうと、危ないとかって意味だったよな。よしよし、これに間違いなさそうだ。」


その手に携えられたディスクはハンターにのみ渡される仮想世界を具現化する媒体。


一度あちらの世界に渡ると、戻るのに時間がかかる上に、下手をすると命を落としかねないのがハンターの仕事に付きまとう制限であるが故に、兄は幼い彼を残してあちらの世界に長期に渡って残るわけにもいかないし、また、死ぬわけにもいかなかった。


あちらの世界での出来事を、兄は冗談を混じえた冒険談を幼い彼に何度か子守唄代わりに聞かせてくれた。


だが、ある日あちらの世界で生死をさまようほどの重症を負ってしまい、それ以来兄はあちらの世界に行くことをやめ、退院してからはすぐに家から近い企業の就職試験を難なく突破してみせた。


元々優秀であったことに加え、彼は知能を上昇させるアイテムをこちらに持ち帰って使用していたことにより、名高い大企業の試験を満点でクリアしたことはまだ男の記憶には新しい。



そう、彼はその知能上昇のアイテムをこちらの世界に、冬休みである今の内に手にして戻ってくる事で就職試験を突破しようと考えていたのだった。


此れこそが彼の人生を大きく変えることになるとは知らずに…………





ディスクを持ち出した事がすぐに兄に気づかれないよう、外見の似た物を棚に置いておき、扉の鍵は外からしっかりかけておく。


ケータイで時間を確認すると兄が帰ってくるまでにはまだまだ時間がある。


「とりあえず少しの間留守にすることになるわけだし…」


そんなことを1人呟きながら着々と旅路の準備を進める。


[ちょっと友人のところに泊まりに行ってくる♪]と兄にメールを送り、旅行用のバックにある程度着替えや食料を詰め込んだのを確認し、四枚のディスクを見比べた。


ラベルが張ってあるのは三枚で一枚にはディスクしか入っていない。

一枚は[剣と魔法の世界]と注釈が、後の二枚は[世界大戦][牧場経営]、と手書きで走り書きが加えてあった。


知能上昇アイテムの事を考えると[剣と魔法の世界]がいいのだろうと思ったが、残る一枚が何も書かれていないことが少し気にかかる。


というより、何故かこれに異様に惹かれている自分に気づいた。


直感や、第六感というのが正しいのだろうか。


不思議と四枚のディスクの中から迷うことなく何も書かれていないディスクを取りだし、机に置き、それに掌を当てる。


その状態のまま五秒ほどすると部屋が一瞬光に包まれ、眩しさのあまり目を閉じ、再び目を開いたときにはそこはもう自分の部屋ではなかった。


辺りは見渡せども一面真っ暗で、まるで自分がその空間で浮いているかのような錯覚に陥る。


「確かナビゲーターがここからは案内してくれるって話だけど…」


学校で話し半分で聞いていた情報と、昔兄に聞いた冒険談からナビゲーターなるものを探していると、頭に直接響いてくる声が聞こえてきた。


[初めましてマスター。私がこの度のあなたの旅のナビゲーターです。早速ですが、一応確認をとらせていただきます。ここから先はゲームのように死ねばやり直しとはいかず、実際に死ぬことになりますがよろしいでしょうか?]


初めての仮想空間へのダイブにいきなりテンションの下がることを言われ、若干興が冷める思いだが、とりあえず同意をしておく。


[了承を確認いたしました。それでは左手を前に出してください。]


よくわからないがとりあえず言われるがままに左手を出すと手の甲に一瞬痛みがはしる。


慌てて手の甲を見てみると、鬼火のようなマークの中に数字の77と書かれた刺青のようなものが付いていた。


「何これ?」


[それはこの空間においての通行証のみたいなものです。戻られた際には消えていますのでご心配されなくても大丈夫ですよ。]


「へえ…じゃあこの数字も何か関係あるの?」


[それは訪れた順番を示しております。]


「成る程…」


[ではここから先の空間についての説明をさせていただきたいと思いますが…これを聞いてしまいますと、もうすぐには戻ることが出来なくなってしまいます。何かお忘れ事や、事前に聞いておきたいこと等ございましたら早めにお申し付けください。]


「え?うーん……多分ない、かな。あ!そういえば、行き先によって時間の経過に微妙な差があるって聞いたことがあるんだけど、この先の時間経過は現実とどの程度差があったりする?あと知能が上昇するアイテムが今回の目的だからそれがこの先にあるか確認したい。」


[知能上昇アイテムはあります、一応。時間については、少々お待ちください…向こうで30日過ごすと現実では一日程度過ぎたことになると答えが出ました。もっと正確に出しましょうか?]


「いや、それで十分です。それで、知能上昇アイテムなんだけど、何で一応な訳?なんか問題があったりする?」


[…そのタイプのアイテムを持ち帰るためには少々難易度が高い任務を請け負わなければなりません。さらには…]


「あぁ、そういうことね。了解了解。まあ簡単には持ち帰れることはないだろうと思ってたし問題ないよ。」


[ではこの先の空間についての説明に戻らせていただいてもよろしいでしょうか?]


よろしくお願いします。と頭を下げると、突如様々な情報が頭に流れ込んできた。


この先の空間は戦国時代に近いものらしく、国盗り合戦が行われているとのこと。


また、そのなかでも大きな三つの勢力があり、漁夫の利を狙われまいとやや膠着状態。


自分はそのなかでも好きな町に行って領主になるもよし、盗賊になるもよし、町民に埋もれるもよしとのことらしい。つまり好きにしろと…任務はその方向性に合わせて出されるとのことだった。


人種は多種多様で人間以外にも小人や獣人、鳥人や精霊種に含まれるエルフや龍人、等々色々あるらしい。

もちろん魔法もあるらしく、向こうに着いたら何はともあれとりあえず最初に魔法を使ってみようと密かにテンションをあげていた。


「…とまあ大体こんな感じで間違いないのかな?」


頭に流れ込んできた情報を再確認を兼ねてざっくり復唱してみる。


[はい、その認識で間違いありません。ただ、知能上昇アイテムを持って帰るおつもりであれば領主を目指されるがよいかと思います。]


「あ、そうなんだ。了解です!」


[では向こうに行くに当たって、まずは荷物の換金から始めたいと思います。]


「へ?持っていけないの?こんなに一杯用意したのに…食料も?」


[例外はありません。ただ通信端末や身分証明書等、貴重品に限りこちらでお預かりしております。]


「そういうところはしっかりしてるんだ…ちぇっ…まあ仕方ないか。換金というと向こうのお金に変えてくれるんだ?」


[はい。希望とあればパラメーターに変えることも可能です。]


「まじで!?」


そう叫ぶと恐る恐る自分が持ってきた山登りにも使えそうなリュックに目をやる。


「結構持ってきちゃったんだけど、半分お金で半分パラメーターみたいなことはできたりするのかな?」


[可能です。因みに思い入れが高いものであればあるほどその価値は高くなるように設定されています。]



「因みにこのちっちゃい時から使ってるタオルケットはパラメーターにするとするとどのくらいになる?」


[情報からすると、幼い頃よりからの使用で、睡眠時には毎回使用されていますのでパラメーターにボーナスポイント50つきます。]


「50?って高いのか低いのかいまいちわからん…じゃあお金に変えるといくら位?」


[二千万元弱になりますね。]


「高っ!!」


はじきだされた値段の異常な高さに思わず叫ぶ。


それもそのはずで、先程頭に流れてきた情報からすると、向こうでの食事は贅沢をしなければ三元から五元。


一般市民の一ヶ月に必要とするお金は1人辺り600元前後。


それが二千万となれば単純に考えても10年は贅沢ができる。が、そもそも向こうで暮らすことが目的ではなく、任務を達成し知能上昇アイテムを持ち帰る事が目的なのだ。


ひとまず全ての品を鑑定してもらった結果、パラメーターにすると60ポイント、となることがわかり、タオルケット高えな!?と心の中で突っ込みをいれつつ、とりあえずタオルケットをパラメーターに、他の物をお金に変えることにした。


とりあえず400万ほど資金があれば国を建ちあげるのに役に立つだろうと頭にある情報より打算する。




[考えも纏まられたようなので、それではそろそろキャラクター作成に移りたいのですが、よろしいでしょうか?]


色々と考えていた事がある程度纏まり、ナビゲーターに声をかけようとした矢先の事だったので思わず顔をしかめる。


浮かんでくるのは(もしかして心の中を読まれてたり…)という疑問だ。


[はい。何故なら、マスターの疑問や質問に必要に応じて答えるようプログラムを組まれていますので。]


「そうなんだ…。」


頭の中が読まれるという事実が少し嫌な感じがしなくもなかったが、それよりも強い疑問が頭を掠める。


(でも、何で応えたり応えてなかったりするんだ…。)


この空間に来てからというもの、訊きたいことはしょうじき数えきれないほど頭に浮かんだ。

それにも関わらず、ナビゲーターがその疑問に応えたり応えなかったりするのは何故か。


そう、今考えている疑問についてもナビゲーターは応える様子がないのは先程の言葉とどこか矛盾している。





考えてもとても答えが出そうになかったので、思い切って聞いてみようとするとナビゲーターの声が頭に響く。


[マスターの思考に口を挟むことのないようにプログラムを組まれておりますので。御自分で考える力が損なわれる可能性を考慮して、自問自答で答えを出そうとされている際には応えることはございません。なお、疑問を投げ掛けられた時点で処理をするようになっていますので、質問を後回しにされようとされて忘れてしまった質問に対しては、私としても御応えする事はできません………いいえ、違います。]


「……………ですよね。」


説明に納得しながらも、心の内で(お前は俺のオカンか!?)の突っ込みに、あくまで冷静に返され軽くへこむ。


つまり簡単に要約すると、応えると答えるの差だったのだろうと結論付けた。


ひとまずこれからは浮かんだ疑問はとりあえず先に訊くことにしようと考えていると、先にサポートキャラを1人作成する事を勧められた。


「キャラ作成って自分の事じゃないの?」


[もちろん自分もですが、マスターがあちらの世界に渡るに当たって補助する人物を創造することができます。創造したキャラクターは、私と違い何の制限もないのでマスターよりのアドバイスもできます。なにより、初めに想像した者に限りマスターがネバーランドから此方に来られたことをあらかじめ情報として知っています。]


ちなみに、作成にはポイントを10ポイント必要とし、能力値についてはこちらが自由に決めれる上に、忠誠度が最大の状態から変わることがないとの事。


また、1人しかネバーランドの事を知らせることができないのは、あちらの世界に無用の混乱を招かない為らしい。

説明されても何が分からなかったのか分からなかったので、とりあえず1人作成してみることにしてみた。



氏名=聖龍<しょうりゅう>

字=雹<ひょう>

性別=男 タイプ=軍師 性格=温厚、冷静沈着、腹黒 身長=170 体重=65 関係=弟


パラメーター


力=100

器用=100

知能=100

魅力=100

加護=?

忠誠度=常時MAX




「この加護ってのは何?何でいじれないの?あと常時の後は何て書いてあるの?」


作成中に出てきた疑問を今度は考えることをせずに直接する。


この事からわかるように、もうすでに自分で考えることを放棄しているらしい。

この性格さえなければ、ネバーランドの世界で彼にももっと親しい間柄の友人や恋人ができていただろうに。と、AI<人工知能>らしからぬ考えを巡らせていた自分に、ナビゲーターは心底驚いた。


いや、正確にいうと、感情を持ち合わせていない、只々無感情に向こうの世界の橋渡しとしてだけに作成されたナビゲーターが、目の前の男に対して感情が生まれたのだ。


まだその事実をうまく処理しきれないでいた。


[は・・・い。か、ご、、ですね。]


「大丈夫?なんか変だけど…」


[私は、只のナビゲーター…に、すぎません。しん・・・・・ぱいは、必要ない、かと。]


「いやいやいや!!明らかになんか調子悪そうだし!それにナビゲーターって言うんなら心配して当然だろ。俺のためにわざわざ色々教えてくれたり、向こうまで案内してくれるんだから。ちょっと休んでいいからさ。また後で教えてよ!」


[貴方の…ため、だけに・・・存在し、、ている、わけでは…な……]


「まあそうなんだけどさ。やっぱり親切にされれば嬉しいし、その人が体調悪そうならやっぱり心配するよ。ちょっとここまで結構頭を使ったから少し休みたいし、また俺が起きてから教えてよ。久しぶりに頭使ったから知恵熱出そうだしさ。」


ばつの悪そうに頭を掻き、すぐさまその場に横になり、暫くすると小さな寝息をたてはじめた。


ナビゲーターには考えていることが筒抜けだということを忘れ、ずらずらと建て前を述べるが、それが自分のためではなく、本当にナビゲーターである、姿すらない自分の事を心底心配しているその男をナビゲーターはずっと眺めていた。







「…さい。…てください。起きてください。兄上。」


何かに揺すられ、ゆっくりと意識を醒ましていくうちに、何やら聞き馴れない声が頭に入ってくる。が、眠気に勝てず「う〜ん…後五分。」と呟き寝返りをうつ。


恐らくそれから五分たったのであろう。


再び身体を、先程とは違いやたらと雑に揺すられる。


「兄上。五分経ちました。いい加減先に進めたいのですが。」


かなり強く揺すられた為、今度は頭が完全に覚醒した。


「…う、ん。わかったわかった。起きた起きた。起きました。…って、、、誰?」


寝惚け眼で後ろを振り替えると、そこには自分に良く似た雰囲気を持つ人物が、優しそうな笑顔を浮かべていた。


不審に思い辺りを見渡すと、寝る前と何一つ変わらずひたすら真っ暗な空間が広がっている。


変わっていることといえば、見知らぬ男が神々しい笑みを浮かべながら自分を足蹴にしていることくらいだ。


そう、踏まれているのだ。


「色々と質問したいことがあるんだけど……とりあえず先に一つ質問してもいいかな?」


「勿論です。なんなりと。」


「…何で踏まれてんのかな?」


いきなり現れた男のことよりも踏まれていることを疑問に思ったのは、人として当然であろう。


「私としましても大変不本意だったのですが…先程起こす際に手を使い過ぎてしまいまして、疲れはててしまったのです。」


男は先程の笑顔が嘘のように苦悩に満ちた表情を浮かべ口を開く。


「…うん。それで?」


「それでも五分後に起こすよう、厳命を受けたため…」


「已む無く足で起こしたと…」


「御聡明な主に使えることができ光栄至極に御座います。」


人が心底嬉しい時にはきっとこの男の様な顔をするのだろう。


男の顔には、理解された安堵と幸福感をない交ぜにした様な表情が浮かんでいた。


「…なるほどね。いやー、それならそうと早く言ってくれればよかったのに〜…って言うと思ったか!!??何その理由?それで俺が納得するとでも思った?」


「はい。」


悪びれもなく即答する男。


「するかーー!!誰がしてたまるか!ってかいい加減足退けろや!!」


息を荒くしながら、勢い良く立ち上がる。


「どうなさいました?何か頭に異常でも…あ、いや………失言でした…」


「違うんです。」とでも言うかの様に、男は右手を前に掲げ、目を伏せた顔を左右に数回振る。


「……………頭に異常があるのはいつものことでしたね。」


表情をガラリと変え、何ら悪気のない満面の笑顔をみせる。


「……頭が痛くなってきた。」


「それは大変です!!よろしければこちらをどうぞ。」


かつて三国時代と呼ばれる歴史を持っていた大陸で、その昔着られていたであろう衣の袖口から小瓶のような物を取り出し手渡してくる。


「何これ?」


「百聞は一見にしかずと言いますし、先ずは使われてみてはいかがかと。大変希少なアイテムですので、効果は期待できます。」


確かに一理ある。と思い、小瓶の中身を一気に飲み干すと、身体中が熱くなり、同時に淡い黄色の光に包まれた。


光はすぐに消えていったが、その分恐ろしく身体が軽くなる。


羽が生えたようだと表現すれば、きっとこの感覚に当てはまるのだろう。


「わ、わ、わ…すげえ。力が身体中から湧いてくる。」


「これは星々の祝福というアイテムで、身体能力や頭脳を底上げする効果もあり、あらゆる状態の異常を治す霊薬です。」


「これが?すげえ!もう手に入れちゃったよ!!目的の物獲得!?後はこれを持って帰るだけじゃん!!」


ひとしきり興奮する様子を観察した後、男は頭を下げゆっくりと口を開く。


「大変お喜びのところ申し訳ありませんが、アイテムは持って帰ることはできますが、使った効果までは向こうの世界では持続されません。」


「え?嫌だなー。それくらい知ってるって!だから向こうに帰るときこれまた頂戴ね!」


その言葉に男の口角は僅かに上がる。


「これはこれは異な事を仰る。兄上にしては中々センスの有る冗談ですね。先程も申しましたように、星々の祝福は大変貴重なアイテムで、百年に一度、竜の神子が流す涙によりできるもの。残念ながらこれを合法的に手に入れる方法はほとんど無いと言っていいかと。」

残念と言っているその男の表情は、裏腹に心底楽しそうだ。


「…え?」


今しがたまで喜びに満ちていた表情が一瞬で驚愕に変わり、思わず手に持っていた小瓶を地面に落としてしまい、リィン。と音をたてて小瓶は砕け散った。


絵に描いたようにショックを身体で表現する人物を目の当たりにし、思わず吹き出すが、すぐに遺憾の表情にすり替える。


「…大変に残念です。」



(こいつ………確信犯だ。)


一気に身体の力が抜け落ちその場に崩れるように座りこむ。


「大丈夫です。生きていればきっといいことありますよ。格好悪くてもいいじゃないですか。精一杯足掻いてみましょう!」


(私はそれを面白おかしく観察してますから。)と、明らかに顔に書いてあるのだが、もう精も根も尽きてしまった男には突っ込む気力は残されていなかった。


「それに…合法的に手に入れる方法が少ないと言っただけで、手に入れる方法がないわけではないんですよ。」


男は、彼がグッタリと項垂れて動かないことに業を煮やしたようで「しょうがないですね。」と、溜め息混じりにそう告げた。


「え…本当に?」


天使の様な微笑みを浮かべ、男はゆっくりと頷く。


「えぇ。…………………それにはまず、北方の大国に居る竜の神子を拐い…」


「ちょっと待ったーー!!」

あまりにもな発言に勢いよく立ち上がり続く台詞をなんとか遮る。


「おや?何か問題が?」


「メチャクチャ非合法じゃん!?それ一ミリも合法的要素が盛り込まれてないよね!?…てかさっきから聞こう聞こうと思ってて聞きそびれてたけど、ほんと誰お前!?」


その一言を待ってましたと謂わんばかりに妖しい表情を浮かべ「ほう…本当に私に見覚えがありませんか?」と小さく呟く。


初めて会ったときから感じていた違和感。


それは、その男を確かに見たことがないはずなのに頭に引っ掛かる何か。


ここに来てからの事をゆっくりと振り返る内に、一つの答えに行き着き、彼は再びその場に項垂れることになった。


そう、確かにこの顔の人物には会ったことはない。


会ったことはないのだが、漠然と想像はしたことはあったのだ。


想像というよりは創造だろうか。


寝る前に作成しようとして中断した、向こうの世界における弟。


最後の仕上げである確定をしていないのに何故?と頭をよぎるが今はそんなことはどうでもよかった。


彼が今一番悔やんでること。


それは「…何で俺はこいつをよりにもよって軍師タイプになんかしたんだ。」だった。


キャラ作成時の性格はある程度弄れるが、武官タイプや文官タイプなど、タイプにより絶対についてくる様々な性格がある。


それが軍師の場合は腹黒だったのだ。


それをなんとか打ち消すためと、他にも追加で温厚など付け足してみたが完全に腹黒さを引き立てる役にしかたっていない。


[知識上昇アイテムを持ち帰るのであれば領主になるのは必須であり、仲間であれば軍師タイプをお薦めします。]とのナビゲーターの意見にしたがった結果、頭が回り、常に冷静沈着、更には温厚な腹黒という目の前の人物が出来上がってしまったわけだ。



「ナビゲーターが調子が悪いようなので気を利かせて私を出現させたんですよ。」


余計なことを、と思わないでもないが、自分のためにと言われれば何とも言い難い複雑な気分だ。


「もう終わったことを言ってもしょうがないか…とりあえず後二人程作成したら俺のパラメーターを…………あれ?」


急に全身の力が抜けてその場に力なく崩れる。


「な、んで?…身体の力が…」


「ふむ…どうも、まだ向こうに行っていないのに身体能力が上がるようなアイテムを使ったので、身体に少々負担が掛かってしまったようですね。少しお休みください。作成は私が請け負いましょう。何かご希望は御座いますか?」


「…双剣か槍の使い手。…後はツンデレ美人。」


然り気無い衝撃的な告白にも、意識をなんとか繋ぎ止めている状態だったので、突っ込みを入れる余裕もなく、なんとか頭にあった像を伝え、ゆるゆると意識を手放していく。


「兄上、しっかり頭にイメージを描いておいてくださいね。そこから私が読み取………ほほう、成る程…これはちょっといじるだけで…面白く、なりそうだ………」


この時に意識さえあれば、と彼は死ぬほど後悔するのだが、それは少し後のことだった。

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