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あの夏の交差点に 5

 ジョンとビリヤード屋を出てコンビニのトイレに向かった。ヘアワックスをつけるためだ。僕はすこし気合を入れすぎて、ワックスをつけすぎてしまった。ジョンに聞いたが気にならないから大丈夫だといった。ジョンもつけすぎたかと聞いたが大丈夫だと伝えた。人は驚くほどに他人に無関心なのだ。それは冷たいという意味ではなく、当然のことだ。結局のところ、人は他人なんてどうでもいいし無関心なのだ。ただその無関心を「心配」と「笑顔」という嘘で包んで人々は関わっている。そうやって成り立っている、そういうものだ。

コンビニから出て待ち合わせ場所に向かった。

「どこで待ち合わせだい?」

「6時にハチ公さ」

「THE待ち合わせ場所だな」

6時を少し過ぎたころ女の子たちがやって来た。

「おっと言い忘れたけれど彼女いないふりで頼むよ」ジョンがささやいた。

「おまたせ。ジョン君」

ジョンが僕を大学の友達の大橋だと紹介した。すこし変わったやつだけどよろしくという余計な事を付け加えた。僕たちは居酒屋に向かった。

自己紹介が始まった。一人は由梨絵という背の高い女の子だ。綺麗な黒髪が印象的で都内の美術大学に通っているという。ぼくがこの子の歌をバンドで作るとしたら題名は「その髪で縛って殺して」だなと考え、一瞬にやっとした。おかげで笑顔が素敵ねと言ってもらえた。僕は大切なときに余計なことを考えてしまう。その代表がこの「歌の題名」だ。

「由梨絵ちゃんこそ」

もう一人は小柄の由希という子だ。髪は茶髪で化粧が濃かった。まあこんな印象から分かるように僕は圧倒的に由梨絵ちゃんを気に入った。

 話も盛り上がり、この飲み会は久々に楽しいと思えるものであった。僕はトイレに立ち、手を洗っているとジョンがやって来た。

 「君は相当由梨絵ちゃんが気に入ったみたいだな」

 「気に入ったとかそういうのじゃなくて、まあ純粋に楽しいかな。でもなぁ」僕は鏡を見ながらつぶやいた。

 「合コンしちゃってるなぁ、瞳を裏切ってる」

 ジョンはやれやれといった表情で僕に反論した。

 「まあそう難しく考えるな。これは合コンなんかじゃない。んん、そうだなぁ、」これといった案がなく一瞬沈黙が起こった。

 「勉強会、これは勉強会だ」

 本当にジョンは面白いやつだ。

 ジョンとは女の子の趣味が合わない。だからこそ喧嘩にならないし、うまく付き合えていたのかもしれない。まぁ正直なところ、ジョンの女の子の趣味は少し変わっている。本当に失礼だと思うけど、そう感じることがしばしばある。ある日、学校の帰りにレンタルビデオ店に2人で入った。大半の男子がそうするように僕たちは18禁コーナーに向かった。同じ棚を見ていて、―それか―というものばかり手に取るのである。

 そういうわけでこの合コン、いや、勉強会でも由梨絵ちゃんを独り占め出来た。

 

その後の事は覚えていない。


目が覚めて横を見ると裸の由梨絵ちゃんが寝ていた。どうやらここはホテルだ。彼女のふっくらとした乳房を見て僕はやってしまったと思った。嘘であってくれ、何もかも。それこそ、その髪で縛って殺してくれとさえ思った。ただそんなことを思っても何一つ変わらないことは分かっていた。彼女がゆっくりと目を覚ましこちらを見つめた。僕はなんて言ったらいいのか見当もつかなかった。沈黙が僕たちを支配した。それは5秒であったかもしれないし5分だったかもしれない。いずれにせよ時間を越えた深い、深い沈黙があった。

 僕は恐怖をこらえ、彼女におはようといった。

 「おはよう」彼女は下着を着け、ワンピースをさっと着て帰る私宅を済ませた。怒っているのか、まんざらでもないのか、彼女の表情からは読み取れなかった。彼女は、またねと言い残して部屋を出て行った。

 いずれにせよ残ったのは「瞳を裏切った」という事実と由梨絵ちゃんの携帯の番号の書かれたメモ帳だ。番号の下にはこうも書いてあった。

 「ほかの女の名前を言うのは最低、でもあなたといると楽しい」

 悪くはない気分だった。

僕は由梨絵ちゃんが部屋を出た後、一人で必死に昨夜のことを思い出そうとした。そもそもここはどこなのだろう。テーブルに無造作に置いてあった安っぽいライターの住所を見つけた。

  新宿区歌舞伎町~ ホテル しゃるる

  コマ裏か。

 場所が新宿だと分かっていささか安心した。どこかの田舎の山奥のホテルだったらどうしようと思っていたからだ。それほど記憶がないのだ。僕はひどくむなしくなって窓を開けた。昨夜を思い出す何かを探そうとした。朝の9時だというのに通りにはわけのありそうな人たちでごった返している。僕は一人のホスト(その髪は鶏のとさかを連想させた)をぼっと眺めていた。きれいなシンデレラのようなドレスを着たお客さんを相手に必死に話している。鶏が話すとシンデレラは必ずといっていいほど笑う。よほど鶏の話が面白いのか、シンデレラの笑いのツボが恐ろしく浅いのかは分からない。おそらくお客さんのアフターか何かだろう。

 僕は理解できない。シンデレラはボトルに数万円という詐欺まがいのお金を払って鶏と話を楽しむ。鶏はその金を得るためにシンデレラを楽しませる。二人とも分かっているのだ。その会話には何の意味もないことを。からっぽの、まったく意味のない会話だということを。ただ残念なことにこの世のほとんどの会話がその部類に入ることも僕は分かっていた。新宿の朝は驚くほどにさわやかで朝日はいつもと変わらず僕を照らした。カラスが朝ごはんを探し回っている。高級料理店の前には収集される前の生ごみというご馳走が転がっている。カラスたちは大声を上げて仲間に知らせる。

 「カーア、カーア(おい、飯があるぞ、高級料理だ)」

 「カーアカーア、カーア(本当かい、こっちにもあるけれどネットが張ってあって取れないよ)」

「カーアカアカアカア(馬鹿だなぁ、そんなのちょっとどかせばすぐ取れるんだよ、そっちには何があるんだい?)」

 「カーア、カアカアカーア(こっちは焼肉店だから生肉がたっぷりさ)」

 「カーアカアカアカーアカア(よし、巣に持って帰ってパーティーだ、今日も生き延びれる)」

 大声で話していた鶏とシンデレラがカラスに向かってうるさいと言う。あっち行けと。

 どちらが本当に必要な会話なのだろう。それは間違いなくカラスの生きるための会話だ。ただ、カラスの会話だけだと灰色の世界になってしまうのかなとも感じた。

 僕たちは無駄な会話に慣れすぎてしまったのかもしれない。

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