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あの夏の交差点に 4

5 

 僕のことを少し述べる。僕は首都圏の大学の経済学部に推薦で入った。良くも悪くもない学校だ。なぜその学校かと聞かれたら大半の生徒が答えるであろう「なんとなく」だ。なぜ経済学部かと聞かれたら、大半の生徒が答えるであろう「なんとなく」だ。

 僕はこの大学で決めていたことがある。

         *1番にならない*

 反対ならともかく、満開の桜の中を新しいスーツとおろしたての靴をはいて、今にも始まろうとしているキャンパスライフを目前にしての目標としてはありえない。しかし僕はこの「ありえない」目標を胸に秘めていた。

 大学の導入ゼミのクラスにジョンというカナダ人と日本人のハーフがいた。30人弱のクラスで僕たちは席が隣になりいつの間にか仲良くなった。このゼミは大学生活とはどうあるべきか、レポートの書き方、図書館の使い方などを教わったのだが授業の大半は教授のアメリカで「競馬で見る、ミクロ経済学」という論文を発表し絶賛を受けた自慢話だった。ジョンに最初に話しかけられた言葉は

 「この授業意味あるの?」だった気がする。

 「ないね」

 ジョンは身長が185センチあり金髪をなびかせている。その金色は5、6百円で買える染髪剤ではとても出すことのできないつやがある。おまけに水泳をしていたから体つきはミケランジェロのダヴィデ像を思わせた。

  ジョンはルックスと違い英語が全く話せなかった。僕の方が話せたし、事実英語の点数も僕の方が良かった。

  「なぜ英語を勉強しないんだい」

  ジョンはこの言葉をひどく嫌った。

  「完璧になるにはあまりにも多くの時間がかかるからさ、分かる?」 

  分かる?と言うのがジョンの口癖だった。それは不思議な事

に、僕には全く不愉快な気分にさせなかった。むしろ心地良く

感じた。逆に彼の言葉の最後にそれがないと違和感を感じるくらいだ。

  「分からない」

 「君は母国語をネイティブにすらすらと、当たり前に話せない恐怖を知らないからさ」

  なるほど、ジョンの言っている事は分からなくもなかった。 僕は日本人のルックスでありながら日本語が話せない。しかし周りの人は次から次へと私にペラペラと話しかける。僕は「こんにちは」がやっと聞きとれるけるくらいだ。その人々はさんざん僕に話しかけた後、ため息をつき残念な顔をして僕から去っていく。これは恐怖以外の何者でもない。

 「分かった気がするよ」

 「良かった、恐怖だろ?」

●現在●

 二人でよく渋谷に行った。何をしに行ったのかは覚えていない。ただ、10回遊ぶうちの8回は渋谷だったと思う。特別気に入った店があるわけでもないし、家が近いわけでもない。おまけに僕たちは人ごみをひどく嫌った。

ただ、渋谷は何かを感じさせてくれた気がする。夢、挑戦、希望。何かでかいことをしてやろうという気持ちにさせてくれたのかもしれない。

●大学1年●

 2006年、大学1年の夏休みに僕はスクランブル交差点のスターバックスでジョンを待っていた。真夏でひどく暑い日だったし、この日も大した用事は無かった。せいぜい輸入CD屋でウィーザーやスティーブ・ヴァイといった訳の分からぬ組み合わせのCDを探したり、視聴したり、そんな程度だ。僕はバンド活動をしていたしあらゆるジャンルの音楽をPioneerのアンプで聞いた。

 

Pioneerのアンプ…

 たくさんのアンプを試したが結局これに戻ってしまう。定価でも数万程度のプリメインアンプである。いいものはいいのだ。または「慣れ」かもしれない。ここから学んだ事は「慣れる」ようになればそれは自分にとって「良い」ものだということである。マンネリした彼女にも同じことが言える。

 

 僕はアイスコーヒーを注文して砂糖を断り、ぼんやり外を眺めていた。ガラスだらけの渋谷はもはや自然と呼ばれる物は何一つ無かったし太陽光ですらあらゆる物に反射して僕の目を睨み続けた。信号が赤に変わるとどこからともなく人がやってくる。十秒で信号前の広場はごったがえす。信号が青になると全員が歩き出す。何をそんなに急いでいるのか僕には理解できなかった。それは水洗トイレのタンクのように繰り返す。溜まっては放出、その繰り返しだ。

 しばらくすると申し訳なさそうにジョンが来た。

 「井の頭線が遅延してさ、すまない」

 僕はかまわないと言って、コーヒーを飲み干した。

 「さてどこ行く?あ、遅れた代わりに今日の夜女の子を紹介するよ」

 僕たちは鼻で笑い合い店を出た。

 外に出た瞬間、店のクーラーを恨みたくなるような温度差で一瞬めまいがした。僕はそのときになってコーヒーにミルクを入れ忘れたことに気づいた。


 僕とジョンは店を出るといつものように輸入CD屋に向かった。ジョンは世間一般がそうであるようにJポップやパンクを好んだ。それよりもジョンは僕の変わった音楽性に興味があるようだった。

 「いつも思ってたんだけど」ジョンはジェフバックリーのレコードをつまみ上げながら言った。

 「きみはなぜ詩の入っていない曲なんて聴くの?」

 「インストゥルメンタルのこと?」

 「そう、ジョーサトリアーニとかスティーブヴァイとか。いつからだい?」

 考えてみれば高校生のころから僕の音楽性は少し変わっていた。もちろんおかしいという意味ではなくて普通の高校生が聴く音楽とは少し違っているという意味だ。僕だってできる事なら最新のJポップや格好いい洋楽なんかを歌いたかったのだが、興味が持てなかった。興味の無い歌を無理やり覚えて歌うことはストレス以外の何者でもなかった。おかげで一回カラオケに誘われた女の子からは二度と呼ばれることは無かった。

 「昔からだよ、どうしても他に興味が持てないんだ。」僕とジョンはレコードを1枚ずつレジに持っていった。

 「それなら無理することないね、興味ないものには手をつけない、それでいい。ただね、もったいない気もする」

 僕たちはCD屋を出た。この日クーラーを恨んだのは2回目だった。そして早くも次の行き先に困った。

 僕はさっきのジョンの言葉を思い出した。 

 「あ、そういえばさっき言ってた女の子って」

 「ああ、今夜を楽しみにしてて。昨日の夜誘ったんだ。友達さ」ジョンの笑顔が不気味だった。

 結局夜まで時間稼ぎをするためにビリヤード屋に入った。ビリヤードというのは本当に暇つぶしに適している。1時間なんてあっという間だ。なぜだかは分からないけれど僕たちはナインボールしかしなかった。

 「きみはまだ彼女と付き合っているの?瞳ちゃんて言ったっけ」

 「ああ、ジョンは続いてるかい?」

 「まあね。これは瞳ちゃんにばれない様にね」

 ジョンは自分の彼女のことをあまり話したがらなかった。写真すら見たことがない。詳しく聞こうとしてもいつも上手く話を変えられてしまう。ジョンの話を変える能力は全国でもトップクラスだろう。それほど彼女のことを話したがらないのだから可愛いすぎて誰にも見せたくないのか、その逆か。僕は後者のほうだと思うのだが真相は分からない。

 「言えるわけが無いよ、でもお酒を飲むだけだろう?」僕はわざとらしく疑いながらたずねた。

 「もちろんだよ」相変わらずにやにや笑っている。

 瞳のことは好きだ。彼女はすべてが美しくて、何に対しても芯があるし僕のことをきっと誰よりも理解してくれている。しかし急な飲み会にひょこひょこやってくるような女の子にも少なからず興味があった。

「楽しむけど瞳を裏切るようなことは出来ない、わかるだろう?」

「本当に君はまじめだ」ジョンはやれやれといった感じで玉を突いた。9番の玉が1番ポケットに吸い込まれた。ジョンはいつも以上に調子がいいように見えたが僕はそんなジョンに5戦3勝と勝ち越した。僕は玉を突きながら、実は夜の飲み会がとてつもなく楽しみであった。そんな心を映したスコアだったのかもしれない。ビリヤードはモチベーションが大きく関係することをその時学んだ。


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