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あの夏の交差点に 2

2

●大学4年●

 残りの学生生活をすごしている冬のある日、僕はロフトにいた。ヒーターの灯油が切れてしまっているから震えるほどに寒い。灯油を切らしてしまう僕にも少なからず責任はあるが、そもそもロフトというのは実に調子が悪い。夏は蒸し返るほどに暑く、冬はその逆。春と秋は衣替えのダンボールでごった返す。ただし、調子がいいこともある。収納、寝床、隠れ家的要素、そして…僕の場合、思い出だ。思い出…

 そんなロフトから雲一つ無い夜空を何も考えず眺めていた。ぼーっと空を眺める。体中の毛穴という毛穴から血液がすっと抜けて空に吸い込まれそうな感覚を覚えた。恐怖さえ感じるくらいの静寂がそこにはあった。

 その時に瞳の言葉を思い出した。お互い大学に入りたてで暇をもてあましていたころ、よく彼女とこうして夜空と睨めっこをしたものだった。おかげで僕らは新しい星座をいくつも見つけた。彼女のお気に入りは僕が発見した「ポセイドン座」だった。ギリシャ神話に出てくる海の神ポセイドンが持つ矛の形のした星座であるが果たして瞳と僕がまったく同じ星を見ていたかは定かではない。ただ間違いないことは彼女が僕の隣で寝て同じ夜空を見ているということだった。僕たちはそれだけで良かったのだ。

僕は涙をこらえながら柔らかい頬を指でなでるように、丁寧に、丁寧に瞳の言葉を思い出した。人々は言う。「前をみろ、過去なんて関係ない。」「未来を見ろ」「そんなことをしても意味はない、思い出して何になる?」と。ふざけるな。意味はないだって?じゃあ僕が瞳と過ごしたあの日々は空っぽだって言うのか。


●大学1年●

 「これからは天文学よ、大橋君」

 瞳は僕の高校2年生の時からのガールフレンドだ。背も鼻も高く、ふくらはぎは僕のそれより長いのではないかというくらいで、まさに美人といった感じだ。鼻の左側に小さなホクロがある。なぜこんな美人と僕が付き合えるのだろうと周りから不思議に思われていた。しかし僕はそんなこと少しも気にしたことが無かった。彼女の周りはいつも笑顔で溢れていたし、僕はそんな彼女が好きだった。もちろんそのような女の子と平凡な僕が付き合っているものだから、高校時代は僕には友達が少なかった。彼女は僕と同じ進路も検討したが、結局別の都内の大学に入学した。

 夏休みのある夜、僕たちはロフトに寝そべり、いつものように空を見ていた。

 「天文学が一番面白くなるのよ」

 「でも君は栄養士になるために栄養学を学んでいる」

 「そうよ。でもね最近、分からなくなるの。本当に栄養士になりたいのかって。ほら高校3年生の時に将来を決めちゃったようなものじゃない。その気持ちをこれから4年間維持するのって辛い気がするの」

 瞳がそんな不安を抱いているなんて知らなかった。

 「ところで大橋君は何で経済を学ぼうと思ったの?まさかなんとなくとかじゃないでしょう?」

 「まさか」

 なんとなくなんて答えられるわけが無かった。

 「経済を学んでいつかたくさんの人を助けたいんだ。本来経済は人を救うためにあるべきものなんだよ。」

 「大橋君の嘘は本当に分かりやすいね」

 彼女の顔を見ると微笑んでいた。僕は安心した。瞳は本当に賢い子で僕のことなんてすべてお見通しといった感じだった。その不思議さが彼女の魅力でもあった。僕は悔しいので一言付け加えた。

 「でも僕はどんな形であれ人の役には立ちたい。助けたいんだ」

 「協力するわ」

 彼女のやさしい声とともに暖かい頬が僕の腕にそっと触れた。

 「空を見るということはね、遠い昔を見ることなのよ」 

 「光?」 

 「そう、何万年前の光を見ているの。あのラッセン座の星だってそうよ」

 イルカの形の星座だ。 

 「そう考えるとタイムマシンも遠くない」

 「そうね、理論的には」

 「君は天文学者は諦めたほうがいいよ」 

 「どうして?」

 僕はロフトを降りた。残念なことに真夏にロフトにいるのは15分が限界だった。この夜空の下で瞳を抱けたらどんなに素敵だろうと思ったが結局それは叶わなかった。

 「君はありもしない星座の名前を覚えすぎた」

 彼女はふふっと笑ってロフトを降りてきた。


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