世界の手入れ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふう~、よく見ると、このリュックもだいぶ色あせてきちゃったなあ。
買ってから、もう何年も経つからねえ。まだ穴は空いていないけれども、そろそろ買い替えも検討かなあ。
こーちゃんはさ、物を大事にしているほう? 僕のまわりだと、物のお手入れに力を入れている人、ちらほらいるんだよねえ。ほとんど趣味ってくらい、いじっている人も。
どうも僕は、そこまで入れ込むことができない。確かにひとつのものを長く使うのは、愛着が湧くし、なおのこと大事に使おうと思うことができるだろう。手になじんだものは、ずっとそばにいてほしいのが人情だ。
けれど、どれだけ大事にしたってふとしたアクシデントで失われてしまうのも、また現実。武器とか防具とか、自分の命を預けるほどのものならメンテも分かるけど、それらがない普段使いだと、そのまま使い捨てでもいいんじゃない? とも思う。
――この現代なら、自動車をはじめ命の危険はたくさんあるし、注意は注いでいたほうがいいんじゃないか?
なんか、論点のすり替えになってる気がするんだけど~? 今は安全よりも、物持ちどうたらの話でしょうが?
もし、なんのお手入れもせずに長く使えるとしたら、そいつはすごく特殊なものだろうね。ひょっとしたら、人間の手じゃなくて、もっと別なものの手が入っていることもあるかと。
だいぶ前に、おじさんに聞いた話なんだけど、耳へ入れてみない?
ミミズが土を良くするのに、いい働きをしているのは聞いたことがあると思う。
落ち葉や有機物を食べ、土に有用なフンを肥料として残していく……時間はかかるものの、栽培をメインとする暮らしにはありがたいものだ。
仮に栄養が失われきったとはいえ、土は大々的に入れ替えるのはちょっと手間がかかる。彼らのように土のコンディションを整えてくれるのは、手間を少なくするうえでありがたい存在だろうな。
けれど、規模には規模にあったものが要る。
おじさんが、夏休みに近くの山へ行ったときだそうだ。
当時はカブトムシをつかまえることが流行っていたが、おじさんとしては純粋に山の自然と景色を堪能するのが好きだったと話している。
山をあちらこちらの方向からのぼってみて、どのような木が生えているか、どのような穴や地形が待っているか。
たとえ同じ場所だったとしても、日が違ったなら、異なる顔を見せてくれるかもしれない。それと出会うのが愉しくてしかたなかったとか。
そして、その日のおじさんは山の北東側から登っていったみたいなんだ。こちらは傾斜がいっとう緩い方面で、歩くぶんにはほとんど問題がない立地だったのだけど。
――あ、また揺れた?
おじさんは足を止める。
足裏に走る違和感、周囲の木々のふるえと落ちる葉っぱたち。確かな振動がその場にあった。
山を登りはじめて、すでに三度は起きている。このあたりは地震が多い地域とはいえ、こうも短いスパンで揺れることはめったにない。
幸い、いずれもたいした大きさではなく、長くもなかったみたいだ。安全を考えるなら、さっさと下山したほうがいいかもしれないけど、おじさんは胸騒ぎがしたらしい。
下りずに先へ進めば、普段とは違う景色が待っているかもしれない……そのような予感がしたのだと。
そうして実際、進んでみておじさんの勘は的中する。
山頂近くまで来たときだ。
ここまで青々としげっていた木々から、突然、葉っぱたちが失われている。
まるで夏と冬の境界線に降り立ってしまったかのようで、おじさんの立つ位置より先の木々は早くも枯れの準備に入っているかのように思えた。
けれども、ここでまたも揺れが来る。
先ほどまでよりもずっと、地面の下の近くを通っているように思われた。
――ん? 「通っている」?
おじさんは自分の感覚に、いささか疑問を覚えた。
自然の揺れとは異なる、生き物の動きが持つ指向性。自分の後ろから前へ抜けていく気配をおじさんは確かに感じた。
そして、見る。
木々の途切れる、頂の地面。
そこから身を乗り出し、すぐにまた地面へ潜っていった存在を。
ただのミミズじゃなかった。そのミミズが無数に集って、身体を成している。太さにして大人数人分はあったらしい。
そいつが引っ込んでいくと、今度は枯れ木たちに変化があった。
さびしかった枝先に、みるみる葉が生えて揃っていくんだ。
幻覚のたぐいなら、いきなりぱっと現れそうなもの。けれど、それらは枝にいちから生えてきて、たちまちピンと育ちきり。まわりと遜色ない緑を振りまき始めたとか。
例のミミズの群れが作った穴は、確かに残っていて、あれが見間違いじゃないのは分かった。とはいえ、それ以降は出くわしていないみたい。
思いもよらぬ復帰をする自然があったなら、あいつの仕業かもとおじさんは考えているようだよ。




