夫が選びたいのは、ふりふりひらひらの少女趣味ドレス。
「お父様っ、ありがとう!今回のドレスもとっても可愛いわ!」
娘はふわふわのドレスをその腕に抱き締めながら、楽しそうに鏡の前でキャッキャしている。
裾に刺繍されている薔薇が、たしかにとても可愛い。
珍しくピンク一色ではなく、淡い藤色の生地も使われているようだった。
その様子を満足気に見ている夫に、「この方は変わらないわねぇ」と感慨深くなる。
娘の少女趣味は、夫の手によって育ったようなものだった。
私と婚約した時の彼は、ドレスや装飾品など微塵も興味がなかった。
婚約者として私にドレスをプレゼントしなくてはならなくなった時に、ドレスについて一から全部調べてカタログを見続けた結果、「これは楽しい!」と気づいて以来、私よりもドレスにのめり込んだ。
結果、彼の磨き上がったセンスによって、私のドレスは毎回選ばれることとなった。
夫に選んでもらう方が、周りからの評価もよかったので、私もいつしか任せるのが当たり前になっていた。
その中でも、夫はふわふわのレースまみれ、リボンまみれの、お人形さんみたいなドレスが好みなのだ。
「絶対に可愛いからっ!」と力説されてプレゼントされたドレスは、とびきりふわふわだったのをよく覚えている。
上から下に向けてのピンクから白のグラデーション生地に、デコルテと腰回りと裾と袖には溢れんばかりのレース。
そして、胸元には大きめのリボン。
ヘッドドレスまでひらひらしていて、細かい赤いリボンがついていた。
あのドレスを着た時の夫の嬉しそうな顔と言ったら、相当恥ずかしいと思いながら着たにもかかわらず、そんなに喜んでくれるならいいかと思わされるほどだった。
とはいえ、結婚して、子どもが生まれてからは、そういったドレスは控えるようにお願いした。
いつまでも少女趣味のブリブリのドレスは着ていられなかった。
すごく残念そうにしていた夫は、娘が産まれた途端、私に注いでいたドレス欲を全部娘のために使うようになった。
小さい頃からたっぷりのレースとリボンに囲まれて育った娘への英才教育はバッチリのようで、娘もそれらのものが大好きなまま大きくなった。
おかげで、家の中で最も趣味が合うのは、夫と娘である。
ドレスや小物、それらから波及して、ぬいぐるみやコスメなどにも理解のある夫は、そこそこお年頃の娘ともずっと仲良しである。
私や息子が、「いつも楽しそうねえ」と盛り上がっているのを眺めていることが多い。
夫と娘が、新作ドレスの「ここがポイント!」「このディテールが素晴らしい!」「刺繍職人さんの腕前が恐ろしい!」などと盛り上がっているのを見て、そろそろ疲れる頃だろうから、お茶でも用意させようかしらと思った時。
チラチラとこちらを見ている夫に気がついた。
「どうかしましたか?」
「ああ、…うん」
歯切れが悪くて不思議に思っていると、夫が使用人に声をかけて、娘のドレスが入っていたのと同じ箱を持ってこさせた。
「あら、もう一着買ったのですか?」
私が首を傾げると、夫は頬を掻きながら、照れたようにはにかんだ。
「こっちは、君の分なんだ」
夫は箱を自ら持って、私にゆっくりと差し出してきた。
「新調しなくてはいけない参加行事なんて、ありましたっけ?」
「いや、これは僕の趣味。…君はもう年齢を重ねたから無理だと言っていたけれど、僕はいまだに着て欲しくて」
それだけ言われて、箱の中身のドレスのテイストがどんなものなのかピンときた。
「…もう成人間近の息子がいる、女なのですが」
「そんなの関係ないよっ!君はいつだって綺麗だよ!」
「可愛すぎるのは、もう着られませんよ」
「そう言われるかなとは思ったんだけど、とりあえず見てみてくれないかな?」
夫がそう言うので、肩を竦めてからその箱の蓋を開けると、薄ピンクと淡い藤色の生地が真っ先に目に入ってきた。
「これって…」
思わず手に取って、ドレスを広げてみると、夫にしてはレースやリボンが控えめのデザインだった。
「あー!私のとお揃いっ!」
娘がすぐに気づいて、駆け寄ってきた。
娘が抱えたドレスと並べてみると、私に用意されたドレスの方がリボンの量は少ないみたいだった。
夫が頭を抱えながら、この数に減らしたんだろうことが手に取るようにわかって、笑いそうになってしまう。
「ほら、見てお母様!私と一緒!」
「ほんとね…、薔薇の刺繍まで一緒だわ」
「お母様の好きな刺繍ね!」
「そうね、お父様は人の好みを把握するのが昔から得意だからね」
「ほっんとにそう!これだって、私の好みだもの」
娘のこんな笑顔が見られるなら、やっぱり悪くないと思ってしまう。
「ねえねえ、お母様。これ一緒に着ましょうよ!」
娘にそうねだられると、なんとも断りにくい。
それも含めて、夫が用意したことがわかって、なんとも手のひらの上のような…。
「どうかな、2人お揃いのところも見てみたかったんだ」
夫は優しい眼差しで目を細めているものだから、ううっ…と声が漏れた。
そんな目で見るのはずるくないですかね…!
今すぐにでも絶対着て欲しいと、目が訴えている。
懐かしいその目にたじたじしながら、娘を見るとにっこり笑っていた。
「お母様とお揃いを着られるなんて、嬉しい!」
うん、私はこういうお願いのされ方に弱いのよ…。
「僕の選んだドレス姿の君が見られるなんて、嬉しい!」
それは、夫が私によく言っていた言葉だった。
のろのろと支度をしていたら、娘よりも時間がかかってしまった。
上から下へと薄ピンクから淡い藤色へとグラデーションになっているところが、昔夫がプレゼントしてくれたドレスに似ている気がした。
夫の目の前に現れると、それはもうキラッキラの笑顔で駆け寄ってきた。
こんなに嬉しそうにしている夫を見られて、懐かしい気持ちがした。
「やーっぱり可愛い!最高だ!とっても似合っているよ!世界一可愛いよっ!」
「…言いすぎですって」
私はたぶん、久しぶりに顔が赤いことだろう。
それはもう婚約時代の頃のように。
今この場に息子がいなくてよかったなと、ホッとしてしまった。
もしいたら、きっと生暖かい目で見守られたことだろう。
気まずそうな息子を見ずに済んだ。
息子が家にいない時間帯でよかった。
「お父様、見て〜!お母様とお揃い、可愛すぎませんっ?」
娘が私の腕に絡ませて、ピッタリとくっついてくる。
その仕草は、愛嬌のある夫にそっくりだ。
「僕の見立てに間違いなかったようだ。我が家の女性は、天使だなあ」
夫のニヤけた顔に、娘のはしゃぐ声。
この歳になっても、「まあ、いいか。…喜んでくれているし」と結局思うことになるのだった。
了
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