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弱くて、臆病で、仲間に助けられながら紡ぐ最後の英雄譚  作者: だんご


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限界の先の一歩


六つの目が、三人を見ていた。

動けなかった。戦意がどうとか判断がどうとか、そういう段階ではなかった。ただ、圧があった。空間ごと塗り替えるような、それがそこにいるというだけで出口が消えるような、重さが。

アスは剣を握ったまま、足が根を張ったように動かなかった。


頭の中で、何かが蘇った。

七歳の自分が地面に倒れている。悪魔が近づいてくる。声が出ない。足が動かない。何もできない。ただ死を待つだけの、あの感覚。

同じだ。

今も、同じだ。

剣を持っていても、仲間がいても、あの時と何も変わっていない。そう思った瞬間、体が石になった。魔力を練ろうとしても、恐怖が先に来て、何も出てこない。

(また、何もできない)


魔物が動いた。

一瞬だった。あれだけの体躯が、音もなく距離を消した。四本の腕のうち一本が振られ、アスへ向かった。

反応できなかった。

直撃する、と思った。

光が走った。

アテネの張った防御魔法が、腕を受け止めた。完全には防げなかった。衝撃がアスの体を吹き飛ばし、岩壁に叩きつけられた。肺から空気が出た。視界が白くなった。

「アス」

アテネの声が遠かった。


起き上がりながら、わかった。

一撃だった。それだけで、わかった。正面からでは勝てない。削ることも、消耗させることも、たぶんできない。あれは、自分たちが相手にしていい存在じゃない。

アテネも、ミルも、同じことを理解しているのが表情でわかった。

沈黙が落ちた。


「聞いて」

ミルが言った。

震えていなかった。声は小さかったが、芯があった。

「倒そうとしない。生き延びることだけ考える」

「でも」とアスが言いかけた。

「逃げ道がない」ミルは冷静に続けた。「あの速度で追われたら終わり。戦いながら出口まで誘導する。それしかない」

魔物はまだ動いていなかった。品定めでもするように、六つの目がこちらを見ている。

「アスが前で引きつける。アテネは回復と補助に集中。私が指示を出す。全員、聞こえたら頷いて」

アテネが頷いた。

アスは一瞬だけ迷った。


怖かった。

怖いまま、一歩前に出た。

逃げたかった。逃げたまま終わりたくなかった。その二つが胸の中でぶつかって、結局足が動いた。剣を構える。手が震えている。それでも、前を向いた。

魔物の目が、アスに集まった。


「来る」ミルが言った。「右から。一歩左」

アスは動いた。

腕が空を切った。ギリギリだった。通り過ぎた風圧で髪が揺れた。

「アテネ」

すでに手が伸びていた。回復の光がアスの脇腹に触れ、さっきの衝撃がわずかに和らいだ。

「よし」ミルが言った。「もう一度来る。今度は正面」

アスは剣を上げた。受けるのではなく、横に流す。ミルの言う通りに体を動かした。

当たらなかった。

三人が息を吐いた。


長くは続かなかった。

魔物の速度は上がっていた。回避できても次が来る。ミルの指示が追いつかない瞬間が増えた。アスの判断が一瞬遅れ、腕が肩を掠めた。体勢が崩れた。膝をついた。

「アス」

アテネの回復が来た。痛みが引く。だが立ち上がるのに一秒かかった。その一秒が、今は長かった。

「ミル、回避のタイミングが」

「わかってる」ミルの声に、初めて焦りが混じった。「もう少し待って」

アテネの魔力が細くなってきていた。回復のたびに消耗している。ミルの指示が短くなっていた。余裕がなくなっている証拠だった。

連携が、ほつれ始めていた。


「待って」

ミルが止まった。

魔物を見ている。目が動いていた。何かを追っている目だった。

「攻撃の前、一瞬止まってる」

「え」

「ほんの少しだけど、必ず止まる。次の攻撃を選んでるのか、それとも癖なのか。わからないけど、そこがある」

「どのくらい」

「一秒もない。でも、ある」

アテネが息を呑んだ。

「カウンターを取れる?」ミルがアスを見た。「その瞬間に踏み込めば、向こうの体勢が崩れてる。深く入れる」

できるか、という問いではなかった。やるか、という問いだった。


アスは魔物を見た。

怖かった。踏み込めば、外した時に終わる。成功しても、一撃で倒せる保証はない。リスクしかなかった。

過去の自分が頭に浮かんだ。

地面に倒れて、泣いていた。何もできなかった。誰かに守られるだけだった。

それでいいなら、今も逃げていい。

でも。

(守れるくらい、強くなる)

誓ったのは自分だった。

アスは息を吸った。恐怖は消えなかった。消えないまま、覚悟だけを前に出した。

「やる」


魔物が動いた。

「今じゃない」ミルが言った。

アスは待った。

また動いた。腕が上がる。そこで、止まった。

「今」

踏み込んだ。

一歩で距離を詰め、剣に炎の魔力を流し込んだ。腕が、燃えた。痛みより先に熱が来た。それでも握った。振り切った。

刃が、甲殻に入った。

黒い体躯がよろめいた。初めて、魔物が体勢を崩した。地響きのような声が通路に反響した。

三人とも、動きを止めた。


倒れなかった。

よろめいた体が、また立った。甲殻に亀裂が入っている。六つの目の光が、変わった気がした。怒りなのか、それとも別の何かなのか。

アスの腕が重かった。アテネの回復の手が震えていた。ミルが地図を見る余裕もなくなっていた。

三人とも、限界に近かった。

それでも。

「もう一回」アスが言った。

声が、かすれていた。それでも言った。

魔物がこちらを見ている。亀裂の入った甲殻が、次の一撃を待っている。

戦いは、まだ終わっていなかった。


第三話 了

おもろいよ

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