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弱くて、臆病で、仲間に助けられながら紡ぐ最後の英雄譚  作者: だんご


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仲間


第1層は、思ったより静かだった。

足元は黒い土で、空は天井のように低く、遠くに光源もない。それでも目が慣れると輪郭だけは見えた。岩が続き、通路が枝分かれし、どこかから水が滴る音がした。

アスは一人で歩いていた。

小型の悪魔は倒せた。拳ほどの体躯で、素早いが単純な動きをする。炎の魔力を乗せた一撃で仕留められる。最初の一体を倒した時は、少しだけ自信がついた。

だがそれは、五体目までの話だった。

六体目を倒した頃には肩が重かった。九体目には息が上がっていた。剣を振るたびに腕に蓄積するものがあり、回復する手段がない。傷薬は一本しか持っていない。いつ使うべきか判断できずにいる間に、また切り傷が増えた。

索敵も難しかった。

前を見ながら後ろを警戒し、左右にも気を配る。一人でやれることには限りがある。背後から気配がした時、振り返るのが一瞬遅れた。爪が脇腹を掠めた。深くはない。それでも、深くなっていた可能性はあった。

(限界だ)

認めるのに時間はかからなかった。


撤退は静かだった。

誰かに止められるわけでもなく、誰かに見られるわけでもなく、アスは来た道を戻り、門をくぐった。現実の光が目に刺さった。街の音が戻ってきた。

門の周囲には、いくつかのパーティーがいた。

四人組が装備を確認しながら笑い合っている。三人組のうち一人がヒーラーらしく、出発前に仲間の傷に手をかざしていた。誰もが当然のように役割を持ち、当然のように連携していた。

アスは一人で立っていた。

それだけのことだったが、それだけのことが重かった。


ギルドの掲示板は、街の中心に近い建物の一角にある。

アスは受付でシートを貰い、必要事項を書いた。募集内容:ヒーラー、前衛、サポーター。条件:特になし。実績:記載できるほどのものがない。

書き終えて、掲示板に貼った。

それだけで、少しだけ前に進んだ気がした。


三日が経った。

応募はなかった。

四日目も、五日目もなかった。受付に確認しに行くたびに、担当の職員が申し訳なさそうな顔をした。言葉はなかったが、意味はわかった。実績のない冒険者のパーティーに入ろうとする人間は、そう多くないということだ。

一人で過ごす時間が続いた。

宿に戻っても、ギルドにいても、門の前に立っても、隣に誰もいない。それが当たり前だったはずなのに、一度パーティーを意識してしまうと、その空白がやけに広く感じた。

不安なのか焦りなのか、アスには区別がつかなかった。ただ、何かが積み重なっていた。


六日目の昼、受付に声をかけられた。

「応募が二件入りました」

二人が来たのは夕方だった。

一人目は背が普通で、茶色い髪をゆるくまとめた女だった。耳が少しだけ尖っている。エルフだ、とアスは気づいた。目が合うと、ふわりと笑った。

「アテネといいます。ヒーラーです。よろしくお願いします」

声が柔らかかった。おっとりした話し方で、でも言葉はちゃんと届いた。

二人目は小柄だった。アスより頭一つ分低い。髪は短く、目が鋭い。腕は細く、見た目に力強さはないが、立ち方に無駄がなかった。

「ミル。サポートやります」

それだけだった。

三人で向かい合い、アスが口を開こうとした時、何かを言おうとして、うまく言葉が出なかった。緊張しているのが自分でもわかった。

「えっと、アスです。前衛、やります」

「知ってます」とミルが言った。「募集に書いてあったので」

「あ、そうですね」

会話がそこで止まった。アテネが小さく笑った。

気まずい間を埋めようとして、アスは少し前に出た。何かを言おうとした拍子に、手が伸びた。

アテネの手に触れた。

次の瞬間、アテネの腕がびくりと動いた。意志と関係なく、反射的に。アスの手を軽く払う動作だった。

一瞬、空気が止まった。

「ご、ごめんなさい」アテネが真っ先に謝った。顔が赤い。「エルフが、その、触れられるのが苦手で、でも悪気はなくて、本当にすみません」

「いや俺が」

「アス側の問題」ミルが静かに言った。「距離感。気をつけて」

断言だった。慰めでも怒りでもなく、ただ事実として言った。

アテネがまた「本当にごめんなさい」と繰り返した。アスは「俺こそ」と言った。ミルは特に何も言わなかった。

ぎこちないまま、三人は翌日から組むことになった。


翌朝、三人で門をくぐった。

変わった、とアスはすぐに感じた。

前に進みながらアテネが後方を確認している。ミルが地図を広げ、分岐を指示する。アスが前線で悪魔を引き受け、削ったところをアテネが支援し、ミルが荷物と状況を管理する。

一人でやっていた時に見えていなかったものが、見えた。

索敵が楽だった。消耗が遅かった。傷を負っても回復が来た。撤退の判断を一人で抱えなくていい。それだけのことが、こんなに違うのか、とアスは思った。

十体倒しても、まだ動けた。

「いけますね」とアテネが言った。

「まだ余裕ある」とミルが答えた。

アスは頷いた。それ以上の言葉は要らなかった。


余裕が生まれたのが、よくなかったのかもしれない。

安定した戦闘が続き、三人の連携が噛み合うようになったころ、アスは奥へ進む判断をした。門に近い区画より、もう少し先へ。強い悪魔がいる。それだけ、強くなれる。

「少し奥へ行きましょう」

ミルが一瞬黙った。地図を見た。何かを考えた。

「わかった」

アテネは頷いた。

三人は奥へ進んだ。


空気が変わったのは、しばらく経ってからだった。

音が減った。それまで遠くに聞こえていた水の滴る音が、消えた。足音だけが響く。悪魔の気配が、ない。それが静けさではなく、空白に感じられた。

「止まって」

ミルが言った。

声は静かだったが、有無を言わせない何かがあった。三人が立ち止まる。

「何か、変」

ミルは地図から目を離して、周囲を見回した。「気配の質が違う。さっきまでと別の何かがいる」

アスは剣を握り直した。アテネが後ろに半歩下がった。

その時、音がした。

岩が、軋んだ。


それは、大きかった。

通路の幅ぎりぎりの体躯。黒い甲殻が全身を覆い、腕が四本。顔のあるべき場所に、目が六つ並んでいる。足音は重く、一歩踏み出すたびに地面が微かに揺れた。

三人とも、動けなかった。

戦意がどうとか、判断がどうとか、そういう段階ではなかった。ただ、圧があった。空間を塗り替えるような、それがいるというだけで逃げ場がなくなるような、圧が。

「危険度3」ミルの声は、かすかに震えていた。「1層に、いるはずがない」

アテネが何か言おうとした。声にならなかった。

アスは剣を構えた。手が震えていた。炎の魔力を出そうとしたが、うまく練れない。恐怖が先に来ていた。

逃げるべきか。戦うべきか。

どちらの判断も、出てこなかった。

悪魔の六つの目が、三人を見ていた。


第二話 了

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