第八話『ポエマーはアポ無し凸をご所望』
冒険者となってからは年に数回程度しか会わなくなっていた幼馴染のミーナ。ローレは彼女との別れを簡単に割り切れる程、心は強くなかった。
でも、だからこそ、ローレは後ろを振り返る事をしない。それがきっと、彼女の願いだろうから。
「くよくよしてちゃ笑われますねぇ。今はただ前を向けばよいのです」
頭を上げる、前を見据える。
それだけで視界が広がり、思考もクリアになる。
完全、とは言い難いが、気持ちをひとまず切り替えたローレは、馬の手綱を握る御者の老人に声をかけた。
「ところで名前は何と呼べばいいのでしょうか?」
「あ、それ私も聞こうと思ってた!」
ローレとネルの声が背後から聞こえて、御者の男は前を向いたままこう答える。
「ヘッジです。孫にはヘッジ爺って呼ばれています」
「ふむ、良いお名前ですね。では、これからはヘッジさんと呼ばせて頂きます」
ローレがそう言うと、ヘッジは軽く頷いた。
それにネルが高い声で続く。
「じゃあ私はヘッジ爺って呼びたい!」
仕草から声まで、本人は自覚していないだろうが、自らの魅力を最大限引き出す動きでネルは言う。これで18歳というのだから、わざと性格を明るくしている可能性もあるが、ローレはそれを穏やかな目で見ていた。
ネルの声に若干浮ついた声でヘッジが返す。
「まあ、良いですよ」
「やった!」
思わず撫でたくなるような魅力が、ネルにはあるのだ。
さて、基本的にここら一帯は何もない土地だ。
辺境の辺境、草木も少なく温度差も激しい。時に激しく天候が荒れるのもあって、道の舗装も今となっては無いに等しい。
故に隣町までの旅路、三日三晩殺風景を眺めることとなるだろう。馬車がガタゴトと揺れ、太陽の光が差し込んだり、陰ったりする。
そんな穏やかな時間を、ローレとネルは楽しんでいた。
「見てローレ! あれ!」
「んん、何でしょう?」
そんな最中、ネルから声がかかって、彼女の指の指す方を目を細めて見る。するとそこには低木があって、ポツポツも紺色の丸い実がついているではないか。
「あれ、ブルーベリーじゃない!?」
言われてみればそうとしか見えない見た目をしているが、ローレは知っていた。あれはブルーベリーではなく、それに似たシャリンバイという実なのだ。
「ネル、あれはシャリンバイと言って、ブルーベリーではないのですよ。私も一度食したことはありますが、正直渋くてあまり好みではありませんでした」
ローレの言葉にがっくり肩を落とすネル。そんなネルを見かねて、ローレは懐から小さな何かを取り出した。丸い形状の包を解くと、中から幾つかの透明な球体が姿を表す。
「飴です、お口に合えば良いのですが?」
「ありがとう! 美味しくいただくね!」
それから二時間が経過。
口に転がした三つ目の飴も溶け切ってしまい、ネルはダランと脱力する。
辺りも少し気温が下がってきて、ローレとヘッジは眉間にシワを寄せて天を見た。
「これは、荒れるかもしれません……」
「私も同感ですねぇ、ここらの大雨は強烈ですので、急ぎで雨宿りできる場所を作りましょう」
「そうですね……それではつく──え?」
ローレの言葉にヘッジが目を点にする。
ローレが馬車に立てかけた仕込み杖を手に取り、こう言った。
「私、一通りの中級魔術は履修済みでして、応用すればこんな事もできるのですよ!」
「うわぁっ!?」「おおおお!?」
ローレが杖を振り上げると、馬車が乗る地面がガタガタと揺れて、馬車を囲むように地面が円形に盛り上がる。
「ストーンウォール!」
次の瞬間、馬車を包み込むように巨大な壁が地面から伸びてきて、最終的に簡易的な『かまくら』のような外観になった。
その出来にローレは満足そうにチョビ髭を撫で、ヘッジとネルは口をあんぐりと開いて動きを止めていた。
「これで一日は持つはずです。空を黒雲が覆い始めましたし、まだ昼も過ぎたばかりですがここを野営地としましょうか」
ローレの言葉にヘッジとネルが頷く。
そして一時間後、ローレの言っていた通り、思わず目を瞑ってしまうほどの強風と雨が天井を叩く音が響き渡っていた。
ちなみに馬二頭はすぐ隣に簡易的な馬小屋を作っていて、軽く体を動かせるぐらいには広い。
「これは……思ったより、ですねぇ」
「なにー! ローレ聞こえなーい!」
ここで一つ問題発生。
大雨の音が大き過ぎて声が聞き取りづらいのだ。これに関してはもはや仕方がないため、ローレは肩を落として地面に座り込む。
簡易拠点の天井には蒼炎揺らめく銀色のランタンが吊るされていて、柔らかな明かりとともに空間全体を温めていた。
ピシャんと稲妻が落ち、目を覆うような閃光が瞬いた後、即座に轟音が耳を襲う。
ネルが高い声を出して地面に丸まり、ヘッジは耳栓をつけて目を瞑っていた。
その中でローレただ一人だけ、外をじっと見て黙り込んでいた。
「この荒れ具合……普通ではありませんねぇ。何か良くない兆候な気がします」
ローレがそう零すと、ヘッジが近づいてこう言った。
「……同感です。私は何十回もここに来ていますが、ここまでの荒れ具合は初めてです。きっと、ローレさんの魔法が無ければ今頃吹き飛ばされていたに違いない」
まるで天が怒り──いや、泣いているような?
どちらにせよ、お天道様はローレ一行の門出を歓迎してくれないようだ。
──上等です。
そうローレの口が動く。
もう引き返せないと天が言っているのであれば、それは余計なお節介というものだ。
ふと後ろを見ると、ネルがローレの肩に手を置いていた。
「わくわくしてきたね……!」
その瞳に映るのは恐怖心でも、憂いでもなく、底なしの探究心。ネルは純粋にこの状況を楽しんでいたのだ。
そんなネルの様子に毒気を抜かれたローレは、口角を上げて立ち上がった。
「────ははっ、そうですねぇ! 行く手を阻むは天神様! ですが、何人たりとも高貴な私達の道を塞ぐことは叶いませんよ。そう、何人も、ね」
「それでこそローレ!」
やいやい、と合いの手が入りローレとネルは笑う。ヘッジも最初は戸惑っていたが、次第に二人の輪に入って沢山の旅話を聞かせてくれた。
国から国まで運ぶような無茶な依頼から、のんびりとした依頼まで、ヘッジが思い出を語っているうちに大雨も多少は弱まった。
「では、そろそろ話しましょうか?」
「ローレ? 何を?」
ネルがこてんと首を傾げる。
それを見てローレは口を開いた。
「ひとまずの目標ですよ! これから私とネルが一旦目指す場所です」
人さし指を立ててそう言ったローレに、ネルが笑顔で身を乗り出した。ヘッジはそれに「聞いても大丈夫なのですか?」と言ったが、ローレは「何も問題ない」と返す。
そして、仰々しく両手を開いてローレが言った。
「天光の座を再び取り戻し、ゼニスへの侵入許可を貰うため──」
ごくりとネルとヘッジがツバを飲み込む。
「帝都に存在する『ダンジョン総括機構』の本拠地へアポ無し凸しようと思います!!」
ローレは笑顔で、歴史に残るであろう未来予想図を言い切ってのけたのだった。




