第四話『ポエマーは祈りを捧げる』
白い袋を開き、中に詰まった遺品を丁重にカウンターに並べていく。
腹部付近が紅く染まって破けた服に、刀身の折れた剣。割れた矢じりや髪飾り……恐らくスケルトンジャイアントに敗北し、喰われた人達の遺品であろう事は誰の目から見ても明らかだった。
先程まで談笑が響き渡っていたギルド内は、まるで嘘だったかのように静まり返る。それらに心当たりがある人がいたのか、嗚咽の声さえ聞こえてきた。
それはローレの横に立つネルも同様で──
「何……で、それ、は、お兄ちゃん、の──剣?」
ネルの目に留ったのは、剣先が砕け、持ち手に名前が彫られた一本のロングソード。何度も使われてすり減ったのか、持ち手に彫られた文字は潰れかけていた。
ローレはそっと、剣をネルへ渡した。
「ネルさん。私の故郷では、魂は輝く星となり、残された品は再会のための道標になると言われています。……実に高貴な話だと思いませんか?」
いつもの芝居がかった仕草で少女に話しかけるローレの顔は、少し影がかかっていた。ネルの反応はなく、大きな瞳が、ただ一点を見つめて動かない。
つい数分前まで「おじさん!」と笑っていた少女の頬から、一気に血の気が引いていく。
「ゲファールリッヒの最深層……主の玉座の傍らに、それは凛として横たわっていました」
嘘だ。
本当は、他の遺品の中に粗雑に埋もれていた。
だが、ローレの口は止まらない。止めてしまえば、この沈黙に押し潰されると本能が知っていたのだ。
「彼は最後まで、高貴に戦ったのでしょう。この剣を見れば……分かります」
「……嘘。お兄ちゃん、帰ってくるって言ってたよ!? ……………………もう、会えないの?」
ネルの声が震え、ボタボタと大粒の涙が折れた剣の上に落ちる。刃の上を涙が伝って、ぐしゃぐしゃに泣いたネルの顔が反射する。
その瞬間──ローレの視界が、ぐにゃりと歪んだ。
(──逃げろ! ここはもう保たない!)
(……嫌。貴方を置いてなんて行けるわけないじゃないですか! ここは私が道を切り拓きます! 貴方は頂上へ!)
脳裏に、真っ白な雪山の風景が過る。
真っ赤な空を覆い尽くす魔物の群れ。血の匂い。怒号に叫び。泣き声、断末魔──そして、自分を庇って倒れた「誰か」の、燃えるような赤い髪。
「……がっ、は…………!?」
急激な吐き気と、頭を割るような激痛。
ローレは思わずモノクルを押さえて膝をついた。冷や汗が滝のように流れ落ち、銀髪が額に張り付く。
唇はひくひくと痙攣し、顔色が途端に真っ白になる。
「おじさん……? どうしたの、おじさん!」
ネルの泣き声が遠く聞こえる。
何だ、今の記憶は。
私は『辺境潰し』として、多くの戦場を渡り歩いてきた。その過程で仲間を失うことなど、珍しいことではないはずだ。なのに、なぜこの少女の涙が、これほどまでに私の胸を──
「……は、ははっ! いやはや、失礼。あまりに悲劇的な光景に、私の繊細な心が一時的な反乱を起こしたようです! 何も問題ないですとも!」
ローレは無理やり口角を吊り上げた。
チョビ髭を指で整え、いつもの「高貴な男」の仮面を、無理やり顔に貼り付ける。
そうしたら、頭の痛みが和らいだ気がした。
「ネルさん。泣かないでください……と言っても無理でしょう。ならば、存分に泣きなさい。私のこの外套は最高級のシルク。あなたの涙を吸い込むためにあつらえたようなものですから」
ローレはネルを抱き寄せたのではない。ただ、彼女が泣き崩れるのを、その細い肩を、震える手で支えた。
「……お兄ちゃん、お兄ちゃん……っ!」
少女の絶叫が空間に響く。
周りの皆は、思い思いの感情を胸に抱き痛烈な表情を浮かべている。口を閉じ、息を止め、故人となった勇気ある命が、今はただ──安らかに眠れるように……祈っていた。
「うぁぁあぁぁあぁああぁぁぁああ!!」
ローレは目を閉じ、必死に自分の中の「空白」に蓋をした。
忘れている。何かを、決定的な何かを自分は忘れている。
だというのに、彼の唇は、勝手に「詩」を紡ぎ出す。
静まり返ったその空間に、異様なほど耳に残る、ローレの言の葉が響き渡った。
「……星は巡り、道標は語る。別れは、次なる再会への前奏曲に過ぎないと。……ああ、実になんと、高貴ではないですか」
その声は、自分自身に言い聞かせるような、掠れた響きだった。
窓の外、遠く北の空には、大陸最高峰『ゼニス』を抱くヴェンチャー山脈が、冷ややかに彼らを見下ろしていた。
ローレの意志とは無関係に、運命の歯車が、静かに、しかし確実に回り始めていたのだ。
「さあ、行きましょうか、ネルさん。まずは温かいスープでも。……私の高貴な奢りですよ」
「………………ふぐっ……うぅ、あぁあ……うぇぇええぇぇえん!」
小さな少女の慟哭は、ぶつけようのないやるせなさに満ちていて、今はただ、ローレの体に顔を押しつける事しかできなかった。
折れた剣を袋に戻し、ローレは立ち上がる。
その足取りは、先ほどよりも微かに、北の方角を向いていた。




