第三話『ポエマーは決意する』
少女と他愛もない話をしながら歩き始めて数時間、時刻は昼近く。少し汗ばんできたのでローレは黒い外套を脱いでいた。
二人の目の前には軽く整備された道があって、その先に大きな建物があった。屋根に掲げられた大きな看板を見上げれば、そこには『冒険者ギルド』という白文字が刻まれている。
ローレと少女は顔を合わせて頷いた。
「お嬢さん、入口の段差にお気をつけ下さい」
「うん! ありがとうおじさん!」
「おじさん…………!?」
少女の手を引いてローレは目的の地に辿り着いたわけだが、おじさん呼ばわりされた事でローレは内心狼狽えていた。
今年三十一歳。
白の混じった銀髪にチョビ髭。
スラリとした長身に杖……
少女の目にはローレが自分よりも何倍も歳上だと映っていたのだ。
「おじさん……私が…………!?」
「どうしたの『おじさん』?」
「ぐっふ」
入口の前で急に胸を押さえて苦悶の表情を浮かべるローレに少女は戸惑う。
「い、いえ。平気ですよぉ、はい」
「……? なら、良かったけど……」
ローレの声は若干裏返っていたが、少女はあどけない表情でこてんと首を傾げる。若さって良いな、とローレは強く思った。
気を取り直し、ローレはこれ見よがしに「カツン」と杖を鳴らしてギルドの扉を開く。
「淑女の皆様、そして野蛮な諸君。おはようございます! 今日も世界一高貴な男が帰還しましたよ!」
一斉に突き刺さる冷ややかな視線。しかし、ローレはそれを「熱烈なファンからの羨望」と脳内で変換し、モノクルを指先で直して不敵に微笑む。
「あ、あれが噂の辺境潰し……?」
「おい静かにしろ、序列持ちだぞ。関わるな」
ひそひそ声という名の罵倒を背中で受け流しながら、ローレは隣にいた少女の手を優しく引いた。
「さあ、受付へ行きましょう?」
「うん!」
ここアルテミス冒険者ギルドは酒場と合体している造りで、まさにお昼時真っ只中の今、ギルド内の席の半数が埋まっていた。
その様子にローレは少女の手を引きながら、内心首を傾げる。
ここアルテミスはダーグラウス王国から遠く離れた辺境に位置する、謂わば田舎である。そのため、冒険者ギルドには普段そこまで人がいないはずなのだが……
「何が、起こっているのでしょうか……? 私の高貴センサーが強く反応していますね」
普通の人ならばいつもより人が多いだけだと納得するところに、ローレは引っ掛かりを感じた。
いや、今はそれよりも──
右手に持った白い袋の質量だけではない重さを再度確かめ、目を閉じる。そして受付の人に声をかけた。
「……ご要件は?」
受付嬢の死んだ魚のような目つきで、何処までも事務的な声にローレはむっとして言った。
「ミーナさん、相変わらず私の輝きに当てられて、言葉が固くなっていますね。照れなくていいのですよ?」
「……はいはい、それで何しに来たんですかローレさん? ダンジョンの沈静化は少なく見積もっても四日はかかると仰っていたじゃないですか」
ミーナはローレを軽くあしらい、疑問を持ちながらも本来の用件をローレに問う。すると、飄々としていたはずのローレの表情が、一瞬曇ったのだ。
ミーナはそれを見逃さなかった。
「少し、耳を貸してくれませんか? ミスミーナ」
「……はぁ、良いですよ」
ミーナとしては大変不本意だったが、ローレの隣に立つ小さな少女を見てミーナは耳を貸した。
「……ゲファールリッヒは先程沈静化が終了しました」
「──え、まだこちらに来てから三日ですよね!?」
「聞いて下さい。ここからが重要なのです」
「わ、分かりました……すみません」
先程の変人っぷりは何だったのかと問いたくなるようなローレの変化に動揺しながらも、ミーナは必死に耳を傾ける。
「私の横に立つ少女の兄が、一週間前から消息を絶っているようで、データなどは残っていませんか?」
「────少々お待ち下さい」
ミーナはローレの「無言の圧力」──モノクルの奥にある、笑っていない瞳の意味を瞬時に理解して、すぐに名簿を取りに裏へ走っていった。
「ミーナさんどうしちゃったの?」
「いえ、少し報告書をとってきてもらっているだけですよ! それはもう私のような光の速さで」
ローレは必死に作り笑いをする。
これでダンジョン探索名簿に少女の兄の名があれば、この白い袋の中身の持ち主が確定してしまう。
「──戻りましたっ!」
「あら、本当に光の速さでしたね!」
「そうだね、お姉ちゃんはやーい!」
運動をあまりしていないのか、息を荒くしてミーナが名簿をめくっていく。そして、ミーナが優しく少女に問うた。
「ねえ君、お名前は何て言うのかな?」
「私? 私の名前はネル! それでお兄ちゃんの名前はネラだよ!」
少女が嬉々として兄の名前を挙げた。
パラパラとおよそ一週間のダンジョン入場名簿が捲られていき──ある一ページでミーナの手が止まった。
ミーナに目配せされて、ローレが耳を近づける。極力ミーナの表情を見ないように……
「……ありました。一週間前に消息を絶った冒険者パーティー『流水の集い』のリーダー、ネル。現在調査中になっています」
何も知らないネルがきゃあきゃあと他の席に座る女性冒険者と話しているのと反対に、ローレは右手の袋がさらに重さを増したのを感じた。白い袋の中からは、カラカラと金属同士が接触する無機質な音が鳴る。
「ご協力、感謝します」
「いえ……力になれず、すみません」
ここまでくればミーナも勘付いたのだろう。申し訳なさそうな表情でローレを見てくるのだ。ローレはチョビ髭を一瞬弄った後、口を開いた。
「私は今からネルとお話をしますが、お恥ずかしい事に、幼子の扱いに私は慣れていません。ですので、良ければサポートがあると嬉しいですよ」
「──分かりました」
恐らくネルはまだ十歳にも満たない少女だ。
これから伝えることがどれだけ彼女の心を傷つけるのかは想像に容易い。
だが、愛する兄の行方を何も知らないで生きていくのは違う。いずれ知るのなら、少女の兄の遺品を回収したローレが自ら説明し、サポートする。その責務がローレにはある。
ローレは一呼吸した後、決意を固めた。
「ネルさん。一つお話をしてもよろしいですか?」
「──? うん!」
そして、ローレは白い袋の入口に手をかけたのだった。




