第二話『ポエマーは自己紹介をする』
「嗚呼女神よ、全知万能の神よ。陽光が陰り、世界を照らす光がなくなったとしても問題がないように私を創ったのですね! そう、何故なら私こそが『光』なのですから!」
ローレは上機嫌だった。
面倒な仕事がたったの二日で終わった事もそうだが、何よりスケルトンジャイアントが落とした青い魔石が嬉しい。
魔物の心臓である魔石は、基本的に豊富な魔力が込められている。その用途は様々で、加工されて魔道具になったり、街の街灯や持ち運びコンロなどにも使用できるのだ。また、腕の良い鍛冶師ならば魔石を加工して魔法武器を作ることができる。
ローレの仕込み杖も魔法武器の類であり、ローレはそろそろメンテナンスしたいと思っていたのだ。
魔法武器のメンテナンス。
それは失った分の魔力を魔石で補充する事だ。
仕込み杖を天に掲げて、青の魔石を杖にくっつける。すると、魔石は一瞬光った後、杖に吸収された。
「しかし……報告ではゲファールリッヒは低位迷宮だったはず。あの感じですと、数日遅れていたら高位迷宮になっていましたねぇ」
銀のチョビ髭をつまんで、ローレは考える。
報告とのズレ。
これはあってはならない重大な問題なのだ。
──迷宮は放っておくと階位が上がる特性があり、それは最深層のボスを討伐する事で沈静化される。
しかし、迷宮によってはその周期が異なることや、場所によっては人が近寄り難いエリアにできることがある。
そのため、未発見の長く放置された迷宮は手が付けられないほどの難易度になって、周囲数百キロに致命的な被害を撒き散らす事も起こり得るのだ。
「範囲消失……そういえば私も死にかけましたねぇ。まあ、今の高貴な私ならば善戦くらいはできるでしょう!」
階位悪夢迷宮『ロスト』。
ローレの出身である『ダーグラウス王国』と国境を隔てる『アイシルデ神聖王国』との間にある大陸最大級の山脈『ヴェンチャー』にて発見された迷宮を指す。
ヴェンチャーは南北16000kmの褶曲山脈であり、中でも最高峰は『ゼニス』。標高14000m級の天をも突き抜ける山なのだ。
あれは二度と経験したくないと、ローレはため息を吐いて杖を撫でる。心なしか、杖もため息を吐いたように見えた。
そう、『ロスト』はその頂上にあったために、人々は長く気づくことができなかったのだ。
結果として『ロスト』は迷宮氾濫を起こし、溢れ出した魔物の軍勢は山を下っていった。最終的に半径400kmの範囲が魔物との戦闘によって消失。ダーグラウス王国、アイシルデ神聖王国ともに許容し難い犠牲者を生んだ事件となり、ゼニス周辺には今も結界が張られ、封印されている。
ローレはこの『消失防衛戦』を経験しており、文字通りの地獄を生き抜いた過去があるのだ。
そして、この一件にて迷宮の特性が世界に知れ渡り、ある機関ができた。その名を──
「迷宮総括機構さん、人命が関わる重大なミスですよ、全く……私であれば多少雑でも問題ないと判断でもしたんでしょうか……? まあ仕方がないですね、私があまりにも高貴過ぎて筆を誤ったんでしょう!」
ローレはいつまでも変わりのない草原を歩きながら声高らかに笑う。別に作った笑いではなく、ローレは本心から笑っていたのだが。
「さて……そこの迷える子羊さん? 何か言いたげな表情をしていますね?」
「────っ」
足を止め、ローレがにこやかな表情で振り返ると、そこには顔をこわばらせて固まる少女の姿があった。必要最低限の装備に肩がけのポシェット。家族が心配して持たせたのだろうと容易に想像できる。
「……ずっと、気づいてたの?」
「ええ! 可憐な気配がずっとしていましたからねぇ」
「え」
「ああ、逃げないで下さい!」
ローレの言動に引いた少女は後ずさったが、ローレが全力土下座した事で一旦話をする事になった。
「こほん、では何でも答えてあげましょう」
ローレシルクハットを右手で持ち上げ、胡散臭いウィンクをした。それを見て、少女は意を決して口を開く。
「あなたが噂の、辺境潰し……なの?」
少女が縋るような目で言ってきた内容にローレは一瞬目を見開き、上品な動きでカーテシーした後にこう答えた。
「──いかにも。辺境潰し序列五百位、ローレという者でございます」
辺境のダンジョンを沈静化させる、いわば遊撃隊のような役目に任命された冒険者を『辺境潰し』と言う。
ローレもその一人であり、ゲファールリッヒに訪れたのはダンジョンの成長を沈静化するためだったのだ。
ローレの言葉と同時、草原の草が暖かい風に撫でられて反り返る。そして、少女はこう言った。
「一週間前に、お兄ちゃんがダンジョンに行ったまま戻ってこないの」
「────」
「ゲファール……リッ、ヒ? って言ってた気がするの」
段々と泣きそうな表情になっていく少女の様子を見て、ローレは表情に出ないように下唇を噛んだ。鉄の味が口に広がる。
「ローレさんなら、すぐに攻略して、お兄ちゃんを探し出してくれるよね!」
ああそうか。
この少女はローレがまだゲファールリッヒを攻略していないと思っているのだ。
ローレの脳裏に血の染み込んだ、剣先の欠けたロングソードが浮かんでは消えていく。
「ええ……先程は一度下見をしたのですよ。明日には攻略しようと思っています」
「本当!?」
「はい! 私は決して嘘をつきません! なにせ高貴ですからね!」
嘘だ。
ここで言うには場所が悪かったから、そう胸に言い聞かせてローレは嘘をついた。
少女の満開な笑顔を見て、ローレの心はヒビ割れそうだった。
一週間来るのが早ければ──いや、そんなもの結果論でしかない。そうだと分かっていても、ローレが早く来ていれば助かった可能性はある。その事実が、ローレにとっての全てなのだ。
「では、私は冒険者ギルドに報告しに行くのですが、あなたも来ますか?」
「うん! 行く!」
どう、説明すれば良いのか……ローレは分からずにいた。
右手に持つ白い袋から、カランカランという乾いた音が聞こえた気がした──




