第2話 教会
アイシャルトは色であふれた街だ。
にぎやかな大通りから外れても、今度は色とりどりの民家が待ち構える。送電線が楽譜となって、馬車の音まで軽やかになった。不安を忘れて、楽しい気分で大きな公園を通り過ぎると、目的地となる教会に到着した。
(……着いちゃった)
ミイナは教会が苦手だ。修道院にいたときも、最低限の用事でしか礼拝堂に足を踏み入れていない。だけど、居住の管理は教会が行っていて、そのため待ち合わせもこの場所となっている。
司祭様が何人もいそうなほど立派な建物。地味な色合いが逆に存在感を放っていて、教会でなくとも気後れしそうだ。
「立っていないで、中に入ろうか」
アイリスが一緒にいたことは、ミイナにとって幸運だった。きっと一人では入れなかっただろうし、中で人に声をかけることもできなかった。話がついて、無事ミイナは待合室に案内されていく。ただ、そこでアイリスとはお別れになった。人と会う用事があるらしい。
待合室に向かう途中で、ちらっと目に入った礼拝堂。薄暗い部屋は、広くて、荘厳で、正面の大きなステンドグラスは神様の世界とつながっているみたいだった。ミイナにとって場違いな場所。
だから、待合室で座っていても、ミイナはそわそわと落ち着かなかった。
(来てくれるんだよね……)
ふと、そんなことを思った。
たった一人。あの日もたった一人、神様すらいない教会に置き去りにされた。
――幸せにな。
そんなこと思っていないくせに……。
みぞおちの辺りが痛くなってきた。こんな所にいたくない。気づけば、ミイナは立ち上がっていた。
廊下には誰もいない。ガラス窓から見える空はほんのり赤くて、来たときとあまり変わっていなかった。
そろそろと歩いていくと、ミイナはまた礼拝堂の前に着いた。入口は開いたまま。つい気になって、そっと中をのぞいてみる――。
「どうぞお入りください」
背後から声をかけられてビクッとする。振り向くと、黒い衣装を着た、三十半ばくらいの温和そうな男が立っていた。司祭様だ。
「い、いえ……」
ミイナは後ずさりしようとしたが、ふと司祭様が女の子を連れているのに気づく。歳はミイナと同じくらい。清楚でおっとりした印象の子で、目が合うとにこっと微笑んできた。
「スパーロさんと待ち合わせている子ですね?」
司祭様の穏やかな声が割り込んだ。ミイナは慌てて顔を戻して返事する。
「お祈りはよいことですが、勝手に歩き回ることは感心しません。いなくなったと心配しますので」
「ごめんなさい……。ちょっと、退屈で」
「それでしたらちょうどよかった。話し相手になればと、この子を連れていくところでした」
司祭様に促されて、女の子がすっと前に出てきた。初対面での緊張と警戒で、ミイナはほんの少しだけ身構える。
「ノエミだよ。あなたは?」
「えっと、ミイナ……」
「ミイナちゃん!」
「え、え――?」
ノエミが満面の笑みを浮かべたと思ったら、次の瞬間には「よろしくね!」と抱きつかれていた。あっさりと警戒を突破されて困惑するミイナ。そこに司祭様が「ノエミ」とたしなめるような声を出す。
「むやみに抱きついてはいけません。失礼ですよ」
「えぇ? 挨拶だよ?」
「そんな挨拶はありません」
「ママはしてくれるよ?」
「……外の人にしてはいけません」
「みんな家族だよ?」
「……」
問答をあきらめた司祭様は、うなだれるように息を吐く。一方のノエミは、わからないといった顔をしながらも、いったんはミイナから離れてくれた。
「大変な失礼をしました。悪い子ではないので、よろしければ一緒にいてあげてください」
「は、はい……」
気づけば、司祭様から頼まれる形になっていた。そんなことを当のノエミは気にもしない様子で、「行こ」とミイナの手を引っ張ってくる。そのまま流されるようにして、結局また待合室に戻っていた。
ノエミは司祭様の一人娘だと聞いた。
何とも神様に愛されそうな身上で、ミイナとはまったくの正反対。だけど、すぐになじめた。性格はおっとりしているものの、引っ込み思案というわけではなくて、むしろ積極的。
ミイナは話をしていて楽しかった。
「ミイナちゃんはこの街に住むようになるんだ。この近く?」
「それはわからないけど」
「近くだったらいいなあ。わたしは学校がないときは、ここか公園によくいるよ」
「学校って?」
「お勉強するところ。最近行ってるの。いろんな子がいるよ。怒りんぼの子とか」
「それはあまり会いたくないなあ」
ノエミと会えるなら教会に行くのも悪くないかな。そんな風に思っていると、ノックする音が聞こえてきた。司祭様だ。ノエミを迎えに来た。
(あ……もう終わりなんだ)
あっという間だった。
(楽しかった。でも、また一人かあ)
ミイナは少しだけさびしいと感じる。
と、司祭様が手招きをしてきた。
「ミイナさんも来てください。スパーロさんがいらしていますよ」