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安楽椅子ニート 番外編23

ガチャガヤギャチャガチャ ガチャガヤガチャチャガアガタヤ

男「あぁあ、負けだ、負けだ」

男「くっそ、ツいてねぇ」

瀬能「・・・また相手になってあげますよ。子猫ちゃん・・・」

ガチャガヤチャガヤガチャガチャ ガギャタアガチャ

男「よろしいかな?・・・一局、お付き合いさせていただいても。」

瀬能「・・・。・・・どうぞ。」

男「お久しぶりですね。瀬能杏子君。」

ガラガラ ガチャガヤギャ ガラガララガラ ガチャガヤチャ

瀬能「あなたこそ。私以上の暇人なんですか? わざわざフェレンツェから違法ドンジャラをする為に、日本にいらっしゃったんですか?クランプ教授。」

クランプ「まぁそんな所ですよ。あなたのご活躍は、先日、その筋のニュースで伺いました。日本のTVショーの古美術、骨董品、マニアックなコレクターアイテムなどを、なんでも鑑定する番組から始まった、世紀のフォージュリーファクトリー(贋作工場)事件。その贋作工場を壊滅に追いやったと聞いております。我々、美術を志す人間は、あなたに足を向けて眠れませんよ。」

瀬能「・・・私をオーストリアの贋作工場に焚きつけたは、あなたでしょう?教授。

表向きは、数学で教鞭をとる大学教授。その実、ブラックマーケットの王とまで言われている、裏社会の顔役。そのクランプとかいう名前だって本当かどうかも疑わしい。あなたの最たる能力は、美術品への見識の深さではなく、おしゃべり。地球上のあらゆる言語に精通し、むしろ、言語学者になった方が良いと言われる人物。」

クランプ「アイテムを現地で交渉するなら、現地民の言葉で話さなければ、信用を得られないですからね。・・・リーチ。」

瀬能「もともと贋作工場を疎ましく思っていたあなたは、テレビ番組にかこつけて、贋作絵画を出し、鑑定士に、2億5千万円の値をつけさせた。鑑定士もテレビ番組も世紀の大発見と大々的に発表。その後、贋作専門の美術鑑定人とかなんとかいう人間をでっちあげて、かの作品が贋作だという事を公に発表した。その絵画を本物と信じて買い付けた美術商も、テレビで値段をつけたタレント鑑定士も、そしてテレビ番組も天国から地獄。世間からの信用は失墜。同時に、詐欺被害を受けた事になり事件化。事件は、その一件に留まらず全国に普及。同様の被害を訴える画廊、美術館が多数あらわれ、巨大な美術品マフィアの存在が浮かび上がる。その火は日本から、世界へ。一大美術スキャンダルへ発展。後のフォージュリーファクトリー事件へ進展する事となる。」

クランプ「あれは美術史の汚点ですよ。芸術に対する愚弄だと思わないですか、瀬能杏子君。」

瀬能「あなた、先生にちょっかいをかけましたね?」

クランプ「まぁ昔、絵を買っていただいたご縁がありましてね。先生のお知り合いの方から、例の贋作絵画が出たとご相談を受けまして、アメリカ自然史博物館やらルーブル美術館やらの学芸員とメルトモの、あなたをご紹介させていただいた、それだけの話ですよ。」

瀬能「回りくどい事を。・・・おかげで、オーストリアまで行くハメになったじゃないですか。」

クランプ「あれは愉快でした。千年つづく贋作工場を壊滅させるなんて。世界のどの偉人よりも快挙ですよ。もっと世界は、瀬能杏子君を賞賛すべきだと思いますよ。」

瀬能「リーチ。あなたの商売もやりやすくなった事でしょう?」

クランプ「それは、さておき。」

瀬能「なんです?」

クランプ「実は、もう少し厄介な事が起きましてね。是非、瀬能杏子君のお知恵を借りたいと思いまして。」

瀬能「はいドンジャラ。野比家。・・・前回は、先生と夫人に頼まれて嫌々了承したんです。私が、あなたに何かする義理もないでしょう?」

クランプ「そう邪険にする事もないでしょう。私もフィレンツェくんだりから足を運んでいるんですから。・・・あと、ひとつ揃えば、ドラミ一色だったんですが。」

瀬能「私の勝ちです。12万ドル、私の口座に入れておいて下さい。・・・では、教授、またどこかでお会いしましょう。」

クランプ「なんでしたらキャッシュでお支払いしますよ。前金にしたら丁度いい。」

瀬能「・・・」

クランプ「あなたがお金で動かない事は存じ上げております。・・・こちらをどうぞ。オベリスクを象ったとされる物です。多少、形が丸みを帯びていて、女性に愛好家が多いと聞いていますが詳しくは私は存じ上げません。エジプト文明が盛んだった紀元前以前の本物です。」

瀬能「・・・」

クランプ「どうぞ、おかけ下さい。」

瀬能「話を聞くだけなら、」

クランプ「ええ。私はこういう物に一切、興味がないんですが、あなたがこういった物に興味を持っていると言う話を、噂で聞きましてね。本来、こういう物は、欲しいと思われる方の所に置いておくのが物にとっても幸せな事だと思いましてね。事実、エジプト考古学博物館で展示されるべきものだとは思いますが。」

瀬能「・・・秘宝館の間違いだと思いますけど。」

クランプ「気に入ってもらえると思いまして持参いたしました。持つべき人間の下に持つべき物を、お渡しする。美術品においてはそれが私共、ブラックマーケットのモットーでして。」

瀬能「それで?」

クランプ「・・・私共も手を焼く案件が発生しました。瀬能杏子君、この写真を見て下さい。」

瀬能「・・・?・・・私、絵画が専門じゃないから、見ても分かりませんよ。」

クランプ「18世紀の画家、リオーネ・フランの作品、『飢える女』です。」

瀬能「これが、どうました?」

クランプ「この作品、幻の作品とされていましてね。フランのリストに載ってはいたのですが、これまで発見されて来なかったものです。それが、突然、世に出る。まぁ美術界ではよくある話です。持ち主が死ぬまで手放さなかったものを家族が発見して、美術館に寄贈するとか、オークションに出されるとか、経緯はそれぞれですが、未知の作品が世に出る事は珍しい話ではありません。これも同様、珍しくないエピソードと共に発見された作品です。

これを、日本のとある公営美術館が私共から、購入されましてね。・・・その時はお互い、良い取引が出来たと思っておりました。」

瀬能「税金で運営している美術館が、美術品マフィアから絵画を買った時点で、・・・アウトだと思いますけどね。」

クランプ「公序良俗の意見はこの際、聞かなかった事にして下さい。ただ、私共はブラックマーケットですが、価値と価格は、常に”適正”であると考えております。表舞台の美術オークションと違い、価値ある物には価値をつけた価格でお譲りする。信用こそが我々の後ろ盾であり、その信用をもって、名立たる美術品を取り引きして参りました。だからこそ裏社会で確固たる地位を築いたと自負しております。」

瀬能「・・・では、その信頼が揺るいでいる事案だと、・・・おっしゃりたい訳で?」

クランプ「ええ。こちらをご覧ください。これはイースターという男です。絵画専門の贋作作家です。・・・昨年、ドイツで逮捕されました。もちろん贋作による美術品詐欺で。その被害額は、軽く1兆ドルを超え、被害額は未知数です。」

瀬能「1兆ドル?」

クランプ「被害件数が多く、把握しきれていないのと、未だ、贋作と分からず、本物と思い、所有しているからです。これからもっと被害は増大していく事でしょう。・・・本題はこの”飢える女”です。ドイツ警察が発表した詐欺の作品リストにこの作品が掲載されていました。この作品を買われた美術館が、それはもうご立腹で。・・・ひゃははははははははははははははははは。これは失礼。」

瀬能「・・・。」

クランプ「先程、話しました通り、私共ブラックマーケットは信用のみが売りですから、その信用が揺らぐことになれば、私共もこの世界で生きていく事は出来ません。」

瀬能「あなた方が潰れるのはむしろ世間の為だとは思いますが、その反面、必要悪であるとは思います。・・・あなた方が自然史、美術史に貢献しているのは、間違いありませんし。」

クランプ「これは手厳しい。流石、アメリカ海軍を本気にさせた人だけはある。ひゃははははははははははははははははははははははっははははははははは。・・・失礼。私共も売った手前、このままケチを付けられたままではメンツに関わる問題です。たかだか小銭を持っているイエローモンキー共など、どうなろうと知った事ではありませんが、癪に障るので、この”飢えた女”が本物か偽物か、はっきりさせたいと思っています。」

瀬能「?・・・教授。だって、この、ニセモノ作者がこれは自分が描いたものだと言ったんでしょう?じゃあ、ニセモノじゃないですか。」

クランプ「いいえ。この男。とんだ曲者でしてね。自分が描いた贋作を、認めようとしないんです。ニセモノを掴まされた人間が、”本物”と思っている限り、それは”本物”だ、という主張を繰り返しています。」

瀬能「ニセモノだと思わない限り、本物だ、という理論ですか。・・・はぁ。」

クランプ「全く同じ作品が2枚、出てきて、こっちが本物。こっちがニセモノと判断できるなら、それは簡単な話でしょう。イースターは、有名な作家の、世に出ていない、未知の作品を描いているので、本当に、ニセモノか、発見された本物か、極めて判断が困難であり、それが彼のやり口なのです。」

瀬能「そんな状況でよくドイツ警察は逮捕できましたね?」

クランプ「ええ。美術品が贋作、というよりも、状況証拠で逮捕した、という所です。イースターの作品を売りに来た人間を怪しく思い、周辺を何年も調べていたという話です。そうそう、何点も、未知の作品が世に出回ることなんて、一般常識から考えたらあり得ない事ですから。」

瀬能「そうですよね。百年も二百年も発見されなかったものが、最近になって、わぁっと世間に出るなんて事、ないですものね。考えればすぐ分かりそうな事だと思いますが。」

クランプ「ただし。イースターは天才的な贋作作家です。以前、瀬能杏子君が見た、オーストリアの贋作工場とは質が違います。贋作工場では、そこそこの質を担保した贋作を、大量に作り、売りさばいていました。奴等の狙いは、美術品の価値を下げる狙いもありました。大量にニセモノが出回れば、あっちもこっちも美術品の価値は下がる。下がった所に本物の希少価値のある絵を売れば、湯水の様に価値は吊り上がり、破格で美術品が売り買いされる。適正価格をモットーとする私達ブラックマーケットには許しがたい愚行です。死をもって償ってもらわなければなりません。

それとは逆に、イースターは、正に本物。本物以上のニセモノを作る贋作作家だったのです。私共の、バイヤーが見抜けない程の本物を作る、作家だったのです。」

瀬能「本物以上の」

クランプ「イースターは、絵を描く事が天職であり、金には興味がありません。作家を真似て描き、作家以上の作家性を出す。贋作と言えど、正に、本物。生活も地味で、絵を描く以外は、趣味も何もない人間です。純粋に、作家をコピーする事が、イースターの生きる喜びなのです。だからこそ、イースターの贋作と、未知の発見されていない作品を、見分ける事が、困難なのです。」

瀬能「それで私にどうしろと?」

クランプ「あなたには、フラン作の”飢える女”の真贋を見極めて頂きたいのです。」

瀬能「さっきも話しましたが、私、絵画は専門外ですよ?・・・それでもよろしいのですか?教授。」

クランプ「ええ。・・・私は世界中であなた以外、この事案を解決できる人間はいないと思っております。私には分かります。あなたには、チベット仏教で言う邪眼を持っていると思います。第三の目、トゥルーアイ、宗教によって呼び名はあれど、あなたの目は、邪眼そのものですよ。」

瀬能「・・・邪眼ねぇ。」

クランプ「ええ。是非、ご協力を頂きたいと思います。・・・さて。私は他にも、用がありますので、これにて失礼します。せっかく日本に来たのですから、色々と顧客回りをしないといけませんので。ああ、そうだ。これ。あなたの口座に振り込むのは面倒なので、チケットを渡しておきます。また勝負しましょう。次はセーラームーンドンジャラがいいですねぇ。」

瀬能「・・・食えない人ですね。教授は。」




女「はじめまして。・・・ええぇ、瀬能杏子先生でいらっしゃいますか。」

瀬能「ああ、ええ。瀬能です。はじめまして。」

女「当美術館、学芸員の田代です。今回、”飢える女”の調査にご協力いただき、ありがとうございます。」

瀬能「・・・そんなにかしこまらず、私は、押し付けられたのが半分、興味半分、娯楽半分、そんな感じですので。・・・ん、足すと100%を超えてしまいますね。あはははははははははははは」

田代「先生、失礼ですがそれでは困るんです。この美術館の閉館がかかっているんです、私達は覚悟をもって、この事案に当たっております。・・・・大変、申し上げにくいお話ですが・・・」

瀬能「あはははは ははははは はは は・・・ああ、そうなんですね。」

田代「県の代議士から、先生をご紹介いただきました。」

瀬能「・・・ええ、まったく、(どういうルートで人脈を持っているのか、)」

田代「まったく?・・・先生は、随分、お若く見えますが、アメリカ自然史博物館とルーブル美術館の学芸員をお務めだとか? 大変優秀でいらっしゃる・・・」

瀬能「いや、・・・。AMNHとLMの学芸員とメルトモなんです。」

田代「・・・メルトモ? は?」

瀬能「は?ですよね。私も思います。まぁ、ただ、議員先生のご紹介ですから、先生の顔に泥を塗らない程度に、務めさせていただきます。塗ってもいいんですけどね、関係ないっちゃ関係ない話なんで。」

田代「本当に・・・大丈夫なんですか?」

瀬能「この美術館が、2億円で買った絵が、ニセモノかも知れない。下手したらその責任を取って、潰されるっていうのは、至極真っ当な話だと思いますよ。・・・私も乗りかかった船ですから、協力は惜しみません。」

田代「我々は。ですから、我々は、この絵の価値を見極めないといけないのです。・・・責任を取るのはその後だと考えております。」

瀬能「まぁ、そうでしょうね。」


田代「先生。こちらが、リオーネ・フラン作、”飢える女”です。」

瀬能「おっきいい絵ですね。」

田代「横幅3メートルの大作です。大きさだけ見てもフランの傑作ではないかと考えました。」

瀬能「はぁ。・・・この人間みたいなのが飢える女ですか?」

田代「我々の解釈としては、このミミズみたいに見える、抽象的な人間が、飢える女そのもの、タイトルにある女だと考えます。そして、対に描かれている、この反転色の人間。二人の人間が描かれていると思いますが、表情と言いますか、印象が違うと思いませんか?」

瀬能「ええ。言われてみれば。確かに。・・・こっちの飢えている女は、陰湿な感じで、こっちの人間は、明るい感じで。」

田代「飢える女は、愛人。そして、対になるこの人間が、正妻。フラン自身の人間関係を描いていると言われています。」

瀬能「はぁ。・・・リオーネ・フランなる作家には、愛人がいて、その愛人を描いた作品であると。」

田代「ええ。そうです。フランにはこう見えていたのでしょう。愛しているのは愛人なのに、愛人は常に、正妻を妬ましく、羨ましく思っていた。正妻は、夫と愛人の事を知らない。フランは、愛人の女に、愛を幾らでも注いでも、その愛人の飢えは満たされる事がなかった。」

瀬能「そう説明されると、人間の業というか、滲み出る闇のようなものを感じる絵ですね。」

田代「我々も、そう思い、この絵を買いました。・・・市の年間予算、全てをつぎ込んで、この絵を購入したのです。この素晴らしい絵画を、皆に、見て欲しいと思って。・・・それなのに、こんな事になってしまって。」

瀬能「私、先入観なしにこの絵を見ると、2億円の価値があるかどうかは判断できませんが、良い絵だとは思います。」

田代「・・・正直、私もそう思います。フォージュリーなんて話が出なければ、傑作として、今後も、当館の売りとして、展示されていくと思っていました。だからとても悔しいのです。」

瀬能「美術に興味が無い市民にしてみたら、2億円で買ったものがニセモノだったなんて話が出たら、税金の無駄遣いだ!って話になりますものね。お察しします。」

田代「・・・。」




フレデリカ:セノキョン、お前も大変な奴に目をつけられたな。

セノキョン:言わないで

フレデリカ:別のベクトルで死の商人って言われている奴だ。美術品の為なら、戦争だって起こす奴だぞ?

ネッシー:知ってる。

セノキョン:知ってる。

ネッシー:ここだけの話、うちのアイテムの、十分の一は、ブラックマーケット経由で入ってくる。・・・あいつら、やり方はアコギだけど、美術品に関する扱いは紳士だからね。

フレデリカ:LMもそうなのかよ。

セノキョン:どこも似たようなものよ。二人共、知恵を貸して。

ネッシー:知ってる事なら教えてあげるけど

セノキョン:イースターって言う、贋作作家について。

フレデリカ:この前、逮捕された奴だろ? BBCで見たぞ。

ネッシー:欧州じゃビッグニュースだったのよ。

セノキョン:アジア圏では一切、ニュースになっていませんでした。

ネッシー:そうでしょうね。アジア人って芸術に興味ないでしょ? だからアンテナが錆びているのよ。

フレデリカ:それは言えてる。アジア人は金さえ出せば、何でも物が手に入ると思っている。

セノキョン:まったくもってその通り。弁解の余地はありません。

フレデリカ:被害額は1兆ドルとか言われているな。天才贋作師なんて報道がされているけれども。

ネッシー:何十年も前から、フォージュリーをやっていて、どれが本物でどれがフォージュリーか分からないから、皆、お手上げ。

フレデリカ:それが、問題をややこくしている原因であり、本質って事か。

セノキョン:本人だって、もう分からないでしょ?

ネッシー:きっと、そうね。本人も分からいでしょう。

フレデリカ:仮に分かっていたとしても、言わないだろうしな。

ネッシー:彼のフォージュリーは全部、一点物。同じ絵を二つと描かない。しかも、ひとつの絵に、何か月、何年とかける場合もあるって言う話。

セノキョン:贋作を作るのに、そんなに時間をかけるんですか?

フレデリカ:だから、天才と言われるているんだろう。もう贋作職人だな。そうでなければ、美術の勉強をしている人間なら、本物かニセモノか見分けがつく。見分けがつかないという事は、それだけ、フェイクの技術が高いという事だろう。

セノキョン:天才肌過ぎて、ついていけません。

ネッシー:イースターは作品を完璧に仕上げる。だから、余計な物は作らない。リストとかね。作家の技法だとか作風、これまで作った贋作。それらは全て彼の頭の中だけにあるの。当然、リストも彼の頭の中にはあるでしょうね。

フレデリカ:今回逮捕されたのだって、インチキと見破られての逮捕じゃない。絵を売りに行った使用人が怪しまれただけだ。バレなかったら、永遠に続けていただろうし、被害額も増えた事だろう。

ネッシー:イースターは、作家自身に成りきる。完璧なコピー人間よ。

セノキョン:コピー人間?

ネッシー:その作家の過去作品を研究し、筆づかいとクセを学習する。そして、可能な限り、人物のエピソードを掘り下げる。美術史、新聞、なんでもいい。記事、日記、近所の評判。作家の人物像の外堀を埋めていく作業を行うの。

フレデリカ:なんだかスパイみたいだな。

ネッシー:まさにその通りよ。絵を描く前の下準備に、何年もかけたりする。更にそこから、何か月、何年とかけて絵を描く。

セノキョン:それって有名な話なの?

ネッシー:こっちは、美術系の捜査官がいるから、そういう情報をわざわざLMまで来て、教えてくれるの。彼らも暇だから。

フレデリカ:お前が、気を持たせるような事をしているんだろう? わざと薄いシャツで出迎えるとか、フランス人がやりそうな事だ。

ネッシー:フランス人は奥ゆかしいの。アメリカ人と一緒にしないで。

セノキョン:ビッチなのはフランス人だと思いますけど。

ネッシー:ジャパニーズはヘンタイだと聞いているわ。

フレデリカ:そうだな。ジャパニーズはヘンタイだと有名だぞ。言葉の意味は分からないが、ジャパニーズはヘンタイで通っているな。

セノキョン:皆さん、この際、よく覚えておいて下さい。日本人は、忍者の末裔なので、真っ暗な部屋でセックスをします。それは暗闇でも目が見えるからです、忍者だから。

ネッシー:オー!ファッタスティック!ニンジャ!クノイチ!ビッチビッチ!

フレデリカ:ニンジャ!ツリテンジョウ、カズノコテンジョウ!

セノキョン:日本人とスる時は、真っ暗闇ですから注意して下さい。殺されない様に、部屋を明るくすることをお勧めします。

フレデリカ:いつもセノキョンは貴重な情報を教えてくれる。助かるぜ!

ネッシー:勉強になるわ。流石イーストエンドの国。

セノキョン:イースターっていう人は、思っていた以上に曲者ですね。

ネッシー:それだけじゃないわ。・・・その贋作する作家のアトリエがある都市まで行き、しかも、1年はそこに滞在し、その作家の暮らしを再現するの。

フレデリカ:クレイジーだな。

ネッシー:その作家に成りきる為よ。同じ風景を見て、季節を重ねて、そして、同じ思考に至る。どうして、その絵を描いたのか、心情を理解する為に。そうすれば自然と、筆が、絵を描いてくれる、と証言しているらしいわ。

セノキョン:表面的なコピーじゃなく、内面からコピーするんですね。

ネッシー:イースターはね、フォージュリーを作っているんじゃないの。その作家に成りきって、

フレデリカ:いや、違うぞ。その作家の魂を、取り込んでいるんだ。エクソシストみたいに。

セノキョン:アメリカ人的思考ですが、理解は出来ます。降霊って奴ですね。日本では、イタコと言います。

ネッシー:フランスではそういう考えは日常、ないから理解は出来ないわ。言わんとしている事は分かるけど。私達は、その作家のコピー人間になると考えているの。

フレデリカ:イースターは、その作家に魂を乗っ取られているから、

ネッシー:その言い方は、科学的ではないけれど、続けて

フレデリカ:作家と同じ、絵が描けるんだ。むしろ、憑依されているのが自然の状態なのだろう? 結果、それで出来上がった絵が贋作と評価されただけで。

セノキョン:そこも怪しい所で、発見されていない未知の絵を描いているので、それを贋作か?と言われれば、突き詰めれば贋作ではないんです。手法をマネしているだけで。

フレデリカ:そうかも知れないが、奴が絵を売る時、その作家を偽って、未知の作品が発見されたと言って、画商に売るんだろ? 詐欺なのには変わりがない。

ネッシー:コピー作家のコピー作品として、堂々と売れば良かったのよ。

セノキョン:作家の技法を真似る天才かも知れませんが、半分は、世間を騒がしたい愉快犯だったのかも知れませんよ。だって、有名な画廊や世界的権威のあるオークションを騙していたのでしょう。自分が描いた偽物の絵が高値で取引されているのを見たら、臍で茶を沸かすくらい、愉快痛快だったでしょうから。

フレデリカ:その、ヘソで茶を沸かすっていう表現は、ジャパニーズの比喩か何かか?

ネッシー:日本人は変態だから、ヘソでティーを飲む事だって、やりかねないわ。イッツ、ソー、ヘンタイ!

フレデリカ:ありえるな。

セノキョン:・・・火傷しますよ、普通に。

ネッシー:そうそう。大事な事を教えておいてあげる。イースターの絵は化学測定しても無駄よ。何故なら、昔の、今は売られていない、作られていない絵の具を用意して描いているから。しかも、キャンパスも当時の物を見つけてくる始末。要するに、当時の物を使っているから、検査してもおかしな数値が出ないの。

セノキョン:用意周到ですね。・・・贋作の確信犯じゃないですか。

フレデリカ:そんな簡単に、昔の絵の具が手に入るのか?

ネッシー:欧州は、古い物が手に入りやすい国だからね。フランス革命前後の物が今でも流通しているし、それがおかしい事でも何でもないわ。・・・そりゃあ、流通量は少ないにしても、ゼロではないから。

フレデリカ:厄介が厄介を呼ぶな。

ネッシー:だから世紀の天才贋作作家なのよ。

セノキョン:せめてイースターが、これは自分が描いたって認めれてくれれば、丸く収まるんですけどね。愉快犯だから、そんな事、絶対にしないでしょうけど。

ネッシー:司法が手を焼いているんだから、困難を要するでしょうね。

フレデリカ:こういうのも二次創作って言うのか?

ネッシー:逮捕された時点で、二次創作とは言えないんじゃない? 詐欺だもの。

フレデリカ:日本は二次創作には寛容だと聞いているが? どうなんだ?

セノキョン:他国の人が思う程、寛容ではありませんよ。グレーなだけで。

ネッシー:コミックマーケットなんて、二次創作の展示場じゃない。たかだか2日か3日で、数万人、二次創作を買いにくるんでしょう?

セノキョン:本来はアンダーグラウンドのカルチャーだったハズなんですけどね。徐々にメインカルチャー化しているので、グレーゾーンが狭くなっている気はします。例えば、企業ブースというものもあるくらいで。

フレデリカ:サブカルチャーがメインカルチャー化すると、版権問題が露骨になるからな。そういうカルチャーは衰退する。音楽も、本も、みんなそうだ。

セノキョン:たまに、作者本人が、自分の漫画の、同人誌を販売している事もありますので、まだもう少しはグレーでいてくれると思うんですけど。

ネッシー:同人誌即売会が、コミックの二次創作の温床だものね。芥川センセイも草葉の陰で泣いていると思うわ。

セノキョン:まぁ、本来の意味の、正しい同人誌も、ちゃんとやっている人もいますからね。それが無くなってしまったら、同人誌文化は本当に終わりだと思います。

ネッシー:セノキョン、人気のBL同人誌、期待しているから。壁。壁サークルで見繕ってちょうだい。

フレデリカ:BLは神が与えた、この世で最も尊いものだ。私も壁のを頼む。

セノキョン:分かりました。二人には、私が選りすぐったBL本を送ります。




田代「化学測定はやったか? 当然ですよ。X線にもかけましたし、含料の成分分析も行いました。」

瀬能「それで結果は、どうだったんですか。」

田代「いずれも問題ありませんでした。現在、流通していない、と言いますか、製造されていない、絵の具が使われていたりします。これが反証になってしまい、これら18世紀ではポピュラーな絵の具を使用している事から、当時の絵だと言う証明になってしまいました。」

瀬能「・・・なるほど。」

田代「考えられる検査は全部行いました。共に、数値に異常は見られません。だから、これが贋作か本物か、化学分析上、判断が出来ないのです。」

瀬能「なんでも鑑定番組で見つかった、フォージュリーファクトリーとまるで質の違う案件なのですね。」

田代「ええ。荒さが目立つ、工房作成の贋作とは、明らかに質が違います。質が違う所か、本物なんですよ。」

瀬能「リオーネ・フランのその他の作品と比べて、タッチだったり。他の画家もそうですが、同じ作者でも、年代によって、作風が変わる事があるじゃないですか。突如、神の啓示を受けたり、他の作家の影響を受けたり。そういう分析からは、どうでした?」

田代「リオーネ・フランは一貫して、世に出ている作品は、抽象画であり、独自の感性を追求しているものばかりです。いわばオカルティック、そしてフェティシズム。・・・その為、突出して人気のある作家ではありません。独自路線が強すぎると、売る方も買う方も手に余るからです。」

瀬能「当時として、大衆受けしなかった、作家という事ですか。」

田代「おっしゃる通りです。芸術なんて、好事家が、有り余る金で鑑賞するものですから、好き嫌いがはっきり分かれるんですよ。それは今も昔も変わらないと思いますが。」

瀬能「相撲のパトロンも似たようなものですしね。」

田代「人気がない画家ですから、文献もそれほど多く残っていません。」

瀬能「その時代、人気がなくても、何かの拍子に、突如、人気芸術家の仲間入りをする事は多々ありますからね。人気がなかった分、マニア心をくすぐられれば、無名の芸術家として反発して高値高騰。よくある話です。」

田代「・・・芸術品を投機対象としてしか見ない画商が、よくやる手法です。頭にきますよ。」

瀬能「あの、・・・よろしいですか?」

田代「ええ。なんでしょうか。」

瀬能「人気のない作家の絵を2億円も出して、買ったんですか?・・・素朴な質問なんですが。」

田代「・・・ううぅううん。そうですねぇ。」

瀬能「答えづらかったら、別にいいです。あの、本当に、個人的な疑問だったんで。それに、人気のあるなしと贋作か本物かは関係ないですから。」

田代「・・・先生は外部の方だから、お話しますが、・・・私どもの様な公営の美術館は、予算が決められています。何に幾ら支出するか、予算を編成し、許可がおりれば執行されます。作品を購入するのも、審議を経て、執行されます。仮に、狙った作品を購入できなかったり、欲しい作品が無かった年があったとします。予算は税金ですので、たとえ使わなかったとしても購入費をプールされる事はありません。お金を返す必要があります。」

瀬能「当然だと思いますけど。」

田代「・・・予算でついたお金をそのまま使わず返すのって、勿体ないと思いませんか? 少なくとも、そういう考えの人間がいて、使わないと勿体ないから、何でもいいから買ってしまえ、という理屈で、買ってしまった絵があると、・・・噂されています。真偽は分かりません。ただ、そういう話がまことしやかに話されている事は事実です。」

瀬能「えぇ?じゃあ、あの、年度末になると、やたらガス工事やら道路工事が増えるのと同じ理屈で、絵を買った?と。」

田代「・・・噂です。噂。この”飢える女”がそうだとは言い切れませんが、可能性がある、という話です。ただ、私は、無名だろうが、この作品に、人間の闇というか愚かさのようなものを感じて、市民の皆さんに、見てもらいたい絵だとは思っています。」

瀬能「感じ方は人それぞれですからね。絵から何を感じるかも人それぞれですから。」

田代「事実として、2億円で購入した作品が、ニセモノかも知れない、という事だけです。」

瀬能「それで、タッチは、作家そのものだったんですか?」

田代「ええ。・・・フランそのものだと思います。むしろ、晩年の作品が発見されていますが、その頃と比べて、肉体的も若く、油が乗っている年代でしょうから、若さ、荒さ、そういうものが見てとれます。」

瀬能「愛人の女に夢中でありながら、本妻とも寝る絵描き、だったんでしょうから、性欲も旺盛で、そりゃそういう作風にもなりますよね。絵から滲み出てきますよ。」

田代「私も、そう感じます。」

瀬能「化学的な分析、作家の技巧の分析、そういうものを組み合わせても、ニセモノという判断が出来ないのですから、これはもう、”本物”じゃないでしょうか。本物以上の本物。それは本物としか言えない気がします。」

田代「・・・。」

瀬能「それはまだ早急に答えは出さないとしても、いずれ、真偽ははっきりさせないといけないでしょうね。」

田代「ええ。絵の真偽もさることながら、美術館の存亡もかかっています。」

瀬能「でも。これがフォージュリーだとしても、2億円の価値はあるんじゃないでしょうか。ニセモノだから価値が無いとは、言い切れないような気がします。」

田代「・・・芸術品と金銭的な価値。私は学芸員なので、その、金銭的な価値に関しては、まるで分かりません。良い絵か、そうでない絵か、それしか私には分かりません。芸術品に値段をつける人間がいるから、こんな事態になったのだと思います。だから私は悔しいんです。そんな事で、美術館が閉館に追い込まれてしまうと思うと。」

瀬能「価値は、相対的なものです。人が欲しいと思うから値段が吊り上がる。人気が無くなれば見向きもされない。それに引き換え、感受性は絶対的なものです。好きか、嫌いか、それだけじゃないでしょうか。・・・ただ、先程、田代さんが言ったように、人為的に、価値を吊り上げる人間がいることも事実。」

田代「意図してフォージュリーを作る作家もしかりです。」




火野「どうしたの?・・・生理三日目?」

瀬能「私はいつも軽めの人間なんで、生理痛で苦しんだ事がありません。」

火野「じゃあ産む時、難産するわよ。」

瀬能「はぁぁぁあああああああああ? 何の根拠があって!」

火野「人生っていうのはね、バランス、取るように出来ているのよ。普段、痛くないんだから、産む時ぐらい、苦しみなさいよ。」

瀬能「御影はどうして、真顔で、そういう事、言えるんですか? 気が知れません。」

火野「あんた、人生ナメてるんだから、少しくらい苦労しなさいよ。」

瀬能「御影だって人の事、言えないでしょう?」

火野「あんたよりはマシよ。で?なにこれ?」

瀬能「絵です。」

火野「そりゃ、見れば分かるわよ。絵ぐらい。杏子、絵なんか、興味ないでしょ?」

瀬能「そんなに興味ある方ではありませんけど。この絵が、ホンモノかニセモノか、決めないといけないんです。」

火野「あ!ああ!あれ。」

瀬能「あれ?」

火野「ガクトの。100連勝とかなんとか、そういう奴でしょ?格付けチェック!」

瀬能「100連勝はしてないと思いますけど、似たような物です。ホンモノか、ニセモノか、当てるだけなんで。」

火野「見せてみなさいよ。」

瀬能「リオーネ・フラン作、”飢える女”。」

火野「それ、本物のプロフィール?」

瀬能「ええ、そうです。18世紀に描かれた作品で、現在、2億円の価値があります。正確には、2億円で取り引きされました。」

火野「2億円で買った、って事ね。」

瀬能「そうです。」

火野「ふぅ~ん。」

瀬能「・・・。」

火野「これはニセモノだわ。」

瀬能「は?」

火野「これはニセモノよ。」

瀬能「・・・。」

火野「・・・。」

瀬能「あの、」

火野「なによ?」

瀬能「なんで、御影はこれがニセモノだと、思ったんですか? その根拠は?」

火野「雰囲気よ。雰囲気。」

瀬能「・・・雰囲気。」

火野「どう見たって、ニセモノっぽいじゃない。」

瀬能「それだけ?」

火野「ガクトは何て言ってるのよ? ガクトが言う事が正しいんでしょ?ハマちゃん、どっちの部屋に入ったのよ?」

瀬能「何か、もっと、あるでしょ? ここがおかしいからニセモノだとか、ほら、ガクトだって、説明してくれるじゃないですか?」

火野「空気よ、空気。空気感。」

瀬能「空気?・・・は? 雰囲気と一緒じゃないですか!」

火野「あんた、ほんとバカね。」

瀬能「バカはあなたでしょう!なんか、もっと、こう、オタクなんだから、あるでしょ? その、誰も知らないような、真実はいつもひとつ的な、ほら!」

火野「あのねぇ。私はオタクじゃない。いい?」

瀬能「ああ、そうでした。御影はサブカルクソ女でした。」

火野「お前、ホント、ブっ飛ばすからな! お前のブラジャー、さかさまにして、乳首、擦り付けて、ギチギチ言わせてやるからな!」

瀬能「私の柔肌乳首に酷い事、しないで下さい! 悪魔ですか!」

火野「これ?本当に18世紀の絵なの?・・・杏子、18世紀の絵、見た事ある?」

瀬能「・・・ないですけど。」

火野「私も見た事ない。」

瀬能「おい!お前!ふざけんなよ! 剃りたてのスネで、お前の脇腹、ねぶってやるからな!」

火野「やめてぇ!チクチクするぅ! 女のスネは凶器!」

瀬能「これ、どうして18世紀の絵じゃないんですか? どうして分かるんですか?」

火野「一枚だけ見ちゃ分からないけど、何枚か、見比べてみれば分かるわ。ほら劇場美術なんかで、こういうの、使うじゃない?イミテーションで。それで教えてもらったんだけど、これ、18世紀の絵にしちゃ明るすぎるのよ。」

瀬能「明るい?」

火野「野っ原で描いている絵じゃない限り、絵って室内で描くもんでしょ?光源よ。光源。これ、蛍光灯の下で描いているから、明るいのよ。コントラストが強よ過ぎる。」

瀬能「ああ!ああ!ああ、なるほど!照度が高いから、コントラスト比が大きくなるんですね。」

火野「そういう事。まぁ、それは表面上だけの話だけど。・・・たぶん、空気も違うでしょうね。だって、これ、蛍光灯があるアトリエか何かで描いたんでしょ?」

瀬能「空気?・・・そういう事。御影、あなた、やっぱりサブカルクソ女よ。最高のね。あはははははははははははははははははは」

火野「正解でしょ?」




トゥルルルルルルルルルルルルルル トゥルルルルルルル ガチャ

田代「はい。田代ですが。」


田代「・・・CO2を計測する?」

瀬能「そう、炭酸ガス。」

田代「先生、失礼ですが。・・・CO2の計測は既に済んでおります。以前もお話したと思いますが、調べられる項目は検査済で、CO2の値も異常はありませんでした。」

瀬能「田代さん。違うんです。この作品、贋作として改めて、考えてみましょう。この作品は、天才肌の贋作職人、イースターによって製作されたとされています。使っている道具は当時のもの。キャンパスから何から何まで、絵の具まであつらえて。用意周到です。しかも、絵のタッチは真似る作者とまったく同じ。見分けがつかないモノマネっぷり。本物か贋作か、見分けがつきません。同じ絵をコピーする贋作なら、オリジナルが原本ですから、他がニセモノと判断できますが、この場合、発見されていない作品を、新しく発見したと偽って、詐欺を働きました。ですから、オリジナルがない贋作です。」

田代「・・・はい。」

瀬能「贋作を作るにあたって、真似できない物があります。それがCO2です。」

田代「ですから、先生、それは」

瀬能「オリジナル作者リオーネ・フランが描いた、そのアトリエの空気と、イースターが描いたアトリエの空気、果たして同じ物でしょうか?」

田代「?・・・あの、え?」

瀬能「リオーネ・フランはフランスの画家で、イースターが逮捕されたのはドイツ。その時点で、フランスとドイツで空気の成分は違うでしょう。更に細かく、所在地を絞って空気の成分を分析すれば、違いは明らかになると思います。しかも本物は18世紀。蒸気全盛の時代です。およそ3世紀分の空気の違いも考慮されるはずです。」

田代「あ、あ、あ、」

瀬能「特に、キャンパスに使われているフレーム。フレームは炭酸ガスをよく吸っていると思いますよ。」

田代「今、今、今すぐに、調べます!」

ガチャ ン ツーツーツ ツーツー

瀬能「・・・気の早い人ですねぇ。せっかちは嫌われますよ。あははははははははははははははははは。

まぁ、これで、出なかったら私の負けです。そんなに思う程、空気に違いがあるようには思えないので。」




男「また負けた!」

瀬能「あはははははははは。私の勝ちです。もう一度、勝負しますか?」

男「するか! 面白くも無い!クソッ」

男「・・・次は私と勝負していただけませんか?」

瀬能「・・・。また、あなたですか?相当、暇なんですね。違法チクタクバンバンをする為に来たんですか?」

クランプ「まぁ。その様なものです。」

瀬能「言っておきますが、モーターの回転数を上げてあります。1秒以下の判断が、死を招きますよ? それでも私とやりますか?」

クランプ「私は数学で教鞭を取っていますから、運が物を言うドンジャラより得意なのですよ。」

瀬能「面白い。」

クランプ「そう言えば、先日の美術館の一件、ありがとうございました。お礼を言うのを忘れていたので、直接、伺った次第でもあります。」

瀬能「まぁ、それは何より。」

クランプ「瀬能杏子君はそれほどあの件に興味が無いのですか?」

瀬能「私が解決した訳ではありませんので。ええ。知人にそういうのが、たまたま、詳しい人がいて助言を賜っただけの話です。」

クランプ「ほぉ。あなたより、心眼を持たれている方がいらっしゃるのですか。・・・是非、ご紹介いただきたい。」

瀬能「相当変わっている女ですからねぇ。お金で動くタイプではないですから、手を焼くと思いますよ。」

クランプ「あなたが、相当変わっていると、おっしゃる方なら、相当、変わっていらっしゃるのでしょうねぇ。・・・いやいや、皮肉とかそういうのじゃなくて、ええ、率直な感想で。」

瀬能「今回はたまたま運が良かっただけ。・・・作者と同じ現地で描かれていたらアウトでしたでしょうし、保管具合によって、湿度等の水分量、紫外線からの劣化具合、窒素、一酸化炭素、二酸化炭素、その他もろもろ、言い訳が出来ますから、厳密には証明にはならないと思います。」

クランプ「それでも、明らかに、炭酸ガスに差異が現れた。あなたの勝負運の強さですよ。」

瀬能「この件がきっかけで、空気までも偽装してくる贋作者も出て来る事でしょうしね。」

クランプ「それは仕方がありません。いたちごっこですから。我々も更なる技術で、贋作を見破る必要があると言う事です。」

瀬能「そこまで、費用をかけて贋作を作るメリットがあるかと言われれば、見合うものではありません。贋作を天職とするイースターだからこそ、行えるようなものだと思います。」

クランプ「それは同感です。

当の美術館ですが、贋作を2億円で買ってしまった、という件については、お咎めなしだったようですね。プロが見て見抜けないんですから、仕方がない、という結論に至ったようです。まぁ、商魂逞しいと言うのか、企画展で、世紀の天才贋作作家、イースター展を行う様ですね。これが世界を騙したフォージュリーという事で。」

瀬能「・・・ただの2億円の絵を展示するより、キャッチーで、多く人を呼べそうな企画ですものね。」

クランプ「ええ。瀬能杏子君にお願いして正解でした。・・・おっと、無限ループを作ってしまいました。私の負けです。」

瀬能「・・・わざとですね?」

クランプ「いつか何処かでお会いする事もあるでしょう。またその時は、是非、お知恵をお貸し下さい。では。」

瀬能「・・・まったく。まったく、食えない、人間だ。」


※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。

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