処女に憧れ、処女になりたい。
さすがに厳しいかなぁ…
しまった…ちょっとひきつった表情をしてしまった。
「どうかしたかい?」
「ちょっと…辛くなってきて…」
「ああ大丈夫だよ。もっと楽にしてていいよ。」
やっぱり優しい…
「こんなことしててもいいのですか?」
私は幸助さんにたずねる。
「…」
幸助さんはしばらく黙り込んだ。
「いいんだ…」
いいとか言いながらもどこか、引っかかる…
「私は水谷家の婿は所詮生贄だ。
あの家の婿はあくまでお飾りだ。正式婿になった後は家系の事情により、何をしてようが何人愛人作っていようが、自由の身だ。」
ホントそれって男にとって都合がいい状況だが、
「まぁ水谷家も婿にはいわゆるお小遣い制度で、必要最低限の予算しか出さないとのことだから、やっぱり全く働かないというわけにはいかないが…。
だからこそ、自分が好きなことを仕事にすることができたし、息子二人を無事に育て上げることができたし、私はそれだけで十分幸せだ。
私はその生活を思う存分、楽しんでいるからいいんだよ。」
まぁこういう仕事って、スポンサーだのパトロンだのいないとやってられないのはわかる。
「愛人自由とは言うものの、私は女は明子一人だ。」
「え?」
「まぁ明子を救うために、一度だけお嬢様を抱いてしまったが、あれはあくまで仕事でしかないと私はそう思っている。」
「あの…奥さんって…」
「私が再婚して5年後に亡くなったよ…。ずっと持病を抱えていた。
その治療費がどうしても払いきれなくて、私は水谷家に身を売ったんだ…。
私は最低な男だよ…。」
ここで否定はできなかった。
でも、それは幸助さんが奥さんへの思いでそうしたことだ。
やってることはいいことではないかもしれないが、大切な奥さんの命には代えられない。
幸助さんも必死だったということはよくわかる。
「じゃあ、あのモデルの方たちにもモデルと描き手以上の関係ではないと…。」
「そう。現に私と星子さんだって、そういう関係でしかないよね。」
私は、ただ今モデル中だった。
「ですね…」
本音を言えば、幸助さんみたいな人に抱かれてみたいとは思ったが…
やっぱり、無理だった。
幸助さんの初代奥さんの明子さんへの思いは本物すぎて、私にはまぶしすぎた。
私が幸助さんからしてもらえることは、これで精いっぱいだった。
「それにしても…」
「なんでしょうか?」
「まぁ失礼な話で申し訳ないけど、
おそらく処女ではないとは思ってはいたけど…。」
ああやっぱり判るか…
「君、子供産んだことあるよね?」
そのとたん。
私の心はさすがに弾けた。
まさか、初めて好きになった相手から、それを言われてしまうのはさすがに動揺した。
「やっぱりか…」
「…えっ……と…」
「ごめんね。びっくりさせてしまったかな。」
「…」
「まぁいろんな人の体つきを見てきてるからね。」
あ、そうだ。
よくよく考えてみたら、この人いろんな人をモデルにしてきてる。
判ってしまっても仕方ないのか…。
「まぁ普通に服着てる時にも思ったけど、どうしてもヒップラインが、未婚のお嬢さんにしては歪だと思ってね。
私も随分と気になっていた。」
「あの…変ことを聞くようですけど…」
「なにかな?」
「モデルさんが、処女かどうかについても判るのですか?」
それだ。
男の間ではよく、誰が処女であるかについて話が盛り上がっている。
男にとって、それは本気で追及したいというものはかなりいるはず。
それをこんなに穏やかな人が、最も判っているとしたら、かなりギャップがあるといえよう。
「んー実はそれね。いろんな人から聞かれるんだけど、私も長年こういう仕事をしていても、よく判らないんだよね。」
「じゃあ…」
「君のことを当てたこと?」
「…はい」
「んー何と言ったらいいか判らないけど、あれだけ品よく落ち着きをはらって誘い方ができるとなると、やっぱり経験者ではないと無理かなと思えて。」
なるほど…初めての子ではできない演出をしてしまったわけか…
どうすれば処女っぽい初々しさを演出で来たかということを、今更ながら考えてしまった。
どちらにしても初めて好きになってしまった相手だ。
いろいろ決めたかったが、それがむしろ失敗だったのが悔しかった。
だからもういっそ…
「あの幸助さん…。」
「なんだね?」
「私、初めてだったのです…」
「え?マジで?」
って、幸助さんが言葉を崩していたことに新鮮さを覚えたが、おそらく、こんな体していて、処女だということで驚いているのであろうか?
というのも多分そうだろうとして…
まぁここはちょっといたずら心があった言い方してしまったが、
「人を好きになったのが…」
とここで種明かしな告白をした。
それも素っ裸なままでの初告するって、すごくね?
と内心もう本気で開き直った感じで行っていた。
「えーーーっ!?それはホントかね?」
幸助さんも、さすがに今度は言葉を崩さずにいっていた。
しばらく沈黙が続いたが…
「いやはや…もっと恋愛慣れしてる子かと思っていた。」
「まぁいろいろあってそうでもないんですよね。」
「なんかいろいろあったみたいだね。」
「まぁ本当に普通に恋愛していたかったのは本音なんですけどね。
まぁ事情があって、それどころではなかったのですね…」
「んーじゃあ、それだと好きでもない人の子どもを産んだということになるけど、そこはつらくはなかったのかな?」
あ、まぁそうなる…
まぁあの家の異常な事情で仕方なく生んだので、何とも言えない。
本来、妊娠すると男の家側が責任放棄することが多いのだが、今回は男の方が引き取るとまで言ってきたので、本当に特殊な例だった。
でもこれ、なんて説明したらいいだろう?
こんなことを少しでも話してしまうと、おそらく月城の関係者の子どもを産んだと思われてしまうのは関の山だ。幸助さんはあくまで、別家とは言え一応関係者なのだから。
「まぁ無理に話すことは無いよ。人間、生きてるといろいろあるからね。」
ホントいろいろありすぎた…
今まで思い通りに動いてきた事なんて、進路先がうまくいったことぐらいだ。
「実は私…」
「ん?」
「中学生の時に家出しまして…そこへたまたまあまり仲良くもなかった同じ学校の同い年の子が泊めてくれることになって…。とはいえ、寝具もその子のお布団一枚しかなくて、結局そのまま…そういう関係になってしまったわけですね…」
「ほぅ…その子は男の子だったわけだね。」
「私もさすがに男の子の家に泊まる選択肢をしてしまったのも悪いかもですが、まさか子供同士でいきなりそういう関係になるなんてことなんて思わなかったから…」
「で、その子のことは…」
「まぁいきなりそんなことしてきたわけですから、好きななることは無かったですね。でもまぁ結局は普通に友達にはなりましたけど、それ以上の感情はわきませんでしたね。」
「なるほどね…そんないきさつがあったわけね。」
「あ、それでも、さすがに中学生で妊娠したわけではありませんとだけ言っておきます。
一応、幸助さんにはかわいそうな子と誤解されたままはイヤだったので、せめて初めての相手ぐらいは妥当だったということだけは判ってほしったので…その…」
「まぁ…無理に話すことは無い…だいたい察したから、大丈夫だよ。」
「あの…このことは…」
「ああ、誰にも喋らないから大丈夫だよ。」
やっぱり幸助さんは優しかった。
こんなにやさしい人から愛された、奥さんってどれだけ幸せだったのだろう?
私も幸助さんと同世代に生まれたかったなーとさえ思えてきた。
それでも…
出産後のお尻のことで言われたのは、きつかったなー。
それに関しては水谷家の利江にも思いっきり言われてしまったので、そんなにもひどいのか?と気になるところだった。
その後、幸助さんとは朝まで、いろんなことを語っていた。
多分、これが私にとって初恋の人とすごした最初で最後の夜になる予定だったが…
結局…その週末はずっとそこでモデルをして過ごしたw
幸助さんに描いてもらった私は、やっぱりきれいでした。
幸助さんが行っていた通り、やっぱり若いお嬢さんとは違ういびつなヒップラインで、本当に驚いた。
それもそれをうまいことキレイに描き切ってしまう幸助さんは本当に天才だと思えた。
そして…私はその絵を見て、今まで以上に幸助さんの描く絵が好きになってしまった。
もう、これからは心から幸助さんのことを応援することに決めた。
それに関して…
「やっぱり、一度は水谷先生に描かれてみたいとは思うわよねー。予想通りだったw」
「えー、それやっぱり最初っから、私がモデルになることを満里奈さん仕組んでいたことなのー?」
それだ
「ちーがうって。私もまさかまじめなあなたがあそこまで簡単にモデルになってしまっていたということ、朝起きてその有様みてびっくりしたもん。」
まぁ描かれたついでに懇ろな関係になれるかという下心はあるにはあったけど、幸助さんの気持ちはホントにしっかりしてたから、そうはならなかっただけだったりするんだよね。
これが満里奈にバレてなきゃいいと思うけど、
「でもね。水谷先生への気持ちは私、誰にも負けるつもりはないわ。」
「あらー」
やっぱりそうだったのねー。
ホント幸助さんたら。モテモテだわー。
「あらーって、あなたもまさか、水谷先生のことが好きなんじゃないんでしょうね?」
げ、さっそく見抜かれてます?
でも…
「ファンではあるね。あの絵を見たからには。」
もし、これで恋敵だなんて言ってしまえば、めんどくさいことになることしか見えないので、落ち着き払って気持ちは隠した
「なんだ、ファンなの?驚かさないでよー。」
まぁおそらく満里奈のこの恋は実らないだろうけど…
それは今、ここではいってはいけないことだ。
もし、ここで幸助さんの事情を詳しくいってしまったら、おそらく幸助さんが無事では済まないだろう。
でも…それでも私は満里奈が羨ましい。
それが満里奈の初恋かどうかは判らないけど、おそらく満里奈は、まだ男を知らない。
正直そんな満里奈が、こんな年になってしまっても羨ましいと思える。
「ところで、あの面接はどうするの?」
「行ってみることにはするよ。あとで就職思い通りのところ付けそうだし。」
「まぁ何言われても大丈夫だよ。」
学生生活最後の最後になって、ようやく普通に友達ができた。23の夏だった。




