誰もが期待していた素敵な未来
あれは曜子が生まれる前のことだった。
まだ私が保育園の幼児部年少組の時。
私は赤ちゃんが大好きで。
「あらぁ、星子ちゃんまたここにいたの?」
先生たちの目を盗んでは赤ちゃんクラスのガラス窓から、
よく赤ちゃんたちを見に行っていた。
でも、たいていは簡単に見つかってしまう。
「あ…。」
今日はよりにもよって、乳児部のリーダーのさゆり先生に見つかってしまった。
また、追い払われるだろうか?
「星子ちゃんやっぱり、赤ちゃん大好きなのね。」
あれ?
追い払ってこない?
私はあわてて首を縦に振る。
「うふふふふ。やっぱりかわいいわよね。ずっと見ていたくなる気持ちもわかるわ。」
「てーこちゃ」
さゆり先生と手をつないでいた子を見ると、その子はダイちゃんだった。
1歳児クラスで一番のやんちゃな子だ。
まだ言葉もはっきり言えないダイちゃんは私のことを「てーこちゃ」と呼んでくる。
私はそんなダイちゃんのことがかわいくて大好きだ、
先生たちはやっぱりいt版やんちゃなダイちゃんをかなり手を焼いているらしい。
でも、なぜかダイちゃんは先生よりも私になついているらしく、
先生いわく、ダイちゃんは私と一緒にいるときはいつもより機嫌がよくて、
いい子になるんだそうだ。
そういう意味で、先生達はたまに私にダイちゃんのことを丸投げしてくることもあるが、
それを許さないのがリーダーのさゆり先生。
確かに私にダイちゃんのことを丸投げすれば、効率はいいし先生たちも楽かもしれないが、
そこで横着をすると後輩たちの先生の成長につながらないとみて、阻止していたらしい。
「そういえば、星子ちゃんももうすぐお姉ちゃんになるのよね。」
「うん」
「そう楽しみだねー。」
「うん。いっぱいかわいいかわいいするんだー」
「うふふふふ」
私はいつの間にか近くにきてたダイちゃんの頭をなでながら、得意げに言っていた。
「てーこちゃ、ちゅきー」
うん、やっぱりかわいい。
私の弟か妹になる子もダイちゃんみたいな子がいいなと思っていた。
「ほんと、星子ちゃんとダイちゃんってまるで本物の兄弟みたいね。」
そしていずれは私とダイちゃんとその子で兄弟みたいに仲良くできたらいいなという未来まで、
その時までは思い描いていた。
ところがその思いは…
「あのね。星子ちゃん。ダイちゃんとはもうすぐお別れなの…。」
一瞬のうちに砕かれてしまった。
「え…」
「言おうかどうか、先生も悩んでいたんだけどね。
やっぱり、仲がいいのにいきなりのお別れはいけないなと思って…。」
これが私にとって人生で初めての友との別れだった。
私は悲しかった。
が、大人の事情や家庭の事情なら、受け入れるだけしかなかった。
私はダイちゃんを抱きしめたまま、話したくはないと思った。
「いつまで一緒にいられるの??」
「そうね…次のクリスマス会くらいまでは一緒かな…」
クリスマスといえば、来月だ。
母さんはもうすぐ赤ちゃん生んで体が弱くなるため、
お正月までおばあちゃんの家で過ごすことになる。
そうなると…。お母さんには負担をかけられない。
「さゆり先生お願い…。」
「え??」
私はもう、先生たちに頼るしかないと思えた。
「あたし、字をおぼえたい。」
そうせめて、ダイちゃんとお別れになる前にダイちゃんにお手紙を書きたかった。
「わかったわ。かなえ先生や他の先生にも頼んでおくね。」
ちなみにかなえ先生は当時の私の担任である。
それからというものの、私は家に帰ると一生懸命字のお勉強をした。
来年、小学生になる兄よりも一生懸命だった。
そして…保育園では時間が許される限りダイちゃんといた。
周りからは不思議がられていたが、そんなことお構いなしだった。
「よう。」
いきなり話しかけてきたのは同い年の栄太だった、
「お前のかあさん。もう生まれるらしいぞ。」
「え?」
「おめでとう星子ちゃん」
栄太の横にいたさゆり先生やかなえ先生もみんなからお祝いの言葉をもらった。
「おめれと、てーこちゃ」
そしてダイちゃんからも。
「だから、今日は俺と一緒に帰るぞー。」
そういえば、生まれる日のお迎えは栄太と一緒に帰るように言われていた。
「お前さー、最近いっつも大助といっしょなのなー。
美衣子のことも忘れるなよー。
美衣子だって、大助と同じクラスで俺の妹なんだしよー。」
栄太にはすでに妹が二人もいる。
一人は栄太が言っていた、ダイちゃんと同じ年もみいちゃん。
「ごめんね、みいちゃん。」
私は栄太の近くにいたみいちゃんに謝る。
確かに最近の私はダイちゃんにしかかまってなかった。
事情はあるとはいえそこは反省だ。
もう一人は
「お前ここ最近は俺の家に全く寄り付かなくなったじゃないかー。
前はよく、俺の家に来て生まれたばかりの椎名のことも見に来ていたのによー。」
もう一人は今年の半年前ぐらいの6月に生まれたばかりの妹椎名ちゃん。
椎名ちゃんとはすでに、この先同い年で過ごしていくことが確定している。
どうか私の弟か妹が椎名ちゃんと仲良くなれたらいいなとずっと願っていた。
「星子ちゃんってホント、小さい子好きなのねー。」
「大きくなったら、先生たちと一緒に働いてくれたらうれしいなー。」
もう、ずっと先生たちからそれはいわれている。
できれば私も将来は保育園の先生になりたいと思っていた。
それほどまでに子どもだ大好きだった。
まだ、2わずか4歳になったばかりの身空で、
誰よりも面倒見のいい子言われていた。
私自身も当時それは何よりも誇らしかった。
「ありがとう…」
私はみんなからのお祝いの言葉がもらえて、
いっぱい褒められて、
このとき、かなしくもないのになみだがあふれてきた。
いけない。お姉ちゃんが泣いてはいけない…。
と思ってこらえるがやっぱり涙があふれてくる。
「おい星子泣くなよー」
「大丈夫…星子ちゃんは泣き虫なんかじゃないよ。」
「うれしいときだって涙は出てくるものだから、安心してね。」
先生たちの温かい言葉に私は涙が止まらなかった。
「てーこちゃ」
私はこの時先生ではなくて、すぐ近くにいたダイちゃんに抱き着いていた。
「いこいこ」
ダイちゃんはいつの間には私の頭をなぜていた。
それは余計にうれしさであふれてきた。
「ダイちゃん…」
今は泣いておこう。たぶん一生分泣いておこう。
私にとって今しか泣いていられるときはないから、後悔がないように泣いておこう。
この時ばかりはそう思えた。
そして私はこの翌日。お姉ちゃんになった。
妹だと聞かされた。
病院の方針の都合で子供のお見舞いは禁じられていたので、
妹と会えるのはお正月になってしまうと聞いた。
そしてダイちゃんはクリスマスまで待たずに保育園からいなくなってしまった。
ただ一つ救われたのは、何とかダイちゃんへのお手紙を書くことができたことだ。
「だいちゃん。またあおうね。せいこより。」
とこの年でお手紙が書けたことは我ながら頑張った思う。
これには保育園の先生たちには本当に感謝だ。
最後にお手紙とともに私が大事にしていたお気に入りのペンダントも添えて、
ダイちゃんへの少し早めのクリスマスプレゼントを贈った。
この時、私はこれがまさか自分にとって
小さい子への最後の心からの思いやりになった。
と思えるぐらいな気持ちなるとは思わなかった。
そう思えるようになったのは、まさにあいつとの出会いだった。
それが私にとって、人生の試練の始まりだった。




