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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第2章 魔術都市陰謀編

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第75話 ギルモアの鴉。

 昼過ぎ。ネルソン邸でにわかに叫び声が上がった。


「き、きやあ~~~」


(何ですか、エリス! その声は! もっと声を張り上げて)


 王子が毒に倒れたという設定でエリスが悲鳴を上げたのだが、まるで猿芝居であった。

 棒読みにもほどがあるとため息を吐いたソフィアは、一計を案じてアランに耳打ちした。


(嫌ですよ! 何でそんなことを……?)

(良いからおやりなさい! 殿下をお守りするためですよ?)

(……)

 

 しかめ面をしたアランは、壁沿いにそっと動いてエリスの背後に立った。


(ほら! おやりなさい!)


 なおも躊躇するアランに、ソフィアは「しっ、しっ」と手で合図を送った。


「きゃぁぁぁああああああああーーーーっ!!!」


 屋敷の外にまでエリスの絶叫が鳴り響いた。

 振り向くと、自分の尻をアランの右手ががっしりと握り締めている。


(許せ! エリス! 違うんだ! これは……)

 

 必死に目で詫びるアランの様子は、焦点を失ったエリスの瞳には映らない。


「いぃぃぃやぁぁぁああああああああーーーーっ!!!!」


 エリス渾身の右ストレートが、稲妻のスピードでアランの顎を撃ち抜いた。


「ごしゃり」


 嫌な音を残し、糸の切れた人形のようにアランは膝から床に落ちた。


「アラーーーンっっっ!!」


 ネロの悲痛な叫びが、館の中にこだました。


 ◆◆◆


 いつもの応接兼控えの間に、ネルソンを除くメンバーが集まっていた。

 ソフィアが上座に座り、正面には二人の護衛騎士。エリスはソフィアの後ろ、マルチェルとステファノはアランたちの後方に控えていた。


「上手くいったようですね」

「はい。林の中から立ち去る人影が確かに見えました」


 マルチェルが答えた。

 彼とステファノは再び書斎に隠れ、遠眼鏡で屋敷の裏手を監視していたのだ。


「既にジョナサンをお店の方に走らせてあります。店に見張りがついていれば、急を(しら)せる使いと考えるでしょう」

「エリスのおかげで十分敵の目を引きつけることができましたからね」

「誠に、あの叫びは真に迫っておりました。後から聞こえたネロの声も心からの悲しみ(・・・・・・・)に満ちておりましたな」


 壁と廊下を隔てたマルチェルたちには、叫び声の詳細を聞き分けることはできなかった。唯々(ただただ)悲痛な声であったとステファノも同意した。


「……」


 顔を覆ったネロの隣で、アランは氷嚢(ひょうのう)で顎を冷やしながらそっぽを向いていた。


「と、ともかく。敵は餌に食いつきました。ここから先は任せてよろしいのね、マルチェル?」

「イエス、ミ・レディ。1両日中には暗殺犯の黒幕を追い詰めて見せましょう」

「公国側の(いたち)も見つけられるかしら?」


 いずれ秘密裏に(かた)をつけさせる予定である。そのためには正体を突き止めることが必要であった。


「ギルモアの『(からす)』を動かしますれば……」


 マルチェルが低い声で言う。


「あらそう? 公国にも渡り鴉は巣を作っているのね?」

「イエス、ミ・レディ」


 ギルモアに「(からす)」あり。人の世の闇に棲み、人の噂をついばむと言う。

 

 鴉とはギルモア家が私的に(よう)する諜報部隊であった。その実働メンバーは同僚はおろか家族にさえ正体を明かさず、侯爵家のために一命を賭して潜入活動を行う。


 騎士団員となる以前、少年だったマルチェルは鴉としてギルモア家に飼われている身の上だった。


 ほとんどの鴉は身寄りのない孤児から育て上げられる。マルチェルもそうであった。

 乞食か盗みしか生きる道がない孤児を拾っては、見どころのある者にギルモア家では教育と訓練を与えた。


 マルチェルはあらゆる訓練を平然と乗り越え、特に体術では教官をすら圧倒する天稟(てんぴん)を示した。

 その才能を伸ばすため7歳から15歳までの8年間、マルチェルは格闘武術を修める者の聖地といわれる修道院に預けられた。


 5年ですべての兄弟子を打ち負かし、7年で最高師範を(ひざまず)かせた。


 道を極めたマルチェルの前ではすべての武器は無力であった。故に「鉄壁」の称号を尊師よりたまわった。


 15歳でギルモア家に戻ったマルチェルは、騎士団に編入された。

 時に、ネルソン10歳、ソフィアは5歳の年であった。

今回はここまで。

読んでいただいてありがとうございます。


戦いに敗れ、戦友を失ったマルチェルは、生きる目的を無くしていた。

犬のように生まれ、犬のように生かされた。

後は、犬のように死ぬだけだ――。


◆次回「第76話 白百合の騎士。」


 身も心も疲れ果てて、軍人墓地の一角に立てられた粗末な墓標の前で、マルチェルは泣くことも出来ずに立ち尽くした。

 孤児として育ち、間諜として飼われていた彼が家族と呼べるのは、背中を預け合った戦友だけだった。


 それももうない。


「何もかも……もう、どうでもいい」


 祈る言葉さえ探せずにいると、目の前に年端も行かぬ少女が現れた。

 その手には野の花で編んだ冠があった。

 ……


◆お楽しみに。

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