第693話 物語は誰にでも1つずつあるんだ。
魔鉱石を鋼に混ぜて精錬すれば、折れにくく、欠けにくい剣ができる。そのことは鍛冶師の間で知られていたが、魔鉱石は魔境でしか得られない。
魔鉱石を使った剣は「魔剣」と呼ばれて重用された。
テトはまだ幼かったころ、魔剣の実物を目にしたことがある。
その不思議な輝きと異常な切れ味に、テトは魅了されてしまった。
それ以来、テトは鍛冶師になって魔剣を打つことを目標にしてきた。
父親からは料理と生活魔法を仕込まれたが、テトは武術を学ぶことを拒んだ。鍛冶師に必要ない技術だったからだ。
親馬鹿でなく、テトには魔法師としての素質があるとステファノは見込んでいた。
それだけに魔道具工房を継がないというテトの決意はステファノを失望させたが、そのことでテトを責めることはなかった。
「俺自身が親父の店を捨てた人間だからね」
ある日プリシラにステファノはそう言って笑った。さばさばした言い方だったが、どこか寂しそうな眼をして。
「テトにはテトの人生がある。物語は誰にでも1つずつあるんだ」
ステファノはステファノの道を行くだけだった。
◆◆◆
「魔剣を打つことがキミの目標?」
テトの身の上話を聞いて、マリコは尋ねた。
「それだけじゃない。俺は魔石の可能性を試したいんだ」
「強い魔法を籠めること以外に使い道があるの?」
「術式を籠めるのに魔石なんかいらないんです。……少なくともうちの親父なら」
マリコは思わず腰のショートソードに目を落とした。ステファノは魔石など使わずにこの剣に魔法を付与して見せた。
ほんの1分前後で。
「それは生活魔法だけじゃないの?」
「魔法に区別なんかありませんよ。親父は攻撃魔法と手を切っただけです」
「神の如きもの」を撃退した後、ステファノは攻撃魔法を封印した。人には「事故にあって使えなくなった」と吹聴した。
同時期にジロー・コリントが廃人となり、ハンニバル師が記憶を失うという事態が重なっており、魔術的な事故が起きたのだろうと世間は推測したのだった。
魔法付与に必要なのは精密なイドの制御である。この分野をステファノ以上に極めた人間はいなかった。
テトも父親の領域に近づこうと修行したが、まだそこまでには至っていない。
「イドの制御を極めると、アバターが現れるそうです」
「アバターとは何なの?」
「アバターとは自らの化身であり、自分と対を成す存在だそうです」
誰もが求めて得られるものではなく、生まれ持った資質に左右される。テトはそう教えられた。
アバターは意志を持ち、本体の求めるところをなす。アバターを手に入れれば術式を練る必要はなくなり、ただ結果を望めば術が発動する。
「上級魔術師とはアバターを持つ術者のことだろうと、親父は言ってました」
「キミの父親も上級魔術師の1人だということか」
「親父自身は魔術師ではないと言ってますけど。自分は魔術師になり損ねて、魔法師になったんだと」
太陰鏡による魔視脳覚醒方法が公開され、魔法は世間に広まった。それでもかつての上級魔術師に匹敵する存在は生まれていない。
例外は迷い人だけだった。
迷い人たちは戦いを積み重ねることによって能力を上げる。魔法使いの職業を選んだものは、経験とともにより強力な魔法を手に入れることができるのだった。
「親父ほどじゃないけど、魔法付与なら俺にもできます。魔石を使う必要はありません」
「じゃあ、何のために魔石を求めるの?」
「アバターを作るためです」
テトの目に強い光が宿った。
「アバターとは作れるものなの?」
マリコは当惑した。
「わかりません。だからやってみるんです」
「……それでいいのか?」
あるかないかわからない道に進もうとする少年を前にして、マリコは言葉に詰まった。勇気ある行動とも取れるが、無鉄砲とも思えた。
「正確に言うと、『アバターと似て非なるもの』になると思います」
「一体どんなものを想像しているの?」
自分よりだいぶ年下の少年が、マリコには成人した学者のように思えてきた。
「『知性ある魔道具』かな?」
「考える魔道具ということ?」
「そんな感じです。俺は『魔脳具』と呼んでますけど」
知性を持たせることが目的であって、魔道具は入れ物に過ぎない。その点でテトが目指す魔道具は、通常の魔道具師が目指すものとは大きく方向性が異なっていた。
「知性ある人形とか、自律型のゴーレムとかね。いろいろ応用できるはずなんです」
「そんなことができるのかしら?」
「さあどうでしょう? できそうな気がするんです。できたら面白いなあって」
あっけらかんと笑う少年に毒気を抜かれながら、マリコのパーティー「チャレンジャーズ」はテトの加入を認めたのだった。
◆◆◆
翌日、夜明けとともに呪タウンを出る1台の馬車があった。
(父さん、母さん。行ってくるよ)
町の入り口を振り返り、テトは心の中で両親に別れを告げた。
既に2人に別れは告げてある。
(ま、何かあったら魔耳話器で連絡を取ればいいし)
テトの右耳には銀のイヤーカフが装着されていた。10歳になった時、自作した魔耳話器だ。
魔境は危険な場所と言われるが、テトに悲壮感はない。魔道具と魔法の守りがある以上、自分に危険が迫ることは考えられなかった。
(護身具まで持たされてるしね)
武器を持たず、防具も身につけていないテトであったが、防御力は「チャレンジャーズ」の誰よりも高かった。だが、テトにはそれをひけらかすつもりはない。
なぜならテトは「冒険者」ではなかったから。魔境へ行く目的は、魔鉱石を採掘し、魔石を「収穫」するためだった。
(どこかの町で荷車を手に入れよう。魔動車に改造すれば荷物をたくさん運べるようになるからな)
テトは荷物運び人としての役目をちゃんと果たすつもりだった。
「今回の遠征は楽しみだね」
マリコの隣で馬車に揺られながらイザベラが笑って言った。
「イザベラもあの子は当たりだと思ってる?」
マリコは馬車の後方にいるテトに目をやりながらイザベラに尋ねた。
「そうね。最終判断は2、3日同行してからってことになるけど、言ってる通りのことができるなら随分旅が楽になるわよ」
「まあね。野鍛冶の腕だけでも連れて歩く価値はあるわ」
「鍛冶師と魔法の組み合わせというのは盲点だったわねぇ」
「あの子のことを知ったら、今後生産系のプレイヤーが新しいスタイルとして真似するんじゃない?」
テトは呪タウンへの別れを済ませたらしく、隣にすわるシーザーに僧侶というジョブについて質問を重ねていた。
「それにしてもNPCの作り込みがえぐいわよね、このゲーム」
「AIのできが半端じゃないのよ。とてもコンピューターと会話しているとは思えないわ」
マリコには目の前の世界は現実のものに思われた。この世界の住人にとっては、もちろん現実以外の何物でもないのであろう。
「『100人いれば100通りの遊び方』って、誇大広告じゃなかったわね」
「そうね。1人1人に人生があり、無限の可能性があるのね」
NPCにとってもそれは同じなのだ。マリコはもう一度後部座席を振り返りながら思った。
顔を前に向け直せば、舗装された街道がどこまでも続いている。それはこの先に広がるストーリーの可能性を示しているようにマリコには思えた。
(それって、現実の世界でも同じことか。自分で扉を開けなきゃ道は見つからないよね)
飯屋のせがれが「呪ワールド」に敷いた道は、彼らを乗せて果てしなく続いていた。(了)
ご愛読ありがとうございました。




