第692話 お客さん、魔境に行くんですよね?
バタバタと慌ただしい足音を立てて走ってくる人影はまだ子供の姿だった。
「ああ、間に合った……はあ、はあ」
10代前半らしき少年は、息を切らせてマリコの前に立った。
「わたしに何か用?」
ステファノからの伝言でも預かってきたのかもしれない。不審を覚えながらもマリコは少年を促した。
「お客さん、魔境に行くんですよね?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「俺を連れていってください!」
少年は食いつくようにマリコの目を見ながら、そう叫んだ。
「唐突ね。何を言ってるの?」
見ず知らずの人間を旅の道連れになどできない。しかも、旅の目的地が魔境ともなればなおさらのことだ。
普通ではない危険を伴うし、費用もかさむ。気軽に子供を連れていけるような旅ではなかった。
「わたしがキミを連れていく理由がないわ」
「ごもっとも! そこを曲げてお願いするからには、きっとお客さんのお役に立って見せます!」
「子供が何の役に立つわけ?」
そもそも危険に満ちた魔境に子供を連れていけるはずがないのだが、マリコはこの子供がどんな口説を繰り広げるのか興味を覚えた。
(この自信はどこから来る? なぜわたしがうんと言うと思える?)
「俺はテト、13歳。鍛冶師をしてます」
「鍛冶師? ステファノの工房から来たんじゃないの?」
「そうだけど、親父と違って俺は鍛冶を仕事にするつもりです」
何になりたいかは本人の自由だが、工房まで持つ魔道具師のせがれが鍛冶師を目指すとはもったいない話だ。
「ステファノの息子なのね? なぜ魔境に行きたいの?」
「魔鉱石と魔石を手に入れたい」
「諦めなさい。それは無理よ」
テトという少年の望みを聞き、マリコは無理な願いだと切り捨てた。
魔境は魔獣が跋扈する危険地帯だ。身を守る力がなければ生きていけない。
それも、並大抵の力では役に立たないのだ。剣士のレベルを上げているマリコにとっても、簡単なことではないだろう。
「俺、魔法が使えるから」
そう言うと、テトの姿がぼやけて消えた。気配察知のスキルでも捉えられない。
「消えただと? どこへ行った?」
「ねっ? こうやって隠れれば身を守れるでしょう?」
もやもやと空気が乱れて、元の場所にテトが現れた。姿を消しただけで、動いてはいなかったのだろう。
それなのに、マリコにはテトの存在が消えてなくなったとしか思えなかった。
「何よ、今の術は?」
「『隠形おぼろ影の術』だよ」
事もなげにテトは答えた。魔法師の子は魔法師ということだろう。
「他にも魔法が使えるの?」
「まあね。でも、攻撃魔法は教わってないんだ」
不思議な話に思えた。ステファノという男は余程攻撃魔法を嫌っているようだ。
マリコには理解できない考えだった。自分が魔法師ならば、まず第一に攻撃魔法を身につけるだろうに。
「戦えない人間は足手まといにしかならないわ」
「そんなことないでしょう。荷物運びとか身の回りの世話とか、俺がいれば助かりますよ?」
そのくらいのことではパーティーに加えるわけにはいかない。チームへの貢献度が小さすぎる。
「料理もできます。親父は飯屋のせがれなんで、本職並みに仕込まれました」
飯など食えればいい。どうせ持ち歩けるのは保存食だけなのだ。
「生活魔法は一通り使えます。水や火には困りませんよ」
「それはありがたいけど、既に魔法師は1人いるのよ」
ただの子供ではないということはわかったが、パーティーのメンバーに迎えるにはそれでも力不足だった。
「俺は鍛冶師だ。武器の手入れなら旅をしながらでもできます」
「むっ? それは……。鍛冶場がなくても折れた剣を直せる?」
「へへへ。そいつはちょっと厳しい」
「やはり無理なのね」
旅の途中、遠征の最中に武器が折れることもある。もし、その場で打ち直せるものならば戦闘継続能力が大幅に向上するのだが――。
「それでは連れて歩くだけの価値がないかな」
「お客さん、気が早いよ。元通りに直すのは無理だけど、取りあえず武器として使えるようにはできる」
「本当か?」
テトはにっこり笑って背中の荷物をひと揺すりした。がしゃりと重い音がする。
「野鍛冶用の道具は持ち歩いている。それと火魔法、水魔法、風魔法、土魔法。生活魔法を使いこなせればどこにいたって鍛冶仕事ができるんだ」
「本当ならたいしたものね。いいわ、ついてきて」
「へ? 魔境に連れていってくれるのかい?」
マリコの誘いに、テトは喜色をあらわにした。
「いいえ、わたしの一存では決められない。仲間に引き合わせるから、皆の前でキミの技を見せてみて」
「なるほど。そういうことね。連れていけるかどうか試験するってわけだ」
怖気づくかと思いきや、テトは好戦的にほほ笑んだ。
「いいぜ。試験上等! 俺の腕前を見せてやる」
◆◆◆
テトの腕は言葉以上だった。
刃こぼれのした短剣。曲がった片手剣。欠けた矢じり。テトは背負っていた携帯用の鍛冶道具と生活魔法だけで、それらを手際よく直して見せた。
「研ぎは本職じゃないんでね。見てくれはこの程度で勘弁してくれ」
口ではそう言ったが、マリコたちには研ぎ上がった武器のどこに問題があるのかわからなかった。
「見事なもんだな。まるで新品だぜ」
盗賊のジョブを持つ斥候担当イザベラが短剣に顔を近づけて言った。紙で切れ味を試すと、剃刀のように切れた。
「所詮は急場しのぎなんであまり期待しないでくれ。元の状態に近づけただけだ」
「元通りで十分じゃないか」
回復役担当、僧侶のシーザーがテトの言葉尻を捕らえる。
「同じことをすればまた折れるってことです」
苦いものを吐き出すようにテトは言った。
「魔鉱石があれば、もっと耐久性が高くて切れ味のいい剣が打てる!」
それこそが、テトが魔境を目指す理由だった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第693話 物語は誰にでも1つずつあるんだ。」
魔鉱石を鋼に混ぜて精錬すれば、折れにくく、欠けにくい剣ができる。そのことは鍛冶師の間で知られていたが、魔鉱石は魔境でしか得られない。
魔鉱石を使った剣は「魔剣」と呼ばれて重用された。
テトはまだ幼かったころ、魔剣の実物を目にしたことがある。
その不思議な輝きと異常な切れ味に、テトは魅了されてしまった。
それ以来、テトは鍛冶師になって魔剣を打つことを目標にしてきた。
……
◆お楽しみに。




