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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第5章 ルネッサンス攻防編

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第691話 心身一如。それが答えです。

「大丈夫ですか?」


 硬い地面の上に投げ落とされる衝撃は、ある意味では手足による打撃よりも大きい。

 脳が揺れ、内臓に衝撃が浸透する。


 怪我をしていなくともすぐには立ち上がって戦うことができなくなる。


「うう……。わたしはどうなったんですか?」


 投げられることに慣れていないマリコは、自分の身に何が起きたのか判然としないままだった。


「済みません。こちらからは攻撃しないと言いましたが、投げは防御の一部なので」


 ステファノはマリコに手を貸して、地面から立ち上がらせた。

 懐から取り出した手拭いで土を払ってやる。


「わたしの攻撃がまったく通じなかった」

「二手目の横なぎは下手なフェイントでした。あれでは相手につけ込まれます」


 実際ステファノはフェイントに反応せず、マリコの懐に飛び込んできた。


「当てる気のないフェイントは自分から隙を作っているようなものです。フェイントであっても相手を斬り殺す意志を籠めなくては」


 世間ではそれを殺気と呼ぶ。マリコの横なぎには殺気が籠っていなかった。


「悔しいが、言い返せない。お前……あなたの言う通りなんでしょうね」


 戦士として自分は目の前の男よりも弱い。マリコはその事実を認めざるを得なかった。


(スキルを使っていないが、それを言うなら相手は魔法を使わなかった)


 命がけの勝負であったとしても、やはり自分はこの男に敗れていただろう。

 マリコはプライドを捨て、ステファノに頭を下げた。


「教えてください。わたしには何が足りないのでしょうか?」

「自分の体を知り、思いのままに動かせるまで対話すること。そのための稽古が足りていません」


 力、スピード、器用さ。そういう基礎能力は上げてある。

 マリコに足りないのは、頭脳と肉体とのすり合わせだった。


「心身一如。それが答えです」


 ステファノはそう言うと、マリコを見つめたままするすると後ずさった。

 両手を上げて胸の前で手のひらを合わせ、すうっと右手を上に、左手を下に滑らせる。


 すると、軽く握られた拳同士をつなぐように白い筒が生まれた。手の動きが止まっても筒は伸び続ける。

 筒が伸びるのをやめた時、ステファノの手には白い杖が構えられていた。


「それは……?」

「イドの杖です」


 言われてみれば工房でステファノが創り出した椅子と同じ素材感だった。


「俺の稽古を見せます」


 ステファノは静かに目を閉じた。

 気合も発せず、気づけば杖を打ち下ろしていた。ぴたりと宙に止められた杖の先を見て、マリコはたった今一撃が行われたことに気づいた。


 すうっと杖の先が持ち上がり、反対側の杖先が地面から伸び上がる。今度もステファノの正面で何かに吸いついたように止まる。


 そこからステファノは切れ目のない連撃を繰り出した。音もなく足を送り、円を描くように位置を変える。

 それでいて、杖が打つ空間は揺るがない。そこに何かがあるように、杖は一点を打つ。


 ステファノの動きは徐々に加速し、杖は空気を切り裂いてうなりを上げた。

 それでも杖は「そこ」に戻ってくる。


 やがて、マリコの目にそれ(・・)が見えた。ステファノが杖を打ち込む宙の一点。

 そこに光る玉があった。


 ステファノの杖は千変万化に軌道を変えながら、必ず光る玉を打つ。

 光る玉を狙って杖を振っているのか、杖に打たれることで光る玉が生まれるのか。マリコには判断がつかない。


 1つだけわかることは、目をつぶったステファノにもあの光る玉は見えているということ。


「!」


 無言の気合とともに、ステファノが杖を真っ向から振り下ろした。


 ぱあん!


 光る玉は音を立てて弾け、無数の粒となって空中に散った。


「初めは目を開けて立ち木を打ちました」


 残心を解き、イドの杖を消し去ったステファノがマリコに告げた。


「狙ったところに打てるようになると、目をつぶって打ち込みを行いました。動きながらでも意のままに打てるようになるまで稽古を繰り返しました。」


 100回や200回の素振りではない。体を鍛えるための修行でもない。

 ステファノは心と体の対話を繰り返した。


「当てられるようになったら、当てないように稽古しました」


 当てる意思を籠めて打ち込み、当たる寸前で止める。

 止めることが目的であってはならない。当てる目的で杖を振り、当たる寸前に止める。それを繰り返した。


 できるようになるまで。


「形は意を写し、意は形から生まれる。それを技に体現できるなら、獣に後れを取ることはないでしょう」

「わたしにできるでしょうか?」


 ささやくような声でマリコは尋ねた。「無理だ」と言われる恐怖に怯えながら。


「わかりません」


 ステファノは笑っていた。


「でも、誰でもそこに近づくことはできます。昨日より今日。明日はもう一歩近くへ」


 それで十分ではないかと、その眼が語っていた。


 ◆◆◆


 魔法付与の対価は金貨1枚だった。

 魔道具としては考えられない安さだったが、それだけもらえば十分だとステファノは言った。


「ただの生活魔法ですからね」


 むしろ貰いすぎかもしれないので、人には言わないでくれと注文をつけた。マリコとしては恩に着ることはあっても、ステファノが嫌がることをするつもりはない。

 本人が人に知られたくないというのであれば、自分から漏らす気はなかった。


「NPCにもすごい人がいるのね」


 マリコはショックを受けていた。ゲームシステム上で強くなることを目指しすぎて、プレイヤースキルの研鑽を怠っていたことを痛感した。


「うーん。このゲーム、地味だけど奥が深いなあ」


 100人いれば100通りの遊び方があると言われていたが、こういうことだったか。納得しつつ、マリコは帰路についた。


「おーい! ちょっと待って!」


 今来た方角から声を上げて追ってくる者がいた。

 ここまで読んでいただいてありがとうございます。


◆次回「第692話 お客さん、魔境に行くんですよね?」


 バタバタと慌ただしい足音を立てて走ってくる人影はまだ子供の姿だった。


「ああ、間に合った……はあ、はあ」


 10代前半らしき少年は、息を切らせてマリコの前に立った。


「わたしに何か用?」


 ステファノからの伝言でも預かってきたのかもしれない。不審を覚えながらもマリコは少年を促した。


 ……


◆お楽しみに。

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